ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


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英国は国民の祝日が少ない。
日本に比べると少ないのは周知の事実だが(銀行も休業となるBank Holidayのベースで比較した場合、2009年は英国8日に対して日本は16日)、他の欧米諸国に比べても少ないため(同じベースでの比較で、2009年は米国10日、フランス11日)、ロンドンで仕事をする外国人が不平を言うときの一つの大きな材料となる。

私もロンドンに働く外国人の例に洩れず、「もう少し祝日を増やしてほしい」と常に思ってはいるのだが、それでも英国の祝日を決めた人は素晴らしいと思うことが一つあって、それはその数少ない祝日のうちの二日間を5月としたこと。(もっとも、フランスは5-6月の二カ月に四日も国民の祝日があるのでイギリスだってまだまだ改善の余地はあるのだが。)

5月は新緑が美しく、ヨーロッパの少し南に旅をしても暑すぎることが少なく(6月初めともなると乾燥したアンダルシア地方などは非常に暑い)、天候も概ね良い。
つまり、ヨーロッパ近郊への旅行に最適の時期。
ロンドン自体も4-7月が一年で最も素敵な時期なので、この時期にロンドンを離れるのが勿体ないと思う部分もあるのだが、必ず月曜日の祝日を含めて三連休とする「ハッピー・マンデー」(そんな名称は当地ではないが)政策も手伝って、5月の連休は旅行に出るというのが定石どおりの過ごし方となる。

5月/2/3/4日の三連休は前もって計画を立てていたわけではなく、ちょうど別の友人との予定がキャンセルになってしまった旅行好きの友人に誘われ、二週間ほどの間で行先を決めて、格安航空券とホテルを抑える。こういったカジュアルな、つまり行き当たりばったりの旅人が簡単に旅行の計画を立てて出掛けやすいのもヨーロッパの魅力の一つだろう。

今回の行先にはポーランドを選んだ。
東欧へも色々足を伸ばそうと思いながらも、リラックスできる休暇で訪れる先としては、どうしてもイタリア・スペイン・フランスが群を抜いて多くなってしまう。
クラコフは、昔一緒に働いたスイス人の同僚も「絶対に行くべき」と強く薦めてくれたこともあって、以前から東欧で是非行ってみたいと思っていた都市の一つであった。

ロジスティックスの達人である友人の提言で、二泊の拠点をクラコフに置いて近郊にも出掛けることにした。

クラコフの街自体は、風光明媚ではあるものの、失礼ながらこれといった特色があるところではない。ヨハネ・パウロ二世(前ローマ法皇)が生涯で二度居住し現在は博物館となっているArchdiocesan Museumには行ってみたかったのだが、欧州で「MUSEUM」という名前のつくところは、月曜日というのは軒並み閉まっているのが常識。ヨハネ・パウロ二世ファンの自分としてはとても残念なことに、今回は見ることがかなわなかった。

クラコフの街でもっとも私の興味を引いたのは、中世から残る広場として欧州最大級である中央広場・・・自体ではなく、その広場の片隅に設置された仮設のコンサートホール。
プレハブのような簡素な造りの舞台で、観客席はといえば無造作に並べられたパイプ椅子。観客席の方には屋根もないので、雨が降ってきたらおもむろに店じまいするのだろうか(我々の滞在中は幸いにして終始好天に恵まれた)。
ここで、一日中何らかの音楽が演奏されている。
舞台の制約上室内楽が多いようだったが、通りがかりに耳にしただけでも、モーツァルトやブラームスなどの音楽が弦楽器でしっとりと奏でられていた。

ポーランドといえば、ショパンの音楽だけが神格化されているのではないかといった漠然としたイメージを抱いていただけに(かく言う自分もショパンの音楽を神格化しているクチだけれど)、これはちょっと意外。
・・・と感じると同時に、街角の広場で(確認できなかったが、おそらくチケットは無料またはとても安価なのだろうと思う)毎日ごく気軽に優美且つなかなかどうして質の高いクラシック音楽を誰もが聴けるなんて、何て素晴らしい環境なのかと羨ましく思った。
日頃から良い音楽を聴いているからこそ、彼らの耳は実に研ぎ澄まされているのだ。

旅の大きな目的の一つは、やはりアウシュビッツを訪れることにあった。
オシフィエンチムという、ヒトラーがいなければ世界にその名を知られることはなかったであろう小さな田舎町は、クラコフから南西へ約60km、ローカルの列車で1時間半ほどの場所に位置する。

有名な、「働けば自由になれる」の看板が高々と掲げられたアウシュビッツIは、とにかく凄惨の一言に尽きる。
アウシュビッツIからIIIの合計で命を落としたユダヤ人をはじめとする被収容者の総数は150万人ともいわれるが、その多くが射殺され血を流した「死の壁」。
死を待つ間の短い時間を過ごすために使われた小部屋の壁には、祈りの言葉やキリストの画が彫られていた。
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死体から切り取られ、商品として流通した毛髪の山・山・山。
靴。
眼鏡。
小さな子供服。
皿や鍋などの日用品。
―目を背けたくなる。





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もうひとつ驚いたことは、収容された(そしておそらくは処刑された)人の顔写真が実名入りでずらりと展示されていること。
全員はとてもカバーできないだろうが、それにしても相当な数だ。
遺族は、訪れるたびに一体どんな気持ちでこの写真を眺めるのだろうか。

アウシュビッツIから3kmほど離れたところに、アウシュビッツII・通称「ビルケナウ」がある。こちらは、被収容者の増加でアウシュビッツIがパンク状態となったことを受けてより後年に造られたもの。
収容者の私物略奪など日常的に行われたナチスSSの犯罪行為の証拠隠滅のために殆どの建物が焼失しているため、現存するのは、ただひたすら広大な野原に建物の土台部分が散在するという奇妙な光景。
こちらのビルケナウの方は、アウシュビッツIと違って、直接的・視覚的な悲惨さは少ないのだが、何も残されていないだけに、ここでほんの65-70年程度前に行われた残酷きわまりない行為にむくむくと想像が膨らんでしまい、逆に背筋が寒くなった。

