ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

<   2006年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧

そもそもは、9・11とブッシュとアメリカについて書き始めたのであった。
過去3週間程度のイギリスの政治舞台における混沌は急展開で進んだ。
9月6日に、15人の若手労働党員(下院議員)がブレア首相に即刻退陣を求める書簡を提出したのに続き、うち8人が役職から辞任。
ほどなくしてブレア首相は「一年以内の退陣」表明を余儀なくされ、本日9月26日には、労働党党首として最後のスピーチがマンチェスターにて行われたところである。

ブレア首相の権威失墜の理由については、ブッシュ政権への完全なる迎合と映った中東政策における失敗、直接の引き金を引いたとされる7月のイスラエルによるレバノン侵攻時に(他の欧州首脳と違って)即時停戦要求を行わなかったことなど外交政策における失敗から、社会保障改革など国内政策に関する不満まで、あらゆる原因が取り沙汰されている。
この辺りの分析は専門家および勝手な議論を展開するメディアに任せることとして。

ブッシュに対する米国世論の支持が2001年9月11日直後に歴史的な高水準に達した後、その後のイラク侵攻を初めとする一連の出来事を受け、足下で急激な落ち込みをみせていることは前回概観した通りである。

一方のブレア首相に対する支持率の推移をみると、大体以下のような傾向を見て取ることが出来る。
1997年5月の首相就任(同時に18年ぶりに英国労働党が地滑り的勝利によって政権に返り咲いたタイミングでもある)から5ヶ月経過した同年10月の世論調査では、英国民のブレア氏に対する支持率は75%近くに達した。
この数字、サッチャー女史が1982年に記録した同政権としての最高記録である59%、および1991年のメージャー首相の最高記録61%と比較しても、異常に高い数字といえる。
一方、直近9月11日の調査によれば、ブレア政権に「満足している」と回答した人の比率は26%と往時の3分の1を下回る水準に凋落。

過去9年間の推移を定期的にフォローするには同条件で比較を行ったデータが不足するものの、ブレア首相に対する支持率の低下は、政治的事象に絡んで大幅に振れることは少ないことが特徴的であるように見受けられる。
支持率低下が加速したのは過去一年程度。
特に過去数ヶ月間においては、上記同様「ブレア政権に満足」と回答した比率が今年1月の36%→4月29%→9月26%と一貫して落ち込みをみせている。

そんな中で、目を引くのは2005年7月24日の調査結果(調査期間は7月14-18日)。
言うまでもなく、7月7日のロンドンにおける同時多発テロ発生直後のデータである。
ここでは、「満足」と回答した人の比率が44%に上るなど「不満」の47%に肉迫。

では、テロという極限の状況下では、国民は無条件に国旗の下で一致団結するのか。
自分の答えは、否、である。
それが、米国と英国の違いを理解する一つの鍵であるように思えてならない。

2005年7月7日。
私は今回の勤務に先立つ6ヶ月程度の長期出張で、やはりロンドンオフィスに勤務していた。

あの日のこと、およびあの日の直後のロンドン市民について思いを馳せると、「resilience」
(辞書を覗くと「立ち直る力」などと訳されているが、もう少し気の利いた邦訳はないものだろうか?)という言葉がまず頭に浮かぶ。
テロの当日や翌日、TVカメラとマイクを向けられるロンドン市民が決まって口にした文句。
‘…but we have to get on (with life)’
この言葉を聞くにつけ、ロンドン市民の冷静沈着、悪くいえばドライな面に脱帽した。
さらに悪くいえば、この人達は伊達にIRAとの血みどろの歴史を生きてきている訳ではなく、表現は変だけれど「テロ慣れ」しているのだ、ということも痛感。

イギリス国民でもない私が言うのは変だが、あのとき、グレンイーグルズで開催されていたG8首脳会議から大急ぎでロンドンに戻ってきて国民に誠意のこもったスピーチを行ったブレア首相の背中は、とても広く頼り甲斐があるように見えた。
もしやこの国もまた、テロという極限状況の中で、ブレアというリーダーの下で一致団結するのでは?という印象を抱きすらした。

結論としては、(米国と違って)英国においてはこのような思考はやはり存在し得なかったのではないかと思う。
現在のブレア首相の斜陽ぶりの真の理由については、これから明らかになる部分も多いことと思うのだが(個人的には、9年間にわたる政権安泰に胡坐をかいた結果として恥部を晒け出した労働党の内紛が一般世論の支持率低下という悪循環に繋がったような気はする)、間違いなくいえることは、米国におけるブッシュ人気暴落とは性質が異なるということである。

ふと欧州大陸を見やると、スペインのアスナール前首相、そしてイタリアのベルルスコーニ前首相という、ブレア首相に加えて欧州におけるイラク戦争推進派にあたった2首脳が今年退陣。
ブレア首相の退陣で、欧州の中東政策は新しい時代を迎えるのか。
そのとき、米国は、日本は、世界は・・・?

