ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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CEOはつらいよ

大企業のトップというのは、その一挙手一投足で会社の評判なり株価なりが左右されるという意味では、殆ど「セレブ」といえる。昔からその傾向はあるけれど、不景気のなかネガティブなニュースへの反応がより大きい昨今、企業トップの健康を巡る様々な憶測が後を絶たない。

最近もっとも巷で話題となっていたのは、言うまでもなくアップル社のスティーブ・ジョブズ氏だろう。ベジタリアンでもあり決して太ってはいなかったものの、もともとは割合丸みのあるえびす顔だっただけに、ここ一年程度での頬のこけ方と体重減少は見ていて痛々しいほどだった。

↓往時のジョブズ氏
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         最近の写真↓
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先日ついに、6月末までの一時的措置としてCEO休職を宣言。
不景気にジョブズ氏の健康不安が拍車を掛ける形で下落の一途を辿っていた同社の株価は、休職宣言の数日後に底打ちして反発したようにも見えるが、今後混迷は更に深まるのだろうか。

ジョブズ氏の病に蝕まれた様子とは比べるべくもないが、丁度ジョブズ氏の休職宣言の翌日に腹痛で病院に担ぎ込まれたために、一部メディアで妙に話題を集めていたのはドイツ銀行頭取の   ジョゼフ・アッカーマン氏。曰く、会社のクリスマスパーティーで「ソーセージ2本とザワークラウトを食べたら突然気分が悪くなった」とか・・・。
原因は過労以上のものではなかったらしく大事には至らなかったが、仮にここでの記述が「ソーセージを2本」ではなく「ソーセージを8本食べたら」とかになっていたとすると、「単なる食べ過ぎからくる腹痛じゃないか?」「企業トップとして自己管理がなってない」などと批判されるのだろう(笑)。CEOはつらいよ、ってなもんだろうか。
世の中に対して絶大な影響力を持つというのは決して悪い気持ちのすることではないのだろうが、食事の内容までつぶさにパパラッチされるのは、自分だったらたまらない。あー、偉くなくて良かった。

余談ながら、スティーブ・ジョブズについて少々触れるにあたって彼をGoogle検索していたら、有名な2005年6月のスタンフォード大学での卒業スピーチがYoutubeで引っ掛かり、すっかり聞き入ってしまった。
オバマ新大統領といいこの人といい、アメリカ人のリーダーとなる人は、本当に聴衆を惹きつける話し方を体得している。
パブリック・スピーキングの上手下手ではなく、イギリス人ではこうはいかない。
人生に対する姿勢やパッションの違いなのか、ひとえに国の成熟度の違いなのか、その全てなのか、あるいはいずれでもないのだろうか。アメリカ人の熱血スピーチよりも肩の力の抜けたイギリス人のトークがすっかり心地良く感じるようになっている自分に問いかけてみても、答えは出ないのだけれど。
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by canary-london | 2009-01-27 08:55 | current

寒さ対策アイテム

10年ぶりだか15年ぶりだかの大寒波が襲った今冬のロンドン。
普段の冬であれば気温も零度そこそこ、平地ゆえに雪も滅多に降らないロンドンなのだが、今年はとにかく寒い。寒い、寒い。
1月後半に入ってやっと一段落した感があるが、12月末から1月初旬にかけては本当―――に寒かった。

一昨年の晩夏にセントラル・ヒーティングのフラット(アパート)から一軒家に引っ越して、「一軒家とは寒い」ということを身に沁みて感じたが、今年は昨年の比ではない。
暖房はもちろん入れているのだが、建物自体が古いこと、さらに面積が比較的広く、全体的に木目が露わなフローリングであることが寒さに拍車を掛けているのだろう。
寒さが急激に厳しくなってから、睡眠時間と食べる量が妙に増えた気がするのだが、きっと寒いと動かなくてもカロリー燃焼量が多いのだろうと結論づけて、メタボ生活を勝手に正当化することにする。

出社前の暗い時間にシャワーを浴びるのは無謀なのでお風呂が欠かせなくなっているのは月並みなのだろうが、こんな寒さの折に欠かせないロンドンのプチ・アイテムを二つほどご紹介。