浮かぶ思いはただひたすら、’How can a man do this to a fellow man?(どうしたら人は同じ人間に対してかくも酷い仕打ちが出来るのだろうか?)’ということだった。

今回のアウシュビッツへの旅に、映画のようなとてつもなく不気味な現実感のなさを与えたのは、新緑の季節と素晴らしい天候だった。
大量殺戮が行われた現場に立っているというのに、建物の外を見やると実にのどかで殺人などとは無縁な緑の芝生や木々と青い空が広がり、太陽が燦然と輝く。
このギャップが、何よりも空恐ろしく感じられた。

オシフィエンチムの駅からアウシュビッツIまでは、バスもないので20分程度の道のりをただひたすら歩いた。道すがら、何ともいえない違和感を感じたのは、広い庭を備えた実に立派なたたずまいの数件の戸建。
近隣の住民で、被収容者を援助するため尽力した人が多いことはもちろん知っているのだが、この人達は、救いの手を差し伸べたのだろうか。もしくは、二次大戦後に居を構えた人々なのだろうか(でも、誰が好きこのんで大量殺戮現場から数百メートルしか離れていない場所に土地を買って住まうのだろうか?)。
不吉なほど晴れわたった空の下、私はそんなことをただぼんやりと考えながら歩いていた。
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# by canary-london | 2009-05-13 09:46 | travel

気ままな映画論

先々週の週末は、ロンドンをはじめ多くのヨーロッパ諸国でキリストの復活を祝うイースター(復活祭)となり、当地ロンドンも四連休となった。これだけのlong-weekendともなると、貧乏性の自分としては旅行に出掛けるのが通常のイースターの過ごし方なのだが、今年は家で整理したいことも溜まっており、趣向を変えてロンドンで過ごすことにした。

普段読めない書物、気候が良くなってきたというのにあまり定期的に出掛けないジョギング、そして普段片づけられない家の雑務や狭い庭の手入れ。
ピアノを思う存分弾くこと。
忙しいときにはなかなか出来ない少し手の込んだお料理(イースターは手打ちパスタに挑戦してみた。結果は使用した粉のせいか予想以上に粉っぽくなってしまい、100点満点だと自分の評価では55点程度だろうか。)。
家のことを片づけていると、四日間なんて実はあっと言う間に過ぎてしまう。

そんな四日間の中で、先月日本に一時帰国した際に買い求めた映画を幾つか観た。
昨今DVDも安くなったもので、ふと通りがかった本屋に「ワンコインDVD」なるものが陳列してある。
ワンコイン=つまり一枚500円で買える。
映画館とは音響もセッティングもすべて異なる自宅での映画鑑賞に500円掛けることを「贅沢」と否定する人も少なからずいるのだろうとは思う。
私にとってみれば、好きな時に、好きな人と、好きな体勢で、好きな物を飲み食いしながら好きな映画を観られるなんてこの上ない幸せ。
映画館に行くよりも多く払っても良いぐらいだ。

ワンコインで買い求めた映画は、アメリカ・フランス・日本の物など雑多(ちなみに、一枚1000円と他より高い価格設定のものもある)。

「ローマの休日」。
これまでの人生で一体何度観たのだろうか。
今まで自宅になかったことが不思議なぐらい。
50年以上経った今も、少しも古いと感じないヘプバーンの高貴な魅力。
気づけばバスケットに入れていた。

「カサブランカ」。
これまた、ハリウッド映画の黄金時代の代表作で幾度となく観ている。
そのたびに涙してしまうのだから、我ながら単純にできているらしい。
いつの時代に観ても色褪せないハンフリー・ボガートとイングリット・バーグマンの美しさ。
言わずと知れた名セリフ、‘Here’s looking at you, kid’。
「君の瞳に乾杯」の訳をつけた高瀬鎮夫氏のセンスにはただただ脱帽する。

「天井桟敷の人々」。
「カサブランカ」とほぼ同年代の制作ながら、この当時からフランス映画は喜怒哀楽の単純明快な米国映画と対極にあるのだと感じたのは、早稲田大学に程近い場所にあるミニシアターで初めて観た19歳の頃だっただろうか。

そして、日本代表選手は小津安二郎監督の「晩春」と「お茶漬けの味」の二品。

一見ばらばらの5本なのだが、共通点があるとすれば制作年代だろうか。
この中ではもっとも古い「カサブランカ」(1942年)から、もっとも新しい「ローマの休日」(1953年)までの11年のスパンに5本のすべてが凝縮されている(「天井桟敷の人々」:1944年、「晩春」:1949年、「お茶漬けの味」:1952年)。

そうして改めて考えてみると、自分の好きな映画は邦画・洋画を問わず、1950年前後のものに集中しているように思う。
黒澤明監督の「七人の侍」も1954年の作品。

その理由について漠然と考えてみると、思い当たることは二つ。

一つは、月並みな表現だけれど「良い時代」だった、ということに尽きる。
希望に満ちた時代。
もちろん、第二次大戦下の「カサブランカ」と「天井桟敷の人々」について「希望に満ちた時代」ということには反対意見もあると思うが、今日よりも明日、今年よりも来年の方がきっと素晴らしいのだろうと思えた時代。
きっといつの時代に生きても人はないものねだりをするのだろうけれど。

もう一つは、両親の影響だろう。
よりリアルタイムで身近に感じられる1970年代以降の映画も、はたまた自分で魅力を発見したと自負している1930年前後のドイツ映画にも思い入れは強いが、三つ子の魂百までとはよく言ったもの。
子供の頃に両親と肩を並べてテレビで観た映画の印象の強さは、そうやすやすと他のもので上書きされるものではない。

・・・実は今回は、久し振りに観て魅力を再発見した小津映画について書こうと思っていたのだが、寄り道をするうち紙面が尽きてしまった。
ということで、小津映画についてはまた次回。
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# by canary-london | 2009-04-30 08:00 | cravings

Choose What You Read

ビッグ・イシュー
敢えてここでご紹介するまでもない雑誌だろう。
ホームレスに仕事と収入を与える目的で1991年にGordon Roddick氏とA. John Bird氏が創設したこの雑誌に対する関心は私の周囲でもかねてから高く、身近でもこんな人こんな人が過去にブログで取り上げている。
Roddick氏は、これまた説明の必要は少ないであろうボディ・ショップの創設者で2007年に早過ぎる死を迎えたAnita Roddick氏の夫。一方のA. John Bird氏は、自身が5歳から20代後半まで人生の様々なステージにおいて(望むと望まざるとに拘らず)ホームレスとして路上生活を体験した人物なので、スゴミと説得力が違う。

