ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2006年 01月 ( 14 )   > この月の画像一覧

先日涼しい顔をしてコンサート報告なぞ書いて、しかも前週と2週続いただけにこの人ロンドンで遊んでばっかり・・・と思われた方も多いと思うが、実はその前日の金曜日は大変な一日だった。私なりに。

仕事では、前日木曜日の東京時間に約定した取引を巡ってとんでもなく厄介なことが金曜日朝になって発覚し、トラブルシューティングの一日が始まる。
そんな日中のバタバタの中で、午後1時過ぎに携帯電話が鳴る。
発信元は、3週間前に引っ越したばかりのマンションのポーター。
嫌な予感がして電話を取ると、「うちのマンションの隣のビルでガス漏れがありまして・・・」
f0023268_10555419.jpg
「うちのビルは被害はないんですが、何せガスなので今全員避難させられています。明日の正午までビルに入れませんから今晩はどこかに宿を探して下さい。」

おいおいおいおいおい。
まじかよ、おい。

とりあえずその日の夜一緒に食事に行く予定だった友人に急遽連絡を入れ、家が近所であるのをいいことにディナーの後転がり込む約束を取り付ける。
しかし。この種のトラブルって、シュートしまくっても終わらないときには終わらない。
特に、実務サイドの人間が匙を投げてしまい「後はビジネス上の判断なので、X氏(エライ人)の書面での了解を取り付けて下さい」みたいな奴。X氏はトルコなんぞに出張しているため、携帯で捕まえる。
すると当然こちらも自分の保身に関わる上、元々弁護士出身という彼の性分ゆえ細かな質問が矢継ぎ早に飛んできて、結局NY時間に入ってから外部の弁護士を捕まえて話を聞くことに。
状況によっては東京が土曜日朝の人間的な時間になるのを待って東京のマネジメントを捕まえて一報入れようか、なんて話もしていたのだが、結局これは何とか回避。

しかし全てことが片付いてみれば午後10時45分。
当然それまでにディナーはドタキャン。しかも何時になるか皆目見当がつかなかったので、ままよと思って会社の近くのホテルに予約を入れていた。
日中ずっと一緒にトラブル処理をしていたニュージーランド人と二人で閉店間際のパブでビールを一杯引っ掛けてから彼と別れ、私は一人ホテルへ。
f0023268_1056111.jpg

チェックイン23時。チェックアウトは翌土曜日の正午。
正味滞在時間13時間。
このうち、睡眠時間約10時間(平日の睡眠時間が平均4時間強なので金曜日は睡眠を貯金する日である)。
コーポレートレートとはいえ、世界一ホテルの高いロンドンでこの交通事故のような出費は痛い・・・。

土曜日は、当然チェックアウト後再びオフィスへ(どっちみちホテルから歩いて3分だし)。
Disasterの本題からは逸れるが、私は目が悪い。
正確に言うと、社会に出てパソコンと格闘するようになってから急激に目が悪くなり、大学時代に左右共に1.5あった視力は坂道を転げ落ちるように0.1と0.3になってしまった。

目が悪いことに慣れていない人間には、こういう予期せぬ事態が起きたときの危機管理能力がない。
私は使い捨てコンタクトを着用しているのだが、邪魔になるので眼鏡はあまり持ち歩かない。
コンタクトの替えもなければ、ケースもない。
したがって土曜日起きてからしばらくは盲人状態で過ごすことになる。
至近距離でパソコンに向かっている仕事には0.1の視力であっても大勢に影響はないが、コンサートとなると話は違う。
ヤンソンスが見えなければ話にならない。

というわけで、コンタクトを取るためだけに一旦自宅へ戻ってから急いでBarbican Centreへ向かうことに。
ちなみに、昨日電話してきたポーターに「私まだここに引っ越して来て3週間なんだけど・・・もう何でも来いって感じだよね」と軽く皮肉を言ったら、「こんなのまだいい方だよ。昨年はマンションの9階の配水管が破裂してこのエントランスホールに滝が降ってきたんだから。」と切り返してきた。やれやれ。