*一連の世論調査出所: Ipsos MORI
[PR]
by canary-london | 2006-09-27 08:37 | current

放心・その2

親しくお付き合い頂いているmusicaholicの方々の中でも、Evgeny Kissinの人気には目を見張るものがある。
女性には特に人気が高く、「キーシン」などと呼び捨てしようものなら大変である。
「キーシン」ではなく、「キー様」。
(殆ど「神様」と同義語として使われる・笑。)

本日はその「キー様」の演奏を聴くため、Barbican Hallへ。
不勉強の私は、CD・コンサートのいずれにおいてもキー様初体験となる。

彼女達が夢中になる理由が、一瞬にして分かった。
音楽を通じてこれほどのシアワセを他人である聴衆の我々に与えてくれる素晴らしき芸術家を表現するのに、多くの言葉は要らない。
冗談ではなく、「生きててヨカッタ」という心持ちになるのだもの。

一般人に比べて圧倒的に涙腺が破裂した水道管状態になりやすいワタクシ、実は前回放心した8月30日のLang Langの演奏のときにも涙してしまい、「うーん、24歳に泣かされてしまった・・・」と思っていたのだが、今回は開始後ものの数分でマスカラとアイライナーの殆どが黒い涙となって流れてしまった。
とどめを射したのは、アンコールで私が愛してやまない「愛の夢」が流れ始めたとき。
キー様を聴くときには、アイメイク厳禁である。
以後気をつけよう。

本日の演目は以下の通り:
Schumann Piano Concerto
Sibelius Symphony No 1
(Encore by Kissin:Liszt Liebestraume III)

Piano:Evgeny Kissin
Orchestra:London Symphony Orchestra
Conductor:Sir Colin Davis

*ところで。
わざわざこの場でお断りすることもないのかと思って少し迷うところですが、当初ぼんやりと自分が足を運んだ全てのコンサートについて備忘録代わりに「コンサート報告」を行うことを考えたのですが、これは無謀なプランであることが発覚しつつあります。
備忘録としては良いのですが、ブログには音楽以外にたくさんたくさん書きたいことがあるのに書けなくなってしまうため(「コンサート行き過ぎなんだよ」というツッコミが入りそうですが・・・)、今後のコンサート報告はselectiveにしていきたいと思います(元々シロウトの感想文なので誰も困らないと思いますが・・・)。
あしからずご了承下さい。
[PR]
by canary-london | 2006-09-25 07:58 | music

愛すべきmusicaholic達へ

折角「従来の何でも言いたいこと言うぞブログ」路線に戻る表明をしたというのに、いきなり盗難事件で出鼻を挫かれてしまった。
自分の身辺がばたばたしていても、容赦なく時間は過ぎていく。

「何をこんなときに呑気に遊んでいるんだ」とまたぞろお叱りを受けるかもしれないけれど、秋という時期の為せる業か、ホームパーティーに招いて頂く機会が非常に多い。

警察の捜査は継続中。
これまでの展開を考えるに、なくなった物が出てくる可能性は残念ながら著しく低いが、別にしおらしくしていたところで何が変わるわけでもない。
超がつくほどのpositive thinkingは得意技である(要はただの能天気???)。

直近招いて頂いた数々のホームパーティー(殆どすべてが同じサークルなので、お会いする方々には「何か最近家族よりも頻繁に会ってますよね(笑)」が枕詞になってくる)を通じて感じること。

その一、やはり素敵な音楽があるというのは素晴らしい。心が荒んだこんな状況でも、「明日は明日の風が吹くもんねー」的な心持ちになる。
その二、音楽を通じて教えられることは本当にたくさんある。

先週末は、ピアノを教えて頂いている青木先生宅にてホームリサイタルに招いて頂いた。
こちらロンドンで活躍する若きピアニスト・松本さやかさんのラフマニノフやリストを初めとする素晴らしい演奏の数々に、聴衆の我々、しばし放心状態。
確かな技術に裏打ちされた圧倒的な表現力に言葉を失ってしまったが、リサイタルの後にさやかさんを囲む会と称して大宴会になだれ込む(先生、本当に有難うございます・・・)。

f0023268_23373552.jpg
演奏が終わって素顔に戻ったさやかさんは、実に素直な素敵な方でその人柄にまた魅了される。
私以外は殆どがクラシックの専門家ばかりで様々なコメントが飛び交う中で、彼女は真摯に自分の演奏に関する批評に耳を傾ける。特に批判的なものについては。
スポンジのような吸収力。

