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ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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旅のメモ・カタロニア

先月下旬に休暇をとってスペインのカタロニア地方を訪れた。

バルセロナは三年ほど前に行ったことがあったのだが、郊外へ行くのは今回が初めて。レンタカーでピレネー山脈を越えてフランス側まで足を伸ばすなど、なるべく行動範囲を広げてエネルギッシュに動いたこともあり、独特のエキゾチックな色彩はあるものの所詮は大都市であるバルセロナとは異なるカタロニアの一面が垣間見えた気がした。

自治政府を敷き、独立運動が盛んなことからも、スペインへの帰属意識が希薄、というか殆どないに等しい印象。
カタロニア語の存在は知っていたが、知らないまま何となく抱いていたイメージは悉く打ち破られる。つまり、スペイン語とカタロニア語は言語として似通ったものだと漠然
と思っていたら、一方を話せてももう一方は全く解せないほど違いが大きいらしい。
また学校での授業は、カタロニア語で行われる。
子供たちは、数学も理科も社会も、スペイン語ではなくカタロニア語で学ぶ。
「スペイン語」という授業は、国語の授業というような位置づけで行われるのみ。
映画などの娯楽も、全てがスペイン語ではなくカタロニア語。
スペイン語が母国語である、という意識は、彼らには全くない。

バルセロナと、バルセロナから百キロ弱北東にある海岸沿いの街S’Agaroとほぼ半分ずつ滞在した。
S’Agaroは、夏の盛りともなるとヨーロッパの人々がこぞってリゾートに押し掛けるCosta Bravaのビーチ群のひとつ。8月の写真を見ると芋洗い状態だけれど、初秋の雰囲気が漂い始めた海沿いは人もまばらになり、早朝など海岸を独り占めできる何とも贅沢な環境を満喫した。
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下の写真はバルセロナより西に位置するSant Salvadore。
とにかくスケールが大きい。
水平線に沈んでいく太陽を眺めていると、自分の小さな悩みなんて吹き飛んでしまう。
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振り返ってみると、スペインという国は何だかんだ言って毎年どこかの街・地方を訪れていることに気付いた。
2005年はバルセロナ、2006年はマドリッド、2007年はアンダルシア地方、そして今年はバルセロナに加えてカタロニア地方へ。
そんななか、今回は建設途中で放置されている様相のリゾート物件など、不況の影響も随所にみられたように思う。

現在のような世界同時大不況に突入する前は、スペインの景気はヨーロッパの中でも最も波の激しい国の一つだったといえる。毎年数百万人規模で流入する移民パワーを武器に、2001/2002年程度から続いた好況は不動産バブルに発展し、2007年初めにあえなく崩壊。
バルセロナは活気に溢れる街との印象は変わらないが、一時期に比べると失速した感は否めなかった。

今回は、車での国境越えの体験も楽しめた。
スペインからフランスへと続く有料道路の料金所では、国境を越えた途端にスペイン語での
‘Hola! Gracias’
から、フランス語の
‘Bonjour! Merci’
へと挨拶が変化する。

そもそもカタロニアの人々はスペイン語と二カ国語を操るわけであるし、国境と国民国家、そして言語の意味についてまたも考えさせられる一幕だった。

とりとめもない旅のメモの締めくくりは、旅行の重要なるハイライトのひとつである食事。
特にSant Salvadoreでの食事は美味且つリーズナブルで感動的だった。
ウナギの稚魚をペペロンチーノ風に調理したGulas al Ajilloは大好きなメニューなのだが、こうして写真にすると正直ちょっと気味が悪い(笑)。
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# by canary-london | 2008-10-16 14:15 | travel
先日改めて言葉にして紙に書いてみたところで、渦巻く疑問。
「何で自分は常にこんなに‘時間がない’パニックに陥っているのだろう??」
回答はもちろん見つからないのだが(答えが見つかっているぐらいなら設問自体成立しない)、時間のなさに貢献している可能性のある自分の習慣に一つ思い当たった。
その習慣とは、「日記をつける」ということ。