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日本では300円で販売し、そのうちの150円がホームレスの収入に充てられるとのこと。
ロンドンでは1.50ポンドで販売しており、うち80ペンスがホームレスの収入にまわるので、為替の変動はおくと相場は似たようなもの(ご多分に洩れず昨今のポンド安でイギリスの方が安い)。

私自身、これまでかなり長い期間この雑誌の存在を知りながら、恥ずかしいことに実際に購入したことがなかった。


オフィスからの帰り道。
今日は事情により退社時刻が早く、自宅最寄の地下鉄Angel駅を降りたのは6時前だっただろうか。日照時間がどんどん伸びて、一年でもっとも素敵な季節を迎えつつあるこの時期のロンドンの爽やかな青空も手伝ったのかもしれない。

いつも何となく素通りしてしまっていたビッグ・イシューの販売員のホームレス男性に近づき、
「一冊もらえる?」
と話しかけたら、ぼさぼさの長髪ながら不思議と不潔感は感じられないその中年男性は、満面の笑顔を浮かべて
「ホント?お陰様で今日の夜のメシにありつけるよ!」
と実に嬉しそうに言うのだ。
「まさか私が貴方の今日の最初のお客さんってわけじゃないでしょう?こんなにお天気も良いのに。」
と会話を続けたら、
「三人目。午前中に二冊売れたけど、午後はアンタが初めてさ。」

小銭がなかったこともあって、1.50ポンドの倍の3ポンドを支払って去ろうとしたら、
‘(You are a )...diamond. Thank you. God bless.’
なんて、こちらが赤面するような感謝の言葉を背中に投げかけられる。
・・・こんなセリフ、仕事でもっと余程感謝されるような働きをしたときですら、言われた試しがない(笑)。
愛嬌のある、実に気持のよいミスター・ホームレスなのだ。

どうしてもっと早く買ってみなかったんだろう?という気持ちと共に自宅に戻り、雑誌を開くと、そんなに「社会的」な内容でもなく、読み物としてごく普通に楽しめる。時事・政治ネタもあれば、文化・音楽、お料理レシピ(これはちょっとガテン系(←死語?)という印象だったが・笑)、そして忘れてならないのが社会起業家的な切り口の記事。
今回は、セレブシェフJamie Oliverの経営するFifteen Foundationを含む二社の活動が紹介されていた。

ふと、先日FT magazineで読んで本当に共感したClaire Wilson氏の記事を思い出した。
‘Choose What You Read’
毎日街中に溢れている無料配布のフリーペーパーに以前から疑問を感じていた彼女は、ある日友人と二人で、ボランティアで集めた書物の無料配布を行う団体を立ち上げた。
考えてみれば、東京でも「メトロ文庫」の歴史は古いと思うので、コンセプトとしては決して新しいものではないが、フリーペーパーに異議を唱える彼女の考え方には100%賛同する。
私もフリーペーパーが大嫌いだ。
セレブの生活にも、少年犯罪のリアルな描写にも興味がない。
フットボールの結果をチェックするのには便利ではあるけれど。

―Choose What You Read。
益々情報が氾濫する現代、我々には読むものを選ぶ権利がある。
今後は、ビッグ・イシューを進んで読もうと思う。
今日のような、ささやかな幸福感を味わうためにも。
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# by canary-london | 2009-04-22 11:09 | social entrepreneur

エレベーター考

毎度思うことだけれど、エレベーターというもの、それにあの狭い空間の中での人間模様って実に面白い。

私の現在の勤務先は9階建てのビルの3階であるため、出社・退社時にこの興味深い空間で過ごす時間というのは残念ながらさほど長くないのだが、東京の満員電車でもなければあんなに狭い空間で他人同士が互いに密着して過ごす場面は少ないと思うので、この狭さ・密着度ゆえの面白さなのだろうと思う。
エレベーターの狭さが笑いのネタを提供するのは何も新しい話ではなく、サトウサンペイ氏の「フジ三太郎」だったか、エレベーターの中で誰かがオナラ(しかも所謂‘すかしっ屁’というもの)をした場合の犯人探しを巡る機微など子供の頃面白く読んだ記憶がある。

狭さということと会話について。
特に我々のような業界では、部署によりあまり公になっていない情報(例えばある会社の株価に影響を与えるような)を持っている人もいるため、エレベーターの中で固有名詞を出して仕事に関する会話をするのは避けるべし、といった何かしらのガイドラインが設けられていることが多いと思う。
・・・この「固有名詞を出さない」という部分、人によってはあまりというかまったく守られていない(笑)。別に私自身、株価に影響を与える云々でひと儲けできるような情報に耳をそば立てているわけではなく(残念ながらそういった才能も覇気もまったく持ち合わせていない)、同僚とお客さんに関する情報で「へえー」と思うようなことの情報源が意外とエレベーターだったりするという実に低俗・世俗的なレベルの話なのだけれど。
多少補足として言い訳をすると、固有名詞に関するセンシティビティーは、建物として弊社だけが入るビルか、あるいは複数の企業が雑居するビルかによっても違いがある。
弊社のロンドンオフィスは前者。とはいえ、もちろん外部からのお客さんが乗っていることは多いので、乗り合わせるのは弊社の人間ばかりとは限らない。

ロンドンという地が、上に書いたようなエレベーターにおける「会話の傍若無人さ」に拍車を掛けるのは、多国籍である環境にも少なからず原因があるのかもしれない。
自分自身について考えてみても、「日本語なら分かるまい」と思って公共交通機関の中で友人と日本語で話をし、しばらくして反省した局面は一度二度ではない。
周囲の人について何か悪い事を言っているわけではないのだが、単純に「英語で皆に意味が解せる内容だったら相当恥ずかしいよね」といった類のこと。
弊社では、部署にもよるので分からないけれど、英語でない言語(その殆どがヨーロッパの言語だが)を母国語とする人は半分以上に上るのではないかという印象。
フランス人など結構熱くなる傾向があり、フランス人同士ともなると、エレベーターの中で周囲にはお構いなしといった風情で早口で喋り続けている。
・・・自分にフランス語が分かれば面白い会話をしているに違いない。