そんなことで、ヤンソンスとRCOの演奏に感動し直筆サインまでもらって心躍る日ではあったが、懐の寒さが身にしみる一日でもあった。。。
[PR]
by canary-london | 2006-01-31 10:56 | diary

コンサート報告・その2

先週に続いて今日もBarbican Hallへ。
今日はヤンソンス指揮/オランダのRoyal Concertgebouw演奏によるショスタコービチSymphony#7。

実は昨年のロンドン滞在中もこの組み合わせ(ヤンソンスが首席指揮者を務めるので当たり前だが)の登場で同じBarbicanへ。そのときのメインはストラヴィンスキーのペトルーシュカでこれがまた素晴らしかったのだが、今回は同じロシアで少し時代が後ろにずれるショスタコ。
前回のコンサート報告のときに少々触れたが、今年はショスタコーヴィチが非常に多い。
何でだろう、と思ってたら・・・生誕100周年ではないか。
失礼しました。モーツァルト生誕250周年にばかり気を取られて気づいてませんでした。知識が浅く音楽だけ楽しめればいいやっという日和見クラシックファンの弱さ露呈。

f0023268_10373018.jpg
1. 意外にコンサート向き
ショスタコービチをコンサートホールで聴いたのは、初回がやはりヤンソンス指揮するバイエルン放送響のショスタコービチSymphony#5・於サントリーホール(2005年11月28日)。
で今回が2回目。バイエルン放送響の演奏も素晴らしかったのだが(そのときの演奏の中では、一曲目のWagner・トリスタンとイゾルデがあまりに良すぎてメインのショス5が若干霞んだ感が個人的にはあったけれど)、今回聴いて改めて思ったのは、ショスタコービチって意外にコンサート向き。すっごく盛り上がる。
この7番は「レニングラード」の別名がつく交響曲で、第二次大戦中にレニングラードがヒトラー軍によって900日包囲されるという極限状況の中で描かれた曲なのだけれど、悲壮感はない。第四楽章・フィナーレに向けた盛り上がりは、お行儀の良いRCOでも団員皆かなりノリノリで、チャイコフスキーといいやっぱりこれがロシア音楽の醍醐味かしらなんて思ってしまった次第。


2. 聴衆の反応とアンコールというものについて
ロンドンの聴衆というのは、意外に冷静というか冷たいというか。
(1) 演奏が終わると、結構皆あっさりと帰途につく。昨年ロンドンに来てから幾度となくコンサートに足を運んでいるのだが、アンコールというものがない。日本だと、ほぼ例外なくアンコールが一曲乃至二曲行われるのが通例なのだが、これって日本でチケットが法外に高値であることに対するcompensationなのであって海外では米国も含めてあまり行われないものなのだろうか?特に今日は、演目がIntervalなしのショスタコ7番のみだったので、密かに「今日ぐらいアンコールあるかなあ」とどきどきしていたので、がっかり感もひときわ高まってしまった。素晴らしい演奏の後の「おまけ」を期待してしまうのは、自分ががめつい消費者の代表選手であるということなのだろうか。。。
(2) 私は立って拍手をすることが好きである。素晴らしい演奏に対する敬意を払うということはもちろん、指揮者と演奏者が全員立ち上がって例をしているのに聴衆だけが偉そうに椅子にふんぞり返っているのって何だか違うのでは?なんて思ってしまうタイプである。良かったなあと思う演奏に対しては進んで立ち上がって拍手をしたいのだが、これはロンドンに限ったことでもないけれど立ち上がって拍手する人は多くはない。その意味でも、先週報告したバレンボイムのピアノ独奏に対する聴衆のスタンディング・オベーションはなかなか圧巻であった。
今日も立ち上がりたかったのだが、STALL席で中程より若干後ろのQ41という素晴らしい席のなか周囲で立っている人は殆どおらず、ついつい立たずに終わってしまった。もうちょっと端っこの席だと、密かに一人で立ち上がって拍手するのだけれど。
このメンタリティー変えなければ。ちゃんと自分のこだわり、貫こう。

