ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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<   2008年 02月 ( 7 )   > この月の画像一覧

年明け以降の買い物の中で最も使えるアイテムといえば、間違いなくコレだと思う。
洋服でもバッグでも靴でもなく、キッチンの抽斗にひっそりとしまわれているワインオープナー。
「マスタークラス」なんて威張ったネーミングが何とも言えない。

何のことはない、ただのワインオープナーといえばそれまでである。
・・・たかがワインオープナー、されどワインオープナー。

もとはといえば、2006年夏頃友人の家に招かれた際に初めて出会い、便利さに感動。
といいながらもブランドも良く分からないままとなってしまい、横着な性格ゆえあまり真剣に探すこともせずに、気づけば一年以上が過ぎていた。

何しろわたくし、不器用にかけては右に出る者なし。
毎度毎度ソムリエナイフで気取ってワインを開けようとするのはいいが、失敗してコルクが無残な姿になるのは日常茶飯事である。

そんな折、先月招いて頂いた別の友人宅のホームパーティーにて、再び遭遇。
・・・正直しばらく忘れていたのだが、「やっぱりあれ欲しい!!」熱が一挙に高まってしまった。
件の友人はといえばパリに住んだ期間が長く、聞いてみればパリで購入した由。
やはりワインの国・フランスならではかと美酒と美食に酔いしれつつややがっかりして帰途についた。
それから二週間ほどたった週末、地元Islingtonのハイストリートをそぞろ歩きながら、何の気なしにやや雑然とした雑貨店に入ってみたところ、店の片隅の棚に見慣れた器具が。
おーーー、これ、ずっと探していたものではないか。

実はお値段も結構張るのだが(あくまでワインオープナーとしてはということだが。確か40ポンド=8000円強程度)、即決で買って帰ってしまった。

・・・何しろ、余計な力がいらない。
私のような不器用な人間でも、失敗することが非常に稀である。
自宅で一人で飲むときにも、大人数のパーティーでも重宝しそう。
今から活躍が楽しみだ。

手順としては、こんな感じになる↓:

1. まず、金具でがっちりとワインボトルの首を掴みます。ペンチのような要領。
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2. 所謂「corkscrew」にあたる部分を、ワインのコルクに合わせます。
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3. ハンドルを、ワインボトルの口をはさんで
180度反転させます。この間に、やっている人間はまったく労せずして、corkscrew部分が回転しながらコルクに入り突き進んでいく仕組み。
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4. ハンドルを元の位置に戻すと、あら不思議・・・コルクもついてきました。
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「ワイン開けるの、いつも失敗しちゃうのよねー」という方、是非お試しあれ!
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by canary-london | 2008-02-29 08:10 | cravings
前回掲載のエントリですが、一点事実に誤りがありましたので、お詫びと共に訂正させて頂きます。
ロンドンに現存するフェルメール作品は三点ではなく、バッキンガム宮殿に併設されるQueen’s Gallery(英国王室が所有)に四点目が所蔵されています。

ご指摘頂いたdognorah様、有難うございました!
音楽のみならず美術にも精通された氏のエントリはコチラご参照
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by canary-london | 2008-02-27 09:43 | diary
雪模様の続く東京とは裏腹に、ロンドンはこのところこの時期らしからぬ好天が続いている。
先週末もからりとした晴天に恵まれたため、ロンドン北部に位置するハムステッド・ヒースへと足を向けた。
ハムステッド・ヒースは、ロンドンの中心部に程近いとは思えないほど、広大な「荒野」という言葉の似合うひとかたまりの土地だ。
「公園」と呼ぶことすら、何かここには似つかわしくない気がする。