エレベーターの中に設置されることの多い鏡というのも、このハコの面白さアップに貢献している。
私は別にナルシストでも何でもないのだが、出勤時にエレベーターに自身の姿を映してチェックする作業は欠かせない。実際、朝も早いと「取るものも取りあえず」家を出ることが殆どなので、エレベーターの鏡を見て初めてマスカラがとんでもない位置にはみ出していることに気づいて慌てて直すことも多い。
出勤時だけでなく、デスクの同僚数名と持ち回りでオフィス裏のスタバにコーヒー調達に走るときも、クセになっているし他に特にすることもないのでエレベーターの鏡を凝視することになる。あるときコーヒーのトレイを持って鏡を見つめていたら、乗り合わせた同僚(といっても知らない男性だが)に「その鏡の裏は隠しカメラになっていて撮影されているんだよ」とからかわれ、一瞬真に受けて本当にびっくりしてしまった。
・・・英国的sense of humourだなあ。

こんなすべても、旧式で鏡以外特に面白いものも設置されていないエレベーターゆえ。
最近の、特に東京の新しいオフィスビルに多いTVモニターがついているエレベーターなどでは、私がつらつらと書いたような原始的なエレベーターの楽しみは味わえないことだろう。世の中「エレベーターは狭いもの」といった常識も変わってくるもので、自分が東京で勤めていたビルは、ガラス建ての建物の中心を吹き抜けにし四方に大型エレベーターを据えた斬新なデザインを不動産会社が自慢にしていたが、エレベーターが大きいと、ドアが閉まるのに時間が掛かり、例外なく急いでいる朝の出社時など本当に苛々する。大体が、ドアがゆっくり閉まり切る直前に強引に駆け込んでくる輩がいるもので、こうなると安全上の理由から大きなドアが再度悠然と開き切ることを余儀なくされ、更に人が駆け込んでくるという悪循環。
デザイン性より機能性を重視してほしい、と毎朝S不動産に心の中で悪態をついたものだ(笑)。
そんなわけで、時代と共にエレベーターも変化・進化するのだろう。
50年後・100年後の世界には、エレベーターというものすらなかったりして。そんなジョージ・オーウェル的な思いを抱くと、空想がどんどん広がり、気づくと傍らのワイングラスが空になっていたりするので困ったものだ・・・。
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# by canary-london | 2009-04-17 13:57 | current
前回インベストメントバンカーのファッションについて少し書いたので、調子にのってこのトピックについて続けて書くことにする。

以前にも紹介したことのあるFTのコラムニスト、Lucy Kellaway氏のコラムは時流をうまく捉えていて本当に面白い。2-3ヶ月ほど前の彼女の記事の一つに、不況とホワイトカラーのファッションについて言及したものがあって興味深かった。
これ自体はそんなに目新しい話ではないが、つまり現在のような不況時においては、小ざっぱりとしたスーツ姿の人が増えるということ。
すなわち、求職人口とスーツ姿の人の数がある程度の比例関係にあるということなのだろうと思う。

前回のエントリで、「・・・普段スーツ姿を見慣れている同僚・・・」などと書いたけれど、実は私の職場はスーツの人ばかりではない。
インベストメントバンクと一口にいっても、会社、ロケーション、そして部署によって服装のプロトコルには実は大きな違いがある。

まず会社による違いということについて。
通勤時の服装に関するポリシーは会社によって異なる。
もっといえば、その時々のマネジメントの主義によって左右される。
私は当初ロンドンに転勤した際、ワイシャツでなくボタンダウンのシャツにチノパンというトレーダーの多さに「東京オフィスに比べて何てカジュアルなんだろう」と驚いた覚えがあるが、10年ほど時間を巻き戻すとロンドンでの服装に関する規律は今よりかなり厳しいものだったらしい。
こちらで同じフロアに座る債券畑の同僚は、来客などがないときにはスマートカジュアルという人が多い。

ロケーションによる差もあるように思う。
ロンドンのシティやカナリーウォーフとニューヨークのウォール街を比べた場合、ニューヨークのバンカー達の服装の方が概ねぱりっとしている。
映画「ウォール街」からはもう20年以上も経ってしまったが、街の雰囲気と国民性の両方が作用するのか、今も頭から爪先まで抜け目のない格好で「肩で風を切って歩く」バンカーの数はロンドンよりもニューヨークの方が多いように思う。
ロンドンは何というのか、ユルイのだ。
・・・とはいっても勿論、折からのクレジット・クランチで、肩で風を切って歩けるだけの自信も財力も、また職すらも失った人が圧倒的に多いなか、世界的にこんな人種自体が激減してはいるのだろうけれど。

部署による温度差もある。
上にも書いたとおり、私の働く債券部はカジュアルが主流。
何らかのニュースを受けてフロア全体が騒々しくなることもあるほか、実際問題としてトレーディングフロアというのはPCの端末が異様に多いせいか、割合温度が高く乾燥しているため、首までボタンをきっちり締めてネクタイなど、現実的に「やってられない」という面もあるのだろう。
一方で、企業買収などを手掛ける所謂「バンカー」と呼ばれる投資銀行部門では、普段から隙のないファッションに身を包む人が多い。
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あくまで個人的な感想だが、私はオフィスで一緒に時間を過ごす男性にはスーツを着てほしいと思うスーツ支持派。
普通のスマートカジュアルの場合は、先日さんざん批判したジーンズほど着こなしの差が出るわけではないのだが、やはり同じ空間で働く男性が綺麗にプレスされたシャツにぴかぴかの革靴を履いていると、背筋が伸びる。
・・・冒頭のKellway氏のコラムに戻ると、こと服装に関していえば「不況万歳」ということになるのだろうか(笑)。
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# by canary-london | 2009-04-11 05:45 | cravings
先週、水・木の二日間ロンドンでG-20が開催された。
「反資本主義」「反銀行」で一致団結したデモ隊がBank of England(イングランド中央銀行)の周囲を練り歩き、公的資金の無駄遣いによって悪の権化とされたRoyal Bank of ScotlandのThreadneedle Street支店の窓ガラスを割るなど、ロンドン全体が緊張に包まれた二日間。