何の仕事でもそうだけれど、自らに対する批判をしっかりと受け止め、それを乗り越えようと努力を繰り返すことで、壁を一つ一つ乗り越えていけるのだろう。
それをごく自然にやってのけるさやかさんは、アーティストとして、人間としてどんどん大きくなっていく力を持っているのだな、と感じた。

さやかさんは現在、サンマリノ共和国でのピアノ・コンクールに参加中。100人を上回る精鋭の中から14人のセミ・ファイナリストに残るという快挙を成し遂げ(彼女の実力を考えれば当然かもしれない)、これからファイナルへと進んでいく。
是非是非自分の力を出し切れるよう、力いっぱいの声援を送る。応援することしか出来ないけれど。

それにしても数々のホームパーティーでお会いする面々、皆さん本当に多才である。
普段は企業にお勤めされながら、パーティーの席では青木先生の伴奏で見事なフルートの腕前を披露されるO氏・Y氏。いつもただただ脱帽する。

昨夜のパーティーでは更にもうお一人、こちらで活躍されている日本人ピアニスト兼作曲家の平井元喜さんにもお会いする幸運に恵まれた(Oさん、本当に有難うございます・・・)。

広がる輪。自分にとって、かけがえのない宝物である。
大切に大切にしていこう(あ、自分もピアノ練習しなきゃ・・・)。
[PR]
by canary-london | 2006-09-24 23:38 | music

盗難事件続報

色々な方から個人的な心配・激励・お叱りの言葉を頂いているので、ひとまず経過報告。

先週金曜日の朝出社する際、件のポーターに声を掛けられ、
「プライベートで話したいことがあるので後で携帯に電話していいか?」
というので、これは何か新情報かと淡い期待を寄せて承諾。
土曜日の朝まで待ったものの、電話は一向に鳴らない。
金曜日の夜は彼の勤務日の筈なのに、帰宅しても彼の姿が見えない。
あれれと思いつつ彼の勤務日に該当しない週末が過ぎ、月曜日が過ぎ、火曜日。
例のフラット・マネージャーのオジサマ、J氏に別件で会社から電話を入れた。
「ところで、確認だけど、夜勤のポーターのNはまだ貴方のために働いているんだよね?」
と聞くと、
「いや、彼は先週金曜日の午前1時半頃クビにしたよ」との回答。
「えーーーーーーーーーーーーっっ、何でそれをこの状況で私に教えてくれないの?」
と言ったところ、
「彼をクビにしたのは彼が無断で4時間も勤務を離れたからであって、直接君の事件とは関係がない」とのたまう。

ポーターがまだうちのマンションで働いているなら、所詮警察なり然るべき手段で圧力を掛ければ、失ったものが出てくる望みはゼロではないと思っていた。
しかし。
彼がクビになったとあっては、連絡の取りようがない。
一応クリーナーの奥さんの携帯電話番号は知っているものの、彼女はしばらく故郷の南米に帰っているらしく、何度携帯電話を鳴らそうと応答はない。

J氏に
「お願いがあるんだけど。貴方は今回の状況を全部知っているわけだから、Nの連絡先を教えてほしい。」
と言ったところ、
「それは個人情報に該当するので無理だ」の一点張り。

前雇用主としての個人情報の保護責任は分かるが、一方でクビになったとはいえ前職が我がマンションのポーターである相手は、私の携帯電話番号も勤務先も全て知っている。
こういうのって、情報の非対称性とはいわないのだろうか。

そんなことを考えているうちに、一つの考えが頭に浮かんだ。
ひょっとして信頼できると思っていたJ氏も、体の良い理由を見つけてNをスケープゴートとしてクビにし、この事件をお蔵入りさせようと思っているのでは?
状況を考えるとNが何らかの関与を持っていることは間違いなさそうだし、普通に考えて窃盗犯が逮捕されるときにその人間の雇用主であることは避けたいと思うだろう。

ひょっとして、こいつら全員グル??

その考えに至ったときには、怒りで爆発しそうになった。
今朝は10時から来客だったのだけれど、怒りでミーティングを通じて頬が紅潮していたのではないかと心配するぐらい。

「すぐに引っ越した上、このフラット・マネージャーをはじめとしてマンションの管理に携わる全員訴訟してやるーーーー。しかも去るときには、100世帯以上あるマンションの一軒一軒に、今回起きたことについて赤裸々に綴った手紙を投函してやるっっ。」
と頭に血が上りきっていた。

とりあえず、本日J氏に事情聴取に行くといっていた警察官Sにメールを送る。
ほどなくして電話がきて、
「探偵ごっこもいいけど・・・そのラディカルな仮説は証拠がないとちょっと厳しいよ」と諌められる。
確かに、そりゃーそうだな。