雨のない時期でも足元のぬかるむそんなヒースをのんびりと散歩したいという気持ちもあったのだが、真の目的はヒース内に位置する美術館「ケンウッド・ハウス」。
現在はEnglish Heritage Foundationが管理する白亜の建物は18世紀末のもので、中に保管される美術品は、ギネス・ビール創設者の曾孫にあたるアイヴィ伯爵という貴族が20世紀前半に蒐集したものである。
今日のお目当ては、このコレクションの一部であるフェルメールの作品。
ロンドン滞在も長くなってきたというのに最近住人の心持ちなのかすっかりフットワークが重くなり、実のところこの美術館も初めて訪れる。

現存するフェルメール作品の数については諸説あるものの、37点というのが一般的か。
これまでもフェルメール作品はパリやアムステルダムで散発的に見る機会はあったものの、なかなか体系立てて鑑賞する機会がない。
ロンドンには、ナショナル・ギャラリーに二点(「ヴァージナルの前に立つ女」と「ヴァージナルの前に座る女」。ちなみに私はおそらく「・・・立つ女」しか見たことがないように記憶している。)あるほかには、このケンウッド・ハウスの一点のみ。
エジンバラのナショナル・ギャラリーに所蔵されるものを加え、英国全体でもフェルメールはたった四点しかない。

そういった意味では貴重な一点なのだが、ここに展示される「ギターを弾く女」は、見ると正直なところ若干拍子抜けする。
フェルメールにしては珍しく、絵の右側に光源がある。
ギターをかき鳴らす少女の肌の色はグレーのような暗い色で、生身の人間の肌の色からは程遠い感。保存状態の悪さ*のためかとも思うが、一方で少女の頬の色は不自然なほど紅潮し鮮やかな桃色。
他のディテールの不味さについて指摘する専門家も多いが、色調と共に、ギターという楽器の描き方の稚拙さもやや気になった。
*この美術館の保存状態の悪さについてはついぞ有名。ごく最近までは珠玉の作品を多数そろえているにも拘らず警備手薄で、1974年にはフェルメールの同作品が盗難の憂き目にあったのは有名な話である。

同じ部屋に所狭しと展示された数々の絵画の中では、レンブラントの晩年の自画像の方が余程インパクトが強い。
もっとも、個人的には父の敬愛するGeorge Romneyの描いたレディ・ハミルトン(ネルソン提督の愛妾)の画二枚も非常に気になったのだが。

何しろ興味深いコレクション。
フェルメールとレンブラントが所蔵されると同じ部屋に、現存する世界最古のピアノ・メーカーとされるBroadwoodの1791年製のピアノ↓が置かれている。これと並んで、パイプ・オルガンの姿も。
古く美しい楽器の姿かたちには、思わず息を呑む。

f0023268_9465874.jpg前述のとおり、ここのフェルメールは正直なところ期待外れだったが、この美術館にはそれに代えられない価値があると思う。

第一に、とにかく静寂の中で世界有数の美術作品を見ることが出来ること。
今回のフェルメールの例をとると、途中から人が入ってきたとはいえ、地球上にある37点のうちの一つを、私はしばし一人で眺めていた。
同じロンドンでもナショナル・ギャラリーではもちろんこんなことは不可能だし、日本に時折誘致される特別展でのフェルメール作品においては黒山の人だかりとなる。
一瞬であったとしても、静寂と孤独の中で素晴らしい芸術作品と触れ合える機会というのは、残念なことに昨今非常に稀である。

第二に、ハムステッド・ヒースという荒野の中に美術館があるというセッティングには、やはり何とも言えない興奮が伴う。
ハムステッド・ヒースは、子供連れおよびペットを飼う人々にとってのオアシスであり、現に歩き回って遭遇するのは十中八九犬を連れた夫婦か家族連れである。
そんな中で、芸術作品を鑑賞するというある意味でのミスマッチが実に心地良い。

ハムステッド・ヒースおよびケンウッド・ハウスには、また是非足を運びたいと思う。
他のフェルメール作品についても言いたいことは山のようにあるが、また次節。
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by canary-london | 2008-02-20 09:48 | diary
会社で大量の解雇が行われたことについては先日書いた。
余波は今ももちろん毎日感じており、単純な結果として人が減った分忙しい日々が続く。
そんな中で、明るいニュースが一つだけある。

