ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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ニースとシャガール

これまた初めに「書こう」と思ってから随分と長い時間の経ってしまったエントリ。
「Better late than never」は座右の銘の一つとはいえ、本ブログに関しては完全に地で行ってしまっている。

がとにかく。
2月にニースで訪れたシャガール美術館について、ずっと文章に落としたいと思い続けていた。
ニースにある一人の画家に特化した美術館では、アンリ・マチス美術館の方が規模も大きく知名度も高い。
今回は残念ながらマチス美術館の方は改装により休館中だったのだが、個人的には特に学生時代に傾倒した画家、マルク・シャガールの美術館に行ければ良いと思っていた。

この美術館、実はロンドンで過した高校生時代に両親と共に訪れたことがある。
小高い丘の上に位置する建物は周囲の緑の中に良く映える白の外壁。
街の中心部から徒歩で上ると軽く息が上がる。

シャガールの絵はキリスト教を題材にしたものが多いが、全ての作品に共通するキーワードがあるとすれば、それは「幸福」だと私は思う。

9人兄弟の長男としてロシアに生まれたユダヤ人のシャガールは、1985年までの108年という実に長い生涯の中で二度の戦争を味わい、二人の妻を心から愛し、同世代を代表するアーティストとして高い名声を得ながらも、ユダヤ人ゆえの迫害やそれ以外の多くの苦難も味わうなど、正に波乱万丈の人生を歩んだ人である。

シャガールが晩年に語った言葉の中で、私の一番好きなのが以下である:
‘Is it not true that painting and color are inspired by love?
…In art, as in life, all is possible when conceived in love.’
(テキトウに意訳します:
絵画そして色というものは、愛にインスピレーションを得ているのではないだろうか?
芸術においても(それは人生と同じように)、全て愛をもって臨めば不可能なことなどない。」

彼自身本気でそのようなユートピア的思想を持っていたのだろうと思うし、だからこそ彼の絵にはそこはかとない幸福感~人類愛と言い換えても良い~が漂うのだろうと思う。
アダムとイブの楽園からの追放↓を描く画家の眼も、どこか優しい。

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ヨーロッパの美術館におけるプレゼンテーションの巧みさについては以前書いたが、ここも同様。
シャガールの大ぶりの絵がゆったりとしたスペースに掛けられる多角形(ジャバラ型の12角形ぐらいだろうか?)のエントランス・ホール。
中央にはベンチ。

シャガールの創り出す独特の幸福感にどっぷりと浸るには申し分のない環境なのである。
しばし、放心。

蛇足ながら、シャガールがもう少し若い頃の自分の「お気に入り」の画家であった理由の、自分なりの分析。
学生時代、今よりも大分トンガっていた頃の自分は、猫も杓子も・・・の感が否めず色彩も曖昧で掴みどころのない印象派というものを嫌悪していた時代があった。
今でこそ印象派は大好きだが、若い時分のこんな気持ちは心のどこかにあるようで、今でも東京に戻ると階段中途のシャガールの絵が観たくて広尾の「ひらまつ」に足を運んだり、はたまたパリのオペラ・ガルニエのシャガールの天井画を眺めては溜息をついていたりもする。

蛇足その二として、この文章を書こうと過去の本を探っているうち、実はこのニース美術館は1973年生まれと自分と同い年であるという小さな嬉しい発見があった。
創立は、シャガールの86回目の誕生日に合わせた7月7日という粋な計らいである。

…Ode to those artists that fill our world in immense love.
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by canary-london | 2007-05-20 23:07 | cravings
今日はお天気とファッションのちょっとしたお話。
どちらかというと、「ファッショニスタ」な方だと思う。
要は、三度のメシより着る物が好きなのである(三度のメシも相当好きだが)。

私の場合はやや偏っており、ファッション誌を貪り読む日本の若い女性群のように、容姿に係わるものが万遍なく好きというわけでもない。
その証拠に、化粧なんてまるで興味がないので、お肌の曲がり角の最終コーナーぐらいに差し掛かったこの年齢になっても、化粧というものをロクにしない。
というか、出来ない。
おそらくは、ヒカリモノ(この場合は青魚ではなくジュエリーの意)にも比較的無頓着だ(除・腕時計)。

何しろ身に纏う・身に着けるものが好き。
2月のイタリア旅行記で手袋を7つ買った話を書いた直後は、私の正体を知っている人に会うたびに火星人でも見るような不思議な目でみられたものだが、洋服や靴・小物で自分のテイストに合うものを見つけると小躍りしてしまうタイプである。

