ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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<   2006年 10月 ( 8 )   > この月の画像一覧

週末は生憎の雨だったけれど、突然思い立って友人と二人でカンタベリー(Canterbury)へ出掛けた。
ロンドンから南東へ約60マイル(96km)程度。フランスのカレー(Calais)へと渡るフェリーの出発点であるドーバー(Dover)までは目と鼻の先という場所に位置する。

Ashfordの近くに一泊するのんびりした日程だったので、道すがらDover, Margate, Ashfordなどにも寄ってみたものの、Canterburyと比較すると正直これらの街は霞む。

Canterburyは、言わずと知れた英国正教会(Anglican Church)の聖地。
書きながらふと思ったが、おそらくは英国正教会において「聖地」という呼称は存在しない。
しかし、Canterbury大主教とは自動的に英国正教会の最高指導者を意味する。

起源について。
紀元596年に時のローマ法王グレゴリウス一世(Pope Gregory the Great)よりイングランドへのキリスト教布教を命ぜられて渡英した聖アウグスティヌス(St Augustine)が同地に滞在を許可され、布教の拠点とする教会を建立したのが597年のこと。
当時設立されたSt. Augustine’s Abbeyは1067年の火災でほぼ焼失し、このタイミングで現在のCanterbury Cathedralの基礎を成すより規模の大きい建物が出来上がった。

帰宅してガイドブックを見て知ったのだが、実はこのCanterbury Cathedral、St. Augustine’s Abbey(教会消失跡地は大学の敷地となっている)、そしてSt. AugustineがAbbey建立前に拠点として使用したSt. Martin’s Churchの三箇所を合わせ、ユネスコが世界遺産認定している。
(最近俄か世界遺産好きなので、夏に訪れたハドリアヌスの壁やデュラム城に加えて更にもう一箇所英国内の遺産を「制覇」出来たのは何とはなしに嬉しい。)

しかし何しろ突然思い立った旅行だけに、到着したのは土曜日も夕暮れ時。
街のそぞろ歩きのほかには、目玉スポットであるCanterbury Cathedralを見るのがやっとだった。

訪れたのが夕方遅い時間だったこともあり、カテドラル内は異様ともいえるほどの静けさ。
Canterburyという場所だけに観光地的な想像を抱いて訪れたところ、良い意味で完全に予想を裏切られて驚いた。

外観もnave(身廊)も美しいけれど、個人的には最もリラックス出来た場所はゆったりとした中庭を囲むcloister(回廊)であった。

柱と柱の間に腰を降ろしてぼんやりしていると、ふと京都のお寺の石庭でも眺めているかのような錯覚に捕われる。
龍安寺の石庭といったところか。
でも、一年を通じて観光客の絶えない京都中心部のお寺では、この静けさを味わうことは出来ない。
もう少し離れた辺りの、大好きな円通寺の借景の庭だろうか。

自分で驚いたのは、仏教のお寺にいるときの安らかな気持ちに不思議なほど似た心持になったこと。
個人的に特定の宗教への傾倒はないけれど、やはり宗教の強いエネルギーが漲る場所は同じような周波やオーラを発するのだろうか。

最後に、ヴァージニア・ウルフの一言をご紹介。
There is no lovelier place in the world than Canterbury – that I say with my hand on my heart as I sit here in Florence – and I have seen Venice too.
Virginia Woolf
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大聖堂→







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←美しく色づいたツタ。宿泊先の庭先での一枚。
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by canary-london | 2006-10-25 08:27 | travel
またしても発見してしまった。
ロンドンでは貴重な、「絶品!」と客を唸らせるお味のレストラン。
本当は紹介しないで隠しておきたいぐらいなのだが、皆様とシェアさせて頂きたく。