更に、本日帰宅して過去7ヶ月間Nと同じシフトで夜勤ポーターを務めていたAと話をしたところ(Aは本当に信頼できる人間だと思っている)、
「Nは常に金銭的に困っていた」
「彼がクビになったのは、実は過去数週間にもわたって夜勤ポーターの勤務時間中にミニ・キャブ運転手の仕事もしていたからだ」
など驚くような事実が判明。

Nの不審な行動の数々を聞くにつれ、これはおそらく彼と奥さんの単独での犯行なのだろうという結論に戻った。
「なんちゃって探偵canary-london」の推測にも基づいて警察が引き続き捜査をしてくれているので、何か出てくることを望むばかりだけれど、物が戻ってくる可能性は残念ながら既に風前の灯か。

今日の教訓。
今更何を、と思われるかもしれないが、実はNについては、具体的に何かがあったというわけではないのだが、何となーく
「この人狡猾そうで信用できないな」
という印象を持っていた。
オンナの第六感・第一印象には従うべし。
私は自分の第一印象にしたがって、「ポーターの身内だから安心」などといった勝手な憶測で彼の奥さんにクリーニングなど依頼するべきではなかったのだ。
無論後悔先に立たず、なのだけれど。

頑張れ、英国警察!!!
[PR]
by canary-london | 2006-09-21 09:23 | diary
ロンドンに来てからというもの、丁度3ヶ月に一回のペースでかなり手ひどい盗難の憂き目に遭っている(Part1およびPart2ご参照)。
「完結編」というのは、別にこれを機にロンドンに嫌気が差して引き上げようということではなく(盗難に関しては相当嫌気が差していることは確かだが・・・)、希望的観測を込めた自分の犯罪遭遇逸話完結編という意味合いを込めた呼称である。

今回の盗難については、実はショックが大き過ぎて言葉にならないのだけれど、こういうときだからこそ笑い飛ばすしかない。

6月にハンドバックを盗まれたときには自分の脇が甘かったことは認めるが、3月にきちんとロックしたスーツケースからパソコンを抜かれたのは、防ぎようがなかった。

恐ろしいことに、3月に一回というサイクルは未だ健在であった。


何で世の中はこうも悪意に満ちているのだろう。
自分は基本的には性善説の人間なので(要はお人好し・・・?)、こんなことばかりが今回の短いロンドン暮らしをenjoyしようという姿勢満々の自分の身に降りかかってくるなんて意味不明である。

確かに、昨年の厄年(本厄)は何事もなく無事に過ぎ、「やっぱりタダの迷信だよねー」なんて笑い飛ばした。
男性の厄年の話では、41歳の厄年の際、マンションの近所の子供がたまたま振り回していた金属バットで頭を強打されて病院送りとなったM氏からこの話を聞いたときに「厄年、恐るべし」と身震いした記憶はとうの昔に消え去っていた。
しかし。
後厄の今年、全ての災いがまとめてやって来ようとは。

9日・土曜日にイタリア旅行から戻り(結局警察沙汰でばたばたして旅行記すらアップ出来ていないし・・・)、旦那の日本帰国を見送ってから月曜日に仕事復帰。
火曜日の朝に、別の腕時計を着けて出社しようと抽斗を開けたところ、時計がない。
その時計だけが、忽然と消えている。

顔面蒼白。

昨年夏に半年のロンドン勤務から東京へ戻る際にジュネーブに立ち寄って買った、スイス製の精密機械のお気に入りの時計である(あ、ブログの過去エントリではさりげなくこんなところに登場してました・・・)。
清水の舞台飛び降り系で買ったので、精神的な損失に加えて経済的な損失も洒落にならない。

そして、はたと気づいた。

実は、3週間ほど前から大切にしていた指輪が二つ見当たらずに困っていた。
ただ指輪というアイテムは小さいものでもあり、まとめてベッドサイドの抽斗に無造作に放り込んでいたため、自分が何処かに置き忘れてしまったのかも、徹底的な家捜しをしなければ・・・などと思っていた矢先であった。

二つの指輪は、自分が馬鹿でどこかに置き忘れたなんてことはないのだ。

「誰かが、ゆっくりと、私の部屋からものを盗んでいる。」

背筋を悪寒が走った。

24時間警備の体制が完備している我がマンション、不法侵入の形跡はゼロ。
私のマンションの鍵にアクセスを持っている内部の人間の犯行であることは明らかである。
正確には、合計10人弱・マンションを昼夜管理・警備するポーター。
そして、奇妙なことに先月末突如として辞めてしまった自宅のクリーニングを依頼していた女性。
ややこしいことに、クリーニングの女性は、ポーターのうちの一人の奥さんときている。
明らかに、怪しいのは我が家を知り尽くしており行動が不審なこのカップル。

