ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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完全復活宣言!

大変長らくお休みしてしまいました!
前回エントリ5月末以降、香港から東京経由で6月初めにロンドンに戻ってから、6月および7月初めまでの週末は殆ど全くロンドンにいなかったため、プライベートでとにかく諸々のキャッチアップが忙しく、文章を書く暇がまったくありませんでした。
お待たせした皆様(別に待ってる人はいないと思いますが・笑)、ご心配をお掛けしました。今までどおりゆっくりしたペースではありますが、ぼちぼちアップしていきたいと思っていますのでご笑覧頂けましたら幸いです。
Canary-london 拝
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by canary-london | 2009-07-28 07:17 | current

エレベーター考

毎度思うことだけれど、エレベーターというもの、それにあの狭い空間の中での人間模様って実に面白い。

私の現在の勤務先は9階建てのビルの3階であるため、出社・退社時にこの興味深い空間で過ごす時間というのは残念ながらさほど長くないのだが、東京の満員電車でもなければあんなに狭い空間で他人同士が互いに密着して過ごす場面は少ないと思うので、この狭さ・密着度ゆえの面白さなのだろうと思う。
エレベーターの狭さが笑いのネタを提供するのは何も新しい話ではなく、サトウサンペイ氏の「フジ三太郎」だったか、エレベーターの中で誰かがオナラ(しかも所謂‘すかしっ屁’というもの)をした場合の犯人探しを巡る機微など子供の頃面白く読んだ記憶がある。

狭さということと会話について。
特に我々のような業界では、部署によりあまり公になっていない情報(例えばある会社の株価に影響を与えるような)を持っている人もいるため、エレベーターの中で固有名詞を出して仕事に関する会話をするのは避けるべし、といった何かしらのガイドラインが設けられていることが多いと思う。
・・・この「固有名詞を出さない」という部分、人によってはあまりというかまったく守られていない(笑)。別に私自身、株価に影響を与える云々でひと儲けできるような情報に耳をそば立てているわけではなく(残念ながらそういった才能も覇気もまったく持ち合わせていない)、同僚とお客さんに関する情報で「へえー」と思うようなことの情報源が意外とエレベーターだったりするという実に低俗・世俗的なレベルの話なのだけれど。
多少補足として言い訳をすると、固有名詞に関するセンシティビティーは、建物として弊社だけが入るビルか、あるいは複数の企業が雑居するビルかによっても違いがある。
弊社のロンドンオフィスは前者。とはいえ、もちろん外部からのお客さんが乗っていることは多いので、乗り合わせるのは弊社の人間ばかりとは限らない。

ロンドンという地が、上に書いたようなエレベーターにおける「会話の傍若無人さ」に拍車を掛けるのは、多国籍である環境にも少なからず原因があるのかもしれない。
自分自身について考えてみても、「日本語なら分かるまい」と思って公共交通機関の中で友人と日本語で話をし、しばらくして反省した局面は一度二度ではない。
周囲の人について何か悪い事を言っているわけではないのだが、単純に「英語で皆に意味が解せる内容だったら相当恥ずかしいよね」といった類のこと。
弊社では、部署にもよるので分からないけれど、英語でない言語(その殆どがヨーロッパの言語だが)を母国語とする人は半分以上に上るのではないかという印象。
フランス人など結構熱くなる傾向があり、フランス人同士ともなると、エレベーターの中で周囲にはお構いなしといった風情で早口で喋り続けている。
・・・自分にフランス語が分かれば面白い会話をしているに違いない。

エレベーターの中に設置されることの多い鏡というのも、このハコの面白さアップに貢献している。
私は別にナルシストでも何でもないのだが、出勤時にエレベーターに自身の姿を映してチェックする作業は欠かせない。実際、朝も早いと「取るものも取りあえず」家を出ることが殆どなので、エレベーターの鏡を見て初めてマスカラがとんでもない位置にはみ出していることに気づいて慌てて直すことも多い。
出勤時だけでなく、デスクの同僚数名と持ち回りでオフィス裏のスタバにコーヒー調達に走るときも、クセになっているし他に特にすることもないのでエレベーターの鏡を凝視することになる。あるときコーヒーのトレイを持って鏡を見つめていたら、乗り合わせた同僚(といっても知らない男性だが)に「その鏡の裏は隠しカメラになっていて撮影されているんだよ」とからかわれ、一瞬真に受けて本当にびっくりしてしまった。
・・・英国的sense of humourだなあ。