先月27日の「キー様」のコンサート終了後、会場のBarbicanに程近いベルギー料理の店で
「白ワインとムール貝をつつこう!」
と女性三人で勇んで出掛けた。
のだが。
雨の中をお店に辿り着くと、シャッターは下りたまま。
何を隠そう、実はそのほんの数日前に同じメンバーでトライし、
「やっぱり日曜日だから閉まってるねえ」
と諦めてテキトウなイタリアンでお茶を濁したばかりだったのだが、よくよく見れば
「10月半ばまでお休みします」との張り紙。
改装中だったのか。

そんなわけで、近場でうまい代替案はないものかとキョロキョロ。
ロンドン在住最長のSさん(別名その1:moonhigh、別名その2:山本リンダ)の
「あ。ここって、(すぐ近くにある)Club Gasconの廉価版だ。一度来てみたかったのよねー。」
の一言でキー様終了後の興奮状態で空腹に拍車の掛かった女性三人、即決で入ったのがComptoir Gascon

店内は殺風景という訳ではないのだが、照明が暗くコンクリートの打ちっぱなしのような床、木のテーブル・椅子といったラフな雰囲気からか、レストランというよりもワインセラーという風情。
オープン当初から割と最近まではただのデリだったというのだから驚く。

我々が足を踏み入れると、満席だったのだが、丁度食事が終わった風の男性三人組が気持ちよくテーブルを空けてくれる。
店内の黒板には、本日のお薦めの一覧。
ここは南西フランスの料理およびワインに特化した店らしく、その名の通りガスコーニュ地方のスペシャリティに加え、スペインとの国境のバスク地方のキュイジーヌもちらほら。

自分は高級な方のClub Gasconには行ったことがないのだが、Sさん曰く本家の方は少し気取っておりコストパフォーマンスの高さでは突出したものはないとのこと。
しかし何しろ、ガスコーニュ地方。
軽く検索すると、フォアグラとアルマニャックの生まれ故郷と出てくる。
食道楽の集まる地らしい。

f0023268_6272378.jpg1. とにかく料理のクオリティーに脱帽
この日は、白身魚や貝を贅沢に使ったシーフード料理一品、バスク風サラダ、そして「ガスコーニュ・パイ」という牛肉を使用したパイの3品を三人でシェア。
この日は残念ながら前菜に頼もうと思ったフォアグラがなかったので前菜をスキップしてしまったのだが、後からレビューを見ると、豚の耳やら足やらあらゆる部分を調理した前菜’Piggy Treat’が人気メニューの模様。
3品ともが非常に美味だったけれど、特にシーフードそして野菜が美味だった。
エシレのバターを添えて出されるこだわりのパンも逸品。

2. ワインについて
美味しいワインを飲むのは至福だけれど、さして詳しい訳ではない。
味さえ美味しければ、どこぞの有名シャトーのものでなくても良いではないか。
聞き慣れない銘柄ばかりが並ぶが、何しろリーズナブル。
手頃な値段の赤を選んだところ、お料理に合って実に美味しい(怠けて銘柄は控えてません・・・)。
ワインもこの地方からの厳選らしく、同じ土地の料理とお酒は相性ぴったり、の典型例。
フルボトルは少し多いという場合、420ml程度のデキャンタのサービスがあるのも嬉しい。

3. サービスについて
このときにはサービスが特別印象に残ったということはなかったのだが、同行した二人は先日早速別の友人数名と二度目の訪問を決行したらしく。
会計の際に合計金額をみて顔を見合わせていると、横から素早く電卓が差し出される。
この手の気配り、悪いけれど英国のレストランではなかなかお目にかかれない。

Barbican Centreのお膝元という絶好のロケーション。
これからも頻繁にお世話になるに違いない・・・。
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by canary-london | 2006-10-23 06:28 | gourmet
前回「今後のコンサート報告は限定的にします!」とディスクレを述べてから、ぱったりとコンサートについての記述が減ってしまった。健忘症のため、忘れたくない数々のコンサートについては実は個人的な覚え書きは書いていたりする。
しかも行く頻度も、実はあまり落ちていなかったりして。
うーん、極端は良くないな。
反省。