ここからが思案のしどころ。

太陽さんと北風さん、という昔読んだ絵本を思い出した。
イソップ童話だったっけ。
寒がる旅人に対して、びゅうびゅう冷たい風を吹きつけたところで、旅人はコートをよりしっかりと纏うばかり。
一方、暖かく降り注ぐ太陽の光を受けて旅人は自らコートを脱ぐ。

自分の目的は、二つの指輪と時計を自分の手元に返してもらうことでしかない。
犯人が捕まろうが捕まるまいが、それは二の次。

ここは、太陽さん作戦しかない。
とのことで、まずはマンションを切り盛りする50代半ばの穏やかなオジサマ・J氏に事情を話し、各ポーターに誰かを特別に糾弾することなく話をしてもらい、更に私自身からとして
「大切に大切にしていた指輪と時計で本当に困っています。指輪は祖母の形見(注: 祖母はまだ健在)云々・・・・・・・・・お願いなので誰か在り処を知っている人がいたら、そっと元の抽斗に戻して下さい。もし無事に戻ってくれば、それ以上に事を荒げることはしませんから。」
というお涙頂戴系の手紙をポーター一人一人に対して渡してもらった。

現在は、まだ待ちの状況。
時計はおそらくは旅行中に盗られたこと、および指輪に至ってはその前に盗られていたことを考えると、もう手遅れかもしれない。
E-BAYで犯人が商品を売りに出したら、絶対に捕まえてやるーーーー、と思って日々目を皿のようにしてE-BAYを眺めている。

数々の盗難体験を通じてもう痛いほど教訓は学んでいるのだが、今回しみじみ感じたこと。

その一、 英国警察はやはりどうにも頼りにならない。
テロ行為でもない、誰も死んだわけでも怪我をしたわけでもないとなると、どうも真剣に捜査を行うやる気が感じられないのである。
それについて感じるのは、やはり当地英国では、取るに足らない犯罪が多過ぎるということに尽きるのだと思う。
警察は常にオーバーワーク、刑務所はキャパシティ・オーバー。
「善良市民は困ってます」的犯罪となると、やはり日本の警察ほど頼りになるものはない。
あーーー、誰も殺されていなくても親身になって走り回ってくれる日本の警察が恋しい。
とはいえ、警察署での事情聴取から5日経った昨日・日曜日に自宅にやってきた警察官二人は、まあまあ真剣に捜査をやってくれそう。
英国警察のイメージを覆せるか??乞うご期待。
などといっている場合ではない。

その二、大事なものは隠すべし。
火曜日の朝にこの事実に気づいて愕然とし、まずはその日をどう安全に過すかについて悩んだ。
我が家には、金庫など鍵のかかる保管庫はない。
この状況では、他人は誰も信用できない。
平日は仕事に忙しい一人暮らしの身なので、すぐに保管庫を買えるわけでもなく。
急場しのぎに、スーツケースに宝飾品関係を全て放り込み、鍵を掛けて出掛けた。

金曜日の夜仕事が終わってから、金庫を買おうとデパートをあちこちうろうろするも、そんなものを扱っている店は殆どないことが判明。
仕方がないので、気休めとは分かりつつも、暗証番号で施錠できるタイプのジュエリーボックスを買って帰り、とりあえずは使い勝手の悪いスーツケースから宝飾品を移動してロック。
しかし、日曜日にやってきた警察官二人、これを見るなり
「本当に盗られたくないものは、これに入れちゃいかんよー。貴重品持っていって下さいって言ってるようなもんじゃない?」
とお説教された。
彼らは、長期間自宅を空けるときには、泥棒が絶対に探さないような場所に貴重品を隠すのだそうな。
一人は汚れた靴下の中、もう一人は貴重品をまとめてバッグに入れ、屋根裏の断熱材の入っている隙間に隠すという気合の入りよう。

自宅にいるときまで、いちいち犯人の裏の裏をかくべく貴重品を奇想天外な場所に隠す必要があるとは。
盗難慣れしたイギリス人のメンタリティーになるのには、もう少し修行が必要か・・・。



PS ロンドン在住の方々、万が一こんなものを見かけたら御連絡下さい・・・(時計は実物の写真、指輪二つについては写真がないため、多少似ているものをネットで探して見ました。イエローゴールドのはだいぶ違いますが・・・)。