何しろ記憶力が悪いので、父に倣って備忘録として日記をつけ始めたのは確か大学一年生の頃。もっと幼い時分には海外生活が長かったせいもあり、「日本語を忘れないように」と両親に強いられて書いていたこともあったけれど、自主的につけ始めたのは17-18歳からであり、以後ほぼ一日も欠かしたことがない。
これまた父を真似て、昔は三越が自社ブランド製品として製造・販売していた「三年手帳」なるものを非常に便利に使っていたのだが(最大のメリットは、前年・前々年の○月X日にどこで何をしていたかが一目瞭然という点)、残念なことにこれは数年の後に廃止されてしまい、近年では仕方なく一年単位のSmythsonのダイアリーを使っている。
残念ながら父に倣わなかった・習わなかったことは、日記の書き方。
父のそれは(盗み読んでいるわけではないのだが)、「誰と会った・どこへ行った」といった、ごく事務的な箇条書き。要領の悪い私にはそれが出来ず、まず文章が作文調になってしまう。さらに悪いことに、事実だけでなく感情など内面的なことも書いたりするので、まるで収拾がつかない。
→億劫になる。
→溜まる。

・・・これほど分かりやすい悪循環もないだろう。
一週間の疲れが溜まった金曜日のオフィスからの帰り道は、電車の中でしこしこと一週間分の日記をしたためていたりする。
ん?これってもしや本末転倒??
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そんな日記なので、何やら私的な内容のものもあり、後から読み返すと赤面したりもする。
そのくせに、日記に鍵をつけるなんて高尚なマネはしたことがない。

20代前半ぐらいまでは、親友に
「xxxの戸棚にまとめてしまってある日記、万が一私が交通事故に遭って死んだら人目に触れないよう全部燃やしてね!!」
と理不尽な依頼をしていたが、年を取るにつれてそんな少女的羞恥心はどこかへ消え失せてしまったらしく、今となってはかなりの数の日記がロンドンと東京の二つの家のどこかに散乱している有り様である(笑)。
我ながら本末転倒と呆れる日記プロジェクトながら、身体に染みついてしまったので今更やめられない。人生のある日について何も書かずに前へ進むことは、とにかく不安なのだ。

・・・著しい矛盾を感じつつ、先日もSmythsonを通りかかったついでに、2009年分のパナマ・ダイアリーを購入してしまった。
日記プロジェクトは、まだまだ続くのだろう。
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# by canary-london | 2008-10-02 07:33 | diary
「賞味期限切れ」エントリついでに調子に乗ることにした。
これまた8月に書こう書こうと思いつつ、時間が取れずに諦めてしまったトピックの一つは、北京オリンピックに関する考察。
オリンピックは四年に一度なのだもの、一ヶ月の執筆の遅れなんてその四分の一にしか過ぎないのだから、大目に見てもらおう。

私が現在暮らす2012年の夏季オリンピック開催国でもある英国も、金19個・総数47個と100年ぶりのメダル数を獲得し、珍しくナショナリスト的なムードに沸いた二週間だったけれど、色々な意味で今回の主役は明らかに開催国中国であったわけで、結果的にはその中国について様々なことを考えさせられることになった。(私は実は大学では現代中国政治専攻だったのだが、その割に言葉も全く出来なければ知識も少ないので、あまり宣伝しないようにしている。)