ともあれ、今日は土曜日に訪れた友人のコンサートについて。

イベント自体は、60数年前ビルマを中心に戦を交えた英国と日本の大戦における戦いの歴史についてより理解を深めようとの目的から開催された、その名も「Japanese-British Reconciliation」という会合。
シティはLiverpool Street駅に程近いSt. Ethelburga’s Churchという教会が舞台となった。

フルートを奏でるのは、「おぐりん」ことヒロ・ミヒャエル小倉氏。
実はこのブログにもこれまでに(謎の)の「O氏」として数限りなくご登場頂いているのだが、晴れて実名での掲載OKの許可を頂き、今回ご紹介している次第。
世界中を飛び回る忙しいビジネスマンでありながら、音楽ジャーナリストとしてのお仕事は実に精力的。
コンサートにご一緒させて頂くと、指揮者やオケを問わず必ずメモを取りながら耳を傾ける演奏者へのリスペクトには脱帽。
数々の名演を聴いて来られてきた小倉さん、そのフルートの腕前はプロ顔負けである。

ピアノの伴奏は、我が師匠の青木理恵先生
小倉さんや他の方の伴奏はロンドンに来てから何度か聴かせて頂く機会に恵まれたのだが、理恵先生の演奏もとにかく素晴らしいの一言に尽きる。

伴奏というのは、主役ではなく言ってみれば付け合せの野菜やお刺身のツマという立場なので、これが実に難しい。
出しゃばり過ぎてはいけない。
しかし、地味になり過ぎても存在意義が感じれられない。
伴奏者たるもの、間違えずに弾くことが前提とされているのだから恐ろしい。
理恵先生の伴奏は、こんな基本的なポイントを押さえているのは勿論のこと、主役が気持ち良く演奏出来るようにとの本当に細やかな気配りが感じられる。

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そんな息もぴったりのお二人の演奏を聴きながら、夢見心地な気分に浸らせて頂いた。
演目は以下の6曲:
ゴセック「ガボット」(‘Gavotte’ by F.J. Gossec)
ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」(‘La fille aux cheveux de lin’ by C. Debussy)
ドビュッシー「アラベスク 第1番」(‘Arabesque No. 1’ by C. Debussy)
ドビュッシー「小さな羊飼い」(‘The Little Shepard’ by C. Debussy)
ドビュッシー「レントより遅く」(‘La plus que lente’ by C. Debussy)
ヘンデル「ラルゴ」(‘Largo from Xerxes’ by G.F.Handel)

最初こそ少し硬さが目に付いた小倉さんだったが、すぐに持ち前の明るく艶やかな音色が響き始める。後半に掛けてどんどん艶は増し、ドビュッシーの「レントより遅く」、それにヘンデルの「ラルゴ」の高音は実に素晴らしかった。

先般触れた「他人に手触りの幸福感を与える」ということなのだが、ごく身近な友人・知人に与えてもらえる驚くべきチカラの源。

今週も一週間頑張ろう。
一方で「自分が他人にどんな幸福感を与えられるのか」という質問については、当分答えが出そうにないのだけれど。
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by canary-london | 2006-10-17 08:20 | music
金曜日は、女性3人で連れ立って人気のミュージカル「Mamma Mia!」を鑑賞。
1970年代を中心に活躍したスウェーデンのポップバンド・ABBAの音楽をフィーチャーしたミュージカル。
私は実は昨年のロンドン滞在中にも一度観に行ったのだが、そのときにはふと思い立って一人でぶらっと行き、楽しかったものの一緒に踊る(!)仲間がいなくてやや寂しい思いをしたので、今回誘われ二つ返事でOKした。

ストーリーの構成は至って単純で捻りがないといえばないのだけれど、ミュージカルというものの原点に戻ったとき、リスペクトすべき点が幾つかある。

一つは、兎に角音楽と踊りを純粋に楽しむEntertainmentに徹しているということ。
人生で初めて観たミュージカルは、高校生時代にロンドンに暮らしたときに母と観た「CATS」だった。「CATS」も話の筋などあまりないけれど、素晴らしい音楽と踊りを楽しめ、作り手が「観客はミュージカルというものに何を求めるのか?」ということを考えて作ったものなのだな、と感じた。

