ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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不況が深刻化している。
一旦持ち直したかにみえた株式市場は世界的に大きく反落している一方、為替市場では「超」がつくほどの円高が目下進行中である。
ちなみに、まだ多少の円資産を持っている自分としては、英ポンド建ての値札を円換算したときの金額に大幅なおトク感があるという単純な理由で、この週末は妙に浪費してしまった。
景気低迷は、基本的には自分の懐にも大きな打撃を与えているというのに、為替の引き起こす心理的効果は偉大だ(笑)。

我が英国経済も、先週金曜日に発表された経済指標(第三四半期のGDP)によって、「Recession=景気後退」入りが数字で確認された。
一般的に、2四半期連続でマイナス成長が確認されると’Recession’入りしたということになるのだが、この‘Recession’という言葉、特に政治家はとにかく避ける。
現政権にとっては、公の場でこれを認めることで国民の支持が揺らぐことを懸念してのことなのだろう。
別にその言葉を発しなければ済むなんてこともないと思うのだけれど、まるで言うと悪い事が起きるとでも思っているかのように、「’R’ word」なんていって、言葉自体も言わない傾向がある。
いや、ハリー・ポッターのヴォルデモートじゃないんだからさ。

その金曜日の経済指標の内容で更に衝撃だったのは、食に関する出費。
自分でデータを調べず同僚のコメントに依拠してしまっているのだが、30年近くぶりに一般市民が食べ物に充てる費用が減少したというのだ。
食べ物のような生活必需品への出費を切り詰めるというのは、景気が相当悪いことを意味する。

週末の新聞にも同様の事象を別の視点から書いた記事が載っていたが、それによれば、ロンドン市内のレストランで所謂「「スペシャル・オファー」といった何らかのディスカウントを設定する店が過去一年間で7割増加したとのこと。
好調な時には値段を下げるなどプライドが許さないという姿勢の店が、集客のためになりふり構わなくなっているのだから、レストランも生き残りに必死なのだろう。

そもそもは米国の住宅市場に根ざす問題から昨年夏以降進行している世界同時不況を表現する際、当地英国では「Credit Crunch=クレジット・クランチ」という言葉が最も良く使われる。
先日のある朝、Canary Wharfの駅を降りて会社に向かう途中、チェーンのサンドイッチ屋の外にこんな看板が掲げられていた:
‘Credit Crunch Special Breakfast: Ham and cheese roll and cappuccino/latte £2.50’

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そのサンドイッチ屋がまた、わりと味より量で勝負を地でいっているような店で、朝は堂々たる体躯のオジサン・オニイサンで賑わうため、個人的には殆ど足を踏み入れないのだけれど、この店までもが「クレジット・クランチ・スペシャル」か。
日本では今回の一連の事象の代名詞として「サブプライム」を使う方が多いようだが、比較的初期に「サブプライム」という言葉がスポーツ新聞の一面を飾るのを見た時に興ざめしたことをふと思い出した。
・・・それだけ、今回の不況が一般市民にとっても身近で切実な問題になっているということなのだろう。
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by canary-london | 2008-10-28 06:49 | current
オフィスでいつものように世界のニュースを眺めていると、こんなヘッドラインが目に入った:
「世界都市総合ランキング、日本は4位に 森記念財団」
判断の基準としては、「経済」、「研究・開発」、「交流・文化」、「居住・環境」、「空間・アクセス」の5分野を中心としたクライテリアから、世界の主要都市30都市をランク付けしている。
一位ニューヨーク・二位ロンドンという部分も、またもっと言うなれば、東京についての
「‘経済’や‘研究・開発’の得点は高いものの、‘居住・環境’および‘空間・アクセス’で大きく順位が劣後する」といったコメントに特段意外性はない。

改めて考えさせられたのは、ニューヨークの第一位は揺るぎないものとして、やはり不動の二位の感があるロンドンの持つ「強み」とは一体何なのだろうか、ということ。
再三書いているとおり、例えば「外食の質の高さ」などでないことは間違いない(笑)。
前述の5つの分野という軸に沿って見てみると、「経済」と「研究・開発」がトップ3内に入ることに加え、「交流・文化」が第一位というのは喜ばしいことであるし、非常にフェアな評価であると思う。