↓ジャガールクルトの愛用ピンクゴールド時計

f0023268_8544850.jpg


↓指輪その一もどき(実は婚約指輪・・・・・・・・・)
f0023268_8551173.jpg


→指輪その二もどきf0023268_8554458.jpg
[PR]
by canary-london | 2006-09-19 08:59 | diary
というわけで、一時的なクラシック音楽オタクブログから、従来の「言いたいこと何でも言うぞ」ブログに軌道修正開始です。
コンサート報告もまだ書くつもりではあるのですが・・・(今週木曜日はゲルギエフ/ウィーン・フィルだし)。

だいぶ前のことだが、東京でタクシーに乗った際に運転手さんが
「政治と宗教と野球の話はご法度だよ。お客と喧嘩になるからね。」
と言うのを聞いて、なるほどと思った。
野球はともかくとして、政治と宗教の話はこのブログでもあえてあまり書かないようにしている。
言いたいことはたくさんあるけれど、夜道を歩いていて後ろから刺されるような恨みを買ってはかなわない。
そんないわれのない恨みの最大の理由になるのが、政治でありまた宗教である。

特に英国に暮らす身としては、2005年7月7日以降というもの、
「イスラム教の神を信奉し一日5回メッカに向かって祈るだけでテロリストの烙印を押されるのか?」
という設問を中心に展開される議論から逃れられる日はなく、政治と宗教を切り離すことは事実上不可能となっている。

本日、日付は2006年9月11日。
様々な意味で世界が劇的に変わった日から、5周年にあたる。
メディアは当然このニュースで埋め尽くされているが、その主な論調は、泥沼化し先の見えないイラクにおけるブッシュの失敗 (併せてこれに同調したブレアの権威失墜―これについては、昨年7月7日に感じたことと併せてまた別項にて書こうと思う) を批判するものである。
2001年9月12日には、悲嘆に暮れるアメリカ全国民の多大なるサポートを受けたかにみえた世界最大のsuperpowerのリーダーの基盤は、5年後の今日、今にも崩れそうに弱く映る。
「5年前に比べてアメリカは安全だ」というブッシュの言葉は空虚に響く。

2001年9月11日直後のGeorge Bushの支持率は90%を超えるなど、歴代の米国大統領として最高記録に跳ね上がったとのこと。
崩れたビルの瓦礫の下で、星条旗の下での団結は確かにあった。
米国民は、この惨劇を引き起こした「敵」が誰であろうと、それはすなわち「アメリカの敵」に他ならず、「敵」に対して一丸となって闘うことを誓った。

5年後の今日。
「敵」が誰であるかは、はっきりしている。
「敵」が、何のために闘っているのかも。
しかし、「敵」を駆逐するのに、5年前に比べて少しでも近づいていると無邪気に考えている米国民はおそらくいないだろう。
より深刻な問題は、「自分達はそもそも何のために闘っているのか」ということが、時が経つにつれてどんどん不明瞭になっていったことではないだろうか。
そんな中、戦争は泥沼化。
米国民が最も忌み嫌う戦争の思い出であるベトナムを彷彿とさせる。
米国民のブッシュに対する信頼感の凋落は、こんなアイデンティティー・クライシスにその大部分が起因するように思う。

ところで、ニューヨークという街には、幼少の頃家族と共に4年半程度暮らした。
今年の前半(3月初旬)、実は週末だけという強行日程でNYを訪れた。
いつか自分のなかで整理できる日がくるまで、と思って家族・友人の殆ど誰にも伝えずに突然思い立って金曜日の夜のフライトに飛び乗った。
別にその「整理」を9・11の5周年にするつもりはなかったので、これは言ってみれば偶然なのだけれど。
ロンドンからニューヨークへの飛行時間は、ほぼ7.5時間。
復路は更に短く、6.5時間程度でロンドン・ヒースローに到着する(多くのフライトが夜行便でロンドンの朝に到着するため、睡眠不足で仕事に臨むサラリーマンを揶揄して’Red-eye flight’の異名を取る。
そんな気紛れな旅が許されるほど、こと「テロとの闘い」という観点からは注目を浴びる二つの国の距離は近い。

最後に訪れたのは、ボストンに留学中だった友人を訪れた1999年。
あれから7年。
要は、私は2001年9月11日より後のニューヨークを見ていないのであった。
子供時代に暮らした街の変わり果てた姿を見たいという気持ちがある一方で、機会を失っていたこと、そして何よりも現実を直視するのが恐くて行けなかった。

9・11以降のManhattanを初めて見るのは、実に不思議な感覚だった。
私はNYには子供の頃暮らしただけなので、マンハッタンは本当の意味では知らないため、彼の地で日々仕事をされていた方々の感想とは全く違うのだろうと思う。
グラウンド・ゼロは一大観光地化されていることに加え、既得権益の衝突で跡地に建てられる予定であるFreedom Tower建設が遅々として進まないサイトを妙に冷めた目で眺めたものの、自分も気づかないうちに涙が流れていた。