二つ目。一点目とも関連するけれど、ミュージカルたるもの、やはり「分かり易さ」は重要だと思う。オペラのように、必ずしも原作で荒筋の予習をしたり、また難しい時代背景を分からない歌詞から読み取ろうと努力するという真剣な姿勢は観客には少なく、単純にenjoyしよう!との気持ちで出掛けるのがミュージカル。
もちろん様々な意見があると思うけれど、その意味では同じく高校生時分に観た「レ・ミセラブル」などはミュージカルとしてはやや難解過ぎたように感じた(高校生だったので、という部分はあるかもしれない。今観たらもっと楽しめるかも・・・)。

三つ目。ストーリーの構成は単純、と書いたが、実はディテールは結構良く考えられている。
飽くまでもスポットライトはABBAの音楽に当てられているので、音楽にそして歌詞に沿うような場面設定がなかなかニクイ。
勿論、ぴかぴかの白いパンタロン・スーツにサングラスといったABBAスタイルのファッションも楽しみの一つ。

f0023268_2115181.jpg最初から最後までこれでもかっというABBA尽くしのミュージックに、観客も最後は総立ちとなって役者達と一体となって踊りまくるというのがMamma Mia!のお決まりのパターン。
今回も例に漏れず最後は我々日本人女性3人、サークルの席から転げ落ちそうな勢いで踊っていたのには、周囲のイギリス人もびっくりしていた。

ところで、改めて素晴らしいなと思った歌詞。
Thank you for the music
最近の自分の気持ちを実に良く表していて、それこそ有難う!と言いたくなった。

Thank you for the music, the songs I'm singing
Thanks for all the joy they're bringing
Who can live without it, I ask in all honesty
What would life be?
Without a song or a dance what are we?
So I say thank you for the music
For giving it to me

ミュージカルに出掛けると、もう一つ決まって抱く思いは、夢見心地な子供時代の回顧。
例えばCATSを観たとき。
自由気ままに舞台を駆け巡る三毛猫やらシャム猫やら個性の強いキャラクターを眺めながら、「ミュージカルに出たい!!!」なんて思いながら帰途についたことを思い出す。
歌も踊りも人並み以下にしか出来る訳がないのだが、わりと真面目にそんなことを考えているのだから今思えば笑ってしまう。
16-17歳ぐらいまでだろうか。
自分が何に長けているのか、ということを直視することなく、自分には無限大の可能性が残されている、と錯覚していた時期。
その後、大学へと進み、会社に入り、自分が選ぶことの出来る道は消去法によりどんどん狭められていく現実に否が応でも気づかざるを得ない。

歌や踊りで、純粋に他人の目や耳を楽しませること。
音楽や絵画・映画などのアートで、直接ハートに訴えかけること。
小説や詩などの文章で人の心に響くこと。
美味なるお料理で舌を心地良くさせてくれる料理人。

他人に与えられる、手触りの幸福感。
自分には一体、他人にどんな手触りの幸福を与えることが出来るのだろうか。
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by canary-london | 2006-10-15 21:14 | diary
イメルダ(故・マルコス元フィリピン大統領夫人・靴の収集癖あり)ばりに靴を所有している*と、最も困るのは、保管場所もさることながら、その整理及び管理である。

1. 踵の修理: ロンドン・ストリートは非常に歩きにくいと感じるのは自分だけだろうか。例えばプラハのように街全体が石畳というのなら靴に優しくないのも頷けるのだが、ロンドンはアスファルトや階段の溝の微妙な間隔がどうにも頂けない。自分が人一倍そそっかしいことは(百歩譲って)認めるが、それにしても溝やマンホールに細いヒールが見事に挟まり、0時前のシンデレラ状態となることなど日常茶飯である。
もっとも、腰によろしくないと分かってはいながらもついつい細めの9センチヒールばかりを選んで履いてしまう自分にも責任の一端はあるのだけれど。

