ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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前々回のエントリで、チャリティーについて少し書いた。

ロンドンがチャリティーを奨励するシステムにおいて世界有数の拠点であることについてはそのときに書いた通りだが、その直後にたまたま同業他社の人とチャリティー・イベントについてカジュアルな話をする機会があり、同じロンドンといえども会社によって取り組み姿勢が大きく異なることが分かった。

その会社は弊社同様、欧米の中では欧州系に分類される先。
自分にとってもタイムリーなトピックだったので、食事の際に何気なくチャリティーのことを話題に出してみたところ、意外に冷ややかな反応。
聞けば、この種のチャリティー・イベントの企画やイベントへの参加は、総じてバック・オフィスに属する人々に限定されるとのこと。

ちなみに我々の業界では、大まかな仕事の分担が、フロント・オフィス(平たくいえば会社の収益に直結する部署)、バック・オフィス(フロントのサポート的業務を行う部署)、ミドル・オフィス(フロントとバックの中間的立場にある部署)のいずれかとなる。
もっとも、個人レベルでいえば、フロント・オフィスといったところで、もちろん全員が相場を張るトレーダーではなく、営業から経済調査まで実に様々な職種の人がいるし、「フロント・オフィス」と一口に言ったところであまり意味のある定義ではない。
とはいいながらも、やはり仕事の性質として事務作業が中心となるバック・オフィスは、フロントに比べて時間の流れ方が緩やかであることは確か。
件の同業他社においては、チャリティー・イベントの類は、時間に余裕のあるバック・オフィスの人間しか参加しないものだというのは、チャリティーが日々身近にある会社で働く私にとっては軽いショックだった。

一歩離れて見ると、弊社とその会社は業界の中でも両極端なのかもしれない。
弊社はというと、先日書いたようなオートバイに乗るイベントのように突発的な変わったものもある一方、マラソンやパワーウォーキング、遠泳など比較的「普通の」スポーツに関連するチャリティーには、ごく日常的にフロント・オフィスの人間が参加している。
部署毎にチームを編成してチーム対抗のスポーツを行うのはザラであるし(先日は私もボート漕ぎに駆り出され、普段使わない上腕部の筋肉が今も微妙に痛かったりする)、クリスマスの時期ともなれば、毎年恒例の仮装カラオケ大会が開催され、もっとも多くの参加者を輩出するのは、ほかでもない我がデット・シンジケート部だ。

この種のことは、時間に余裕のあるサポート的業務の人間に一任すれば良いとの考え方にも一理あるのかもしれないけれど、ちょっと寂しい。
最近自分の視野を少しでも広げるべく、会社の中で多文化交流を促進するボランティア的団体への参加を始めたのだが、このようなことに時間と労力を惜しまない様々な部署の人に出会うたびに脱帽する。
「ボランティア的団体」などというとやや堅物の優等生的イメージだけれど、内実は、多文化や多様性の促進に繋がればわりと何でもアリという側面があり、現に今度私が提案して実現する運びとなったのが、「sushi-makingクラス」。
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会社の食堂を一時間ほど借り切り、本物の料理人を調達してのり巻を中心に簡単なお寿司の作り方をガイジンに教えてしまおうという目論見である。
日本人として食に対しては一家言あるゆえ、多文化交流においてまず自分が貢献できる分かりやすい分野は料理だろうとの浅はかな考えでの提案だったのだが、二週間後の本番を前にして、実は「日本人の私が一番下手だったらどうしよう・・・」などと及び腰になっている(笑)。
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by canary-london | 2008-07-29 07:03 | current