一つは、厚手のカシミア・ソックス。
オフィスのすぐ近くに店舗があるため、ショーウィンドウに展示される子供服が可愛くて思わず用がなくても入ってしまうThe White Company。店内をぶらぶらしていたら、’Cashmere Bed Socks’なるものを見つけた。ベッド・ソックスって、幾ら寒くても寝るときは裸足でしょ!!と思ったのだが、ルームシューズ代わりに使えば良いか・・・と思ってお買い上げ。あまりの寒さに、程なくして実際に「ベッド・ソックス」として睡眠中に暖を取るために使ってしまった(笑)。セーターなどもそうだけれど、カシミヤというのは高級品というイメージばかり先行してしまっている感があるが、寒い土地では実に重宝する実用品なのだ。
カシミヤ山羊さん、今日も暖かい一日を有難う。
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今一つは、「いつの時代??」と呆れられそうな手袋。
小学校高学年のとき指先の切れた手袋が流行した記憶があるけれど、そんな1980年代のものとコイツが違うのは、指が分かれていないところ。
「寒い」とぼやいていたら友人が贈ってくれたのだが、とにかく便利。
パソコンのキーボードを叩いたりピアノを弾くときには指先までカバーされる手袋を着けるわけにはいかないため、暖かさと機能性を兼ね備えたこの手袋が家で大活躍している。

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冬至の時分に比べると大分日も長くなってきたし、これから気温も上がっていくと良いのだけれど。
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by canary-london | 2009-01-26 04:24 | diary
クリスマスに書きそびれたこと、もう二丁書いてしまおう。

二つ目、くるみ割り人形と憧れのクリスマスツリー、そして’giving’ということについて。
12月15日は、コベントガーデンのROHで吉田都さんの踊る「くるみ割り人形」を観た。
異国の地にいると日本人の芸術家を応援したいという気持ちは、二度しかない吉田さんの出演する回をあえて選んだ理由の一つではあるけれど、この演目の「クリスマス」を体全体で表現したようなところが本当に好き。1892年に初演された当初、批評家からの評価は散々だったというからチャイコフスキーも気の毒だ。

良く考えたら、キャストは若干違うものの全く同じ演出のものを昨シーズンも観たのだったけれど、音楽も踊りも舞台も、クリスマス気分を盛り上げてくれるという意味ではこれもまた季節の風物詩。一年に一度見たっていいじゃないか。
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前回クリスマスツリーについて書いたが、くるみ割り人形に出てくるクリスマスツリーは言ってみればあらゆる子供の憧れなのではないだろうか。
根元には、大小様々の溢れんばかりのプレゼントの数々。
クララが幻想の世界に引き込まれる時、彼女が小さくなるにつれてツリーは天井を越えてどんどん高く大きく伸びていく。

ニューヨークに住んでいた頃、我が家のクリスマスツリーは人工的な物で決して大きくはなかったけれど、うず高く積まれたプレゼントは子供の自分をわくわくさせるものだった。
思えば、「クリスマスはとにかく人にプレゼントをあげたい!!!」という自分の妙な特性(ある意味欧米かぶれなのかもしれない)は、子供の時に植え付けられたものなのかもしれない。

この‘giving’に関連するのが、三つ目。
面白いことに、クリスマスが近づくと精神が寛容になる。
自分がサンタさんなわけでもあるまいし、クレジットクランチ隆盛の折財布の紐は固く締めなければいけないのだが、街の雰囲気に背中を押され、少なくとも私はどうも俄か博愛主義者になる傾向があるようだ。

今年の冬は異常に寒さが厳しく、駅やスーパーの出入口など至るところで物乞いをするホームレスの人達はひと冬乗り切れるのか心配にもなってしまうが、私は原則として何もしていない物乞いに何か与えることはしない(もちろん自分の暮らす先進国の環境下でという意味ではある)。同情票を買う作戦なのか、犬を連れている物乞いも多いのだが、非情なようだがドッグフードを買う余裕があるなら物乞いしてる場合じゃないだろうと思うし、本当にそこまで貧しいなら犬を道連れにするなんてもってのほかだ。