ともあれ、そんなウォーキングスタイルでは当然ながら靴の傷みが激しい。
具体的には、ヒール底部の磨耗(更に放置しておくと中の金具が突き出してきたりする)、およびヒールのボディに当たる部分の革が剥けてくるというトラブルが尽きない。
そんなとき便利なのが、待っている間に靴の修理を行ってくれる靴修理店。
東京に住んでいたときには、自宅から目と鼻の先にある新宿・小田急百貨店3Fの職人工房に大変にお世話になっていた。東京同様、ロンドンにも街中にこの手の靴修理店はたくさんあることはある。また預けた靴はその場で修理してくれるので有り難いことには違いないのだが、作業内容は日本に比べてかなり荒いのも確か。
昨年フィレンツェで購入したフェラガモのバックストラップ付のサンダルから針金が飛び出してしまい、針金が足首に触れてストラップが血に染まってしまったので困って持ち込んだ夏の初め。
職人のオジサン、おもむろにニッパーのような物を持ち出すので何をするのかと思いきや、突き出した針金の全体をバックストラップからずるずるずるずるっっと引きずり出してしまった。
出てきた針金は、ゴミ箱へ直行・・・。

「あのー、その針金って何らかのレゾンデートルがあってそこに入っているのだと思うのだけど」と私。
「いや、サンダルのバックストラップにこんな針金が入っているのは自分の靴職人人生において見たことがない」とオジサン。
以来針金に悩まされることはなくなった訳だが、何か根本的に靴の構造を変えてしまったような。いいのだろうか。

2. 靴磨き
靴の数が多いと、もう一つ悩まされるのは靴磨きという作業である。
村上春樹の小説の主人公がよく「混乱したときにアイロンがけをする」のと同様に、靴磨きという作業は何か無心に作業に没頭することが出来て何とも楽しい。
とはいえ、暇を持て余した学生時代でこそ一週間に一度靴をずらっと並べて黒と茶と無色に分類してぴかぴかに磨き上げたものの、忙しい社会人たるものはっきりいって週末にそんな優雅な時間は取れないのが現実。

街角の「靴磨きのおじさん」にはあまりお世話になったことがなかったのだが、本日は踵修理要のパンプス三足を持参して出勤すると、ディーリングルームの女性の御手洗いの入口付近に恰幅の良いお兄さんが陣取っている。
そういえば。
この人、良く男性物の革靴を磨いているなあ。
要は、我々のようなサラリーマンのオフィスを(おそらくは通行証のようなものを持っているのだろう)職場とするナガシの靴磨き職人。
タイミング良くパンプスを持っていたこともあり、ふと「一度頼んでみようかしら」という気になった。

スウェードのものは残念ながら「こいつは無理」と突き返されてしまったが、他の二足はなかなかどうして満足のいく仕上がり。
一足2ポンドという靴磨き代金は正直高いのか安いのか良く分からないが、全ての物価が驚異的に高騰しているロンドンゆえ、リーズナブルに感じられる。

このお兄さん、通りがかる我が同僚達の靴を依頼されるがままに磨きながら2ポンドx??をしっかり稼ぐ。
小脇にはIpod。
勤務時間は9時―15時といったところか。
何ともマイペースで場当たり的な、でもシアワセそうな生き方を見て知らず笑みがこぼれてしまった。

こんな光景をオフィスで目にすると、決まって思い出すのは私を採用してくれた米国人上司・A氏がいつかしてくれた話。
私は弊社に入社したのは2001年のことだったので残念ながら米国が好景気に沸いた1990年代後半の「良き時代」は過ぎてしまっていたのだが、A氏が入社した90年代前半から後半に業界全体が軒並みコスト削減に走るまでは、毎朝ディーリングルームにデニッシュやらフルーツやらコーヒーやらを満載したワゴンが周回していたらしく。
お昼になると、これがランチメニューに変わる。
当然コストは全て会社持ち(!!!!!)。