このような結果となったので書くことにするが、実はこの日の大量解雇には、昨年秋に採用したばかりだった私の部下(正確に言うと、彼は別段私にレポーティングの義務があるわけではないので、部下ではなく単なる直属の「後輩」である)・Bも含まれていた。

以前から考えていたチーム拡大がやっと実現にこぎつけたのが昨年9月。
このとき私の狭義のチームは私とアメリカ人の女性の二人であり、ドイツ語を母国語とし男性でもある彼の加入は、世界中のセールスを相手にすることを余儀なくされる我々のチームでは特に、ジェンダーと国籍の多様化という意味でも実に意義の大きいことだった。
ひょんなきっかけで他社から引き抜いた彼は、26歳と若くエネルギーに満ち溢れ、ドイツ語のほか英語とフランス語も自在に操るtrilingual。

実践重視で色々と教え込んだ四ヶ月間だったが、終わりは実に呆気なくやってきた。
現在のような状況では、前回書いたような「コストの高い人材」(無論それに見合うだけの収益を上げていれば良いが)に加えて、「即戦力にならない」と見做される人物が標的となるのが投資銀行の常だ。若い世代は守るようにそれなりの努力が行われるが、アソシエイトと呼ばれる彼のような人材が対象とされることも残念ながら珍しいことではない。

彼が幾ら優秀でポテンシャルがあるといっても、我々の業務では経験が少ない。
結局、シニアマネジメントが
「昨年夏までは実働部隊二人でやって来たのだから、同じメンバーに戻ったところでやっていけるだろう」
という判断が下され、彼がチームを去ることになった。
ちなみに、この一連の事はかなり高いレベルで決定されることであり、私の直属の上司も私も、彼が放出される事実を知ったのは、本人に通達が行われる24時間も前ではなかった。

ほかの会社のルールはよく分からないが、私が今回のことについて「解雇」と言い続けているのには実は語弊がある。
弊社のルールでは、所属するチームからの放出が決まった人材については、三ヶ月間は’at risk’というステータスが与えられる。
これは、かいつまんで説明すると次のようになる。
対象となる人の籍は、通達から三ヶ月間は会社に残される。
その間、社内でavailableなポジションに自由に応募することができ、双方のニーズがマッチした場合には、その部署に異動し、雇用の切れ目なく社内で新しい仕事に就くこととなる。

部署からの放出が言い渡されるときに、社内での人材募集については全ての情報が対象者に与えられることとなっており、無機質なエクセルファイルの一覧がメールで送られてくる。

Bの態度は、傍から見ていても、実に現実的にてきぱきとこの混沌に対処していた。
チームからの放出を言い渡された瞬間から、数ページにもわたるこのエクセルファイルをプリントアウトし、自分が興味を持つ幾つかのポジションを選び出して、私の上司とミーティング。社内面接にあたっては全面的にサポートすることを約して私の上司が彼をくたびれたビニール袋と共に会社から送り出したのは、それから二時間も後のことではなかったように思う。

それから二週間経った先週のある日。
私の上司と私に、’I`m back(戻ってきたよ!)’と題された一通のメールが届く。
もちろん面接に関する一部始終は聞いていたので突然のことではなかったのだが、彼は我々と同じフロアに居を構える別部署に難なく新しいポジションを得ていた。
その日の昼過ぎにひょっこりと顔を見せ、変わらぬ様子に安心する。

Bと同じようなキャリアパスや年齢で今回犠牲となったのは、我がチーム内にBのほか二人ほどいた。
残念なことに、その二人ともが突然のことにショックを受け、未だに新しい職を得ることはおろか、本腰を入れた職探しにも手が付けられていないと聞く。
実際、そのうちの一人は女性で、私はたまたまX-DAYに彼女が宣告を受けた直後に化粧室で出くわし、泣きつかれて困ってしまったのだった。
二人とも、早く気持ちに区切りをつけ、どんなキャリアにせよ、次の道の模索を始めてくれれば良いのだが。