こんなすべても、旧式で鏡以外特に面白いものも設置されていないエレベーターゆえ。
最近の、特に東京の新しいオフィスビルに多いTVモニターがついているエレベーターなどでは、私がつらつらと書いたような原始的なエレベーターの楽しみは味わえないことだろう。世の中「エレベーターは狭いもの」といった常識も変わってくるもので、自分が東京で勤めていたビルは、ガラス建ての建物の中心を吹き抜けにし四方に大型エレベーターを据えた斬新なデザインを不動産会社が自慢にしていたが、エレベーターが大きいと、ドアが閉まるのに時間が掛かり、例外なく急いでいる朝の出社時など本当に苛々する。大体が、ドアがゆっくり閉まり切る直前に強引に駆け込んでくる輩がいるもので、こうなると安全上の理由から大きなドアが再度悠然と開き切ることを余儀なくされ、更に人が駆け込んでくるという悪循環。
デザイン性より機能性を重視してほしい、と毎朝S不動産に心の中で悪態をついたものだ(笑)。
そんなわけで、時代と共にエレベーターも変化・進化するのだろう。
50年後・100年後の世界には、エレベーターというものすらなかったりして。そんなジョージ・オーウェル的な思いを抱くと、空想がどんどん広がり、気づくと傍らのワイングラスが空になっていたりするので困ったものだ・・・。
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by canary-london | 2009-04-17 13:57 | current

CEOはつらいよ

大企業のトップというのは、その一挙手一投足で会社の評判なり株価なりが左右されるという意味では、殆ど「セレブ」といえる。昔からその傾向はあるけれど、不景気のなかネガティブなニュースへの反応がより大きい昨今、企業トップの健康を巡る様々な憶測が後を絶たない。

最近もっとも巷で話題となっていたのは、言うまでもなくアップル社のスティーブ・ジョブズ氏だろう。ベジタリアンでもあり決して太ってはいなかったものの、もともとは割合丸みのあるえびす顔だっただけに、ここ一年程度での頬のこけ方と体重減少は見ていて痛々しいほどだった。

↓往時のジョブズ氏
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         最近の写真↓
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先日ついに、6月末までの一時的措置としてCEO休職を宣言。
不景気にジョブズ氏の健康不安が拍車を掛ける形で下落の一途を辿っていた同社の株価は、休職宣言の数日後に底打ちして反発したようにも見えるが、今後混迷は更に深まるのだろうか。

ジョブズ氏の病に蝕まれた様子とは比べるべくもないが、丁度ジョブズ氏の休職宣言の翌日に腹痛で病院に担ぎ込まれたために、一部メディアで妙に話題を集めていたのはドイツ銀行頭取の   ジョゼフ・アッカーマン氏。曰く、会社のクリスマスパーティーで「ソーセージ2本とザワークラウトを食べたら突然気分が悪くなった」とか・・・。
原因は過労以上のものではなかったらしく大事には至らなかったが、仮にここでの記述が「ソーセージを2本」ではなく「ソーセージを8本食べたら」とかになっていたとすると、「単なる食べ過ぎからくる腹痛じゃないか?」「企業トップとして自己管理がなってない」などと批判されるのだろう(笑)。CEOはつらいよ、ってなもんだろうか。
世の中に対して絶大な影響力を持つというのは決して悪い気持ちのすることではないのだろうが、食事の内容までつぶさにパパラッチされるのは、自分だったらたまらない。あー、偉くなくて良かった。

余談ながら、スティーブ・ジョブズについて少々触れるにあたって彼をGoogle検索していたら、有名な2005年6月のスタンフォード大学での卒業スピーチがYoutubeで引っ掛かり、すっかり聞き入ってしまった。
オバマ新大統領といいこの人といい、アメリカ人のリーダーとなる人は、本当に聴衆を惹きつける話し方を体得している。
パブリック・スピーキングの上手下手ではなく、イギリス人ではこうはいかない。
人生に対する姿勢やパッションの違いなのか、ひとえに国の成熟度の違いなのか、その全てなのか、あるいはいずれでもないのだろうか。アメリカ人の熱血スピーチよりも肩の力の抜けたイギリス人のトークがすっかり心地良く感じるようになっている自分に問いかけてみても、答えは出ないのだけれど。
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by canary-london | 2009-01-27 08:55 | current
大変ご無沙汰致しました。
早いもので、新年が明けてしまいました。
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12月中下旬には書きたいことが山ほどあったのですが、状況がそれを許さなかったので、ここで改めてお詫びすると共に、身の上について色々とご心配頂いた方々、本当に有難うございました。