今では「接待費は一人当たりUSDxxxまで」などとがんじがらめにされる状況なので、そんな時代は夢のようとも思える。ただ、こんな時代に米国のコンサルティング会社に入社し3週間のシカゴ研修とやらですっかり肥えて戻ってきた後輩を見たときには、必ずしも健康には良くないかもと思ったものだが(笑)。

*イメルダ病について補足兼言い訳。
自分も割合に靴フェチだと思っていた方だが、先日とある知人の保有靴数が「100足」と聞き自分など至ってノーマルだと思うに至った。
しかし、100足。
一年は365日しかないので、100足を均等に履いたとして、二週間に一度も出番が回ってこない計算である。
それも靴としてはちょっと不憫に思ってしまうのだけれど。

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by canary-london | 2006-10-10 08:28 | cravings

ミーハー考

「たまには良いこともあるな」と久しぶりに思った本日・快晴の土曜日。

「早起きは三文の得」と呪文を唱えながらまだ眠い身体でベッドから這い出し、朝一番の予約で行きつけの美容院へ。
ロンドンには著名な現地の美容院は星の数ほどあるけれど、やはり日本人の頭髪のクセを熟知しているのは日本人である。海外に暮らす際、美容院に限っていえば、日本人の日本人による日本人のための美容院に限る。

3時間を優に越えるストレートパーマのプロセス。
何度目かのシャンプー台に座っていると、入口には顔に見覚えのある青年が二人。

おーーーーーーーーー。
何と。
稲本潤一選手中田浩二選手ではないか。

聞けば、稲本選手は英国リーグ在籍中からの常連。
先月トルコのガラタサライ*に移籍してからは初めての来訪とのこと。
一方の中田浩二選手は現在スイスのFCバーゼルで活躍中であり、どうやら二人で示し合わせて週末を利用してロンドンに遊びに来た模様。

*非常にくだらなくて申し訳ないが、「ガラタサライ」と「ガラムマサラ(インドカレーに使われる混合香辛料)」ってちょっと驚くほど語感が似ている。自分で最初に誤ってサッカーチーム名として「ガラムマサラ」を思い浮かべてしまい、思わず大ウケしてしまった。

二人とも整った顔立ちと長身で目立つことには違いないのだが、オフでリラックスした表情のせいか、意外と「その辺にいるオトコの子」的な側面も見え隠れして新鮮だった。


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二人ともが、昨年からずっと私を担当してくれている美容師のSさんご指名。
Sさんは、稲本選手のヘアカラーをチェックしつつ中田選手のカットを手際よく進め、私のところへ仕上げのブローに戻ってくるという活躍ぶり。

ていうか、あーそのセレブ二人の髪を触った手でブローして下さるなんてウレシイ。どうもミーハー精神たっぷりに生まれついたらしく、興奮が収まらない。
(もちろん、お休みの日のスポーツ選手に声を掛けるなんて馬鹿な真似はしなかったが、今思えば異国にいるのだし一言「頑張って下さい」ぐらい言っても良かったのかな、とちょっと後悔してみたり。)

少々正気に戻して、感じたこと二点。
1. スポーツ選手の清々しさ
スポーツをしない人に対する偏見は微塵もないが(かくいう自分も運動神経ゼロに等しいので自他共に認める文化系人間である)、やはりチームスポーツの厳しさを経験してきた人間ならではの強さと快活さ、そして気遣いなのか。美容師やアシスタントの人に発する何気ない一言にウィットと心配りの両方が感じられ、二人とも傍目から見ていて実に気持ちのいい青年であった。

稲本選手と中田選手はいずれも1979年生まれの27歳。
オトナもいいところなのだが、自分が大学生時分に高校野球で活躍した球児がいつまで経っても少年のように感じられるのと同様に、ふとした表情にあどけなさが残るような気がしてしまうので不思議である。