「人間の魅力は外見ではなく内面よ」というご批判、ごもっとも。
内面だって磨くべく、一応は(実りの少ない)努力してます。

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イギリス人はお洒落に気を遣わないというのが定説であり、ミラノやパリの洗練された目抜き通りを歩くたびにその感は新たにするが、イギリス人も意外にお洒落だな・・・と感じたのは、今週水曜日の夜ぶらりと出掛けたコンサートにて。

周知の通り、ロンドンの天候は気紛れの極致。
今年に関していえば、3月半ばから4月末頃まで実に美しいぽかぽか陽気が続いたが、ここ二週間ばかりは一転して冬に逆戻りといった印象。

件のコンサートの夜も、強風に霧雨といった冴えない空模様のなか、「5月にもなって冬物なんて・・・」という妙な意地のある私は薄手のワンピースにレザーのジャケットという軽い出で立ち。
・・・寒い。
スカートは風に煽られ、危うくマリリン・モンロー状態。

一方でこちらの女性に目をみやると、皆上手に「羽織りもの」を活用しているのが目に付いた。
色とりどりのパシュミナ、ショール、スカーフ、はてはウールのマフラーまで。

猫の目のようにくるくると変わるロンドンのお天気にも自在に対応できるよう、皆工夫しているのですな。
本当のお洒落は、当地の気候も勘案して初めて成り立つのだな、と感じた夜でした。日々勉強です・・・。
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by canary-london | 2007-05-12 18:24 | cravings
大変長らくご無沙汰になってしまったが故にアップの滞っていた幾つかのエントリについても、ゆっくり書いていこうと思う。
少し話が季節外れになってしまうのは予めご勘弁頂くことにして・・・。

二つ前の記事にある「3月半ばのとある週末」は、’socializing’に徹した週末でもあった。
恩師との再会の前日にあたった金曜日の夜は、親しい友人数名を狭い我が家に招き、ささやかなるホームパーティーを開催。
ブログを通じて出会い、ロンドンにいらっしゃった短い期間実に親しくお付き合い頂いたももんが先生が昨年12月の第一回開催時に詳細なレポートを書いておられるが、会の発足目的は、「シャンパンのマグナムボトルは通常ボトルより美味であるとの仮説を検証する会」。
要は、比較的高尚な香りのする体(てい)の良い口実を与えられた単なる飲み会である(笑)。

金曜日の仕事が引けた後、三々五々我が家に集まったのは、20-30代の男女。
たまたまなのか、類は友を・・・的要素があり同業者に酒好きが多いのか、何となく、金融業界を中心に人が集まる。
そんな砕けた場なので当然堅い話はなく、皆肩の力を抜いての会話だが、ふとした瞬間に誰かの専門分野に水が向けられると、一転して真面目な議論が熱っぽく繰り広げられるところもまた面白い。

f0023268_921229.jpg折に触れ感じることだが、海外で出会う日本の企業に勤める30歳-30代半ば程度の若者は、実に優秀な人が多い(注: 自分は非日系企業で言ってみれば勝手に海外赴任をしているようなものなのでこの限りではない)。
企業派遣、あるいは自発的に海外の大学に留学している人も同様である。

「海外転勤=特別なこと」などという時代はとっくに過ぎているものの、日本の企業も近年の経営統合等で会社の数自体が減り、海外赴任は結果的に非常に狭き門となっている。

30代前半といえば、日本企業でいうと所謂「屋台骨」にあたり、会社を支える大きな原動力となる軍団である。
一方で、非日系企業(この文脈ではとりわけ金融業界)の東京における現状に目を向けると、この年齢層の人間は、おそらく人数的に一番少ない。(これには幾多の理由があるが、ここでは割愛する。)
仕事面でも他人を主導して物事を中心的に進めていく立場であることに加え、我々の世代は第二次ベビーブームのジェネレーション。
数が多くて当然なのに、逆に少ないのである。

自分の友人・知人を含めて実に優秀な人が多いのもこの世代の特徴だが、こんな環境だと当然の帰結として一人一人に掛かる負荷が大きくなる。
日本の「サラリーマン社会」というものに対して物申したい部分は数限りなくあるが、つい先日まで自分も属していた世界で日々頑張る若者達が磨耗しないことを願うばかりである。