ロンドンとチャリティー

先週の金曜日は独立記念日で米国市場休場とあって、オフィスは閑散の様相。
時期的に、部署毎に順繰りで夏休みに入る人も増えるため、フロア全体的に静かではあったけれど、我が部署は更に人が少ない。
というのも、度重なるリストラでスリム化が進み、存続するための最小サイズとなった(笑・うーん、笑えない・・・)我々デット・シンジケートのチームから、二人がチャリティー・イベントに参加していた。
もちろん出張も多い部署なので二人ぐらい不在となるのは日常茶飯事ではあるのだが、そんなことにも関連して、今日は「チャリティー」イベントというものがこちらでいかに密接に生活に関わってくるかについて一言。

同僚二人が参加した件のイベントというのは、オートバイで英国を縦断するというもの。
チャリティーのことを最初に彼らから聞いたときには、正直
「えー、バイクに乗るごときで我々から寄付を募るわけ?運転しているアンタ達が楽しいだけじゃないの??」
と思ったが、丸二日と半日をかけて750マイル(約1,200キロ)の運転から戻った猛者二人の話を聞くと、なかなか苦しい道のりだった模様。

最も大きいのは、やはり気まぐれな英国の天候。
雨が降ると路上が滑りやすくなるほか、革の上下に包まれた全身は濡れネズミに。
確かに、「史上最高の男子決勝」と言う人まで出てきた昨日のウィンブルドン・テニスにおける     Federer x Nadalの対決が雨で幾度となく中断されたことからも分かるとおり、時折覗く晴れ間のあまり長持ちしない週末だった。
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それにしても、最近このようなチャリティーのイベントで「私をスポンサーして下さい!」といったメールが知人・友人から舞い込むことが際立って多い。
何しろ、このようなチャリティー活動、今回のようなオートバイは初めて見かけたが、マラソンやサイクリング、パワーウォーキング、ボート漕ぎなど、体を動かすものが圧倒的に多いため、気候の良いこの時期になると、ここロンドンでは雨後の筍のように様々なイベントが執り行われるのである。

ロンドンは、こういったチャリティー団体に供するための募金を効率的に行うシステムが整っているという面では、他の都市に比べて群を抜くように思う。
毎年4月に開催されるロンドン・マラソンは、言わずと知れた世界有数のチャリティー・イベントである。昨年の実績ベースでは参加者全体の8割近くが何らかのチャリティー団体のために走ったらしく、また累積では1981年の同マラソン創設以来、実に315百万ポンド(現状の為替レートで      660億円以上)の募金が集められているとのこと。

会社でも、毎年必ず「チャリティー・オブ・ザ・イヤー」(その年のチャリティー活動)というものが従業員の多数決で選定され、会社の旗振りの下に行われるイベントは、例外なくこの団体に寄付される。
傾向を見ると、貧困や恵まれない子供を支援するものが多く、こういった目的のためにポケットマネーを手軽に振り向けることが出来るシステムが整っているのは、実に素晴らしいことだと思う。

・・・とはいいながらも、一年の中でもチャリティー活動が全盛となる今の時期、同僚や友人を応援する目的での寄付が嵩み、何やら財布の薄さが気になるのは私だけではないハズ(笑)。
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by canary-london | 2008-07-08 08:37 | current
日本に一時帰国するたび、自分が現在住まうヨーロッパと比べての日本の特異性・特殊性に気づかざるをえない。
「また日本批判かいね」という声が聞こえてきそうだが、そうではない。

もちろん、どこを歩いても人が多過ぎる、電車の中では大方寝ているか携帯メールをしているかのどちらかである、サラリーマンはおしなべて不毛に長時間労働をし、一様に何だか皆不機嫌で疲れている・・・といったことを言い出せばきりがないが、どれもこれも目新しいことではない。

今回改めて感じたことが幾つかあったのだが、今回はそのうちの一つについて。
・・・それは、生活を便利にすることに対する飽くなき欲求を原動力とした商品開発力の素晴らしさ。