2. 異国で感じる出会いの大切さ
今日のような出会いは、おそらくは日本にいたのでは遭遇しない種類の出会いである。
もちろん日本にいる方が余程たくさんの数の日本の「セレブ」とニアミスしているのだろうけれど、そんな「セレブ」が自分と同じタイミングに同じ空間を共有し、素顔で会話しているのを見られる機会なんてそうはない。
翻ってみると、異国にいるときの同郷の人との出会いには、少なからず「おそらくは日本にいたのでは遭遇しない」要素がある。

今この瞬間、自分がここにいるからこそ訪れる素敵な出会いの数々。
明日へのエネルギー、なのである。
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by canary-london | 2006-10-08 11:06 | current
インターネットとウェブ社会って素晴らしい、と思う瞬間。
といっても、今回はウェブ2.0社会に関する難しい議論を展開したい訳ではなく、ふとしたきっかけで素直にその便利さに改めて感動した一幕。

昨日・10月1日は母の誕生日。
東京とロンドンという距離ではプレゼントを送るのもひと苦労であるし(これに加えて、英国の郵便事情は思いのほか悪い。自分は幸いにしてこの被害には遭っていないが、知人から届く筈の荷物が待てど暮らせど届かず、結果的には税関職員が着服していた、などの例は残念ながら枚挙に暇がない)、直筆のカードをしたためるのは正直億劫である。
そこで頼りになるのは、やはりインターネット・ショッピング。

月並みながら「花束」を選び、「お祝い事→誕生日→・・・」とクリックして進んでいけば、数分後には「注文完了」のメッセージがメールのInboxに舞い込んで来る。

嗚呼、なんて便利。

更に素晴らしいことに、当日こちらが起きて再びメールにアクセスすると、今度は母から
「ありがとう!こんなのが届きましたー!」
と届いたお花の写真付メールが。
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便利になり過ぎて人間同士の距離が離れてしまったウェブ社会に対する批判は数あるけれど、
「インターネットがあって良かった」
「メールで繋がってて良かった」
と思える、小さな一瞬。

一万キロの距離を一瞬にして越えさせてくれる愛すべきネット社会、万歳。

そして。
年齢を重ねてもネットやメールを精力的に使いこなしてくれるがために、世界の何処にいようともスムーズなコミュニケーションを図ることが出来る我が両親にはただ脱帽。
Keep it up, mum and dad!!!
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by canary-london | 2006-10-03 07:44 | current
満を持して凱旋門賞に臨んだディープインパクトは残念ながら3位に終わってしまった。
おそらくは俄か欧州競馬人気に沸く日本の皆様にロンドンの競馬話を一つご紹介。

7月30日・日曜日は抜けるような青空。
知人にアスコット競馬に誘って頂き、ロイヤル・アスコットではないながらも気品漂う由緒ある競馬場へいそいそと出掛けた。
前日の29日はハーツクライが出走するとあって日本人の応援もひときわ目立ったようだったが、この日30日は6レースの中で14:40の回のみが比較的大きいレースであったことを除いてマイナーなものが多く、その分のんびりと雰囲気を楽しむことが出来た。

1. 競馬たるもの・賭けてなんぼ
もともと賭け事はそんなに嫌いではない。
家庭麻雀仕込でルールが分かるのをいいことに学生時代時折友人に混ぜてもらった麻雀にせよ、言ってみれば「下手の横好き」。
ごく限定的な賭博人生はおそらくネットで浮いている筈がないのだけれど、何ともオメデタイことにゲームの内容や博打のスリルを純粋に楽しんでしまい、あまり勝ち負けは気にしないタイプである。

この日も、勝手の分からない競馬新聞を握り締め、とりあえずは馬券を買いに窓口へ。
第一レースは、3頭に「Each Way」(単勝と複勝を組み合わせた馬券)を賭けて合計12ポンドを支払ったら、「You are my best customer so far」(これまでの今日の客で最高の売り上げだよ、ありがとう!)といわれてびっくり。
皆様もっと少額の掛け金で楽しむのですな。