賛否両論の反応を承知でランダムに書いてみることにする。

一点目は、メダルー特に金メダルを取るということの意味。
刻々と更新される国別のメダル獲得数一覧を見て唖然としたのは、最終的に100個となった中国のメダルの数だけではない。
まず、三種のメダルの中で飛びぬけて金が多いということ(米国は金36・銀38・銅36の合計110個。一方、中国は金51・銀21・銅28の合計100個)。
重圧の中で、見事に世界の最頂点である金メダルを取るのは実に素晴らしい。
一方こちらはデータが見つからなかったので数字のバックアップがないけれど、中国と西側のメダル大国を比べた場合、おそらく中国は明らかに一人が一種目でのみ金メダルを獲得した例が多い。「西側のメダル大国」の代表である米国に目を向けると、Michael Phelpsのように一人で八個というのは例外としても、米国のメダリストは分かり易く言えば、「natural born athlete(=天性のアスリート)」のような人が多い。
彼等が努力していないなどという気は毛頭ないが、元々驚異的な身体能力に恵まれており、「やったら出来ちゃった」的な雰囲気が若干ある。
一方の中国の主として若きメダリスト達は、推測するに、物心のつくうんと前から、親や教師に象徴される「国家」そのものに「金メダルを取る=人生で唯一最大の目標」と刷り込まれ、おそらく殆どの場合は国の経済的援助を受けながら、ただひたすら練習に人生を賭けてきた若者達なのではないか。
・・・話は少し逸れるけれど、8月31日にRoyal Albert Hallで中国のLang Langが登場させた弱冠9歳の天才ピアニスト、Marc Yuの演奏を見た・聴いたときに、私は知らず彼の姿を、厚いメイクに包まれた小さな中国人体操選手達と重ね合わせ、何だか空恐ろしくなってしまった。

それに深く関連する二点目は、アスリートと政治の関係という、特段新しくもない題目。
頭の中でぼんやり考えていたことがそれなりに形になったのは、週二回ジムで鍛えてくれるパーソナル・トレーナーのDと中国のアスリートについて話をしていた時だった。
Dはイギリス人で、ムエタイ(タイ式ボクシング)で英国の頂点まで登りつめた本物のアスリートだ。
Dに、
「やっぱり社会主義国のアスリートの方が恵まれてると思う?」
と聞いたところ、間髪入れずに
「当り前だよ」
と熱っぽい答えが返ってきた。曰く、
「だって俺達(=資本主義国のプロスポーツ選手)の場合、自分以外誰も自分の面倒見てくれないんだから。ファイトマネーを稼ぐのは勿論のこと、メシも食わなきゃいけないし、洗濯だってするわけ。」
もちろん資本主義国のアスリートでも、私的な後ろ盾があるケースも多いだろうし、何せ中国の場合はまず約13億人という膨大な人口も鍵となるのだから、一般論化するのは乱暴に過ぎるかもしれないが、何しろプロのアスリートの言うことなので説得力がある。
・・・そういえば、ヒトラーもスポーツ&オリンピック至上主義だったっけ。

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Dとのオリンピックについての雑談は実に興味深かった(といっても私の方はその間クロストレーナーで走ったり腹筋したりしているのだからあまり思うようには話せないのだが)。
もう一つ印象に残った会話は、飛込競技に参加したイギリス人女性チームのインタビューについて。彼女達は残念ながら予選敗退したのだが、敗退直後のインタビューで全員がTVカメラに向かって笑顔で、
「北京まで来られて良かった。良い経験だった。2012年に向けて頑張りたい。」
といった綺麗事コメントをしたらしい(D談)。
普段あまり感情を表に出さないDだが、このインタビューについては憤懣やる方ないといった様子で、
「あんなのあり得ない。アスリートだったら、負けたら悔しいと思うのが当然だろう。俺なんか、試合に負けた後のインタビューなんか受けたくもねーよ」
と吐き捨てるように言ったのが印象的だった。
勢いその日のトレーニングセッションにはいつも以上に熱が入ったのか、翌日は何だか筋肉痛がひどかったように感じたのは気のせいではないと思う(笑)。
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# by canary-london | 2008-09-28 07:10 | diary

Best before...?

最近さらに遅筆になってしまった。
「‘時間がない’という言葉を口にしない」が今年の年頭所感の一つだったはずなのだが、この所感、一ヶ月も経たないうちに脆くも崩れ去っていたように思う。

弱音を吐くと、本当に時間がない。
さほど無駄に睡眠を取っているわけでも、毎日朝まで飲み歩いているわけでもないのに(たまにやるが・笑)、何で24時間というのはこんなに短いのだろう。

・・・と執筆ペースの遅い言い訳=時間がない、という自明のことを何で今さら改めて書いているかというと、野菜や果物の「旬」と同じように、ブログのエントリにもやはり「旬」あるいは「賞味期限」のようなものがあるのだなと最近つくづく感じるに至っているから。