これ、実は以前にも、「鼻セレブ」や「のどぬーるスプレー」なんて天晴れなる商品の数々に思いを馳せながら書いたテーマである。

ドラッグストアは、日本に一時帰国するたびに立ち寄る場所。
陳列された商品を眺め始めると、時間の過ぎるのも忘れて居座ってしまう。
一時帰国のたびにまとめ買いする定番商品(例えば、食品用ラップとか。20年前と比べて進歩のかけらもない英国の劣悪製品は、とてもではないが使えたものではない。)もさることながら、やはりスゴイと思うのは新商品の種類の多さとその裏にある「アイディア力」。
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どうしても美容関連の製品に目がいってしまう私は、コスメだのダイエット用品だのが所狭しと並べられる棚の辺りをうろうろすることになるのだが、単四乾電池一本で動くまつ毛用のホットカーラーなんて、きっと英国人は作ろうという発想すらないだろうし、「セルライトを取り除く!」の宣伝文句の添えられたボディタオルを見たときには笑うしかなかった(さすがにセルライト・タオルは購入せず、買ったのはまつ毛カーラーのみ)。

日本の製造業が世界でも高く評価されるのは、手先の器用さやマメで勤勉な性質といったこともあろうが、日本の商品開発力にはただただ感服する。
特に一般的にいわれるとおり、ゼロから何かを作るというよりも、むしろ従来からあるものにひと工夫加えてより便利にした商品が得意中の得意であると感じる。
もちろん、売れずにすぐにすたれる商品も多いのだろうが、そこは七転八起。
売れなければ、すぐに次をトライ!と切り替えもまた早い。

普段日本のメディアとはあまり縁のない生活をしているため、元旦の日経新聞はわりあい時間をかけて読んだのだが、とにかくトーンが暗いことが気になった。
経済においては、戦後最長の好景気の実感などまったく感じられない低成長。
国力低下を映すかのような通貨価値の下落。
政治面では、国内のリーダーシップ欠如と世界で再び強まるジャパン・パッシング・・・と内憂外患。
人口をみると、出生数が死亡数を下回る自然減と、数字の上でも如実に進む少子高齢化。
残念ながら、明るい話題は何一つ見当たらない。

日本の国力アップに繋がるような美徳も、日本人はたくさん持っていると思うのに。
先に書いたアイディア力もそうであるし、礼節を重んじる態度も海外では評価が高い。
そんな美徳をもっと上手にビジネスや外交に生かしていければ・・・と思うのだが、より本質的な問題は国としての自信喪失なのかもしれない。
日本を代表する経済紙の元旦のトーンがここまで後ろ向きでは、どうも先行きに期待がもてない。

・・・と偉そうに書いたところでふと自分について考えてみると、日本の国力低下に最も貢献しているのは自分のような若者ではないか、と愕然。(いつものことだが。)
ハイエナとも揶揄される外資系投資銀行に勤めた挙句、同社でほぼ自主転勤することで海外逃亡(笑)。であるがゆえ、一時帰国時の買い物を除いて日本経済への貢献度はゼロだし、子供も作らず少子高齢化路線邁進中。
こんなならず者の日本人であるうえ、自分の現在の状況を鑑みるに、どの側面においても当面貢献者側にまわるのは難しいと思われる。

・・・自分はともかく。頑張れニッポン(再び)!
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by canary-london | 2008-01-04 05:22 | current

夢見る買物人

「2007年は時間の使い方を上手に」の年頭所感はどこへやら。
4月は一度しかブログをアップしていないではないか。何たる体たらく。
2月も3月も書きたくて書けていないことが山積なのに。

言い始めるときりがないので、このブログの中だけでは時間の流れ方が緩やかなことに(勝手に)してご勘弁頂こうと思っている。作家の諸先生のようにきちんとした締め切りがあって、ホテルの部屋に缶詰になってでも書かざるをえない、という状況が作られるのは、人間的かどうかはともかく否が応でも生産する、という意味においては意味のあることなのですな。

さて、GWを利用して(会社は欧米の会社なので休日がある筈もなく、「利用して」というのは勿論ただの言い訳である。というか日本およびアジア数ヶ国が休場であるのに便乗しているだけである。)、久し振りに数日ながら日本に一時帰国した。