驚くべきは、弱冠26歳のBの強靭な精神力か。
ここに書くのも恥ずかしいことだが、私はこの手のことがとても苦手なのだ。
投資銀行という業界に身を置く限りは時に非情となることを迫られ、日本の会社と違って解雇もある意味では日常茶飯事なので、いちいち感情的になっている暇はない。
・・・と頭で分かってはいるのだが、私は2002年に大量のリストラでチームの大半を失ったときも、また今回も、感情の昂りを抑えられなくなってしまうのである。
1月某日にBが会社を去る日もそうだった。
Bは私の上司とのミーティングを終えた後、
‘It was a pleasure working with you((短い間だけれど)一緒に働けて良かった)’というコメントと共に、私の上司と私に大きなハグ(抱擁)をくれ、颯爽と去って行った。
私はというと、涙がこみ上げてきて我慢できずに化粧室に直行してしまった。
私より何年も年下のBが、こんなにも凛とした態度を取っているというのに。

そのときに抱いたBに対する人間としての尊敬の念は変わらないと思う。
生意気な後輩で正直手を焼く部分も多かったが、会社として彼をキープできたこと、そして結果的には彼と今回の一連の出来事を茶飲み話にできる関係になれて、心から良かったと思う。

人の上に立つ人というのは当初から「何か」を持っているし、自分にはそれがないのがキャリア半ばにして残念ながら既に自明である。
・・・今回は、Bにエールを送ろう。
いつか、また一緒に仕事が出来れば、と思う。
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by canary-london | 2008-02-16 08:04 | diary
意図したものではないが、最近仕事に関する記述が増えたような気がする。
基本的に仕事には触れないのが鉄則なのだが、冬休みに日本に一時帰国した際、ある方から
「私は仕事の話を興味深く読ませて頂いています」
などといわれて気を良くした・・・というわけではなく、何しろ世界経済もそれに連動して動く市場も激動の日々が続くので、面白い「ネタ」がそこら中に転がっているのである。
どうしてもライター魂が掻き立てられてしまう(いつからライター気取りになったのかはあずかり知らないが・・・)。

今日は、弊社内ブログに書かれた米国のチーフ・エコノミストのコメントがあまりに的を得ていたので、少しだけご紹介する。
昨今はスポーツ新聞までもが「サブプライム」を一面に掲げるような時代になってしまったが、それでもここまで現在の市場を分かりやすく、且つ一般化して述べているコメントはなかなか見当たらない。
サブプライム問題に焦点を絞って書かれたものではないが、1990年代の日本経済にしろ、1980年代の米国のS&L危機にしろ、教科書に載っているような最近の景気低迷に関しては見事に当てはまるのだ。

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以下、勝手に意訳させて頂いた:
「経済が好調のときには、銀行はこぞって信用力の低い借り手への貸出を行う(不良債権の増加)。
経済が低迷しているとき、銀行は信用力の高い借り手に対する貸出すら敬遠する。
銀行が貸出(不良債権)増加に忙しい日々を過ごしているときには、経済は高揚する。一方、銀行が自らの自己資本を顧みるようになるとき、経済は低迷する。
つまり、こういうことだ。経済成長率とは、その経済における不良債権(に繋がる貸出)の量と正の相関関係にあるのである。」

・・・ちなみに原文は以下の通り:
"When the economy is good, banks love to make bad loans.
When the economy is bad, banks hate to make even good loans.
When the banks are busy making bad loans the economy soars; when the banks are busy counting their capital, the economy sours.
Or to put it even more simply: the rate of growth of GDP is positively correlated with the amount of bad lending going on."