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9月14日日曜日のNY時間深夜に発表されたL社の経営破綻を受けて、私の働く業界のみならず、米国をはじめとする世界全体が、今般の金融危機における新たな局面に入ったのは各種報道の通り。
実はそのニュースが明るみに出るほんの数日前に、私は「最近聞いたフレーズの中で三本の指に入る気持ちの良いもの」といったような砕けたタイトルで、短い文章を書こうとしていた。
そのフレーズとは、あるディールに臨む際に、別のチームのトレーダーが発したごくシンプルなもの:
‘I hate losing trades.’(=(俺は)ディールに負けるのが大嫌いだ)

ディール自体は単純なデリバティブの取引だったので(我々の業界では「フロー」と呼ばれたりする)、リスクテークするトレーダーのさじ加減ひとつで決まるプライスが他のトレーダーのプライスよりも腰の引けたものであった場合、当然の結果として顧客はプライスの良い方へ流れてしまう。
昨夏以降、業界全体として「いかにして損失を最小限に抑えるか」という逃げの姿勢が蔓延する中で、久し振りに耳にした良い意味でアグレッシブなその一言に、気持ちがスカッとし背筋が伸びた。

彼の強気な姿勢が実を結び、そのディールは無事約定に至った。
・・・が、これは二週間ほど前の話である。
今、もしも仮に全く同じディールに臨んだと仮定した場合、約定できたかどうかはともかくとして、果たして彼の口から‘I hate losing trades’という言葉が発せられたかどうか。
意味のない仮定だけれど、答えは’NO’ではないかと考えるにつけ、ブログのエントリの「旬」を反省と共に痛烈に実感した次第だった。
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# by canary-london | 2008-09-23 05:11 | business
「パーフェクトな日曜日」ってどんな日だろう。
自分にとってのパーフェクトな日曜日は、先日のこんな日かもしれない。
・・・といっても別段大した日ではないので、私の「パーフェクト」がいかに低レベルのものかが分かるだろうと思う(笑)。
というよりも、自分は実にささやかなことで幸せな気分になれるおめでたい性格なので、かなり得をしているなと我ながら感じる。

7時頃にはベッドから這い出る。
「早起きは三文の得」とは良く言ったもので、前の晩夜遊びなどして昼まで寝てしまった日曜日はロクなことがない。
美味しいコーヒーをたっぷり淹れて、週末版のFTを広げる。
普段は味気のないFTも、週末はアートや生活、旅行などに関する記事が充実して楽しく、紙面も多くて読み応えがある。
最近健忘症が著しいので、すっかり「メモ魔」となりながらゆっくりと新聞や溜まった雑誌を読む。

BGMには、グレン・グールドのバッハ。
天気の良い日の朝にモーツァルトを聴くのも至福ながら、朝バッハを聴くと、特にグールドのピアノを聴くと背筋が伸びて一日頑張らなきゃ、という気分になる。

家事も同時並行で進めながら贅沢な午前中が過ぎ、昼時になって空腹になると、手間いらずで美味しいものを作ろうと冷蔵庫をがさごそ。
うんと薄くスライスしたパンに、オニオンスライスを加えたツナマヨネーズを挟む。
サンドイッチの味の決め手は、ブルゴーニュで買ったタラゴンというハーブをベースにしたマスタードで、これが非常にいける。
ロンドンはすっかり秋の様相だけれど、きりっと冷えた白ワインを開ける。

お手製サンドイッチを自画自賛しながらさらに読書に耽る。
階上に用事があり、階段を上った踊り場から庭を見やると、相変わらずワラのように繁って手入れされるのを心待ちにしている芝生の中に、見なれない色。
・・・あ。
キツネ。

先日初登場のときに本ブログにも登場しているキツネ君だが、長く伸びた芝生の感触が気に入ったのか、どうやら我が家も定期的な訪問先に加えてもらったらしい。
それにしても、今日は先日と違ったポーズで、丸くなって眠っている。
ガラス越しに暫く眺めていたら、キツネ氏はふと目を覚まし、目と目が合った。
逃げるかな、と思いきや、再び昼寝に戻ってしまった。(仲間だと思われたのだろうか??)
こちらも調子に乗り、紙皿にクラッカーとミルクなど載せて庭に出たら、さすがのキツネ氏も驚くほどの逃げ足の速さで駆け出し、その日はそのまま戻ってこなかった。