結果的には上記のような単発的なデモ活動を除いて、幸いにして概ね平和的に行事は終了。
しかし、「反銀行」が声高に叫ばれるなか、特に我々の業界における警戒心は強く、デモの中心的な舞台となったシティではなく東部のカナリー・ウォーフに拠点を構える弊社でも、両日ともに     'dress-down’が奨励された。

Dress-down。
つまり、資本主義の象徴と見做されないよう、ぱりっとしたスーツと高級革靴ではなく、うんとカジュアル・ラフな格好で出勤するということ。
万が一テロなどが起きたときに、機動的に動ける服装という意味合いもあるのだろう。

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実際ジーンズでオフィスに現れる同僚も多く、トレーディング・フロアも普段と少し趣が異なる。そんな中で、小姑としてどうしても気になってしまうのが、普段スーツ姿を見慣れた同僚がジーンズに着替えたときのファッション・センスだったりする。

欧米人は日本人に比べて概して体格が良いことも手伝って、仕立ての良いスーツとウィングチップに身を包んでいるときにはサマになっている面々が、ひとたびジーンズという普段と全く違う服装になったとき、スーツのときには見えない部分が見えてきたりして面白い。

全体的に言えるのは、ジーンズでお洒落と思える人がいかに少ないかということ。
もちろん、ジーンズをばっちりはきこなしている人もたまには見かけるものの、大体いただけない。普段ジーンズをはき慣れないバンカーは、ジーンズをはくと、以下の三タイプに大別できるように感じた:
(1) パンツ替えただけじゃんタイプ
一つ目の分類は、下半身だけとりあえずジーンズに替えてみたというタイプか。
足元はChurch’sやCrockett&Jonesなどの英国派か、はたまたBerlutiなどイタリア派か、ジーンズの裾から上質な革靴が覗く。上半身は、白シャツというのは爽やかで良いのだが、ジーンズなのにカフスボタンは明らかにミスマッチでしょ?

(2) 年齢無視してラフにし過ぎタイプ
ジーンズというと少し気負って全体的に若作りしなければ、という強迫観念に駆られてしまう人もいるよう。
QuiksilverのTシャツとジーンズとか。オマエ、どう見てもサーフィンとは無縁だろう。
アバクロを着ている人は、本人としてはかなりイケてるつもりなのだろうが、いかんせん若い。それから、やっぱりアバクロは腹筋が六つに割れている人が着るべきだろう(←偏見だろうか)。

(3) おうちで庭仕事タイプ
三番目のタイプは、ジーンズというと本当に「作業着」だと思っているタイプだろうか。
腰回りはゆったりし過ぎている一方で丈の短すぎるジーンズに、薄汚れたスニーカーという人もいて、普段のスーツ姿は悪くない男性だったりすると、「うーん、君はスーツのままでいてくれ」と思ったりする。

かく言う自分はといえば、4月1日の朝はG-20のことをすっかり忘れており、少し肌寒かったこともあって毛皮など纏って出勤してしまった。
勤務先がシティであれば、卵でも投げられていたかもしれない。
嗚呼、何事もなく終わって良かった(笑)。
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# by canary-london | 2009-04-06 04:26 | diary
ニューヨークにおけるもうひとつの‘Met’は、もちろんMetropolitan Museum of Art

美術館というのは、自分の中での「適正なサイズ」というものがあって、あまりに規模の大きいものは、いかにコレクションが素晴らしくても何だか身構えてしまって行く頻度が遠のく。

パリが良い例で、ルーブルのコレクションはもちろん秀逸なのだけれど、まず大き過ぎて、数時間はおろか早朝から夜まで一日たっぷりかけたとしても、自分の見たいものを全て見ることができない。
それゆえ、限られた滞在時間でルーブルよりも頻繁に足を運ぶのは、自分の身の丈に合ったサイズの大好きなオルセー美術館や、規模はさらに小さいものの全館を通じて見たとき感動を与えてくれるピカソ美術館やマルモッタン美術館、オランジュリー美術館などなど。

ニューヨークのMetは、前回訪米時の2006年には残念ながら訪れる時間がなかったため、最後に行ったのは1999年ということになる。
今回のニューヨーク行きには自分としては幾つか動機があり、間もなく日本に帰国してしまうロンドンの親友と共通のニューヨーク在住の友人を訪れるという名目での最後ないし最後に近い二人での旅行に行くこと、前回書いた世界のMetでオペラを観ること、そして、米国に多く貯蔵されるオランダの画家・フェルメールの在ニューヨークの作品を観ることが主だったもの。

そのフェルメールは、今回ニューヨークで9枚観ることができた。
世界に32-37枚(鑑定家によりフェルメール作品として認められているものの数が異なる)しか現存しない寡作のオランダ人画家の作品の四分の一が、ニューヨークという一つの都市に所蔵されているのだ。Frick Collection(フリック・コレクション)に3枚、そしてこのMetに6枚。

以前から訪れたくてたまらなくて今回やっと機会が訪れたフリックは、美術館全体がひとつの芸術作品のよう。三枚のフェルメールも大事に展示されており、池の周りに花が咲き乱れる小さな中庭を囲んで館内を歩くのは正しく至福。時間が過ぎるのも忘れてしまう。

一方のMet。
誰もが認める傑作である「窓辺で水差しを持つ女」をはじめとする4枚が一部屋に、そして隣接する部屋に「眠る女」など2枚が、なんというかとても贅沢に展示されている。
・・・これだけの数のフェルメールを、こんなに所狭しと並べてしまっていいんだったっけ、と観る側としては何となく当惑を覚えるのだ。
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Metの19世紀絵画コレクションは実に素晴らしく、19世紀に限っても所蔵作品は約2,200点を数えるとのこと。定められた入場料というものがなく(といってもロンドンの多くの美術館の常設展示のように自由に出入りできる放任主義ではなく、10-15ドル程度は払うような倫理工作が巧みに行われてはいるが・笑)、これら作品が展示スペースに並べられる限りにおいては思う存分楽しむことの出来る一人の観光客としては文句をいう筋合いではないのだけれど、美術の教科書で眺めた名作の洪水に押し潰されそうになる。
・・・フェルメールの二室から奥へ進むと、モネだけを集めた部屋、セザンヌの部屋、ドガの部屋、ゴッホの部屋・・・。
規模が大きいことはもちろん分かってはいたのだけれど、今回行ってみて改めてその規模に敬服すると同時に、正直軽い吐き気を覚えた。