イギリスに住み始めてからというもの、日本に一時帰国するたびにプラス・マイナス様々な印象を受けている(昨年11月に第一部第二部の二部構成で書いてみた)。

今回は、主に物価と買物について。
1ポンド=約240円という昨今の円安を割り引いて考えても、近時の英国の物価は正に「狂乱物価」と呼ぶに相応しい。サービスも車両の質も一向に向上しないロンドン地下鉄の初乗り料金は現在4ポンド(約880円)であり、生活しにくいことこの上ない。
数ヶ月前に東京に戻る際、ヒースロー空港に向かうタクシーの運ちゃんが「どこへ行くの?」というので「東京」といったら、「そうか。世界で二番目に物価が高いところから一番物価が高いところへ行くのか」というので、「それは違う。世界で一番物価が高いところから二番目に高いところへ行くんです」と思わず声を張り上げて反論してしまったが、以後も円安は止まらず、生活実感で考えた場合の東京の物価はおそらく世界主要都市の中で10位以内にも入らないのではないかと感じる。

というわけで現在の東京は、生活に身近なものは概ね全てが安い。
おまけに、物の質が良く、商品を提供する側のサービスの質も良い。

そんな風に感じた局面は多々あったが、改めて感動したのは「100円ショップ」。
現在の100円は約42ペンスという計算になり、ロンドンでは42ペンスを握り締めて買物に出たところで、見るからに不健康なチョコレートバーぐらいしか買えない。
しかし100円ショップは大型の店舗に行けば、あるわあるわ、生活雑貨から食品まで恐るべき種類のものが所狭しと並べられている。
輸入された安い労働力がこのビジネスモデルの一部を作っているのかと思えば、レジでは日本人の若い女性が応対してくれ(注: 私は人種差別者ではない)、実に気持ちの良い対応。思わずあまり必要のないものまで買い込み、レジ袋二つを満杯にして出てきた次第(それでも会計は1300円也・・・)。

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製品の質の高さと相対的な安さにやはり感動するのは、昨今では実は衣料品や靴である。
いわゆる欧米の「ブランド物」は、為替レートの問題もあり日本国外で買う方が安いが、日本発祥の20代・30代向けブランド(アパレルメーカーとしては、オンワード樫山・三陽商会・サンエーインターナショナルなど)の店頭に並ぶものの種類の豊富さと、英国に比較した場合のリーズナブルな値段設定には驚く。

縫製は、ラベルを見ると大体が「中国製」。
製造過程においては海外の安価な労働力を使っているわけだが、同様の値段で英国で手に入るものと比べて、縫製も非常に丁寧な印象を受ける。
以前も「天晴れなるものづくり国・ニッポン」について言及したのだが、消費者としては、是非とも現在のビジネスモデルを保ってもらいたいものである。

本日の話のオチはというと、既に予想のついている方も多いと思うのだが、「安い安いっ」「チョイスが多い多いっっ」などと連呼しながら買物しているうちに、荷物は持参した大型スーツケースを優に上回る量に膨れ上がり、結局ダンボール箱を一つ買い足し、うんうん言いながら一人で抱えてくる羽目になった。
・・・また日本経済に貢献してしまった。
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by canary-london | 2007-05-05 08:16 | current
前回期せずしてカップラーメンなんぞの話になったので、調子にのることにして食べ物について書いてみる。
ダイエットを試みる人には耳寄り情報?
ということは実は何らなく、皆「分かっちゃいるけど実践できない」ということだと思うのだけれど、先般心がけるべき食生活についてとある人から面白い格言を教えてもらった。