・・・私は性格的に外ばかりを飛び歩いていると思われがちなのだが、実は家で過ごすこんな時間が大好きである。
この日は夜出掛けることにしており、キツネの寝顔に触発されたのか幸せな気持ちでワインを飲み過ぎたのかのいずれかは定かではないけれど、出掛ける前に昼寝までしてしまったのは「パーフェクトな日曜日」の計算外ではあったが、思わず笑顔のこぼれてしまう自宅での一幕だった。

これからロンドンは日増しに日が短くなって気持ちも沈む時期だけれど、今年はそんな暗い秋冬にキツネが彩を添えてくれるかもしれない、と秘かに期待している。
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# by canary-london | 2008-09-15 09:02 | diary

グルメ会とオイスター

前回日英の食文化についての話題となったので、続いて久々にグルメの話題。

最近「グルメ会」なるものに誘われ、二度ほど会合に参加している。
5~6名程度と小規模なグループで、「’金に糸目をつけて(笑)’美味しいものを食べに行こう!」
という企画。
発起人である男性の友人二名によれば、メンバー選定にあたり真っ先に私の名前が挙がったとのことで、有難い話ではあるのだが、要はただの食いしん坊・酒好きとみられているということだ(笑)。

この「金に糸目をつけて」という発想、全くもって同感である。
ロンドンほどのコスモポリタンな大都市であれば、お金を惜しまなければそれなりの美味なものにありつけるのは当然。
ロンドンの食生活が「貧しい」重要なる所以の一つは、「安くて美味しいもの」が少ないからだと常々感じる。

かといってこのグルメ会、別に一膳飯屋のようなところへばかり行く趣旨ではないのだけれど、
「relative value(=価格対比の質)」は重要なる評価項目の一つ。
全員の持ちネタが一回りしたところで全ての店を比較評価するというルールも導入したため、若干の競争意識もある。
言うまでもないけれど、美酒・美食に伴われると自然に会話も弾んで楽しい。

グルメ会とは直接の関連はないが、グッドバリューのお店が少ないロンドンにおける私のとっておきの一つは、Piccadilly Circus至近にあるBentley’sという老舗のシーフードレストラン。
目の前で新鮮な牡蠣をさばいて出してくれ(私は生ガキに目がない)、自慢の牡蠣や各種魚介類に合わせてグラスで出してくれる白ワインの品揃えは脱帽もの。
決して安いお店ではないけれど、ミネラルウォーターやパンとバター、食後のエスプレッソなど全てにこだわりをもった美味しさが感じられるレストランというのは、ロンドンではとても貴重なのだ。
日本から友人や出張者が来るときなど幾度となく足を運んでいるけれど、先日行ったら若干味が落ちたようにも感じた。
その日のシェフの体調とか、そんなことも影響するのかもしれない。

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このBentley’s、一階と二階(英国式ではGround floorとFirst floor)があり、一階はオイスターバー、二階はもう少しフォーマルなレストランになっている。
先日初めて階上のレストランで食事をする機会があったけれど、オイスターバーの方がずっと雰囲気が良い。
私が行くのは週末の昼間が多くなるのだが、このオイスターバーにふらっと入ると、大概きちんとした身なりでカウンターのスツールに腰掛け、カキ職人との時折の会話を楽しむ白髪のおじいちゃんを一人二人見かける(おばあちゃんよりもおじいちゃんが圧倒的に多い)。
休日の昼間からグラスワインを傾け、美味しそうに牡蠣を口に運ぶ上品な初老の男性を見るたび、自分も何十年後かには、気張らずに一人でこんな美味なオイスターバーに一人で来られるような老人になりたい!!・・・などとささやかな野望を抱くのだ。
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# by canary-london | 2008-08-29 14:09 | gourmet
前回、日本に一時帰国した際「へえー」と思ったことについて一つ書いたけれど、今回は実にくだらない方の感動について。