美術品は、歴史をたどれば戦勝国が戦利品として得たものも多く、過去は決して綺麗なものばかりではないし、基本的には国の富と権力の象徴である部分は否めないのだろうと思う。200年ほど遡れば、ナポレオン。ヒトラーの後継者に指名されながらも死刑を宣告され、執行前に自ら命を絶ったヘルマン・ゲーリングの蒐集癖も、正気の沙汰ではない。もっともこれは戦勝国云々というより、ひとえに個人の乱心といえるかもしれないけれど。

このことは頭では理解しているつもりであるし、もちろん折角の豊かなコレクションがお蔵に眠ったまま日の目を見ない状態は美術品にとっても不憫なので(10年近く前に訪れた台湾の故宮博物館はその典型例で、常時所蔵品の3分の1程度しか展示していなかったように記憶している)、所蔵するものについては惜しみなく誰の目にも触れることを貫く姿勢には脱帽する。

ただ。
たとえは幼稚だけれど、誕生日とクリスマスとバレンタインを全部一度にお祝いされてしまったような。
もしくは、ひとつずつ苺ののったショートケーキを、12ピース全部同時に食べてしまうような(これはメタボ的には別の種類の問題があるが・笑)。

刹那的なのに、楽しいものや豊かなものや美味しいものは可能な限りゆっくり味わいたいと思う人間のわがままゆえのジレンマなのだろうか。大好きな19世紀絵画のセクションを半分ばかり眺め終わったところで、ふと、「Metさん、有難う!でも今日は自分のキャパシティ以上の美術品を堪能したのでまた出直します!」と五番街を歩いている自分に気づいた。

―また、ニューヨークに戻らなければならない理由が増えてしまったな。
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# by canary-london | 2009-04-01 08:44 | travel
成田空港での事故を受けすっかり脱線してしまったが、ニューヨークについての記述が尻切れトンボとなってしまっていた。
今回のNY滞在は正味三日半程度と慌ただしいものだったが、その中で、二つの‘Met’にはそれぞれ二度足を運んだ。

・・・一つは、昨年創立125周年を迎えたMetropolitan Opera。
普段、きっと世界の中では「田舎劇場」の部類に入るであろうロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスに通い慣れている私にとって、生まれて初めて足を踏み入れるMetの規模と煌びやかな風情に圧倒された。
ホールの大きさと天井の高さが手伝って音響は秀逸。
入口から左右に拝むことのできる二つの壁画はChagallの手になるもの。赤を基調にしたものと、青・緑のものとが対称的に並べられ、目に美しい。パリ・オペラ座の天井画といい、なぜオペラハウスにはシャガールの画が多いのだろうか。

今回観た演目は、Bellini作曲の「夢遊病の女」(Natalie Dessay / Juan Diego Florez主演)と、Puccini作曲の「マダム・バタフライ」(Patricia Racette/Marcello Giordani主演)。前者は奇をてらった現代的な演出が個人的にはまったく好きになれなかったものの、Dessayはいつ聴いても感動する。昨年一月のBarbicanでのコンサートや、4月にMetライブ中継で聴いた「連隊の娘」に比べて声のハリ・伸びが少ないように感じた部分もあったのだが、この人は容姿・演技力等すべてを総合して実に素晴らしい。Florezの甘過ぎる声は私自身好みではないが、現在活躍するテノールの中でこんな声の人はいない。
「連隊の娘」でも観た夢のペアには、とにかく脱帽の一言だった。
一方の「マダム・バタフライ」は、演出が素晴らしかった。‘Cho-cho-san’を歌ったPatricia Racetteは、日本人的にはもう少し華奢であってほしいと思う部分もあったが(たおやかなヒロイン設定の多いオペラにおいてはそう感じる局面が多いけれど)、歌唱は透明感のある質の高いものだった。
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そんなMetに行ってみて、気になった点はといえば・・・。

一つは服装について。
海外のオペラ劇場やコンサートホールに行くたび、服装やマナーに関するその土地のプロトコルに気を配ることになる。
私はヨーロッパでもそれほど多くの都市に行っているわけではないけれど(これまで、ミラノ、ウィーン、ザルツブルグ、パリ程度)、自分の経験しているなかでは、断トツでザルツブルグがフォーマルである。ウィーンに比べても、さらにうんとフォーマル。
自分の訪れる機会がたまたまイースター・フェスティバルや夏のザルツブルグ・フェスティバルなど由緒あるイベントが多いせいかもしれないが、自分の両脇が共にベア・ショルダーのイブニング・ドレスで焦った体験をしたのは、後にも先にも(?)ザルツブルグだけだ・・・と思う(笑)。

・・・などというと不平のように聞こえるかもしれないが、女性の立場から言うとあながちそんなこともない。むしろ、日常生活の中ではドレスアップする機会が少ないため(そんな機会の多い生活をしている人もいるかもしれないが、少なくとも自分には無縁である)、気の迷いで買ったドレスが日の目を見るイベントは大歓迎である。
が、ウィーンの国立歌劇場、ミラノのスカラ座、そして今回のニューヨークのMetと色々足を運んでみて、正直少しがっかりする。
特別なイベントのために、少し背伸びして着飾る女性の姿を見るのは、それはそれで自分の背筋も伸びるもの。二年ほど前にウィーンを訪れたときには、ジーンズにスニーカーという出で立ちの輩がいて驚いたが、今回のニューヨークでも、比較的カジュアルなワンピースにショールという姿の自分が全体の中ではおそらくドレッシーな50%に入る状況にやや寂しさを感じた。折からの不景気も影響しているのだろうか。
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二つ目は客層。
何とも素敵なMetのオペラハウスなのだが、客層が実に雑多であるという印象も強めた。買物目当てでニューヨークを訪れているアジアからの観光客も多いのだろう、私も自らのことを棚に上げてエラソウに「マナー」などと講釈を垂れるつもりは毛頭ないけれど、マナーがあまり良くない。何が一番気になったかというと、終演後キャストが再登場してお辞儀し拍手で迎えられるのを待たずに席を立って帰ってしまう人がいかに多いかということ。映画のエンドロールでも最後まで席を立たないこだわりを持つ私としては、三時間熱演を聴かせてもらった後のこの非礼は俄かに信じがたい。