Canary-londonは何の因果かこんな時世の中、職を失うこともなく、変わらぬ日々を過ごしております。

2009年が皆様にとって素敵な一年となりますように。
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by canary-london | 2009-01-03 23:30 | current
2005年12月からこのブログを書き始めてちょうど間もなく三年が経過するのだが、過去の記事をぼんやり眺めていると、12月は決まって欧州でのクリスマスのことを何か書いていることに気付いた。
一番自分の中でのクリスマスを表現しているのは、2005年12月に赴任準備で二週間ほどロンドンに出張していた時の記事だろうか。
ところでそれと同時に、この当時はまだ「です・ます」調の丁寧な文章を書いていたことに気付いた(体言止めも多用しているため、全てですます調というわけではないが・・・)。
いつの間に、今のような「だ・である」調のエラソウな文章になったんだったっけ。

それはともかく、アウトサイダーの自分ですら毎年クリスマスというものについて何かしら言いたいことがあるのだから、欧米におけるクリスマスというのがいかに大事な行事であるかを物語っている。
未曾有の不景気でも、家族へのプレゼントを買い求めるショッピング客の勢いは衰えを知らない。報道では「今年のクリスマス商戦は不振」という論調が目立つものの、リージェント・ストリートにでも出掛けようものなら、もみくちゃにされること請け合いである。
今年は先月末から風邪が抜けず、デパートの人混みに出掛けるエネルギーは到底ないため、私自身はほぼ全ての買い物をインターネットで済ませてしまった。・・・一体ネット社会になる前はどうやってこんな状況を切り抜けていたんだっけ?
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三年前にも書いた「プレゼント至上主義」は、オフィスにも該当する。
例年馬鹿騒ぎとなる我がデット・シンジケート部のクリスマス・パーティーでは、「シークレット・サンタ」と名づけ、各自くじ引きでチーム内の誰か一人にプレゼントを用意するルールとなっている。「シークレット・サンタ」の名の通り、あげる側が誰であるかは当日までディスクローズされない。当日は皆順番にプレゼントを開けていき、皆終わったところでそれぞれの「サンタ」の正体が明かされる、という仕組み。
プレゼントのインフレを防ぐために、一人10ポンドの上限が付されるなか、相手にマッチするもので且つ実用的、そしてユーモラスなものを見つけるのは実はひと苦労。
これもネットがなければ不可能な作業なのだ。

そんなわけでクリスマスの話題には事欠かないのだけれど、先日チームの数名で終業後久しぶりに一杯飲んでいたときの話題は、サンタさんとしての苦労話。
チームのメンバーの多くは、下は0歳児から上は小学校高学年程度のレンジの子供を持っているため、「子供に何歳までサンタさんの存在を信じ込ませることが出来るか?」が目下の大きなチャレンジなのだ。
25日の朝にプレゼントの周りに足跡をつけるぐらいは基本らしく、「煙突の中にサンタさんの衣服の残骸を残しておく」なんて凝りようの同僚もいた。
家族至上主義の欧米人がありったけのエネルギーを注ぎ込む子供中心のクリスマスにまつわるそんなエピソードの数々を聞くたび、心温まる気持ちになる。
息子や娘の純粋な気持ちを裏切らないよう、こんなに頑張っているお父さん・お母さんを持っている君達は幸せ者だよって、言ってあげたい。

私の子供時分、我が家でも毎年欧米式のクリスマスを祝っていた。
さすがにサンタさんの足跡まで目撃した記憶はないけれど、「サンタさんへ」の手紙と共にキッチンのテーブルに置いたミルクとビスケットやブランデーを全部平らげてくれていた両親にも、サンタさんとしての色々な苦労があったに違いない。