今日から5年後の世界は、今よりも平和な場所になっているのだろうか。
[PR]
by canary-london | 2006-09-12 08:08 | current
Promsも終盤に差し掛かった9月2日は、サイモン・ラトルとベルリン・フィル。
同日の夕方東京より到着した夫を引き連れRAHへ直行。
スーツケースをクロークに預けるべくうろうろしていたら、友人・知人・果ては会社の同僚のフランス人にまで、会うわ会うわ。
さすがRattle/BPOと感心するばかりだが、皆一様に
「12時間のフライトの後休憩もなくブルックナーなんて・・・強引な奥さんに振り回されて旦那さん気の毒に」
と言いたそうな表情をしている。
ちなみに、人生・音楽の大先輩・O氏に先日貸して頂いた雑誌「音楽の友」7月号では、気の毒なことに「嫌いな作曲家」ランキングで堂々の(しかも結構ダントツの・・・)一位に輝いたブルックナー。
「やたら長くて疲れる」あたりが理由のようですが、個人的にはこの日演奏された7番や8番などは非常に好きなのですけどね。

ともあれ、この日の演目は以下の通り:
Szymanowski:            Violin Concerto No. 1
Bruckner:                Symphony No. 7 in E major

Conductor:     Sir Simon Rattle
Orchestra:     Berliner Philharmoniker
Violin:         Frank Peter Zimmermann

Zimmermannのバイオリンは見事だったけれど、初めて聴くSzymanowskiのバイオリン・コンチェルトは個人的には面白みに欠ける曲という印象。
一方、インターバルを挟んだブルックナーは素晴らしかった。
かなりのスローテンポが印象的。

ラトルという人は、実に楽しそうに指揮をする。
アクションが大きい訳では決してないのだけれど、表情や手の動きだけでなく、身体全体で「生」を表現するというのか。

f0023268_4145443.jpgベルリン・フィルは、さすがにドイツが誇る世界のトップ・オケ。
今年聴いたPromsは質の高いものが多かったとはいえ、やはり存在感・重厚感が全く違う。
「オケとラトルは折り合いが悪い」「ラトルが首席指揮者を務めるようになって4年、ベルリン・フィルはすっかりラトル色に染まって以前とは大きく変わってしまった」などの批判は数限りなくあるけれど、誰が何と言おうと、良いものは良い。

ノー・アンコールは残念だったけれど、力一杯のスタンディング・オベーションを贈った。
Bravo!!!

今年の自分のPromsはこれでおしまい。
心から、素敵な音楽を有難う。
ロンドンの暗い冬が明け、またPromsの季節がやって来るのを心待ちにしています。

*注: 写真は今回のPromsではなく氏のwebsiteから拝借したものです。
[PR]
by canary-london | 2006-09-11 04:16 | music
8月18日(金)と19日(土)の両日は、今年のPromsの目玉の一つであるValery Gergievの指揮による二つのオケの演奏を聴くためにRAHへと足を運んだ(20日のフィナーレまで三日連続でいらっしゃった方も多いことと思う)。
勿体ぶって出し惜しみしていたわけでは決してないのだが、結果的に書くのが著しく遅くなってしまったため、先輩諸氏の個人的批評からメディア記事にいたるまで耳年増になる一方。
難しいけれど、聴いたままの印象を素直に述べられれば、と思う。

8月18日の演目は以下の通り:
Shostakovich: The Golden Age – excerpts
Schnittke: Viola Concerto
Tchaikovsky: Symphony No. 6 in B minor, ‘Pathétique’

Conductor: Valery Gergiev
Orchestra: London Symphony Orchestra
Viola: Yuri Bashmet

一曲目は、自分にとっては初めて聴くショスタコーヴィチのバレエ音楽であり、ジャズなど多様な要素を取り入れたアレンジが新鮮・斬新であったことと、オケの楽しそうな姿が印象に残った。
二曲目は、バシュメットの独壇場。ヴィオラという楽器の魅力を教えてもらった。
メインのチャイコフスキーは、やはりチャイコフスキーのシンフォニー。
曲自体盛り上がらないわけがなく、またゲルギエフの指揮で盛り上がらないわけもなく。
「この日のLSOは欠員だらけでそもそも夏季でやる気がない」「ゲルギエフは眠そうで振り間違いが多い」との批判もありながら(Oさんいつもご指導有難うございます・笑)、コンサートでのチャイコフスキーは常に楽しめるもの。
覚めていても眠くてもブリリアントなゲルギエフにLSOが着いていっているだけでもスゴイと思った。
「生」ゲルギエフを見ていて素晴らしいと思うのは、例えば指先。
一本一本まで思いを込めて指揮をしているのがよく分かる。
ちなみにこの日の席は舞台右側袖のSide Stalls前方だったため、指揮者・演奏者の入退場の一部始終が観察できる何ともミーハー心をくすぐるポジショニングだった。

f0023268_3352225.jpg










8月19日は、同じゲルギエフの指揮ながらオケが衣替え:
Lyadov: From the Apocalypse
Sibelius: Violin Concerto in D minor
Shostakovich: Symphony No. 13 in B flat minor, ‘Babiy Yar’