出発前に成田空港をうろうろしながら、同僚のシンジケート・デスク面々へのお土産を物色。メンバーの中には東京勤務の経験があってコンビニおにぎりが大好物といった変わった人物もいるが、これはごく少数派。
何せ私以外は英国人(含・スコットランド、ウェールズ、インド系英国人)、アメリカ人およびカナダ人しかいない我がデスク、以前小豆の入ったお菓子を買ってきたところ、不当に低い評価を受けた苦い思い出がある。

どんな西洋人でも食べやすく、且つ日本のテイストも効いたものはないかと探してふと手にとったのが、「抹茶コルネット」なるお菓子。
要は、ヨックモックのシガール(子供の頃かなり好きだった)の中に抹茶風味のクリームを包み込んだ、何とも和洋折衷・妥協の産物のような「何ちゃって」和菓子である。
私が買ったのは東京の会社のものだったと思うが、ネットで検索すると同名のお菓子は複数のメーカーが製造しており、意外にポピュラーであることが判明。
この「何ちゃって」和菓子、ロンドンのデスクに持ち帰ったところ、何と爆発的な人気を博した。

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カナダ人の男性Eなどは、「こんなに美味しいお菓子は生まれて初めて食べた!」といったちと大袈裟な感動の仕方。退社時には二本ほどポケットに突っ込み、「今日の夜はこれを食べるのを楽しみに帰るよ」などとにこにこしながら出ていくので、満更過剰表現でもないのかも・・・。
余談になるが、Eは生まれも育ちもカナダでカナダ人のお母さんを持つが、お父さんは日本人という日系二世のハーフ。残念ながら日本語は一言たりとも話せないけれど、日本人のお父さんは「食文化」という大切な日本の一面を彼に伝授すればよかったのに・・・などと余計なお世話ながら思ってしまう。
こんな広告塔・Eのおかげもあり、他のデスクからも噂のお菓子を食べに来る人が続出する始末。6本x5袋程度入った箱はまたたく間に空になってしまった。

こんなエピソードにつけても思うのは、やはり彼我の食に対するこだわり・食の充実度の違い。
「抹茶コルネット」は確かに割合美味しいけれど、空港で何気なく買った、日本的感覚でいえばごく普通のお菓子である。それがこれほどまでの感動をもって迎えられるということは、いうまでもなく日本の食のスタンダードがいかに高いか、翻ってこちらの(この文脈では英国人および英国在住の人に限定)人がいかに普段貧しい食生活を強いられているかという動かしがたい事実・・・。
再三書いているとおり、ロンドンの食事情は、私が前回この地に暮らした15-20年前に比べると格段に良くはなったものの、こんな何気ないお土産にまつわるエピソードからも、日英の差を痛感してしまった。
次回帰国の際は、少し目先を変えてC級グルメなお菓子を紹介してみようか、などと企んでいる。
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# by canary-london | 2008-08-11 09:22 | culture
先般久し振りに日本に一時帰国する機会があった。
一時帰国するたび、比較的高尚なことから実にくだらないことまで、様々な事象について日本を見直す発見があったり、また日英を比較して改めて感動することが多い。

今回まず驚いたのが、あるデパートに新たに設置された「コンシェルジュ・デスク」。
機能はホテルのコンシェルジュ同様、街の情報などちょっとしたことを顧客の要望に応えてすぐに調べてくれる便利屋さんといったところ。

私は短い帰国の間に、何とかしてお気に入りのブレスレットの壊れた金具を修理してもらいたいと思って新宿をうろうろしていた。
時間もないので銀座の本店まで行かずに何とかしたい。
ちなみにイタリアの某ブランドでロンドンにも当然ショップはあるのだけれど、こと修理となると海外のブランドであっても日本の方が数倍対応が良いため、壊れた貴重品は日本に持ち帰って直すことが殆ど。

このブランド、そのデパートにはショップなどないだろうなと思いながら聞いてみたところ、「弊店にはありませんが・・・」と言いながら手早くGoogleしてくれ、
「新宿地区なら、(ライバルの)I百貨店さんの四階にございます」
との説明。
ご丁寧に、念のため銀座本店にも問い合わせてそちらの営業時間も教えてくれた。