「朝は王様のように、昼は王子様のように、そして夜はウサギのように。」

周知の通り、朝は一日消費する分のカロリーの貯金も存分にある状態なので、カロリー摂取の方も贅沢にして然るべき。
日が進むにつれて夜の睡眠に向けて段々と活動レベルが落ちるため、これに伴って摂取カロリーも一日の終息に向けて控えめにすべき、という、一度なりともダイエットなるものを心がけた人には自明の説である。


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翻って自分の日々の生活を見てみると。

アジア時間に合わせて慌しく出社する朝は、デスクで電話傍らなるべく手間を掛けることなく消費できるクラッカーorクロワッサンand/orフルーツorヨーグルト。
そして朝のお目覚めに欠かすことの出来ないたっぷりとした量のブラックコーヒー。
(午前中平均2杯程度。)

昼は、炭水化物を敵視するAtkinsダイエットが2005年7月の会社倒産以降も未だ隆盛な英国に多いlow-carb崇拝者の同僚に感化され(彼女はアメリカ人だけれど)、サラダを取ることが多い。

夜はというと、やはりビールなりワインなりスピリッツなり焼酎なり・・・と自宅に戻っても何らかのアルコールを口にすることが多いため、勢いアルコールと共に(親父系)おつまみがついつい進む。
さすがにアルコールを飲むと白米まで到達することはごく稀だが、やはりトータルの摂取量は多くなりがちなのだろう。
これでは、「夜はウサギ」どころではなく、むしろ朝は王子様のように、昼はウサギのように、夜は王様のように、と100%逆転ではないものの、こと美容と健康という観点からは完全に間違った食べ方をしている。

「分かっちゃいるけど実践できない」、のですな。
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by canary-london | 2007-02-03 08:25 | current

安藤百福氏を偲ぶ

しばらく欧米に暮らすと慣れっこになってしまうのだが、こちらのメディアで日本という国乃至日本人が取り上げられること自体があまりに稀であるため、その稀な機会があると何とはなしに嬉しくなってしまうものである。
気分としては、さながら四年に一度のオリンピックで日本選手が金メダルを取ったとき、日の丸を眺めて感涙にむせびつつ、小学校で斉唱した以来の君が代を口ずさむステレオタイプ的日本人といったところか。

こちらのビジネスマンでは愛読している人が多く、私もご多分に漏れず欠かさず読んでいる「エコノミスト」誌の先週(1/20-26号)のobituary(追悼記事)欄をみて、そんな俄かナショナリズムを感じた日本人は少なくないはず。

取り上げられている人物は、今年1月5日に96歳にて逝去された日清食品創業者の安藤百福氏。言わずと知れたインスタントラーメンの生みの親である。
1958年、試行錯誤の末にインスタントラーメンを初めて商品化し発売。
2005年には、何と世界中で860億食という恐るべし数のインスタントラーメンが消費されたそうな。


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インスタントラーメンは添加物だらけで不健康という世間一般のイメージとは裏腹に、世界一長い日本人の平均寿命を遥かに凌駕する年齢で大往生を遂げた安藤氏、亡くなるまでほぼ毎日という驚異的なペースで自身の発明した「チキンラーメン」を食べていたとのこと。
それでも常に血色が良く生の力が漲っていた安藤氏を見ると、インスタントラーメンのイメージが180度変わる気すらしてくる。

安藤氏の凄まじい生き様は、過去日経新聞の「私の履歴書」やNHKの「プロジェクトX」でも紹介されておりいずれも単行本化されているためご存知の方も多いものと思う。
そんな安藤氏の名言―エコノミストの記事では一番目を含む食関連のものだけがクローズアップされていたが、この方、その他にもたくさん「なるほど、ふーむ」と思うことを話されている。

1. 「食足世平」。
現在は日清食品の企業理念となっているとのことだが、平たくいえば「食が足りて初めて世の中は泰平になる」ということ。
日本やイギリスでは空虚に響くかもしれないけれど、丁度二年前のダボス会議で議論されて以来、世界的に盛り上がりを欠いてしまった感のあるアフリカの飢餓と貧困の状況に思いを馳せるにつき、重く響いてくる言葉である。

