ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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旅というものについてどうでも良いことばかりを書き連ねているような気になってきたが(「旅」をテーマにしたエッセイ集にまとめたとしたら超駄作のレッテルを貼られそうだ)、どうでもいいようでいて限りなく重要なのが旅先での食生活である。

私は日頃から和食党を自認するタイプではないのだが(明太子や納豆や漬物などオヤジ系つまみには目がないが・・・)、いざ醤油のない世界に足を踏み入れると、限界に達するのが意外に早い。
「食べたければいつでも食べられる」という精神的ゆとりがないこともきっと一因なのだろう(←小心者)。

大好きなオリーブオイルをふんだんに使い、魚介類や燻製肉を中心としたスペイン料理は非常に自分の好みに合うのだが、今回も四日目にして音を上げてしまった。

何であれ、タパス(スペインの小皿料理)の形状を取るものは受け付けない。
アンダルシアの郷土料理である冷静トマトスープのガスパチョは(セビリアの’Rio Grande’のものは絶品だった)中でもさっぱりしている筈なのに、スープですら喉を通る気がしない。
こういうとき頼りになるのは、地の果てまで行ったとしても大概街に一軒はある中華料理店なのだが(華僑万歳)、今回のこの「発作」発生時に滞在していたコルドバでは、不運なことにホテルのフロント係がにこやかに地図を描いてくれたチャイニーズは地図が誤っているのか、陰も形も見当たらない。

そこで仕方なく、裏路地のいかにも冴えない日本料理店ののれんをくぐる。
扉を開けると、店内は意外にこざっぱりとしているものの、内装も明らかにチャイニーズなら、店員もほぼ皆中国人、制服はチャイナドレスの変形版と、「さくら」というありきたりの店名を除いては、ただの一つも日本料理的な要素は見当たらない。
ここで「なんちゃって」日本食を食べて自分の胃を誤魔化して帰途に着くことになるわけだが、3.30ユーロ(163円換算で約540円)もした味噌汁はおふくろの味のような暖かさがあって比較的美味だった。

f0023268_751164.jpg振り返ると、自分には何とも学習能力がない。
五年ほど前、一週間程度ハワイに滞在したときにも同じ発作に見舞われたではないか。
そのときはどう対処したかというと、滞在していたホテルで供される「和朝食」(焼き鮭定食)のチョイスに甘んじた。

しかしこの焼き鮭定食。
稀少なものが高価なのは経済の道理だが、無理しなくていいのに、大味の焼きサーモン(焼き鮭とはちょっと違う)の傍らには焼きのりと豆腐。
普通のビュッフェの朝食が25ドル、「ステーキ・ブレックファースト」(きっと米国ではこういうニーズもあるのだろう)が28ドルなのに対し、焼き鮭定食が33ドルもしたのには閉口した。

結論。
自分は、醤油にアクセスを絶たれた状況で四日以上過ごすのは無理である。

対策。
今後は、長期間の旅行には、ミニ醤油パック・インスタント味噌汁・ほうじ茶ティーバッグを携帯すべし。

うさんくさい和食レストランに連れ込んで同行者に迷惑を掛けないためにも、今後は有言実行しよう・・・とコルドバの夜に誓ったりした自分であった。
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by canary-london | 2007-06-19 07:53 | travel

マシュマロマン

前回の旅行論(?)の文中、二度もご登場頂いたグリーンの表紙が印象的なMichelinの旅行ガイド。
一介のタイヤメーカーが観光地やホテルはレストランに星を付けてしまうのだから、その多角化経営には舌を巻く。

私もMichelinやLonely Planet、DK Eyewitness Travel Guidesなど様々な旅行ガイドを活用してヨーロッパ各地を旅しているが、それぞれに特徴があって興味深い。

父の愛用していたMichelinは、写真が少なく字も細かいなど最もアカデミック。
美術館内の特定の作品の展示場所などがつぶさに解説されているのでこの上なく便利なのだが、難点はそれほど頻繁にアップデートされないこと。
おそらく数年に一度ペースなのだが、美術館などは配置換えを行うケースもあるので、情報が古くなってしまっているケースがたまにある。
しかし、情報量は圧倒的に多い。
・・・逆に言うと、疲れているときなどMichelinを読むパワーが足りないことも結構ある(笑)。

