ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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安藤百福氏を偲ぶ

しばらく欧米に暮らすと慣れっこになってしまうのだが、こちらのメディアで日本という国乃至日本人が取り上げられること自体があまりに稀であるため、その稀な機会があると何とはなしに嬉しくなってしまうものである。
気分としては、さながら四年に一度のオリンピックで日本選手が金メダルを取ったとき、日の丸を眺めて感涙にむせびつつ、小学校で斉唱した以来の君が代を口ずさむステレオタイプ的日本人といったところか。

こちらのビジネスマンでは愛読している人が多く、私もご多分に漏れず欠かさず読んでいる「エコノミスト」誌の先週(1/20-26号)のobituary(追悼記事)欄をみて、そんな俄かナショナリズムを感じた日本人は少なくないはず。

取り上げられている人物は、今年1月5日に96歳にて逝去された日清食品創業者の安藤百福氏。言わずと知れたインスタントラーメンの生みの親である。
1958年、試行錯誤の末にインスタントラーメンを初めて商品化し発売。
2005年には、何と世界中で860億食という恐るべし数のインスタントラーメンが消費されたそうな。


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インスタントラーメンは添加物だらけで不健康という世間一般のイメージとは裏腹に、世界一長い日本人の平均寿命を遥かに凌駕する年齢で大往生を遂げた安藤氏、亡くなるまでほぼ毎日という驚異的なペースで自身の発明した「チキンラーメン」を食べていたとのこと。
それでも常に血色が良く生の力が漲っていた安藤氏を見ると、インスタントラーメンのイメージが180度変わる気すらしてくる。

安藤氏の凄まじい生き様は、過去日経新聞の「私の履歴書」やNHKの「プロジェクトX」でも紹介されておりいずれも単行本化されているためご存知の方も多いものと思う。
そんな安藤氏の名言―エコノミストの記事では一番目を含む食関連のものだけがクローズアップされていたが、この方、その他にもたくさん「なるほど、ふーむ」と思うことを話されている。

1. 「食足世平」。
現在は日清食品の企業理念となっているとのことだが、平たくいえば「食が足りて初めて世の中は泰平になる」ということ。
日本やイギリスでは空虚に響くかもしれないけれど、丁度二年前のダボス会議で議論されて以来、世界的に盛り上がりを欠いてしまった感のあるアフリカの飢餓と貧困の状況に思いを馳せるにつき、重く響いてくる言葉である。

2. 「明確な目標を持ったあとは執念だ。ひらめきも執念から生まれる」。
「明確な目標」を立てることは、本当に難しい。仕事でも本当に日々感じていることだけれど。

3. 「知識も大切だが、知恵をもっとだせ。
知識は比較的簡単に手に入るが、知恵は大きな努力と体験がないとなかなか手に入らない。」
―計り知れない努力と常人の想像を超える体験をされている安藤氏だからこそさらっと出てくる言葉なのだろう。

安藤氏のご冥福を心よりお祈りする。

余談: それにしても、私の勤務するCanary Wharfからの帰りの電車の中でエコノミスト誌を読んでいるサラリーマンの数には改めてスゴイものがあるな、と感じた。
見た目東洋人の人が安藤百福氏の記事を読んでいるのを見かけると、嗚呼この人はきっと日本人なのだろうな、と感じたりして、同じロンドンの金融街に働く者として静かにエールを送ったりしてしまうのである。
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by canary-london | 2007-01-27 21:36 | current

ところ変われば・・・

昨年の丁度同じ時期に、「インベストメントバンクと大陸のmulti-nationalism」というタイトルで自分なりに真面目なヨーロッパの多様性に関する考察を書いたが、今回は同様のテーマでおちゃらけるところまでおちゃらけてみることにする。

これはヨーロッパということに限った話ではなく、言語の異なる地へ行けば誰しも体験する話。
個人のアイデンティティを示す一つの指標となる氏名というものは、「ところ変われば・・・」の典型例である。