2. 「明確な目標を持ったあとは執念だ。ひらめきも執念から生まれる」。
「明確な目標」を立てることは、本当に難しい。仕事でも本当に日々感じていることだけれど。

3. 「知識も大切だが、知恵をもっとだせ。
知識は比較的簡単に手に入るが、知恵は大きな努力と体験がないとなかなか手に入らない。」
―計り知れない努力と常人の想像を超える体験をされている安藤氏だからこそさらっと出てくる言葉なのだろう。

安藤氏のご冥福を心よりお祈りする。

余談: それにしても、私の勤務するCanary Wharfからの帰りの電車の中でエコノミスト誌を読んでいるサラリーマンの数には改めてスゴイものがあるな、と感じた。
見た目東洋人の人が安藤百福氏の記事を読んでいるのを見かけると、嗚呼この人はきっと日本人なのだろうな、と感じたりして、同じロンドンの金融街に働く者として静かにエールを送ったりしてしまうのである。
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by canary-london | 2007-01-27 21:36 | current

「頭の良さ」考

真に頭の良い人とは、難解な内容の事柄を噛み砕いて(自分のような)頭のそんなに良くない人に非常にシンプルな形で説明できる人であると思う。

年頭の新聞や雑誌を眺めていて、そんな風に改めて感じた「頭の良さ」二つ。

一つは、元旦から日経新聞に「私の履歴書」の連載を開始したノーベル物理学者、江崎玲於奈氏。
以下引用:
「我々は20歳から70歳まで活動すると考えると、分別力の方は20歳では零であるが、毎年増加し、70歳で百に達する。
一方、創造力の方は逆で、20歳で百、70歳になると零になってしまう。
その交点は45歳、創造力と分別力が拮抗して、いわゆるミドル・エイジ・クライシスを迎える。」

うーむ。

きっと実態は零や百ということはなくもっと複雑なのだろうが、シロウトには何ともイメージし易い。
それにしても、70歳になると創造力がゼロとは何とも空恐ろしい。
勿論、身近にも素晴らしい創造力を持ち続けるシニア世代はたくさんいるので、上記はあくまで(しかも人間の平均寿命が現在ほど長くない想定での)一般論かと思う。

今ひとつは、ノーベル化学者、ダドリー・ハーシュバック氏によるNewsweek誌記事中の石油の成り立ちに関する説明。
以下引用:
「恐竜を煮込んで、シダを水に浸し、地表近くで長い長い時間をかけて比較的低い温度と圧力を保ち続けると、石油の出来上がり。」
これまた、本当はもっと色々な工程があるのだろうが(且つ、この「有機起源説」を反駁する「無機起源説」がロシアでは1860年代より提唱され、今も結論は出ていないとのこと)、恐竜のシチューなんて想像するだけでも楽しい。

昔の理科の授業が皆こんな風だったら、自分ももっと科学好きの大人になっていたかもしれないのに。
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by canary-london | 2007-01-13 10:54 | current
年初に世界について思いを馳せる、第二弾。
本日はエネルギーについて。

今年は世界のエネルギー問題を展望した記事も非常に目に付く。
自分の覚書代わりに、気になったことをまとめてみた。

(1)エネルギーと世界の政治情勢
2006年は、ロシアが石油産出量世界第一位となったことがエネルギー業界関係者には大きなニュースとなったとのこと。
ちなみに現在の世界五大産油国は、ロシアに加えてイラク、イラン、サウジアラビア、ベネズエラが顔を揃え、天然ガスも加えたエネルギー産出量ではロシアが圧倒的なトップに躍り出るらしい。

紆余曲折を経て昨今では安定した石油供給を行い、OPECの優等生となったサウジアラビアを除いては、こう言っては何だが「不穏な」顔ぶれ。
逆にいえば、黒いダイヤとも揶揄される石油のあるところに争いありということになり、ブッシュ政権によるイラク攻撃は石油の権益を巡るものに違いないとの根強い説も現実味を帯びて響く。