・・・この文章を、弊社のチーフ・クレジット・ストラテジストも「アカデミックな教材を何冊読むよりも分かりやすい」と絶賛していたが(会社としては自画自賛もいいところだが・笑)、言い得て妙とは正にこのことか。

更にまた、英語で読むのがいい。
英語という言語は実に便利で、こんなに短い文章の中にも微妙な言葉遊びが含まれていたりするのだ。
例えば、”When the banks are…..(中略)…..the economy SOARS; when the banks are…..(中略)…..the economy SOURS”といった風に。
韻を踏んでいる(rhyme)ではないが、敢えて響きの似た言葉を取り上げて並列させているため、実に語呂が良い。
英語はこれが自在に出来る言語だと常々感じているのだが、このトピックについてはまた次節。
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by canary-london | 2008-02-12 04:24 | business

リーダーのスピーチ

以下も、実は数カ月前に書こうと思ってチャンスがないままに時間が過ぎてしまったものの一つ。
2007年に自分が聞いた中では最も印象的なスピーチだったので、やはり簡単に記録に残すことにしようと思う。

9月のことだったと思うが、弊社で私の所属する債券本部のグローバルの本部長(米国に拠点を置く米国人)・Jが退任した。といっても、昨年相次いだ「サブプライム問題に絡んだ引責辞任」というものでは決してなく、危機勃発前の4月頃から本人は退く意思を決めていたという。

「従業員一人当たりの純利益を伸ばす」というゴールを徹底して追求するやり方が時に非情ともいわれた辣腕家。
もちろん、拠点も異なる雲の上の存在だけに私なぞが直接接触することはなかったが、クールでビジネスライクな典型的なアメリカン・ビジネスマンという印象を持っていた。

そんな彼の退任スピーチは(ニューヨークで行われたため、我々はロンドンの大会議室に集い、スクリーンを通して眺めたのだが)、普段の印象とは打って変わって実に感傷的だった。

四年前に本部長の職に就いた直後、直属の部下であった女性の一人が、弊社のカルチャーについての問題点を羅列してライバル会社へ移籍。
それを個人的に受け止めたJは、彼女の「捨てゼリフ」の中でも、とりわけ「職場内の人間同士の助け合いがない」という点を改善すべく奔走した四年間だったと回想した。
このタイミングでの退任は彼自身の判断だったのだから、「カルチャーを変える」という就任当時のゴールを達成できたのだろう。

残される我々にとってのアドバイスも単純明快。
ひとつは、
「どんな判断をする際にも、自分が会社の経営者の立場に立って判断すること。」
もうひとつは、
「会社に重要なのは、とにかく人材。良い人材を集める労を惜しまないこと。」

欧米では、彼のように、一つの職業でひと財産築き、且つ何らかの精神的ゴールも達成した段階でさっさと第二の人生に移行する例が非常に多い。
今年夏には、ビル・ゲイツ氏がMicrosoft社の日常業務から引退し、既に驚異的な規模で展開している慈善活動に注力していくとのこと。
Jの場合は47歳での引退なのでそんなに早い方ではないが、この精力的なビジネスマンは一体どんなセカンド・ライフを送るのだろうか。

更に私の興味を引いたのは、Jとその家族の今後一年間の予定。
奥様と設けられた二人の息子は高校生と中学生とのことだったが、息子二人には一年間学校を休学させ、世界一周旅行に出るのだそうだ。
ギリシャを皮切りにヨーロッパを巡り、アフリカ、南米、オセアニア・・・・ざっくりとそんなプランだったように思う。
「学校に行かれない間、子供達には家で教育を与えるんだ。きっとこれまでやったどんな仕事よりも大きな試練だね。」
と語るJの目からは、未知の大仕事への当惑よりも、新たな挑戦に対するポジティブなエネルギーが伝わってきた。