いきなり話は逸れるが、「ところ変われば・・・」といえば、学生時分にテレビ朝日系列で放送されていた「週間地球TV」という深夜番組の「奇妙な果実」というコーナーを楽しみに観ていた時期があった。日本にいて、例えば商品名の英訳などをみてあまりの的外れな訳に苦笑された経験のある方は多いことと思うが、「奇妙な果実」はいってみればその逆で、ガイジンによって描写された日本人のイメージということに的を絞り、我々日本人からみてその荒唐無稽さに思わず笑ってしまうというものを集めたシリーズであった。
ああいう毒のない笑い、最近のお笑いではお見かけすることが減ったなあ。

ところで、名前の話であった。
一緒に仕事をすることの多いデリバティブ・マーケティングチームに最近新メンバーが加わったのだが、中国人の彼、大学を出て年数が浅くやる気満々、お肌のツヤも良く、何か細かい仕事を依頼するたびに一所懸命な姿勢で返答してくれるのが実に清々しい。
そんな彼のファーストネームは「Yumin」(ユーミン)なので、彼に仕事を依頼するたびに「ひこうき雲」*のフレーズが頭を流れたりして。
*念のために断っておくが、私は荒井由美時代のユーミンをリアルタイムで聴いていたほどの年齢ではないので、たまたま家にあったカセット(懐かしい!)で良く聴いた曲が印象に残っているだけである。

一方、同じ若手でデリバティブのストラクチャリングチームに数ヶ月前にjoinしたイタリア人の男の子は、何と苗字が「Unti」(ウンチ)君である。
本人は決して悪くないのだが、彼から質問メールなどが舞い込んでくる朝は多く、こちらも悪気はないのだがメールが来るたびに思わず笑ってしまう。

たかが名前、されど名前。
相手に与える印象に少なからず影響を与えてしまうことを考えれば、各国語で自分の名前の意味を知らないと空恐ろしい気持ちにもなってくる。

ところで、ロンドンで高校に通っていた当時、ブルガリアからフランス人形のような可愛らしい風貌の女の子が転入してきたのだが、彼女の名前は何と「Baka」(バカ)ちゃんであった。

・・・たかが名前、されど名前。
皆さんも機会があれば、各国語で自分の名前の意味を調べてみては?
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by canary-london | 2007-01-22 10:03 | culture
2007年、年初より音楽人生の方も快調なスタート。
昨年のある時点で宣言した通り、コンサート報告については今年も限定的に留めていくスタンスを保ちたいと思っている。
何しろオトウサンの日曜大工の域を出ない素人評のためおそらくは読むに耐えないということに加え、「はてあれって何だっけか?」とネットで下調べをしている時間が妙に長かったりして、コンサート評は真面目にしたためようと思うと意外と時間の掛かるものなのである。

12月に引越したため自宅から少し遠くなったとはいえ相も変わらず入り浸っているBarbican Centreでの今年のコンサート初めは1月6日土曜日だったのだが、先週の水曜日・1月10日は今をときめく若手指揮者(といっても31歳になった今、既に第一人者の風格を備えてはいたが)・Daniel Hardingの指揮によるマーラー9番。
初めて観るHardingの指揮ももちろん感動に値するものだったけれど(私の右隣に座っておられたヒロ・ミヒャエル小倉氏は、本日の演奏全般に関してはやや不満が残った模様だったものの終始「あの左手がスゴイよねー」と左手で指揮のジェスチャーを繰り返していらっしゃった)、本日一言コメントしたかったのは毎度ながらに、素晴らしい音楽に豊かな色彩を加えて下さる大先輩各位。

前述ヒロ・ミヒャエル小倉氏は某メーカーで世界各国を飛び回るモーレツサラリーマン生活とフルート奏者兼音楽評論家と幾つもの顔を併せ持つ恐るべし人物。
びびんが氏も、私と同じ金融業界でのお仕事とフルート奏者としての陰の顔を両立していらっしゃる上に、ワインを語らせる若しくはキッチンに立たせると右に出る男性なしというツワモノ。
言わずと知れた私のピアノの師匠、尊敬する青木理恵先生

そして今回初めて上記面々を通じて初めてお目に掛かる幸運に恵まれたのが、以前よりそのブログの内容の濃さにただただ脱帽、敬愛するdognorah氏

コンサート終了後の小倉氏行きつけのイタリアンで美味なるパスタを囲んだ5人のディナーでの話題も尽きない。
兎に角皆さん、湧き出る泉のような知識量と経験と記憶力。
いずれもない自分はただひたすら耳を傾けるばかりだが、「好きこそものの上手なれ」を地でいっているのだな、と感じる。