この設問を改めてしてみたとき、一つ確実な要素として思い当たったことがある。
それは何かというと、「若さ」。

もしかすると投資銀行業界特有の傾向なのかもしれないが、ロンドンの面々はとにかく若い。

それには明確な理由が幾つかある。
一つは、多くの大学が三年で学士号の取得できる学部・コースを設けているため、若く社会に出る人が非常に多いこと。
さらに大きいのは、米国と違って「猫も杓子もMBA」(というとMBAホルダーに失礼だが)という傾向がないことだと思う。
これで三年間トクする計算。
また現在でこそさすがに少数派になったものの、大学まで進んでいない人も、特に昔は多かった。
ユーロボンド市場全盛期の1980年代は、16歳でマーケットにデビューするような「金の卵」は会社としても貴重なアセットであり、学歴には関係なく、いかに現場で経験を積んだかが物を言う時代。
少なくなったとはいえ、今もこの時代の生き残りはまだまだ活躍している。

私が債券本部に所属していることも大きな理由の一つだろう。
部署による差は確実にあり、企業買収などを担当する所謂「バンカー」である投資銀行本部は、やはりロンドンといえどもMBA崇拝カルチャーが強いように感じる。
MBAについて余談になるが、ヨーロッパにいると、国ごとにMBAに対する考え方が全然異なる点も面白い。例えば、スイスや北欧の一部の国などは比較的MBAホルダーが多く、これらの国出身の人は割合年齢層が高い、といった具合。
それでも、私が長く働いた東京オフィスに比べると、とにかく圧倒的に若い。

そんなロンドンの「若さ」が自分にとって意味することを考えると、間違いなくプレッシャーは大きい。
プレッシャーという言い方には語弊があるが、「良い意味での刺激」というべきか。
要は、自分より年齢の若い人がどんどん昇進して大きな責任の仕事に就いていくのを目の当たりにするということ。
肩書きという観点からいうと投資銀行業界では一つの頂点といえるマネージング・ディレクターに就任する人の中には、ごく稀ながら20代での就任例もある。

直近の金融危機の只中においては、身近な若手の活躍を見ると、何とも言えず誇らしく頼もしい気持ちにもなる。
L社の破綻に伴って市場にもたらされた果てしない規模の混乱、各国政府による銀行救済、底なしの株価下落など、正常な環境下では考えられない事態が次々と起こり、そのたびに重大な判断を迅速に下すことが求められる。
危機をクリアするごとに、ビジネスパーソンとして一つ大きく成長する感じ。
巷で言われているとおり、「投資銀行」というビジネスモデルの崩壊を含めて弊業界は青息吐息だが、難しい時期を経て、個人の力量は確実に上がっているように思う。

日本に目を向けると、やはり子供の頃から年功序列カルチャーが刷り込まれているからだろうか。私と同年代から少し下の世代は、どうしても会社で遠慮がちな傾向がある。
実力に裏打ちされたしっかりとした意見を持っているのだから、年上に遠慮することなく決然と発言すれば良い。
日本も、幕末など昔の同世代の若者は余程しっかりしていたのに。
・・・などととりとめもなく考えるうちに、ついつい坂本龍馬を連想してふとWikipediaを見たら、何と龍馬氏、今の自分と同年齢で他界したことに気づいて何やら情けない気持ちになってしまった・・・。
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by canary-london | 2008-10-24 06:17 | current

旅のメモ・カタロニア

先月下旬に休暇をとってスペインのカタロニア地方を訪れた。

バルセロナは三年ほど前に行ったことがあったのだが、郊外へ行くのは今回が初めて。レンタカーでピレネー山脈を越えてフランス側まで足を伸ばすなど、なるべく行動範囲を広げてエネルギッシュに動いたこともあり、独特のエキゾチックな色彩はあるものの所詮は大都市であるバルセロナとは異なるカタロニアの一面が垣間見えた気がした。

自治政府を敷き、独立運動が盛んなことからも、スペインへの帰属意識が希薄、というか殆どないに等しい印象。
カタロニア語の存在は知っていたが、知らないまま何となく抱いていたイメージは悉く打ち破られる。つまり、スペイン語とカタロニア語は言語として似通ったものだと漠然
と思っていたら、一方を話せてももう一方は全く解せないほど違いが大きいらしい。
また学校での授業は、カタロニア語で行われる。
子供たちは、数学も理科も社会も、スペイン語ではなくカタロニア語で学ぶ。
「スペイン語」という授業は、国語の授業というような位置づけで行われるのみ。
映画などの娯楽も、全てがスペイン語ではなくカタロニア語。
スペイン語が母国語である、という意識は、彼らには全くない。