f0023268_10365420.jpg
3. Jansons in person!
先に述べたアンコールがないという不満と相反するというか、ロンドンのような会場であるからこそ出来ることなのだと思うが、今日は演奏が終わってから「ヤンソンスがCDにサインします」という嬉しいサプライズのアナウンス。ミーハー精神丸出しでCDを買って並び、舞台で見るときに比べて意外なくらい小さいヤンソンスがにっこり笑ってショスタコ1番&10番のCDにサインしてくれた感動の余韻を噛みしめながら帰途についた。
今回のヤンソンス・RCOシリーズは今日と明日の2日間で、チケットを取る前は明日の「英雄の生涯」とどちらにしようか迷ったのだけれど、「英雄の生涯」はたまたま昨年日本で3回も様々なオケで聴く機会があったために今回はショスタコの方に。サイン会は今日のスペシャルイベントということで自分の幸運に感謝!
[PR]
by canary-london | 2006-01-29 10:39 | music

Happy Birthday Mozart!

東京にいたときから平日は少なかった睡眠時間がロンドンに来て伸びるかと思いきや、起床時刻は6時きっかりと全くflexibilityがないのに対してブログを書いてるとあーでもないこーでもないとついつい夜更かししてしまうので、睡眠時間は減る一方。おかげさまで冬眠よろしく週末一気に寝だめするクマのようなライフスタイルに突入しつつある。

ともあれ。
そんなわけで午前様はいつものことなのだが、そうこうしているうちにどっぷりとモーツァルトの誕生日になってしまった。
1756年1月27日。
今年は生誕250周年というわけで、生まれ故郷ザルツブルグをはじめとして世界各国で様々なイベントが目白押しである。
f0023268_1115073.jpg
そんなわけで、今日は昨年の8月に訪問したザルツブルグについて少々書いてみようかなと思う次第。

1. モーツァルト生家
モーツァルトが1773年まで暮らしたMozarts Geburtshausは、小ぢんまりとしていて観光名所として格別なアピールがあるわけではないが、この天才音楽家の幼少時の生活に触れられる「手触り感」が何ともいえず。
アマデウス少年が子供時代に弾いていた小さなバイオリンが展示してあったりと楽しみは尽きない。

2. ザルツブルグ音楽祭
モーツァルトと同じくザルツブルグ出身のカラヤンが長く総監督を務めたことでも知られるザルツブルグ音楽祭にも一日だけ足を運んだ。
Daniel Gatti指揮のウィーン・フィル演奏で、メインはマーラー交響曲4番(2005年8月6日)。
演奏も良かったのだが(その前年サントリーホールで聴いたゲルギエフ指揮の地響きがするようなウィーン・フィルとはまた全然違う趣だが)、第一に山の岩盤をくり抜いて作られたというエキセントリックな大劇場のセッティング、第二に夜の部とあって華やかなイブニングドレスで着飾るご婦人方と淑女をエスコートする男性陣・・・という構図に見る古き良き上流階級を垣間見た気がして、非常に楽しかった。

3. サウンド・オブ・ミュージックの世界とDOM
ザルツブルグおよび近隣のSalzkammergutは、ジュリー・アンドリュースが主演した心楽しくなるミュージカル・「サウンド・オブ・ミュージック」の本場。一緒に訪れた友人夫妻と「サウンド・オブ・ミュージック・ツアー」なるものに参加したのだが、友人である彼女の方は同ミュージカルの通でびっくりしてしまった。粋なはからいでツアーガイドがミュージカルにまつわるクイズを出題したりするのだが、彼女はクイズに全部答えていたのでは・・・。
市内では、中心部にある教会・DOMが圧巻だった。特段観光名所として取り上げられるわけではないが、教会には珍しい大理石造りの内装がなんともいえない荘厳な雰囲気を出している。