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ちなみに、自らのライフログにも載せてしまっているマーラー9番。
やはりコンサートで聴くのは格別。
とはいえ、実は昨年1月も同じことを自分のブログで書いており我ながら進歩なしの思いを強めるのだが、マーラー9番の4楽章の最後などになると、指揮者が棒を振り下ろさないうちは
「え??まだ何かの楽器が響いてるんだっけ???」
と問いかけたくなるほどの静けさ。

本日もロンドンの聴衆は、そんなピアニシモx3ぐらいのボリューム設定にも構うことなく咳が絶えないのには、昨年1月と全く同じ失望感を抱いた。
昨年までは漠然とイギリス人は音楽会での周囲の騒音をあまり気にしないズボラな人々なのかと思っていたのだが、もしやこれはクラシックのコンサートに現れるのは年輩者が多いという少子高齢化が現在の日本に匹敵するスピードでかなり以前に進んだ英国の抱える問題か!?
だとすれば、日本のコンサートも咳払いと啜り上げる鼻水の音に悩まされるのは遠い将来ではない。
より深刻な少子高齢化の問題もさることながら、これは由々しき問題である。

最後になってしまったが、本日の演目および演奏者は以下の通り:
Mahler: Symphony No. 9
Staatskapelle Dresden / Daniel Harding
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by canary-london | 2007-01-17 07:58 | music

「頭の良さ」考

真に頭の良い人とは、難解な内容の事柄を噛み砕いて(自分のような)頭のそんなに良くない人に非常にシンプルな形で説明できる人であると思う。

年頭の新聞や雑誌を眺めていて、そんな風に改めて感じた「頭の良さ」二つ。

一つは、元旦から日経新聞に「私の履歴書」の連載を開始したノーベル物理学者、江崎玲於奈氏。
以下引用:
「我々は20歳から70歳まで活動すると考えると、分別力の方は20歳では零であるが、毎年増加し、70歳で百に達する。
一方、創造力の方は逆で、20歳で百、70歳になると零になってしまう。
その交点は45歳、創造力と分別力が拮抗して、いわゆるミドル・エイジ・クライシスを迎える。」

うーむ。

きっと実態は零や百ということはなくもっと複雑なのだろうが、シロウトには何ともイメージし易い。
それにしても、70歳になると創造力がゼロとは何とも空恐ろしい。
勿論、身近にも素晴らしい創造力を持ち続けるシニア世代はたくさんいるので、上記はあくまで(しかも人間の平均寿命が現在ほど長くない想定での)一般論かと思う。

今ひとつは、ノーベル化学者、ダドリー・ハーシュバック氏によるNewsweek誌記事中の石油の成り立ちに関する説明。
以下引用:
「恐竜を煮込んで、シダを水に浸し、地表近くで長い長い時間をかけて比較的低い温度と圧力を保ち続けると、石油の出来上がり。」
これまた、本当はもっと色々な工程があるのだろうが(且つ、この「有機起源説」を反駁する「無機起源説」がロシアでは1860年代より提唱され、今も結論は出ていないとのこと)、恐竜のシチューなんて想像するだけでも楽しい。

昔の理科の授業が皆こんな風だったら、自分ももっと科学好きの大人になっていたかもしれないのに。
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by canary-london | 2007-01-13 10:54 | current
年初に世界について思いを馳せる、第二弾。
本日はエネルギーについて。

今年は世界のエネルギー問題を展望した記事も非常に目に付く。
自分の覚書代わりに、気になったことをまとめてみた。

(1)エネルギーと世界の政治情勢
2006年は、ロシアが石油産出量世界第一位となったことがエネルギー業界関係者には大きなニュースとなったとのこと。
ちなみに現在の世界五大産油国は、ロシアに加えてイラク、イラン、サウジアラビア、ベネズエラが顔を揃え、天然ガスも加えたエネルギー産出量ではロシアが圧倒的なトップに躍り出るらしい。

紆余曲折を経て昨今では安定した石油供給を行い、OPECの優等生となったサウジアラビアを除いては、こう言っては何だが「不穏な」顔ぶれ。
逆にいえば、黒いダイヤとも揶揄される石油のあるところに争いありということになり、ブッシュ政権によるイラク攻撃は石油の権益を巡るものに違いないとの根強い説も現実味を帯びて響く。