ところで、今回のニューヨーク考として書きたかったのは、実はこの「Met」に関してではなく、もう一つの「Met」についてだったのだ。
ということで、第二のMetとニューヨークについてはまた次回(ここまで引っ張ったし明日書きます・笑)!
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# by canary-london | 2009-03-28 22:00 | travel

成田空港にて

ニューヨークから戻って数日後には東京へ旅立つという何ともglobe-trottingに忙しい日々が続いたため、すっかり更新が滞ってしまった。

さらに更新が遅れたのには、実は理由がある。
―ほかでもない、成田空港でのFedEx社の貨物機事故。
これで、23日月曜日に自分が乗る予定にしていた飛行機が欠航となってしまい、結局成田で一泊せざるをえなくなったため、自分自身の英国への帰国も当初予定より24時間遅い火曜日夕刻となってしまった。
これまた「とりあえず」の雑感ばかりだけれど、備忘録代わりに頭に浮かんだ雑多なことを書きとめることにする。

どうでもいいが、自分は「あれのおかげで間一髪助かった」という類のニアミス体験が非常に多い。2004年12月に起きたスマトラ沖地震のときには休暇でモルジブへ行っていたのだが、「こんな日に帰るなんて、何てもの好きな」と現地の人に不思議がられながら12月25日・クリスマスに島を飛び立った10時間ほど後に地震と津波が一帯を襲い、自分が滞在していたホテルもほぼ水没している映像を見て肝を冷やした。

この手の、自分が全く専門的知識を(シロウト的知識すらも)持ち合わせない時事ネタが起きたとき、現代人としてはまずはGoogleして関連する記事やブログに目を通すのがごく普通の行動パターンだろう。ご多分に洩れず自分も検索してみたところ、事故発生からわずか24-48時間程度の時間に、高い専門的知識も踏まえた様々な意見・批判がネット上に展開されているのに驚いた。
・・・へー、墜落したMD-11機というのは安定の悪さと操縦の難しさにより旅客機としての使用は激減し、「飛べばいい」という意識の強い貨物機ばかりなのか。などなど。
「航空評論家」なる肩書きの人はともかく、全く業界に関係ないと思しき人がプラモデルを駆使してMD-11とエアバス大型機の安定性比較を行うなど、「スゴイ」の一言。
ちなみに、Wikipediaにおける成田空港の記述も、わずかの時間で今回の事故に関してアップデートされている。「フェデックス80便着陸失敗事故」なんて新しい項目も加えられ、仔細な説明が加えられている。
世の中にはオタクって、本当に多いものなのだ(笑)。

様々な記事を見るにつけ、改めて世界との比較をした場合の成田という空港の異常さを痛感した。ある友人は「今回の事故で日本の航空行政の歪みが露呈されたよね」と容赦なかったが、今回のような事故が起きたとき、どうみても滑走路の不足が致命的だ。
ロンドンでも、常時パンク状態のヒースロー空港およびロンドン近郊の5空港(そう、それでもロンドンは都心部から十分アクセス可能な範囲内に5つの国際空港があるのだ)の惨状に鑑み、埋立地を利用した浮島に新しい空港をゼロから作り直すという1970年代から浮かんでは消えている構想に、昨年就任したボリス・ジョンソンロンドン市長が意欲を見せていたものの、未曾有の不景気の中でこんな構想もまたぞろ消え失せるのだろう。

これも今に始まったことではないけれど、「減点方式」の日本のマスコミ報道の姿勢にも改めてうんざりさせられる。確かに成田ほど忙しい空港を26時間麻痺させた影響は甚大だったとはいえ、事故の原因究明も、亡くなった機長と副操縦士への追悼の意もそこそこに、FedEx社に対して「早く謝罪しろ」の一点張りは、日本という国の国際社会へのメッセージ発信という観点からもいかがなものかと思う。実際に足止めを食うなどして影響を受けた乗客の我々が、謝罪などより先に一刻も早い運行再開に向けたすべての措置を取ることを求めているのだから。
多数の乗客を乗せた旅客機でなかったことが不幸中の幸いではあったが、今回の事故で亡くなったお二人のご冥福を心からお祈りする。

「Nepotism」(=縁者びいきと訳されている。ちょっと違和感があるけど。。。)という言葉は、日本ではあまり馴染みがないかもしれない。今回の成田空港での大混乱の中で、そんな傾向も感じた。私は最近ロンドン⇔東京の往復にはもっぱら全日空を利用しているのだが、相次ぐ欠航と混乱の中、全日空の加盟するスター・アライアンスの一定資格以上のメンバーへの優遇措置が繰り返し案内されていた。二日分の乗客が詰め込まれさぞや混むかと思っていた帰りの機内は意外にも空いていたのだが、この資格も持たず格安航空券での飛行を予定していた多数の人は、翌日の便に振替が出来たのだろうか。

番外編。成田空港に程近いホテルでのこと。
事情が事情だけに、会社の人事に掛け合い会社負担で空港の近くにホテルを取ってもらった。不景気の折、豪華なホテルがあてがわれる筈もない。「シャビー」という形容詞の方が似合いはするが、清潔なベッドとお風呂とインターネット・コネクションがあれば文句を言う筋合いではない。それでも約270室という大型ホテルのせいか、ルームサービスには「24時間メニュー」があって感心した。これもまた、「眠らない街・トウキョウ」の為せる業なのだろうか。
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# by canary-london | 2009-03-26 14:53 | diary