・・・話が少し逸れたが、クリスマスには精神が寛容になることについてだった。
私はそんなわけで、何の努力もしていない人に金銭をあげることはしないけれど、一方でバスキング(ストリート・ミュージシャンとして合法的に公共の場で演奏し金銭を稼ぐパフォーマンス)は積極的にサポートする。
問題は、バスカーは駅の地下通路などで演奏していることが多く、彼らの前を通る時は、自分自身ほぼ例外なく急いでいることである。なので、ジャンルを問わず「お、いいな」と思っても、ハンドバッグから財布を出す暇もなく通り過ぎてしまうということになりがち。

今シーズン思いついたことは、バスカーには公衆の面前で演奏しているということ自体に敬意を表し、とにかく10ペンスでも50ペンスでも何でも、帽子やギターケースに入れてあげようということ。こんなことを考えるのは、やはり自分の中での‘giving’精神が最高潮に盛り上がっている12月中旬なのだから我ながら分かり易くて笑ってしまう。
しばらく実践するのだが、やり始めるとこれはこれで矛盾が出てくる。
というのは、確かに演奏家はそれだけで何も努力していない人よりは見返りを受ける権利があると思うのだけれど、中には「コイツいかにも手抜きしてるなあ」なんて輩もいるのだ。となると、今までに素晴らしいと思いながらも素通りしてしまった無数のバスカーに申し訳ない気もしてくる。
一晩聴いたコンサートなら演奏家への思いは拍手の仕方に十分込めることが出来るけれど、一期一会でものの十秒程度しか遭遇している時間のないバスカーを瞬時にして差別化するのは実に難しい。
・・・何か妙案、ないものだろうか。
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by canary-london | 2009-01-14 07:36 | diary
新年には入ったものの、クリスマスについて書きたいことが処理しきれていないので、自分勝手に構わず書いていくことにする(笑)。

一つ目はクリスマスツリーについて。
クリスマスツリーは、日本のお雛様のように「娘が嫁に行き遅れる」などと焦って当日が済むとさっさと片付けられるという性質のものではなく、新年に入ってもツリーもデコレーションも放置されている。来英して間もない日本人の中は、お正月に門松がない風景を寂しいと言う人もいるけれど、こちらはクリスマスとお正月の風景に大きな差がないということになる。
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ツリーが「放置されている」というのには実は語弊があり、クリスマス当日の12月25日から、キリスト教の祝日である1月6日のEpiphany(マギ=賢者達が幼子キリストを訪れた日)までの12日間は祝祭が続くという考え方。以前本ブログでも、米国で過ごした子供時代に意味も分からずコーラスで歌った‘The Twelve Days of Christmas’という歌について書いたことがあるけれど、あの歌自体の出自には色々な意見があるとはいえ、「12日間」のお祝いということには正当な宗教的背景がある。

・・・しかしながら、現実問題としてはやはり「放置されている」ことに変わりはなく、更に困るのは後始末。
イギリスではアメリカに比べて、通行人の目も楽しませてくれるような派手なツリーとデコレーションで祝っている家庭は圧倒的に少ないとはいえ、ツリー自体は当然ながら「ナマ」の樅の木。東急ハンズで仕入れた人工ツリーに人工の電飾が輝く日本の家庭の典型的なデコレーションとは事情が違う。まあこの辺りは、宗教的な理由だけではなく、米国→英国→日本と土地が狭くなるにつれて、より現実的なデコレーションの方法が考案されていく部分もあるのだろうけれど。

1月6日を過ぎると、ご近所でも一斉に立派な樅の木が即ゴミ箱行きとなる家庭が多いらしく、先週ゴミ収集車が去った後は樅の葉や枝の残骸がそこかしこに散乱しており、何となくうら寂しい気持ちになってしまった。

そんなことをぼーっと考えながらインターネットを眺めていると、こんなサイトに行き当たった。ここにリンクが掲載されているEarth911というサイトに行くと、確かにクリスマスツリーをはじめあらゆる物のリサイクル方法を調べることが出来るのだが、米国限定。
私のご近所のツリーはどうもそのまま可燃ゴミとして処理されそうな気配濃厚だったが、英国にも環境に優しいこんな選択肢があることを願っている。
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by canary-london | 2009-01-12 03:36 | diary
・・・というわけで、「12月中下旬に山ほどあった書きたいこと」、どんどん書いていくことにします。
今日は、前回12月上旬に書いたクリスマスプレゼント商戦のちょっとした続編。