Conductor: Valery Gergiev
Chorus&Orchestra: Mariinsky Theatre (Kirov Opera)
Violin: Vadim Repin

Lyadovは、名前も曲も初めて聴くが、10分程度ながら印象に残る楽曲。
シベリウスのヴァイオリン・コンチェルトは、とにかくレーピンが素晴らしかった。
共に鑑賞していた辛口批評家のO氏も、「レーピンもショスタコーヴィチのときだと熱くなっちゃうけど、今日は大人の演奏で良いね!」と満足気。
ショスタコーヴィチ13番は初めて聴いた(シンフォニーが15曲もあると、自分がどのCDを保有していてどれを保有していないのだか頭が混乱してくる)。
このような曲を聴くとやはり、ナチス体験に裏打ちされたショスタコーヴィチの非常なる陰のある人物像が浮かび上がる。歌う方もマリーンスキー劇場合唱団であるから、思い入れが違う。
オケの印象は、「そつがない」「上手い」「真面目」。
ロシアのオケの特徴か、皆目つきが至って真剣。
ティンパニ奏者の若い男性の鋭い眼光が印象に残った。

*写真はゲルギエフ/ウィーン・フィルのチャイコフスキーです。14日木曜日はこのコンビが来英。音楽の都(?)ロンドン、万歳!
[PR]
by canary-london | 2006-09-11 03:36 | music
すっかり更新が滞ってしまった。
というのは気分的にサボっていた訳では決してなく、むしろ休暇とあって頭も身体も充電し書く気満々、実際に紙と鉛筆という古典的媒体ではプールサイドに寝そべってカクテルを啜りながら書いたりもしていたのだが、物理的にネットワークに繋がらない状態だったのである。

一週間の休暇の行き先は南イタリア。
アマルフィ海岸やシチリア島は確かに間違ってもビジネスの拠点となる場所ではないけれど、出発前に何とはなしに「イタリアだし、それなりのグレードのホテルならネットワークには繋がるだろう」と高をくくって愛用のノートパソコンを荷物に詰めたのだが、結果はといえば大敗北。

初めに三泊したアマルフィ海岸の小さな町(村?)・Ravelloのホテルにはワイヤレス・アクセスポイントの設定があったのだけれど、これが何故か上手く繋がらない。
シチリア島に移って二泊したTaorminaのホテルでは個人のPCで接続するインフラは整っておらず、ホテルのゲスト全員で共有するパソコンがぽつんと一台置いてあるのみ。他の客がいない限りGoogleサーチはやりたい放題だが、日本語が打てない/読めないため、ことブログとなると意味がない(一つ下の苦し紛れのエントリはTaorminaにて)。
最後に一泊したシチリア島・Palermoのホテルにもネットワークへの接続手段は見当たらなかった。

「ある程度の先進国なら、何処へ行ってもネットワークに繋がって当たり前」などといった思い込みは通用しないことを痛感。
国が違えばウェブ環境も違う。
郷に入れば郷に従え(因みにこの諺、英語で言うと自分には何ともタイムリーに感じられる’ When in Rome do as the Romans do’である)。
海外生活の長い自分としては分かっているつもりなのだけれど、またも失敗。
9・11五周年を目前にして更なる厳戒態勢のヒースローおよび各都市の空港で隈なく点検された我が分身のDynabookは(もうそれこそ分解されそうな勢いである)、旅行中ほぼ無用の長物と化してしまった。

というわけで、素晴らしかった南イタリア紀行はまた機を改めて書くことにして、本日はとりあえず帰還報告及び更新遅延の言い訳でした。

f0023268_5301342.jpg

















f0023268_5303647.jpg
















PS-取り急ぎ、お茶請けにどこまでも美しいアマルフィ海岸の海岸線と、この地域で異様にたくさん見かけたトカゲ君の写真で南イタリア気分を味わって頂ければ。
[PR]
by canary-london | 2006-09-10 05:32 | travel

On the road...

Currently Canary-London is on the road, returning to London on Saturday(9 Sep).
Will reply &update then, apologies for the delay!!!
[PR]
by canary-london | 2006-09-08 05:29 | diary