いずれにしても、世界のパワーバランスが各国のエネルギー供給能力と密接に関連している(支配されているともいえる)ことは間違いない。
二点目に繋がるが、エネルギーに関連する政治リスクの最小化という観点からは、地理的に偏りの激しい化石燃料やLNGへの依存度を下げていくことが急務である。

(2)化石燃料に代わるエネルギー
「そういえばそんな時代もあったなあ・・・」と隔世の感を抱いてしまうが、2003年までの20年間、原油の平均価格は1バレル=20ドルだった。
原油価格は2006年7月に1バレル=78.40ドルの史上最高値を更新した後は下落に転じ、近時は同60ドル近辺で、また新年明け以降は暖冬の影響により55ドル近辺にまで下落が進んでいる。

かなり最近までは、原油価格の高騰=世界経済の大幅減速乃至破綻というのが定説であった。
「原油価格が1バレル=22~28ドルの頃は、同40ドルになったら世界経済は破綻すると思っていた」
(ヤーギン・ケンブリッジエネルギー研究所会長)
「IMFはかつて原油の価格が1バレルあたり10ドル上昇すれば世界経済成長率が1%低下するとみていた。この見方はもう通用しない。」
(ラト・IMF専務理事)
など。

原油高騰にも拘らず、世界経済が成長を続けた理由は主に二つある。
一つは、原油価格上昇が(政治要因を除くと)供給減少ではなく、主に新興経済圏を中心とする需要増が背景となったこと。
新興国の成長に押され、原材料のみならず全ての商品が値上がりした一方、国際的な競争促進によりインフレは抑制された。
もう一つは、主要国経済の石油への依存度が格段に低下したこと。
一つ数字の例を挙げると、米国経済は1970年代以降150%以上成長している一方、石油消費の増加率は25%に留まっている。
原油価格が往時の1バレル=25ドルに戻るシナリオは想定し難く、当面は現状の水準近辺での推移が続くとの見方が優勢の模様。
そんななかでは、やはり石油に代わるエネルギー源をいかに発展させていくかが鍵となるだろう。

技術革新により、安全性が日進月歩で高まる原子力。
風力・太陽光エネルギーなど、従前よりの再生可能エネルギー。
また近時では、石炭の液化などの新技術も開発されている。

エネルギー関連企業は米国でも一躍脚光を浴びており、2000年のITバブルを彷彿とさせるとの穿った見方もあるが、一過性のビジネスで終わらないことを切に願う。
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by canary-london | 2007-01-09 11:33 | current
年初というと、決まって各種メディアで取り上げられるトピックが幾つかある。
一つは勿論、「2007年の経済大予測」的なヤツである。
昨今ではそれと並んで必ず見かけるのが、一つは人口の問題、そしてもう一つはエネルギーの問題である。

本日はまず人口について。
ここでは、驚愕のペースで少子高齢化が進む日本のことに限定。
2006年の出生数は1,086,000人(前年対比+23,000人)、死亡数が1,092,000人(同+8,000人)で、総人口は二年連続で自然減と発表された。
出生数が増えたのは6年ぶりのことで、おそらくは出生率も2005年の1.26というおぞましい数字から若干ながら上昇すると予想されている。

この少し明るいニュースの原動力となったのは、(自分を含む)「団塊ジュニア世代」による出産増加とのことである。
確かに自分の周囲でも、とりわけこの年末年始は「出産します」「出産しました」とのおめでたいニュースが続々(おかげで、海を越えて毎年企画している大学時代のゼミ忘年会は、女性参加者は自分一人と何とも寂しい結果となってしまった)。
数字をまとめている厚生労働省では、景気回復が結婚や出産の増加に繋がったと分析している模様だが、この分析は楽観的に過ぎるように思う。
第一に、戦後最長の景気回復といいながら、好景気の実感は少ない(自分は現在日本にいないので、あくまで第三者的意見だけれど)。
第二に、日本は既に社会の構造として「景気回復→出産増→人口増」の図式が当てはまらなくなっている。
以前にも少々触れたトピックだけれど、つまるところ働く女性に対する社会のサポートが最重要である。