私はデスクの女性に御礼を言って、徒歩5-10分程度のI百貨店へ向かった(幸いここで用は足りた)。

・・・しかしながら、ふと浮かぶ疑問。
このコンシェルジュ・デスクは、私に対して提供したサービスで、一体自身にとって何のメリットがあるのだろうか?
経済的メリットは皆無どころか、むしろこのO百貨店の売上に直結しない説明に時間を割いた従業員の人件費、そしてプリントアウトしてくれたA4の紙代の分マイナスである。

あえてメリットを挙げるとすれば、「O百貨店のコンシェルジュサービスって良いよね」と消費者に口コミで伝わり、全体的な集客力アップに繋がるという中長期的なものか。
この種のソフトパワーが実際にどこまで威力を持つものかは実に興味深い。
正直を言うと、ひねくれ者の海外在住日本人としては、これはやはりサービス過剰・消費者甘やかし大国ニッポンの一つの表れだと感じざるをえなかった。

念のために断っておくが、私はこの時こそO百貨店では何も買わずに立ち去ってしまったが、普段は駅の真上と立地が至便なこともあり、かなり良い顧客である(と思う)。
タダでサービスしてもらった負い目もあり、今回はO百貨店での出費もいつになく多かったような・・・などと考えると、口コミのソフトパワーもさることながら、サービスを利用した人間の良心に訴える方法も意外に有効なのかもしれない(笑)。
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# by canary-london | 2008-08-09 08:52 | culture
前々回のエントリで、チャリティーについて少し書いた。

ロンドンがチャリティーを奨励するシステムにおいて世界有数の拠点であることについてはそのときに書いた通りだが、その直後にたまたま同業他社の人とチャリティー・イベントについてカジュアルな話をする機会があり、同じロンドンといえども会社によって取り組み姿勢が大きく異なることが分かった。

その会社は弊社同様、欧米の中では欧州系に分類される先。
自分にとってもタイムリーなトピックだったので、食事の際に何気なくチャリティーのことを話題に出してみたところ、意外に冷ややかな反応。
聞けば、この種のチャリティー・イベントの企画やイベントへの参加は、総じてバック・オフィスに属する人々に限定されるとのこと。

ちなみに我々の業界では、大まかな仕事の分担が、フロント・オフィス(平たくいえば会社の収益に直結する部署)、バック・オフィス(フロントのサポート的業務を行う部署)、ミドル・オフィス(フロントとバックの中間的立場にある部署)のいずれかとなる。
もっとも、個人レベルでいえば、フロント・オフィスといったところで、もちろん全員が相場を張るトレーダーではなく、営業から経済調査まで実に様々な職種の人がいるし、「フロント・オフィス」と一口に言ったところであまり意味のある定義ではない。
とはいいながらも、やはり仕事の性質として事務作業が中心となるバック・オフィスは、フロントに比べて時間の流れ方が緩やかであることは確か。
件の同業他社においては、チャリティー・イベントの類は、時間に余裕のあるバック・オフィスの人間しか参加しないものだというのは、チャリティーが日々身近にある会社で働く私にとっては軽いショックだった。

一歩離れて見ると、弊社とその会社は業界の中でも両極端なのかもしれない。
弊社はというと、先日書いたようなオートバイに乗るイベントのように突発的な変わったものもある一方、マラソンやパワーウォーキング、遠泳など比較的「普通の」スポーツに関連するチャリティーには、ごく日常的にフロント・オフィスの人間が参加している。
部署毎にチームを編成してチーム対抗のスポーツを行うのはザラであるし(先日は私もボート漕ぎに駆り出され、普段使わない上腕部の筋肉が今も微妙に痛かったりする)、クリスマスの時期ともなれば、毎年恒例の仮装カラオケ大会が開催され、もっとも多くの参加者を輩出するのは、ほかでもない我がデット・シンジケート部だ。