バルセロナと、バルセロナから百キロ弱北東にある海岸沿いの街S’Agaroとほぼ半分ずつ滞在した。
S’Agaroは、夏の盛りともなるとヨーロッパの人々がこぞってリゾートに押し掛けるCosta Bravaのビーチ群のひとつ。8月の写真を見ると芋洗い状態だけれど、初秋の雰囲気が漂い始めた海沿いは人もまばらになり、早朝など海岸を独り占めできる何とも贅沢な環境を満喫した。
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下の写真はバルセロナより西に位置するSant Salvadore。
とにかくスケールが大きい。
水平線に沈んでいく太陽を眺めていると、自分の小さな悩みなんて吹き飛んでしまう。
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振り返ってみると、スペインという国は何だかんだ言って毎年どこかの街・地方を訪れていることに気付いた。
2005年はバルセロナ、2006年はマドリッド、2007年はアンダルシア地方、そして今年はバルセロナに加えてカタロニア地方へ。
そんななか、今回は建設途中で放置されている様相のリゾート物件など、不況の影響も随所にみられたように思う。

現在のような世界同時大不況に突入する前は、スペインの景気はヨーロッパの中でも最も波の激しい国の一つだったといえる。毎年数百万人規模で流入する移民パワーを武器に、2001/2002年程度から続いた好況は不動産バブルに発展し、2007年初めにあえなく崩壊。
バルセロナは活気に溢れる街との印象は変わらないが、一時期に比べると失速した感は否めなかった。

今回は、車での国境越えの体験も楽しめた。
スペインからフランスへと続く有料道路の料金所では、国境を越えた途端にスペイン語での
‘Hola! Gracias’
から、フランス語の
‘Bonjour! Merci’
へと挨拶が変化する。

そもそもカタロニアの人々はスペイン語と二カ国語を操るわけであるし、国境と国民国家、そして言語の意味についてまたも考えさせられる一幕だった。

とりとめもない旅のメモの締めくくりは、旅行の重要なるハイライトのひとつである食事。
特にSant Salvadoreでの食事は美味且つリーズナブルで感動的だった。
ウナギの稚魚をペペロンチーノ風に調理したGulas al Ajilloは大好きなメニューなのだが、こうして写真にすると正直ちょっと気味が悪い(笑)。
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by canary-london | 2008-10-16 14:15 | travel
先日改めて言葉にして紙に書いてみたところで、渦巻く疑問。
「何で自分は常にこんなに‘時間がない’パニックに陥っているのだろう??」
回答はもちろん見つからないのだが(答えが見つかっているぐらいなら設問自体成立しない)、時間のなさに貢献している可能性のある自分の習慣に一つ思い当たった。
その習慣とは、「日記をつける」ということ。

何しろ記憶力が悪いので、父に倣って備忘録として日記をつけ始めたのは確か大学一年生の頃。もっと幼い時分には海外生活が長かったせいもあり、「日本語を忘れないように」と両親に強いられて書いていたこともあったけれど、自主的につけ始めたのは17-18歳からであり、以後ほぼ一日も欠かしたことがない。
これまた父を真似て、昔は三越が自社ブランド製品として製造・販売していた「三年手帳」なるものを非常に便利に使っていたのだが(最大のメリットは、前年・前々年の○月X日にどこで何をしていたかが一目瞭然という点)、残念なことにこれは数年の後に廃止されてしまい、近年では仕方なく一年単位のSmythsonのダイアリーを使っている。
残念ながら父に倣わなかった・習わなかったことは、日記の書き方。
父のそれは(盗み読んでいるわけではないのだが)、「誰と会った・どこへ行った」といった、ごく事務的な箇条書き。要領の悪い私にはそれが出来ず、まず文章が作文調になってしまう。さらに悪いことに、事実だけでなく感情など内面的なことも書いたりするので、まるで収拾がつかない。
→億劫になる。
→溜まる。

・・・これほど分かりやすい悪循環もないだろう。
一週間の疲れが溜まった金曜日のオフィスからの帰り道は、電車の中でしこしこと一週間分の日記をしたためていたりする。
ん?これってもしや本末転倒??
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そんな日記なので、何やら私的な内容のものもあり、後から読み返すと赤面したりもする。
そのくせに、日記に鍵をつけるなんて高尚なマネはしたことがない。

20代前半ぐらいまでは、親友に
「xxxの戸棚にまとめてしまってある日記、万が一私が交通事故に遭って死んだら人目に触れないよう全部燃やしてね!!」
と理不尽な依頼をしていたが、年を取るにつれてそんな少女的羞恥心はどこかへ消え失せてしまったらしく、今となってはかなりの数の日記がロンドンと東京の二つの家のどこかに散乱している有り様である(笑)。
我ながら本末転倒と呆れる日記プロジェクトながら、身体に染みついてしまったので今更やめられない。人生のある日について何も書かずに前へ進むことは、とにかく不安なのだ。

・・・著しい矛盾を感じつつ、先日もSmythsonを通りかかったついでに、2009年分のパナマ・ダイアリーを購入してしまった。
日記プロジェクトは、まだまだ続くのだろう。
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by canary-london | 2008-10-02 07:33 | diary