Jのセカンド・ライフにも興味津々だが、普通のティーンエージャーとは全く違う体験をする二人の息子がどんな大人になるのか、彼らの二十年後を覗いてみたいものだと感じながら拍手を送った。
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by canary-london | 2008-02-11 11:09 | business
1月27日・日曜日は晴天にも恵まれ、gentlemandinnerさんなどロンドンで親しくして頂いている友人数名とロンドンの南東に位置するKent州・Whitstableへの遠足を楽しんだ。
「遠足」といったところで、何のことはない、かねてから訪れてみたいと考えていた牡蠣で有名なこの街に、日曜日の昼下がりに美味なシーフードを求めて友人を巻き込んで食い倒れに行っただけである。
(詳細は写真の美しいgentlemandinnerさんのブログ参照。ズボラな自分のブログとの違いにいつもながらに感心させられる。)

綺麗に盛られた食べ切れないほどのシーフード・プラッターを皆で攻略しつつ、話題は何気なく車のことに。
ふと不安が頭をよぎった私は、以前こちらで車を保有していた経験のある同行のR氏に
「そういえばMOT(車検)の更新期限っていつだっけ?」と問うと、
「一年ですよー」との答。

・・・やばい。切れてる。
しかもかなり(注: 2007年7月から切れている)。
その日は、整備不良の車にうら若き男女を3人も乗せてしまって申し訳ない・・・という思いだけを抱いて帰途につくのだが(でも日本車だからきっと大丈夫だろうなんてタカをくくっていたが)、事態は更に悪化することになる。
ロンドンに戻ってからも、
「うーん、車検アレンジしなきゃ。でも乗らなきゃ危険なこともないし」
と、仕事で忙しい平日はついつい先送りに徹する。

水曜日、ビジネスのディナーを終えて遅くに帰宅すると、どうも不穏な空気。
・・・みると、自宅の前に駐車している愛車のタイヤには、国家権力の不動の証のクランプがはめられている。
・・・はて。車検はサボっていたけど、それっておまわりさんに捕まるようなことではないハズだが*。
*どうも私は英国の国家権力と相性が悪いらしく、2006年12月のある日は、何と運転していて一晩のうちに二回しょっぴかれたことがある。この年は完全なる厄年だったのでそのせいにしているが・・・。

木曜日、車のクランプが気がかりながら、午前中は息のつく間もないほど忙しいので通常どおり暗いうちに家を出て出社。
13時頃になって少し時間ができたので、上司にあたるチームメイトに事情を話して離席させてもらい、車救出のため一旦自宅へ。
しかし時既に遅く、私の車を停めていたスペースはもぬけの空。
・・・平日忙しい人間の車を24時間弱でレッカーするなっつーの。

結局すったもんだの末に何とか車を取り返して無事車検も終えたのだが、善良な市民ぶっている私の一連の行動の何が悪くて車がレッカーされる憂き目に遭っているかというと、納税義務の欠如である。
2006年秋に今の車を以前のオーナーから中古で譲り受けた際、この税金については滞納しないよう念押しされた筈である。一日でも滞納した場合、非情な国家権力は多額の懲罰金を課す全権を有する。

・・・全権を有する筈なのだけれど、自分の頭からはこの納税義務が完全に綺麗に払拭されてしまっていた。
これ、言い訳しようがないよな(100%自分が悪い)。

英国警察との相性がどうのという感情論は別としても、明らかに2007年6月30日までしか有効でないこんな↓スティッカーをフロントガラスに貼ったまま7ヶ月間走り続けていた自分はある意味オオモノかも・・・と思ったり(笑)。
ちなみに、この7ヶ月間も当然車を運転してはいたのだが、カメラの設置された所謂highwayを走行しない限り、私のような脱税行為が気付かれないまままかり通ることが多い。

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このエピソードからも分かる通り、私はパーソナル・ライフにおけるアドミ系の物事が人一倍苦手である。

誰か、私の税金とユーティリティー・ビルと一軒家の管理(含庭掃除)、郵便物その他日常業務を全部捌いてくれませんかね。(求人広告が本来の目的なら、掲載場所が違うかも・・・。バイト代弾みます!)

何事も学習あるのみ、日々精進です。
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by canary-london | 2008-02-06 07:52 | diary