家族・友人へのクリスマスプレゼントを殆どインターネットで済ませてしまったのは前述のとおり。
インターネットで商品を注文するのはこの上なく便利なのだが、ひとつ問題がある。
それは、デリバリー。

宅配便が届けられるような時間に在宅していれば良いが、一人暮らしのサラリーマンたるもの、そんなこともあろう筈がない。配送先をオフィスにすれば良いのだろうけれど、得てして商品は重かったりかさばったりすることに加えて、何となく見栄を張ってしまうのかオフィスに配送させることは稀で、商品はほぼ例外なく自宅に届けられる。

幾らイイカゲンな英国のお国柄とて、さすがにこの手のものの宅配方法は「書留」もしくはそれに準ずるもの。
すなわち、受領者が在宅してサインをしなければ、原則として荷物は配送されない。
・・・あくまで「原則として」。
ここからが、この国のイイカゲンさ本領発揮だ。

この「書留」の配達通知が、帰宅すると玄関の郵便受けに挟まれている。
不在配達通知かと思って良く見ると、茶目っ気のある(というかいい加減な)文字で、「不在だったので、玄関脇のXXXに置いておきました」なんて書いてある。
一応盗まれないようにと配慮するらしく、宅配物の上に、ある時はゴミバケツ、別の時は靴磨き用のマットなど、様々なものが被せられている。
・・・「書留」が聞いて呆れるし、実際この方法で郵便物がなくなったことは何度かあるので、ゴミバケツの下に「書留」を見つけるたびに「やれやれ、またか」と思うのだが、一方で再配達をアレンジしたり、あるいは近くの指定郵便局にブツを取りに行く手間と時間を考えれば、ある意味効率性を重視したイイカゲンさなので文句ばかりも言っていられない。

もう少し真面目な配達人になると、「受取人が確実に荷物を受け取ること」を若干重視したメソッドになるらしく。ここで、日本でも良くみられる「ご近所に預ける」という策が登場する。
私もこのクリスマスの時期は、幾度となく周囲に住む方々に大変お世話になった。
見ず知らずの他人の荷物を預かってくれるという行為に感謝だけでなく尊敬の念を覚えたことに加え、今年はあまりに何度も不在配達記録片手にご近所を駆け回った結果、見知らぬ訪問者に対するご近所の方々のガードがあまりに低いことに感動した。

私自身に関していえば、ロンドンに来てから何度も盗難の憂き目に遭っているために疑心暗鬼になっている部分は否めないのだが、玄関のベルを鳴らす人に対して、「どなたですか?」と聞き、安心・納得できる答えが返ってこなければ、ドアを開けることは決してしない。
自分の住む周りは比較的閑静な住宅街で怖い思いはしたことがないけれど(家の目の前に停めてあった車から物を盗まれたことはあるが・・・)、Islingtonという場所は、必ずしも治安の良い場所ばかりではない。だからこそ、ご近所を三軒ほど訪問し、ほぼ例外なく小さな子供や赤ちゃんを連れたお母さんにほぼ無防備にドアを開けられた時には逆にこちらが面喰ってしまった。
「Fortnum&Masonからのデリバリーだから、てっきり誰かが私に素敵なクリスマスプレゼントを届けてくれたのかと思ったわ!!」などと無邪気に語るご近所のお母さんに丁重に御礼を言い、荷物を抱えて家まで帰る道すがら、「心が荒んでいるのは自分の方なのだろうか?」とクリスマスを前に自問自答してしまうのだった。
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by canary-london | 2009-01-03 23:39 | culture
大変ご無沙汰致しました。
早いもので、新年が明けてしまいました。
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12月中下旬には書きたいことが山ほどあったのですが、状況がそれを許さなかったので、ここで改めてお詫びすると共に、身の上について色々とご心配頂いた方々、本当に有難うございました。

Canary-londonは何の因果かこんな時世の中、職を失うこともなく、変わらぬ日々を過ごしております。

2009年が皆様にとって素敵な一年となりますように。
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by canary-london | 2009-01-03 23:30 | current