いずれにしても、世界のパワーバランスが各国のエネルギー供給能力と密接に関連している(支配されているともいえる)ことは間違いない。
二点目に繋がるが、エネルギーに関連する政治リスクの最小化という観点からは、地理的に偏りの激しい化石燃料やLNGへの依存度を下げていくことが急務である。

(2)化石燃料に代わるエネルギー
「そういえばそんな時代もあったなあ・・・」と隔世の感を抱いてしまうが、2003年までの20年間、原油の平均価格は1バレル=20ドルだった。
原油価格は2006年7月に1バレル=78.40ドルの史上最高値を更新した後は下落に転じ、近時は同60ドル近辺で、また新年明け以降は暖冬の影響により55ドル近辺にまで下落が進んでいる。

かなり最近までは、原油価格の高騰=世界経済の大幅減速乃至破綻というのが定説であった。
「原油価格が1バレル=22~28ドルの頃は、同40ドルになったら世界経済は破綻すると思っていた」
(ヤーギン・ケンブリッジエネルギー研究所会長)
「IMFはかつて原油の価格が1バレルあたり10ドル上昇すれば世界経済成長率が1%低下するとみていた。この見方はもう通用しない。」
(ラト・IMF専務理事)
など。

原油高騰にも拘らず、世界経済が成長を続けた理由は主に二つある。
一つは、原油価格上昇が(政治要因を除くと)供給減少ではなく、主に新興経済圏を中心とする需要増が背景となったこと。
新興国の成長に押され、原材料のみならず全ての商品が値上がりした一方、国際的な競争促進によりインフレは抑制された。
もう一つは、主要国経済の石油への依存度が格段に低下したこと。
一つ数字の例を挙げると、米国経済は1970年代以降150%以上成長している一方、石油消費の増加率は25%に留まっている。
原油価格が往時の1バレル=25ドルに戻るシナリオは想定し難く、当面は現状の水準近辺での推移が続くとの見方が優勢の模様。
そんななかでは、やはり石油に代わるエネルギー源をいかに発展させていくかが鍵となるだろう。

技術革新により、安全性が日進月歩で高まる原子力。
風力・太陽光エネルギーなど、従前よりの再生可能エネルギー。
また近時では、石炭の液化などの新技術も開発されている。

エネルギー関連企業は米国でも一躍脚光を浴びており、2000年のITバブルを彷彿とさせるとの穿った見方もあるが、一過性のビジネスで終わらないことを切に願う。
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by canary-london | 2007-01-09 11:33 | current
年初というと、決まって各種メディアで取り上げられるトピックが幾つかある。
一つは勿論、「2007年の経済大予測」的なヤツである。
昨今ではそれと並んで必ず見かけるのが、一つは人口の問題、そしてもう一つはエネルギーの問題である。

本日はまず人口について。
ここでは、驚愕のペースで少子高齢化が進む日本のことに限定。
2006年の出生数は1,086,000人(前年対比+23,000人)、死亡数が1,092,000人(同+8,000人)で、総人口は二年連続で自然減と発表された。
出生数が増えたのは6年ぶりのことで、おそらくは出生率も2005年の1.26というおぞましい数字から若干ながら上昇すると予想されている。

この少し明るいニュースの原動力となったのは、(自分を含む)「団塊ジュニア世代」による出産増加とのことである。
確かに自分の周囲でも、とりわけこの年末年始は「出産します」「出産しました」とのおめでたいニュースが続々(おかげで、海を越えて毎年企画している大学時代のゼミ忘年会は、女性参加者は自分一人と何とも寂しい結果となってしまった)。
数字をまとめている厚生労働省では、景気回復が結婚や出産の増加に繋がったと分析している模様だが、この分析は楽観的に過ぎるように思う。
第一に、戦後最長の景気回復といいながら、好景気の実感は少ない(自分は現在日本にいないので、あくまで第三者的意見だけれど)。
第二に、日本は既に社会の構造として「景気回復→出産増→人口増」の図式が当てはまらなくなっている。
以前にも少々触れたトピックだけれど、つまるところ働く女性に対する社会のサポートが最重要である。