4. ヘルブルン宮殿
上記の友人の薦めで(ちなみに彼女は学生時代ザルツブルグに語学留学していたという達人である)訪れた「Trick Fountains」で有名なHellburn Palaceは、遊び心いっぱいで楽しかった。
それにしても、17世紀初めに、ディナーテーブルでほろ酔い気分のゲストに突然尻下の椅子から水が吹き出してくる椅子の仕掛けを考案した大司教とは、よほど悪戯心に溢れた人だったのだろう。

5. ザッハトルテ
オーストリアといえば、やはり。「Hotel Sacher」のかの有名なチョコレートケーキ、ザッハトルテでしょう。
f0023268_1134854.jpg
ウィーンとザルツブルグの2都市にあるこのホテル。観光客と地元の裕福な高齢層でごった返す広いカフェで賞味したザッハトルテは、チョコレートのボリュームにも拘らず生地の間に挟まれているのが杏だったかの爽やかな味わいのジャムであったせいか、ちっともしつこさを感じなかった。
またこのカフェの個性は、やはり雰囲気。映画俳優から著名な政界人まで、歴代訪れた著名人の写真パネルでびっしりと埋め尽くされる壁。時間の流れが少し緩やかになったような気すらする。

実はウィーンへは行ったことがないので、今年はシェーンブルン宮殿でも訪ねてみたいと思っている。
[PR]
by canary-london | 2006-01-27 11:04 | travel

ウィンクのカルチャー

ふとしたときに感じることだが、こちらの人(私が職場で囲まれている人なので、イコール欧米人全般。イギリス人とは限らず、それどころかおそらく全体の中で純イギリス人は過半数を大きく割り込む。)はウィンクが上手い。
目上から目下に、とか男女の別もあまり関係なしに、「大丈夫、任せといて!」とかお互いに通じ合っていることを確認するとき(時には内緒の事柄をお互いは了解していることの確認で)笑いながら目配せしてくる。
こういうときの彼らの表情、言葉で表現するとさしずめ「茶目っ気たっぷりに」ってなるんだろうな。

f0023268_10243350.jpg
自慢ではないが私は非常に不器用だ。
私がウィンクでも試みようものなら、大概頬の上の筋肉が痙攣でも起こしたのかと周囲の人に思われて「茶目っ気」を発揮するどころではなくなる。
当然の結果として、ウィンクなんてついぞしたことがない。

ウィンクという言葉を日本の辞典で引くと:
[名](スル)片目をまばたいて合図を送ること。男女間で好意を寄せる意味で行われるものなど。「向かいの席の女性に―する」(大辞泉)
「片目をつぶって合図すること。特に、異性に好意を示す際に使われる。」(大辞林)
とか、大体「異性への好意」というのが登場するのだが、日本以外ではウィンクにこんな性的な意味が付与されている文化圏はないと思う。
あ、アジア諸国はわからないな。
少なくとも欧米ではそのようなimplicationは全くない。
(やっぱり私と同じように感じる人は多いのですね。小林祐子著「しぐさの英語表現辞典」ご参照。)

欧米からウィンクがインポートされる過程の一体どこで、そんな意味合いが付与されたのだろうか?甚だ疑問。
「インポート」とはいっても、日本人でウィンクを上手に使える人というのはあまり出会ったことがないけれど。
これには、上記の性的な意味合いという部分が多分に影響しているのだと思う(下手な相手にウィンクして勘違いされてもたまらんですしね)。

ウィンク上手いのって、いいなあ。
こんな小技の一つでも習得してから帰国できれば良いのだけれど。
[PR]
by canary-london | 2006-01-26 10:25 | culture
先日大陸へ出張する機会があった。
残念ながら朝4時起きの日帰り出張・正味滞在時間6時間程度の文字通りのとんぼ返りだったのだが、二つほど改めて感じたこと。

1. 人材の豊富さ。人と人との関係は結局個人レベルでのコミュニケーション能力によるのだなあ。
私は4時起きで駆け付けたにも拘らず、前夜のディナーでイベントの火蓋は既に切って落とされていたため私は遅刻してそっと参加。会議の参加者は、NY・ロンドンをはじめ世界の主要拠点から集まったManaging Directorを中心とするエリート達。筋違いもいいところなのだが、私はそんな場に今はロンドンに拠点を置く唯一のアジア人として(しかもおそらくは一番若い部類であったと思う)参加してしまった。

