ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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直近のFTで、もう一つ気になった記事が今週のFT Weekend(週末版)に掲載されていた記事:
‘Time for the last post’。
タイトルからは何のことやらさっぱり分からないが、要は現在のブログという媒体の隆盛について分析してみた記事である。

1. 現状の数字
Technorati.comによれば、現在世界中にブログと分類されるものは2720万件あるとのこと。ちなみに2005年現在、56件の新ブログが毎分立ち上げられているとのことである故、この数字は刻々変化していく。現に、今これを書きながらtechnorati.comにアクセスしてみたところ、この数字は2820万件に増加していた。恐るべし雨後の筍状態。
以前自分でも「ネットワークと満ち溢れる言葉達」という題でブログの氾濫について考察したけれど、気軽さと匿名性を武器に「ブロガー」は繁殖の一途を辿っている模様。
世界の人口に占める割合は未だ0.4%に過ぎないけれど、ネットワーク環境に恵まれる先進諸国に限れば物凄い比率になるのでは。国別の内訳があれば面白いのだけど。
ちなみにこの記事の趣旨とは全く関係ないが、米国では26歳の共和党員の女性がブッシュ政権高官との不倫関係について(勿論匿名ではあるが)自分のブログに赤裸々に描き、目論見どおりマスコミに素性がバレた挙句PLAYBOYのピンナップガールに抜擢されるという見事な売名行為にブログを利用した例が紹介されていた。そんな事例を読みながら、匿名性、隠されると暴きたくなる人間性、アメリカンドリーム・・・などのフレーズがぐるぐると頭を駆け巡ってしまった。

2. 5年後の世界は’Blogosphere’?? - 否。
記事中、Michael S. Maloneをはじめ、ブログが新聞やTVなど既存のメディアに取って代わるとの予想を立てる知識人達の意見が紹介されている。’Blogosphere’とは誰の造語か分からないけれど、要はブログに支配される世界=sphereということ。ブログを、‘the latest and perhaps gravest challenge to the journalistic establishment’と評したシカゴ大講師のRichard Posnerもその一人。
これら陣営は、「新たなInformation Revolution=情報革命だ」「5年後にはブログが既存メディアを駆逐している」「10億ドル単位のカネが動く宝の山だ」と鼻息が荒い。

ただこれに対しては、FTの客観的な分析の方が説得力をもつ。
一つには、ブログは新聞などの報道媒体とはそもそも担う役割が異なる。NYのObserver紙の編集者であるChoire Sicha氏は次のように述べている(かなりフィーリングで訳してます): 「’Blogosphere’と囃し立てるのもいいけれどね、捜査報道や戦争報道はどうなる?そこに責任は、そして信頼性はあるのか?社説ばかりの新聞を誰が必要とする?我々が日々新聞に求めているのはそんなものではないだろう。」
もう一つには、情報の氾濫と淘汰の必要性が叫ばれる世の中、ブログは効率的に情報を淘汰するというニーズにはむしろ逆行するということである。

3. 情報が抑圧されている国々における重要性
言論の自由が確保されている国々では、おそらく上記の通りブログのレーゾンデートルはあくまで既存のメディアの隙間を埋めるニッチ的なものなのだろう。ただ、中国(Google、Yahoo等が政府のメディア検閲に加担しているとの批判が直近更にかまびすしいが・・・)やイラン、シリアなど、新聞という媒体自体が当局の大幅な抑圧を受けている国々では事情は異なる。
新聞は検閲出来ても、より個人的でミクロなレベルの情報発信であるブログまで取り締まることは出来ない。
またブログの方も、匿名性ゆえ反体制の意見も掲載しやすく、大衆啓蒙の一つの大きな手段となりうる。

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4. おまけ: OrwellとMarxについて
記事の最後で、ジャーナリストでもあった二人の著者、George OrwellとKarl Marxについて、「彼らが今の時代を生きていたら、ブログという手段を使って情報発信していると思うか?」とメディアの仕事に携わる人を中心に問いかけを行うという試みが面白かった。「おそらくブログを利用しただろう」というのが大体の反応だけれど、例えばOrwellについては、「’In Defence of English Cooking’(1945)の書き方をみても、きっと無意味な細かいことにばかりこだわってブロガーとしては最悪だろう」なんて意見があったり(笑)。
歴史にIFはないけれど、この手のIFは楽しい限り。
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by canary-london | 2006-02-21 09:06 | current