上に挙げた二つを含む他のガイドブックは、もう少しカラー写真や図が多く、多少は若年層を意識しているといったところか。
それでも程度の差こそあれ、海外の旅行ガイドというものは、一大読み物である。
当地の歴史に始まり、文化・建築・自然・政治と幅広いトピックに言及しており、読破しようと思うとかなりの時間とエネルギーを要する。
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この点、日本の旅行ガイドは趣旨が全く違う。
日本のガイドは、実用的な情報を調べようとするとき実に便利でサバイバルには欠かせないのだが、「読み物」としてはあまりに底が浅い。
「お薦め観光スポット」を羅列し、「この街ではここだけは見逃さないように!!」といった注意書き満載の文章を読むたび、義務教育で歴史の年号を暗記させられたのに似た感覚を覚えるのは私だけだろうか。
もちろん、日本とヨーロッパの歴史的・文化的な関係の浅さと理解度の不足という点も大きく関係してはいるのだろう。
・・・でも、知らないからこそ学ぼうとする姿勢が重要なのでは??と思ったりもするのだが。

彼我の旅行ガイドを比べたとき、もう一つの大きな違いが、日本人の「食」へのこだわりである。
さほど分厚くもないガイドブックの中で、「レストラン情報」の紙数がやたらと多い。
また海外のガイドブックではありえない話だが、全ての店について店内の写真が掲載されているのもまた驚きである。
取材に取材を重ねているのだろう、日本のガイドブックに従って入るレストランは概ね失敗が少ない。

しかしながら、この最後の点については、もしや私がとりわけ「食」へのこだわりの低い英国人や米国人の手になるガイドブックしか見る機会がないからかもしれない。
こだわりの極致のフランス人や、不味い食べ物の存在自体が許されないイタリア人が作る世界各地の観光ガイドには、よりシビアなレストラン批評が展開されているのかもしれない・・・。
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by canary-london | 2007-06-14 13:51 | travel

旅をする理由

5月~6月はヨーロッパでは最も気候の良い時期なので、ほぼ確信犯的行動をとっているのだが、最近比較的頻繁に旅に出ている。
もちろん、数少ない英国の国民の祝日が5月に二つ固まっているという事実の影響も大きいのだが。

5月初めの三連休は、ウィーンにてオペラとウィーン・フィルと美術館三昧。
5月末の三連休は、イタリア・トスカーナ地方を列車とバスで巡る旅。
そして直近の6月第一週は、スペイン南部・アンダルシア地方を車で周遊。

このようにして自分の組む旅の日程を眺めるにつけ、大まかに三つのクライテリアに沿って目的地を設定していることにふと気付いた。

一つ目は、おそらくは誰しもそうだろうと思うが、気候・食生活などの面で過ごしやすいところ。
とはいえ食生活についてはまた別の悲喜こもごもエピソードがあるので別の機会に譲ることにして。
二つ目は、音楽や美術などの芸術的興味をそそられるところ。
そして今一つは、高校生時代に両親と共にロンドンから旅した先を再度訪れるパターンが意外に多いこと。

勿論全ての先に全てが当てはまるわけではなく、ウィーンなど目的のはっきりしている先は上記の中では二番以外の何物でもないし(申し訳ないが、オーストリア料理は二日も食べれば十分である)、直近訪れたトスカーナやアンダルシアは、実は三番目のカテゴリに入る。


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三番について、自分なりに思うこと。
両親と私の三人でロンドンに暮らした高校生時代(私には兄と姉がいるが、その時期は二人とも東京に残っていた)、何を隠そう相当勉強させられた。
おそらくはこの時期にあらん限りの脳細胞が活動し完全燃焼してしまったので、残念なことに今あまりアクティブな脳細胞が残っていないのかもしれない(と、自分を慰めることにしている)。

日々の勉強、そして空き時間には友人と思い切り遊ぶことに余念のない娘は、家族旅行の計画づくりにかまけている余裕などなく、旅行ガイドのMichelinと首っ引きでスケジュールを組むのは、大蔵大臣(今は「財務大臣」か。どうもしっくりこないけれど。)を兼ねる我が父である。
協調性がないのだろうか、一家揃ってパックツアーというものは苦手で、一度も参加したことがない。

娘の見聞を広めようとヨーロッパ各地を連れ歩いてくれた両親には何とも申し訳ない話なのだが、自分で計画を練ることはおろか、飛行機に乗る直前まで「で、どこ行くんだっけ?」とか言っているような旅行は、当然のことながら深い印象に残る筈もない。

そんなわけで、父の足跡を辿り、いまや自分がMichelinとにらめっこ。
高校生時代のリベンジとばかりに旅の計画を立てるのはやや面倒な作業ではあるものの、同時にこの上なく楽しい。