グローバルなインベストメントバンクでは、その人材の豊かさに改めて驚かされる。

今回少し書こうと思うのは、一年半ぶりに再会したNYで債券引受部門を統括する若きMD、Tのこと。
引受の前はシンジケート・マネージャーで、その更に前はセカンダリーのトレーダーを務めていた彼は、「口から先に生まれてきた」を地でいっているようなキャラクター。
ああ言えばこう言う。
絶対ディベートしたくない相手。
f0023268_1091450.jpg
でも、彼が人望を集める本当の理由が今回分かったような気がした。
一年半前というのは、彼が来日したときに日本のお客を一緒に訪問などしたかだか数日程度共に過ごしただけなので、彼の人間性を理解できる十分な時間もなかったのだけれど。

口から先に生まれてきたような人なのに、同時に恐ろしく聞き上手でもあるのだ。
話している相手の顔をしっかり見つめるその表情の真剣なこと。
だからこそ次に彼が(間髪入れず)口を開くときに相手の注意をも引けるのだな、と思った。


2. ヨーロッパのmulti-culturalism/multi-nationalism
上記のTはアメリカ人だが、ヨーロッパで仕事をするにつけ、改めて真なるmulti-culturalな側面に驚かされる。
ロンドンの巨大なオフィスで仕事をすると、「フランス・デスク」、「イタリア・デスク」、「ドイツ/オーストリア・デスク」、その他延々と殆ど国毎にデスクがありマルチな言語が頭上を飛び交う。
もちろん、フランス人はフランス人がフランス語でカバーした方がビジネスも取れるってものだ、という単純且つ正しい発想からきている。

f0023268_107621.jpg
Multi-culturalというか、正確に言うとこれはmulti-nationalということ。
ヨーロッパでは元来が現在の国境は便宜的なものでしかない。
私はロンドンで過ごした高校時代の親友がオランダ人だったのだが、「オランダではオランダ語・英語・ドイツ語・フランス語の4カ国語が話せないと警察官になれないんだよ」と聞いて驚愕したことを今でも覚えている。
これに比べると、「人種のるつぼ」などといわれる米国のmulti-culturalismというのはやや井の中の蛙的な部分がある。
所詮ジョージ・W・ブッシュはアメリカ礼賛・テキサス礼賛なのだ。

今回も丸テーブルを囲むカジュアルなディスカッション形式だったのだが、イギリス人のAが市場規模は小さいスイス市場を管轄するフランス人Jに向かって、「所詮Jのマーケットは$200MIL(2億ドル)程度のopportunisticな起債しか出来ない市場だもんな。Jの発言権はUSD1BIL(10億ドル)の起債が出来るようになるまでお預けにするか」と揶揄すれば、Jは自分の書類を机一杯に広げる隣人Aに対して、「これだから昔から領土拡大志向のイギリス人は・・・」と逆襲。こんな周囲からみるとコミカル以外の何物でもないやり取りをしている二人だが、厚い信頼関係で結ばれているのだ。

愛すべきヨーロッパ人たち。
これだからロンドンでの仕事と人間観察はやめられないのだな。
[PR]
by canary-london | 2006-01-24 10:10 | business

今年初!コンサート報告

昨夜はBarbican Centreで行われたダニエル・バレンボイムのコンサートへ。
バレンボイムといえば最近では指揮者としての活動の方がアクティブなため指揮者というイメージが強いけれど、元々はピアニスト。かく言う私もクラシックに本格的にハマり出したのは近年のことであるため知識は決して深くない。今回も、バレンボイムが7歳にして初の公式なリサイタルを行った神童であったとか、あのジャクリーヌ・デ・プレの亭主であったとか初めて知った限り。ちなみに今回のコンサートは、バレンボイムが13歳の時にロンドンで初めてコンサートを行った1956年1月17日の50周年記念での企画だったらしい(つまり現在63歳。南米生まれの彼は顔立ちは精悍ながら、髪の白いものと下腹部がちょっと気になる年齢でしょうか)。