ニューヨーク考

週末に休日を二日ほど付けてニューヨークに行った。ロンドンからNYは、行き7時間強・帰り6時間強かかるとはいえ、やはり東京からいずれかに行くことを考えると近い。
前回訪れたのは2006年の初夏なので、三年弱ぶり。
私は5歳から9歳をニューヨークで過ごしたので、第二の故郷ともいえる街だろうか。
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そんな久し振りのニューヨークについて、今回は雑感諸々を思いつくままに述べることにする。
1. ここで言うまでもないことだけれど、ロンドンに比べて「街のペース」が速い。
東京の新宿駅地下通路と違って他人にぶつからずに歩けないということはないけれど、人が多い。

何しろ、クラクションがうるさい。
ただクラクションに関して言えば、イタリアはある程度の都市となると何処に行っても大概うるさいので、必ずしも「街のペース」や人の多さとは関係なく、単純に国民性と忍耐力の問題なのかもしれない(笑)。

それから、後ろの人のためにドアをホールドしない。
レディファーストとかいうことに拘らず、ロンドンに暮らすと後続の人が来るまでドアを手で開けて待つことに慣れてしまうものだ。
ニューヨーカーは基本的にこれをやらないので、ドアを開けて待つ度に異常なほど恐縮されてしまった。

2. アメリカ英語というもの。
アメリカ英語というのは、耳慣れないとただの耳障りだったりする(笑・失礼!)。
5歳の頃は、訳もわからず毎朝左胸に手を当て、星条旗に忠誠を誓ったりしていた。
‘I pledge allegiance....to the flag....of the United States of America’
暫く経つと、毎朝呪文のようにそのフレーズを呟くことに疑問すら感じなくなる。

JFKに降り立つと、入国審査のところでCNNが流れている。
CNNはもちろんヨーロッパにいても見る機会が多いとはいえ、アメリカ本土で聞くとまたひときわ「アメリカ的」だ。
非常に「アメリカ的」な美人キャスターが「アメリカ的」な記事を(そのときは、バービー人形がティーネージャーに容姿のみを重視するという悪いメンタリティを植え付けるという見解を表すものだった)、極端な「アメリカ的」英語で読みあげていく。
・・・ニューヨークの同僚とやりとりする機会は多いものの、日常的には忘れているこの感覚が蘇る。

3. 交通機関について。
まずはタクシー。
マンハッタン島に滞在すると、道行く車の過半数は名物の黄色いタクシーといっても過言ではないほどタクシーが多い。
しかし、いざ捕まえようとすると驚くほど空車が少ない。
そして、行先により(自分の風貌の問題ではないと思いたいが・笑)乗車拒否が甚だしい。
・・・この国、本当に1929年以来の不景気なんだろうか。
そんな疑問と不満をNYに在住する友人にぶつけたところ、マンハッタン島はタクシー代が著しくリーズナブルだから需要が供給を上回るとの弁。
確かに、そうかも。

一方の公共交通機関。
これまたNYの名物といっていい地下鉄について思ったこと、二つ。
一つ目は、NYの交通機関も意外に消費者にとって最悪であるということ。
到着日翌日、友人とのディナーの待ち合わせにたまには早めに行こうと思ってホテル最寄の駅から地下鉄に乗ったはいいが、まず電車が来ない。
10分近く経ってやっとホームに電車が滑り込んでくる。
混雑する電車に乗ったと思ったら、次の駅までの間におもむろに電車が停止してしまう。
何の車内アナウンスもなく、10分が過ぎる。
乗客は苛々する風もあるものの、基本的には辛抱強く待っている。
そのうちに、音もなく電車は動き出したが、先の方の駅で人身事故が遭ったためにこの先も遅れが予想されるとのアナウンスがその後に入ったため、とにかく電車を降りてタクシーを捕まえようとすると、上記のような状況。

ロンドンに暮らしていると、公共交通機関があまりに酷いために比較的寛容になるのだが、NYの地下鉄も意外に最悪だったりする。変な話だけれど、ロンドン住人としては何ともなしに少しほっとしたりもする。

二つ目。
2006年初夏にNYに行った際、Giuliani前市長の貢献でここまでNYは安全になったのかと感動した。比較的遅い時間に女性が一人で地下鉄に乗っても恐いという気持ちを抱くことが殆どない。
不景気の際の常だけれど、治安が少し悪くなったと色々な人が言うのを耳にする。
今回NYで会った友人数人にそれとなく聞くと、「多少はそういう部分もあるだろうけど」といった趣旨の現実的な答えが返ってきた。
現在の不景気で世相がこれ以上悪くなることがなければ良いのに、と切に願う。

4. ホテルでの新鮮な体験x2
滞在の短い今回は、とにかく場所が便利であることを優先し、ミッドタウンはWest 57th Stのとあるホテルに滞在した。
驚いたこと一点目は、フロントにいるホテルマン。
ロンドンから行くリゾート地は押しなべて若く綺麗な女性が多い印象なのだが、体格が良く所謂イカツイ男性が多いのにびっくり。
やはり街の治安とホテルフロントの「キレイドコロ」度は反比例するのだろうか。

二点目は、驚いたというよりも心が和んだことだが、エレベーターで終始流れる映像が、例外なく犬猿の仲である猫とネズミの一幕を描いた’トム&ジェリー’であることだった。
この街はストレスに苛まれる人が多く、それも見越して少しでも癒し効果のあるアニメを採用しているということなのだろうか。

5. レストランでのカロリー表示
メニューのそれぞれに「これは350kcalで体にいいです」とか、「これは900kcalなので一日の残りは軽食にしましょう」と書いてあるようなビジュアルに、我々は慣れていない。
いつからだったか覚えていないが、NY州は外食産業におけるカロリー表示が近く義務化されるとの話を初めて聞いた際に背筋が寒くなった覚えがある。
今回の訪問で、三年前に比べてカロリー表示が明らかに増えている現実に直面した。

・・・とはいえ、より憂うべき事態は、いかにカロリー表示を徹底しようがセントラルパークをジョギングする男女が多かろうが、アメリカは概ね肥満国家であるという紛れもない現実である。

*****

今回の旅を経てもっとも強く感じたことには今回触れるチャンスがなかったのだが、これについてはまた次回。
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# by canary-london | 2009-03-13 09:22 | travel