そんなことに思いを馳せながら(私の思考は良く脱線してあらぬ方向に向かっている)、楽しい金曜日の夜はあっという間に過ぎていった。
後に残されたのは、このイベントのために全員の協力で集められた18脚のシャンパンフルート。
未来を担っていく同世代人の面々が集うこの楽しい会合が次回も催せるよう、シャンパングラスも引き継がねば。
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by canary-london | 2007-05-08 09:22 | diary

夢見る買物人

「2007年は時間の使い方を上手に」の年頭所感はどこへやら。
4月は一度しかブログをアップしていないではないか。何たる体たらく。
2月も3月も書きたくて書けていないことが山積なのに。

言い始めるときりがないので、このブログの中だけでは時間の流れ方が緩やかなことに(勝手に)してご勘弁頂こうと思っている。作家の諸先生のようにきちんとした締め切りがあって、ホテルの部屋に缶詰になってでも書かざるをえない、という状況が作られるのは、人間的かどうかはともかく否が応でも生産する、という意味においては意味のあることなのですな。

さて、GWを利用して(会社は欧米の会社なので休日がある筈もなく、「利用して」というのは勿論ただの言い訳である。というか日本およびアジア数ヶ国が休場であるのに便乗しているだけである。)、久し振りに数日ながら日本に一時帰国した。

イギリスに住み始めてからというもの、日本に一時帰国するたびにプラス・マイナス様々な印象を受けている(昨年11月に第一部第二部の二部構成で書いてみた)。

今回は、主に物価と買物について。
1ポンド=約240円という昨今の円安を割り引いて考えても、近時の英国の物価は正に「狂乱物価」と呼ぶに相応しい。サービスも車両の質も一向に向上しないロンドン地下鉄の初乗り料金は現在4ポンド(約880円)であり、生活しにくいことこの上ない。
数ヶ月前に東京に戻る際、ヒースロー空港に向かうタクシーの運ちゃんが「どこへ行くの?」というので「東京」といったら、「そうか。世界で二番目に物価が高いところから一番物価が高いところへ行くのか」というので、「それは違う。世界で一番物価が高いところから二番目に高いところへ行くんです」と思わず声を張り上げて反論してしまったが、以後も円安は止まらず、生活実感で考えた場合の東京の物価はおそらく世界主要都市の中で10位以内にも入らないのではないかと感じる。

というわけで現在の東京は、生活に身近なものは概ね全てが安い。
おまけに、物の質が良く、商品を提供する側のサービスの質も良い。

そんな風に感じた局面は多々あったが、改めて感動したのは「100円ショップ」。
現在の100円は約42ペンスという計算になり、ロンドンでは42ペンスを握り締めて買物に出たところで、見るからに不健康なチョコレートバーぐらいしか買えない。
しかし100円ショップは大型の店舗に行けば、あるわあるわ、生活雑貨から食品まで恐るべき種類のものが所狭しと並べられている。
輸入された安い労働力がこのビジネスモデルの一部を作っているのかと思えば、レジでは日本人の若い女性が応対してくれ(注: 私は人種差別者ではない)、実に気持ちの良い対応。思わずあまり必要のないものまで買い込み、レジ袋二つを満杯にして出てきた次第(それでも会計は1300円也・・・)。

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製品の質の高さと相対的な安さにやはり感動するのは、昨今では実は衣料品や靴である。
いわゆる欧米の「ブランド物」は、為替レートの問題もあり日本国外で買う方が安いが、日本発祥の20代・30代向けブランド(アパレルメーカーとしては、オンワード樫山・三陽商会・サンエーインターナショナルなど)の店頭に並ぶものの種類の豊富さと、英国に比較した場合のリーズナブルな値段設定には驚く。

縫製は、ラベルを見ると大体が「中国製」。
製造過程においては海外の安価な労働力を使っているわけだが、同様の値段で英国で手に入るものと比べて、縫製も非常に丁寧な印象を受ける。
以前も「天晴れなるものづくり国・ニッポン」について言及したのだが、消費者としては、是非とも現在のビジネスモデルを保ってもらいたいものである。

本日の話のオチはというと、既に予想のついている方も多いと思うのだが、「安い安いっ」「チョイスが多い多いっっ」などと連呼しながら買物しているうちに、荷物は持参した大型スーツケースを優に上回る量に膨れ上がり、結局ダンボール箱を一つ買い足し、うんうん言いながら一人で抱えてくる羽目になった。
・・・また日本経済に貢献してしまった。
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by canary-london | 2007-05-05 08:16 | current