ともあれ。
今日は、そんなバレンボイムのソロ・ピアノ・リサイタル。
演目はというと、BachのThe Well-tempered Clavier Book II (平均律クラヴィーア曲集 第二巻)。
(ところでリンク貼らせて頂いたこのHP凄いですね。趣味をここまで高められるのって素晴らしいと思います・・・。)

二つ、すごいなと思った点。
1. 私も昔ピアノを少々弾いていた人間なので分かるけれど、バッハは決してコンサート向けではないと思う。旋律は本当に美しいけれど華やかさはなく、練習曲のような右手と左手の酷使のされ方で、弾いてる方は結構たまらんのですね、これ。
f0023268_104593.jpgそのバッハを齢63歳にして見事に弾き切るパワー。そもそもこの曲を選ぼうというピアノの基本に忠実な真摯な姿勢。
2. これはソロのピアノ・リサイタルでは当たり前なのでしょうが、最近は専らオケの中に一部ピアノ曲があるという設定でしかピアノを聴いていなかった私。ソロのピアノというのは、正しくワンマンショーなのですね。終わったときには、殆どの観客が熱っぽいスタンディング・オベーションを送っていました。


実は昨年もロンドンに滞在中にバレンボイムの指揮でマーラー9番を聴きに行ったのですが(オケはシカゴ響)、その時はあまり印象が良くなく(やっぱりマーラーxバレンボイムのマッチングはどうなんだろう?という思いのほか、消え入るような第四楽章の最後で激しい咳をし続けている客がすぐ後ろにいたという不運のせいもあるでしょうが)、個人的には今回のピアノの方が良かったです。

ただ、私はグレン・グールドの弾く背筋がぴんと伸びるようなバッハがとても好きなので、グレン・グールドでも聴いてみようと思ってしまいました。

最後になってしまったのですが、ここまでクラシックに溺れる原動力となったかけがえなき友人であるflautebanker様に感謝の念を込めて。来週のシェエラザード聴きに行けず本当に残念ですが、ロンドンの空より名演を期待しています!
[PR]
by canary-london | 2006-01-23 10:07 | music
今般のライブドア事件については、多分私が書くまでもなく色々な意見がこれから飛び交うのであろうことが容易に予想されることに加え、まだ全貌が明らかでない中で軽率なコメントは差し控えたいと思うが、海外に生活する身として感じたことを少しだけ。

やはり、良くも悪くもホリエモンの影響は甚大である。

ロンドンなんかで生活していると、日本が幾ら世界ナンバーツーの経済大国であっても悲しいかなやっぱり僻地であることを痛感させられるのは、仕事をしているときもさることながら、やはりメディアにおける日本の扱われ方。
メディア全般についてはまた機を改めて書きたいと思うが、はっきりいってこちらの人達は日本で何が起こっていようが興味がない。f0023268_1017116.jpg
日経新聞は自費で買うには凄まじく高いので(だって一部2.80ポンド、つまり600円近くですよ・・・これ何とかならんのでしょうかね?)諦め、ピンクのFTだけで過ごす生活にも昨年の半年程度の短期転勤以来すっかり慣れたが、Asia-Pacific部分の中で記事が一つ二つ程度あるのが普段の姿。
それが今日は、Companies&Marketsのうちまるまる1ページがライブドアに割かれているではないか。
ホリエモンの写真がでかでか。
おまけに社説のテーマもライブドアときている。

(1) 市場インパクト
注目度大の一つの自明なる理由は、市場へのインパクトの大きさ。
個人投資家の狼狽売りが嵩んで東証が前代未聞の全銘柄売買停止となり、終値も前日の462円安に続き18日火曜日は464円安での引け。
本日の海外株式市場もこの影響で安く寄り付き終始冴えない展開だった。
水曜日の東京市場はとりあえず大幅反発で始まっているようで、どこまで持続的なネガティブな影響がみられるのかは明らかではないが、日本発のニュースで海外マーケットが揺れるのはそれ自体ただ事ではない。