・・・父上、母上、16年経ってからの懺悔でした。どうかお許し下さい・・・。(時効成立???)
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by canary-london | 2007-06-10 05:19 | travel
2-3週間ほど前の話になるが、風邪を引いてしまった。
何だかこのブログには風邪の話ばかり書いているような気がして、本人を知らない人からみると病弱な人間という誤った印象を与えているかもしれないが、実のところ驚くほど丈夫である。
おそらくは、風邪を引くと珍しいのでついついブログに書いてしまう傾向があるのだろうと思う。

風邪といったところで、私の場合は寝込むことは少なく、風邪を引くと大抵咳と喉の痛み・鼻水が主な症状となる。
子供の頃喘息もちだったためか、気管支が比較的弱いのである。

5月半ばのある火曜日、そんなしつこい咳を抱え、夜はBarbican Hallでのコンサートを控えて不安な気持ちで日中仕事を進めていた。
おまけに、よりにもよって楽章の合間を縫って咳をする時に欠かせないハンカチを忘れたらしく、ハンドバッグを探っても見当たらない。
同じチームで机を並べて働くアメリカ人女性上司も同じ時期風邪を患っており、彼女が
「そこの薬局まで行くけど何か買ってこようか?」
というので、とっさに
「’Boots’(チェーンの薬局)」にハンカチなんて置いているかな?}
と言うと、彼女は怪訝な顔。
「ハンカチって・・・handkerchiefだよね?(確かに、この言葉自体自分も英語で口にしたのは久し振り。こちらでは殆ど耳にしない。)売っているとしたら、Bootsではなく’Hackett’(比較的若者向けのスマートカジュアルな紳士服店)あたりじゃないの?」
と彼女。

そうか。
ハンカチとポケットティッシュを身だしなみとして携帯するのは大和撫子のみ。
イギリスでもアメリカでも、確かに「ハンカチ=男性の持つもの」というイメージが先行するのだ。
もっとまずいことに、ここ英国では遥か昔から、山高帽にステッキ姿の由緒正しきジェントルマンはポケットからハンカチを取り出して、おもむろに鼻をかむものと相場は決まっている。
勿論私は、出掛けの彼女に対して即座に
「あの、鼻をかむためではなくて・・・」
と訂正したわけだが。

ややあって戻ってきた彼女は、小脇に‘Hackett’の包みを抱えている。
「何しろ紳士物だから・・・これでもなるべく女性っぽいものを選んだんだけどね。好きな方を選んで。」
の言葉と共に、何ともご丁寧に一枚一枚リボンをかけられて個別に包装された‘handkerchief’二枚が顔を覗かせる。

彼女の優しさが身にしみて・・・という展開であれば、美しい感動物語の一つや二つ生まれるのかもしれないが、あくまで現実主義者の私の目は値札へと注がれる。
当地の物価の高さについては日頃から文句を言っている通りだが、このハンカチが9ポンド(現約240円換算で約2,140円)なんて・・・。
日本では、1500円出したらこの10倍ぐらいお洒落なハンカチが買えるっつーの。

話の顛末はというと、この上司の愛情たっぷりのハンカチの効果も空しく、コンサート会場で自分の咳が止む気配はない。押し殺して咳をするので、益々苦しくなる悪循環だ。
そんなわけで、この日は泣く泣く途中のインターバルで会場を後にした。

ちょっとした後日談。
何と、この当地で耳にすることの少ない‘handkerchief’という言葉を次に聞いたのは、私が途中退場してしまった日の指揮者・Sir Simon Rattle氏の口から、一週間後のとあるオペラ公演でのことだった。
インターバルに入ろうという時、
「今日は風邪の方が多いようですね。恐れ入りますが、周囲のことを考えて咳をするときにはhandkerchiefで口を押さえて下さるようお願いします。」
とRattle氏。
Rattle氏は、ノッてくると唸り声のような声を出す癖があるので、オケピットに近い聴衆からは「観客の咳よりも唸り声の方が大きいのでは?」なんて皮肉交じりのブーイングも聞かれたが、それにしても「ハンカチ事件」から一週間後に同じ指揮者からこの言葉を聞かされた私はびっくりしてしまった。
幸いにもこのときには咳はほぼ完治しており、おそらくRattle氏の注意の矛先は私ではない観客に向けられていたことと思いたいが・・・。
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by canary-london | 2007-06-05 02:20 | culture