Native English Speakersの嘆き

フランス紀行からの脱線が続いているけど。
フランスについてもまだ書きたいことが山のようにあるのに、このところ遅筆なため書きたいことばかりがどんどん溜まってしまう・・・フランスには次回戻ることにして、ロンドン話をもう一つ。

薄ピンクのFT(Financial Times)を小脇に抱えて出勤する生活も昨年の半年間の滞在以来続けておりやっと板についてきたけれど、FTは本当に読みごたえのある新聞だ。
FTは基本的には経済紙という分類でありながらも、幅広いジャンルをカバー。
専門分野である経済・金融については、Lexというコラムで旬なトピックを掘り下げて分析を行う一方、特に週末はアート欄も充実。
報道の姿勢・視点は至って冷静。

最近のFTで気になった記事x2つのうち一つをご紹介。
‘Native English speakers face being crowded out of market (2月15日)’
British Councilがまとめたレポートによると、今後世界中で英語を話す人口が益々飛躍的に増加するにつれて、米国や英国など英語を母国語とする国々が「クラウディングアウト」されるというもの。
ちなみに、同Councilによれば2005年現在、母国語として使用される言語のランキングと人口は下表の通り:
一位 北京語 10億5200万人
二位 英語  5億800万人
三位 ヒンズー語  4億8700万人
(中略)
十位 日本語  1億2600万人
表を見て英語が予想より少ないのに驚いたけれど、当然外国語として流暢に英語を操れる人の数を加えるとこの数は北京語を上回る。
レポートによれば、数ある言語の中で真の「global」な言語というポジションを勝ち得たのは英語であり、これに伴って、今後10年間で英語を外国語として学習する人が更に20億人プラスされる計算になる。
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予想される影響と考察。
-国際的競争力について: 英語の世界中で30億人が何らかの形で英語を話せるようになると、英語を話せることは「qualification」(特別な技能)でも何でもない。この観点からは、競争力を維持するためには英語を母国語とする人々が北京語やスペイン語など他の言語を習得するべきであるが、英語圏以外の地域で英語を学習することにかかるコストが年々低下する一方、逆に英語圏の人が外国語の学習にかかるコストは上昇の一途にある。結果として、英語圏在住の人々の国際的競争力が低下しつつあり今後も低下が予想される。
-英語教育と経済への影響: これまでは、英語圏の国々では英語教育という商品を海外にexportすることによる収入(多くは海外からの留学生受け入れという形を取る。例えば、MBAでも世界中の最も優秀な学生が集まるのは米国のWhartonである、というように。)は計り知れないものがあった。が、今後英語教育がグローバルに普及するにつれ、わざわざ英語圏に勉強に行く必要はなく(中国などでも国内のMBAプログラムの充実ぶりが大きく報道されている)、「英語教育のexport」という収入源は消滅に向かう。
-「外国語としての英語」: 上記の二点目とも関連するが、英語人口が増すにつれ、当然「母国語として」でなく英語を学び使用する人間が増えていく。そうなると、これまでのような「母国語(native)のように」英語をマスターすることへの需要は減り、むしろ世界の大半の人々が「non-native」なスピーカーであるが故に、重要視されるのはいかにしてnon-nativeなスピーカー達とスムーズなコミュニケーションを取れるかどうかの能力になる。「native」スピーカー達のアドバンテージは益々減るってわけである。

レポートの著者である著名な言語学者のDavid Graddolは、「ラテン語はローマが衰退してから隆盛を極めた。別に英語圏の国々がローマと同じ運命をたどるとは考えていないが・・・」と前置きをしているものの、英語をnativeとする人々にとっては難しい世の中に向かっているようである。

自分の仕事に照らし合わせて考えると、ロンドンに来てからの私の仕事は完全に「ガイジン」として働くことを求められる。投資家が日本人であるケースもあるものの、大体は「青目」(差別用語ではなく、我が業界における特有のterminologyである、念のため)の商品を「青目」に販売する仕事である。
以前にも書いた通り、デットのシンジケートなんて口から先に生まれてきたような人々が生業としているような仕事であるため、感じたことを感じるままに迅速に英語で表現することが出来ずに悔しい思いをする場面も多いけれど、この記事を見て励まされる部分もあったり。
でも、世界の英語人口が30億人に達するのは「今後10年間」というタイムスパンの話。10年後に今の仕事をしているかどうかは・・・可能性は低いんだろうなあ(笑)。
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by canary-london | 2006-02-19 23:28 | current