日本の人口は現在の1億2,800万人程度から、今後50年間で9,000万人弱にまで減少するとの悲観的(現状の出生率が続くとすると現実的)な予想も出ている。
そのとき、日本の国力が大幅に衰えていることは疑いようがない。

*注: 現在逆単身赴任中の自分は当面この責務は遂行不能との前提で第三者的に書いてみました(笑)。

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by canary-london | 2007-01-08 09:14 | current

新年のささやかな怒り

というわけで、長らくのブランク(?)の末、2007年は従来の「言いたいことを何でも言うぞブログ(もしくは珍事満載ドタバタ絵日記ブログ)」復活宣言です。
冬眠中日々訪問して下さった方々、ゴメンナサイ。

当ブログを読んで頂いている方には、私は日本嫌いとの(誤った)印象を与えているかもしれない。
私は学生時代に両親と共に合計7年強を欧米で過ごす幸運に恵まれたが、そういった経歴の人に時々みられる「手放しの欧米礼賛/日本批判」には正直吐き気を覚える。
狂気的な若者や金太郎飴的な無気力サラリーマンに失望感を覚えることも少なくないけれど、やはり日本は自分の「祖国」。
日本には、自分のまだ知らないものも含めて、美しいところや素晴らしいところがたくさん、たくさん、ある(と思いたい・・・)。
(ときに、英BBCを中心とする団体が2006年前半に「世界の33の国・地域の中でもっとも世界にポジティブな影響を与えている国・地域」の調査を行ったところ、日本はヨーロッパに次いで第二位にランキングされたとのニュースを最近見掛けた。33の重複する国・地域とのことなので先進国に限ったものとは思うけれど、少し嬉しい。)

しかしながら。
もっとも日本批判に傾斜してしまうのは、やはり国レベルでの「こだわり」のなさを感じる様々な局面。
これは個人レベルではなく、国家レベル及び商業/マーケティングレベルにおいて顕著な傾向かと思うし、逆に個人レベルでは「こだわり」=ある種の「オタク」ということなら、オタク度において日本人を上回る国民を私は知らない。)
これは、国民のうち自覚的に信仰のある比率が3割程度と世界の中でも目立って低いことに起因するのだろうか(かくいう自分も無宗教であるが)。

こんなことをぼーっと考えることになったきっかけは、個人的にも大好きな街であるフィレンツェ・ウフィツィ美術館貯蔵のダ・ヴィンチの名画「受胎告知」が今年の3月~6月まで東京の国立美術館で展示されるとのニュース
何しろ、1867年に同美術館での貯蔵が開始されてから140年間、他の場所で展示されたことがないというのだから驚く。
別に、必ずしも「見たい人はフィレンツェまで行くべし」と言っている訳ではない。
ただ、140年の歴史の中で初めて移動する先が何故あえて日本である必要があるんだろうか?
勿論、「見たくてたまらないのにフィレンツェまで行けない人」にその機会を与えること自体は素晴らしいと思う。
ただ、「見たくてたまらない人」は、前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世が逝去された2005年4月に、ヴァチカンのサン・ピエトロ広場に遠路はるばる参列した敬虔なカトリック教徒の多い国・地域の筈であって、それは間違っても結婚式とクリスマスの時だけ俄かキリスト教徒に大変身する日本人ではない筈。
これはどう見ても、ダ・ヴィンチ・コードのブームに乗じているだけでしょ?
・・・こんなことで頭に血が上ってしまう自分はやはりひねくれ者なのだろうか・・・?

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by canary-london | 2007-01-03 04:53 | current
このブログも昨年12月19日でめでたく一周年を迎えました。
10月中旬以降執筆ペースが異様に落ちてしまい、12月に至っては記事数2件の体たらく。
執筆意欲が落ちている訳では全くないのですが、時間の使い方が下手なんだろうなあ・・・。

というわけで、2007年は時間の使い方を上手に。
たくさんたくさん溜まっている書きたいことも、徐々にアップしていきます。
取り急ぎ、年頭所感に代えて。

Canary-londonは一週間の日本での休暇を終え、本日元旦のフライトでロンドンへ戻ります。(欧米は1月2日からばっちり仕事です。)

皆様本年も宜しくお願い致します。
幸多き一年となりますよう。
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by canary-london | 2007-01-01 05:49 | diary