日本の人口は現在の1億2,800万人程度から、今後50年間で9,000万人弱にまで減少するとの悲観的(現状の出生率が続くとすると現実的)な予想も出ている。
そのとき、日本の国力が大幅に衰えていることは疑いようがない。

*注: 現在逆単身赴任中の自分は当面この責務は遂行不能との前提で第三者的に書いてみました(笑)。

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by canary-london | 2007-01-08 09:14 | current

新年のささやかな怒り

というわけで、長らくのブランク(?)の末、2007年は従来の「言いたいことを何でも言うぞブログ(もしくは珍事満載ドタバタ絵日記ブログ)」復活宣言です。
冬眠中日々訪問して下さった方々、ゴメンナサイ。

当ブログを読んで頂いている方には、私は日本嫌いとの(誤った)印象を与えているかもしれない。
私は学生時代に両親と共に合計7年強を欧米で過ごす幸運に恵まれたが、そういった経歴の人に時々みられる「手放しの欧米礼賛/日本批判」には正直吐き気を覚える。
狂気的な若者や金太郎飴的な無気力サラリーマンに失望感を覚えることも少なくないけれど、やはり日本は自分の「祖国」。
日本には、自分のまだ知らないものも含めて、美しいところや素晴らしいところがたくさん、たくさん、ある(と思いたい・・・)。
(ときに、英BBCを中心とする団体が2006年前半に「世界の33の国・地域の中でもっとも世界にポジティブな影響を与えている国・地域」の調査を行ったところ、日本はヨーロッパに次いで第二位にランキングされたとのニュースを最近見掛けた。33の重複する国・地域とのことなので先進国に限ったものとは思うけれど、少し嬉しい。)

しかしながら。
もっとも日本批判に傾斜してしまうのは、やはり国レベルでの「こだわり」のなさを感じる様々な局面。
これは個人レベルではなく、国家レベル及び商業/マーケティングレベルにおいて顕著な傾向かと思うし、逆に個人レベルでは「こだわり」=ある種の「オタク」ということなら、オタク度において日本人を上回る国民を私は知らない。)
これは、国民のうち自覚的に信仰のある比率が3割程度と世界の中でも目立って低いことに起因するのだろうか(かくいう自分も無宗教であるが)。

こんなことをぼーっと考えることになったきっかけは、個人的にも大好きな街であるフィレンツェ・ウフィツィ美術館貯蔵のダ・ヴィンチの名画「受胎告知」が今年の3月~6月まで東京の国立美術館で展示されるとのニュース
何しろ、1867年に同美術館での貯蔵が開始されてから140年間、他の場所で展示されたことがないというのだから驚く。
別に、必ずしも「見たい人はフィレンツェまで行くべし」と言っている訳ではない。
ただ、140年の歴史の中で初めて移動する先が何故あえて日本である必要があるんだろうか?
勿論、「見たくてたまらないのにフィレンツェまで行けない人」にその機会を与えること自体は素晴らしいと思う。
ただ、「見たくてたまらない人」は、前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世が逝去された2005年4月に、ヴァチカンのサン・ピエトロ広場に遠路はるばる参列した敬虔なカトリック教徒の多い国・地域の筈であって、それは間違っても結婚式とクリスマスの時だけ俄かキリスト教徒に大変身する日本人ではない筈。
これはどう見ても、ダ・ヴィンチ・コードのブームに乗じているだけでしょ?
・・・こんなことで頭に血が上ってしまう自分はやはりひねくれ者なのだろうか・・・?

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by canary-london | 2007-01-03 04:53 | current