この種のことは、時間に余裕のあるサポート的業務の人間に一任すれば良いとの考え方にも一理あるのかもしれないけれど、ちょっと寂しい。
最近自分の視野を少しでも広げるべく、会社の中で多文化交流を促進するボランティア的団体への参加を始めたのだが、このようなことに時間と労力を惜しまない様々な部署の人に出会うたびに脱帽する。
「ボランティア的団体」などというとやや堅物の優等生的イメージだけれど、内実は、多文化や多様性の促進に繋がればわりと何でもアリという側面があり、現に今度私が提案して実現する運びとなったのが、「sushi-makingクラス」。
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会社の食堂を一時間ほど借り切り、本物の料理人を調達してのり巻を中心に簡単なお寿司の作り方をガイジンに教えてしまおうという目論見である。
日本人として食に対しては一家言あるゆえ、多文化交流においてまず自分が貢献できる分かりやすい分野は料理だろうとの浅はかな考えでの提案だったのだが、二週間後の本番を前にして、実は「日本人の私が一番下手だったらどうしよう・・・」などと及び腰になっている(笑)。
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# by canary-london | 2008-07-29 07:03 | current
フラットから一軒家に引っ越してから、そろそろ一年が過ぎようとしている。
古い一軒家に住むということは、大体において、それだけで実に色々なハプニングに遭遇するということを意味する。
理想を言えば、日本人の転勤者でも家族を持つ人の多くがそうしているように、少し郊外にあるアメリカンサイズの庭付き一戸建てに住みたいと思う。・・・のだけれど、通勤、および夜ロンドン中心部で遊んだ帰り道のことを考えると、どうも踏み切れずにいる。

それはともかくとして、我が家の話。
引っ越してからというもの、ナメクジやアリなど、あまり快くない様々な生き物に戦いを挑んできていることは、このブログでも紹介済み(笑)。
今回の「事件」は、もっと心温まるもの。

今週の月曜日だったか、この時期のロンドンに典型的な、実に天気が良く「ラブリー」という形容詞の似合う一日。
市場も静かなため、こんな日はさっさと帰って、日没までの日差しを庭で楽しむに限る。
そんな思いで家路を急ぐ。
夏至の時期のロンドンは、サマータイムのお陰もあって日没は22時を過ぎる。
最近では少し日が短くなってきたとはいえ、21時半頃まで外が明るく、仕事を終えてからの夜の時間を何らかの活動に充てることが出来るという意味では、実に素晴らしい時期であり、またここにはそれを奨励するカルチャーもある。

帰宅して、階段の踊り場から、何気なく小さな裏庭を眺める。
・・・と、芝生ゾーンの真ん中に、何やら見慣れない茶色い物体。
ん???
狭い庭には、大家さん所有の妙な置物など様々なものが並べられているので、籐製のアヒルの置物でも倒れてきたのだろうかと一瞬思ったけれど、何か様子がおかしい。

階下に下りて、窓から良く見ると、何と。
・・・キツネ。
しかも、寝てる・・・。

初めは死んでいるかと思って相当びっくりしたのだが(私の庭に勝手に入ってきて死んだのだとしたら偉く迷惑な話だ)、良く観察すると、息をするたびに腹部が動く。
ペットということはないだろうから野生のキツネに違いないのに、何とまあ無防備なものである。
ロンドンのど真ん中にいるとは俄かに信じられない光景を眺めながら、こちらはそれこそキツネにつままれた気分。

・・・などと他人に話しても絶対に信じてもらえないだろうと思って、キツネを起こさないよう、家の中からそっとシャッターを切った。
窓越しなので、画像の悪さについてはご勘弁を。
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退場シーンには立ち会えなかったけれど、このキツネ氏、2時間もすると忽然と姿を消していた。
晴れた気持ちの良い夕方、庭で読書でも・・・と思ったらキツネに先を越されたのは誤算だったけれど、先客が先客なので、この日はキツネ氏に庭を独占してもらうことに。
ロンドンは、やはり東京と比べるとそれでもまだ自然が多少残っているのかな、と嬉しい気持ちになって、キツネのいなくなった庭でビールを開けた。
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# by canary-london | 2008-07-17 13:46 | diary