(2) Entrepreneurへのエール
Entrepreneurshipをリスペクトするここイギリスでは、基本的にはホリエモンのようなこれまでの日本にはいなかったタイプのビジネスマンのことがとても「好き」である。
本日のFT社説も、トーンとしては日本の伝統的なbureaucratic(官僚主義的)なrigid corporate conformism(融通のきかない/多様性を許容しない企業風土)に立ち向かった堀江氏に対する既存勢力~establishmentの「報復」である、という書き方。

もちろん堀江氏の行ったことの合法性についてはこれから詳細がつまびらかにされるため、手放しでの賞賛ではないしそうであるべきでもないと思う。
ただ、今回の事件をきっかけとして、entrepreneur精神を持った希望溢れる若者達の意気が削がれたり、それを摘み取ろうとする悪しき風潮が広がることにならないことを切に願う。
[PR]
by canary-london | 2006-01-19 10:23 | business
やっと家でネットワークに接続が可能となり現世に復帰。
大げさかもしれませんが、イマドキの世の中ではネットワークから断絶されているとさながら原始時代。
もちろんオフィスではネットワークどころか情報が即刻商売に繋がる仕事であるため常に最新の情報を見ているのですが、先週一週間は夜自宅で気になることを調べたいときにネットに接続できないっっっと苛々が募る毎日でした。

改めてインターネットって凄い、と思う。
(1) 私は著しい健忘症なので、こんな雑文を書いていてもすぐに「あー、あの本のタイトルなんだっけ・・・」とか、「あの指揮者どこの国の出身だっけ・・・」とか、はては(自分の日本語に凄まじい勘違いがあったりして赤面する局面もたまにあり)国語辞典も最近では専らYAHOOを利用している始末。
「Google」が動詞になってしまうぐらい、クリック一つで何でも調べられる本当に便利な世の中なのだが、昔の人って一体どうしていたのかしら・・・と真剣に思う。
調べたくてもすぐに調べられない。本で調べるためには、ある程度文献や箇所をピンポイントする必要があるし。
インターネットのない時代であれば、私なんか間違いなく文章(いやたかがブログ、されどブログ)書けないなあ。恐ろしくて。昔の人って恐ろしく記憶力が良かったのだろうか。摩訶不思議。
f0023268_9132912.gif
(2) インターネットの功罪についてもう一言。
名付けて「満ち溢れる言葉達」。
ブログやHPがこれだけ一般的に普及し、「文章を書く」ことがものすごく身近なことになった。
昔は「文章を書く」ということは、気障な文学青年の道楽のようなイメージがついて回ったものだが、今は誰もが自分の考えや日常について書きネットワークで公開している。
一見すると若者の活字離れを嘆く趨勢に反する動きかもしれないけれど、要は無差別になっているということだと思う。以前であれば、誰かの書く文章は主には雑誌なり本なりという媒体を通じて公開されるため、人の目に触れる前の段階で厳しくふるいに掛けられる。そのプロセスがないのだ。
自分もブログを始めてから他人のブログやHPなどを覗く機会が増えたが、中には「こんな私的な日記、自分以外の人間が読んで何が楽しいんだ!?」と思える内容且つ読むに耐えない稚拙な文章なんかも。
(誤解のないように言うと、もちろん日記であってもオーディエンスを意識した非常に引き込まれる内容のものもたくさんある。そういう人達は、(i) 人生自体がわりとオモシロイ、(ii) 文章が上手い、(iii) エンターテイナーである、という3つの要素を併せ持っているのだと思う。)
一方の読むに耐えない文章というのは、感覚的には、周囲を全く顧みず電車内で携帯電話で話したり化粧をする人達に似ているのではないだろうか。自分の空間とそれ以外に区別をつけることが出来ない、ということなのだと思う。