はじめの数レースはまずまずトントンを維持したのだが、ツキが変わってくるとなかなか挽回が難しくなるというのが、基本的には胴元が勝利するような構成となっている賭博イベントにおける定石である。
負けが込むと、一番不味いのが守りに入ること。
この日の自分が典型例で、第5レースがネットでプラスまたはマイナスになる分かれ目であった。
買いたい馬は3番・9番・16番。
リスク・リターンが相対的に良いことに加えて、単勝と違ってそれなりに楽しめる美味しい馬券であることに味を占め、このレースもEach Wayを買おうと窓口に赴くも、一頭につき2ポンド掛けるとなると出費は12ポンド。
どれか一頭を諦めようと思って購入から外した馬であった9番が他を突き放してゴールに駆け込んできた。
うーん。敗北パターン全開。
ここで9番を外していなければネットで浮いたなあ。


f0023268_6273287.jpgてなことで第5レースの残念な結果を受け、本日のP/Lトータルは約15ポンドのマイナス。
でも本当に素晴らしい天気とPremier席の高揚した雰囲気を味わうことが出来、一日分の入場料と思えば全く高いと思わなかった。
ちなみに今回たまたま同席した女性の一人は、「競馬なんかで一銭たりとも損をするのは許せない」と6レースを通じて頑として馬券を買わなかった。

色々な考え方の人がいるものだと思ったが、買った方が参加意識が高まって楽しいと思うのだけれど。

2. 貴族のスポーツとMillinery体験
ポロやクリケットと並んで、英国では競馬も19世紀来貴族階級が楽しむ娯楽である。
この点、「小脇に競馬新聞を抱えて耳には赤鉛筆」という頂けないオヤジ・イメージ満々の一昔前の日本競馬とは全く趣きの異なるスポーツ(最近でこそ日本も競馬場がデートスポット化するなどのイメージ改善が進んでおり、喜ばしい限りである。競馬場としてはともかく、これはやっぱり大井競馬場のトゥインクル・レースのお陰か?)。
ロイヤル・アスコットで女性が羽や石のついた絢爛たる帽子を被る傍らでエスコートする男性もモーニング姿というのは昔の名残であると推測するが、今回前哨戦で度肝を抜かれたのが「帽子」カルチャーであった。

何しろ急に行くことに合意したものだから、帽子らしい帽子が一つもない。
別にロイヤル・アスコットではないので帽子は必須ではないのだが、聞くとやはり女性はそれでも帽子を被る人が大半の模様。
前日の土曜日、慌ててHarrodsへ。
「帽子探してるんですけどー」とインフォメーションに問うと、
「あ、millineryですね。2Fのインターナショナル・デザイナーの奥ですよ。」との案内。

Millinery=帽子売り場

そんな言葉があるんかいね、この国は。
恥ずかしながら初めて知った。
「Hat corner」とかではないのか(笑)。

帽子売り場に辿り着き、その種類の多さに一度びっくり、物によっては目玉の飛び出るようなお値段に二度びっくり。

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結局サマー・セールの最終日でおまけに閉店間際であったため、破格の安さで素敵な帽子を無事に入手することが出来たのだが、イギリスとはつくづく奥の深い国だと思う。
ときに、セールで買った帽子は、1950-60年代のアメリカ映画に出てくるような、あの笑ってしまいそうな巨大な帽子箱が付いて来ない。
あの帽子箱にベッドルームに鎮座されても困り者だが、入れ物がないのはそれはそれで不便。
気の毒なことに私の帽子は、以来洋服ダンスのジュエリーボックスの上でじっと埃に耐えている。


話はまたしても泥棒に戻ってしまうが、君は私の指輪と腕時計の盗難の一部始終をそのポジションから見ていたんだろう・・・帽子が言葉を話せれば証人になるのになあ、などとあらぬ方向に思いが及んだところでアスコット小噺はこれにて。
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by canary-london | 2006-10-02 06:31 | current