かくいう自分の文章も、独りよがりの私的な日記にならないよう気を付けなければ。
今日は全然違うテーマについて書こうと思ってPCに向かったのだけれど・・・これが気ままなブログのいいところ??
[PR]
by canary-london | 2006-01-19 09:14 | diary

しばしお待ちを・・・

新居への引越しに伴い、先週一週間は自宅からネットワークに接続できなかったことに出張等が重なり、ただでさえ寡作になりがちだったのがアップが滞ってしまってます・・・
今日めでたくネットワーク開通したので、また五月雨的に戯言を書いていくことになろうかと思います。
今しばらくお待ち下さいませ、ね。
[PR]
by canary-london | 2006-01-17 08:41 | diary
こちらに来てトピックにすることはあるまいと考えていた「グルメ」について前回書いたところ、意外にも反響がたくさんあったほか実は自分で書いていてもなかなか楽しかった。
調子にのってグルメネタで引っ張るけれど、今回は飲み物と「郷に入れば・・・」について。

英国はさすがにBoston Tea Partyの舞台だけあり、またHigh TeaやAfternoon Teaが今も市民権を得ている文化であるだけあって、紅茶を良く飲む。
私は母の影響もあり、Fortnum&Masonの紅茶が大好きだ。特に、アッサムの茶葉をベースにして作られた「Royal Blend」。フレーバーティーなども楽しいけれど、色々飲んでも結局最も飽きないこの味に回帰することになる。
このRoyal Blendの中でも、毎年(かな?)テーマを決めて装飾される特別な缶があり、そのスペシャルな缶に丁寧に詰められた1707年創業の老舗Fortnum&Masonの紅茶は、有難味プレミアムもあってより美味しく感じたりして。
f0023268_64394.gif

ときに、イギリスで飲む紅茶は美味しいと思う。こちらの石灰が多い水(=硬水)は、手や毛髪が荒れたり、食器ややかんに残った水が付着して白くなったり・・・とプラス面は少ないのだが、こと紅茶を入れるとなるとこの硬水と紅茶の茶葉が相性抜群なのではないかと思う。
と書きながら、同じ硬水であるフランスでは定番はカフェオレ。これはイギリス人と犬猿の仲であったところから来てるのだろうか?誰か知ってたら教えて下さい。。。

その代わりというべきか、コーヒーはあまり美味しいものがない。
天下無敵のスターバックスが当然ロンドンにも大規模進出を果たし、街を一ブロックも歩けばスターバックスに当たる状態ではあるが、ほぼカフェイン中毒の私にとってこちらのコーヒーはどうも何だかイマイチ。

f0023268_66519.jpgイタリアのカフェも多くあるのでイタリア系の店に入るとエスプレッソ等それなりに美味ではあるのだが、東京では自宅では珈琲工房ホリグチの豆を挽いて淹れて飲む/外では一杯800円払おうとも時間の許す限り渋谷・羽當の珈琲を飲みに足を運ぶ(現実的には時間が許さず諦めることばかりだが)プチコーヒー通の私には、これは寂しい。



極めつけは、昨年6ヶ月ロンドンに暮らしたとき、こちらでコーヒーポットを買いに行って愕然。
仮住まいだし、豆から挽きたいとまでいわないので、フツウのKALITAの三つ穴のフィルターおよびコーヒーポットを探しまわること延々30分。
ない。
どこを探しても、ない。
こちらでいうところの「コーヒーポット」は、日本では紅茶を入れるのに使うような、ポットの底に粉末状態にしたコーヒーを直接入れ、お湯を注いで金具をプレスして抽出する形であるとの結論に達した。
こんなもんでコーヒー淹れられるかっつーの。
というわけで、今回は旦那に「悪いけどもう一つ買ってね!」と家にあったフィルターとポットを失敬してきた。
航空便、早く来ないかな。

郷に入れば郷に従えというけれど、やっぱりこちらでは紅茶派に転向かなあ。
週末はフォートナムで紅茶を買わねば。
[PR]
by canary-london | 2006-01-13 06:12 | gourmet