―今年も、より多くの子供たちがサンタさん神話を信じて、幸せなクリスマスを迎えられますように。
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by canary-london | 2008-12-10 10:40 | current
2008年もすっかり終わりに近づいてきてしまったが、遅れ馳せながら今年のノーベル賞についてわりと最近読んだ話題に関連して。
ノーベル物理学賞に「日本人」三人が選ばれたことで、今年のノーベル賞については日本人には特に身近なものとして感じられたのかもしれない。
ちなみに、果たして彼らが「日本人」であるか否かに関する議論については添付リンクをご参照。
このご意見に関しては、海外に住む日本人として常にある種の人種コンプレックスと戦う羽目になる私も全く同感。
・・・ノーベル化学賞を受賞したオサム・シモムラ(下村脩)氏も、同じく日本生まれの米国籍という方だったのですね。*
*このあと親切な読者の方にご指摘頂きましたが、下村氏は米国籍は取得されているわけではなく、日本国籍のまま米国に在住されているとのことですので、お詫び・訂正させて頂きます。有難うございました!

今回の話題は少し脇道に逸れるけれど、注目を集めたノーベル経済学賞は、現在はプリンストン大学で教鞭を取るPaul Krugman(クルーグマン)氏が受賞した
NYタイムズのコラムニストでも広く知られるクルーグマン氏が同賞を単独で受賞したことについては通常のノーベル賞受賞を巡る議論以上に賛否両論あったように感じるけれど、そんな中でのこぼれ話を一つ。

クルーグマン氏受賞の陰の立役者の一人となったのは、間違いなく`Dixit-Stiglitz`モデルの考案者の一人であるAvinash Dixit氏であろう。何しろ、Dixit氏の理論なくしては、クルーグマン氏は30年前に研究者としての道を歩むこと、もしくは経済学自体を放棄していた可能性が高いのだから。

Dixit氏自身、研究者としてだけでなく、ノーベル経済学賞受賞候補者として注目を集める存在だが、その肩の力を抜いたスタンスに何とも共感し脱帽してしまった。
以下はFTマガジンからの抜粋:
‘A good place to have ideas is in front of the shaving mirror.
Krugman has a beard.
Imagine how much he could have achieved if he shaved!’

いつもの調子で勝手な意訳をするとこんな感じだろうか:
「髭剃りのために鏡に向かう時間というのは、意外に素晴らしい閃きがあったりするものだ。クルーグマンは髭を生やしているので髭剃りに充てる時間はないのだろうが、仮に彼が髭を剃ったとしたら、どれほどまでに素晴らしいアイディアが生まれていたことか!」

ノーベル賞受賞者と自分を比べるなどおこがましいにも程があるのだが、翻って我が身を鑑みると、私は髭は剃らないまでも、確かに素晴らしいアイディアは得てしてトイレで浮かんだりするものなのだ。
私の今の席から女性用トイレまでは、歩いて15-20メートル程度あるだろうか。
トイレで浮かんだ秀逸な構想は、席に戻るまでの20秒程度の間にすっかり頭の中で「リセット」ボタンが押されていたりして。オフィスからの帰り道にぼんやりそんなアイディアについて思い出したりして、地団駄を踏んだりするものなのだ。
今年の課題は健忘症との闘いかもしれない(笑)。
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by canary-london | 2008-12-03 09:52 | current

Dame Kelly Holmes

3ヶ月ほど前に、会社の中で多文化交流を促進するボランティア的団体への参加を始めたことについて書いた。
毎週第二木曜日の午前10時から月例のミーティングがあるのだが、トレードその他で忙しいときには、正直「今日は勘弁してくれないかな」と思う。

・・・とはいいながらも、勉強になること、開眼させられることが実に多いことも確かで、敢えて新たなチャレンジをしている自分を少しだけ誇らしく思ったりもする。

先日も書いたオバマ氏の当選で、おそらくは世界的に「人種」というトピックに関する議論が再び熱くなるのではないかと予想する。
そんな世界のトレンドに先駆け(?)、件の我が団体はというと、10月を’Black History Month’と名付け、現在・過去にわたって英国で活躍する/活躍した黒人にスポットライトを当てた各種イベントを開催している。
自分にとってはそんな諸々のイベントのそれぞれ自体が新しい発見。
今月下旬には、ロンドンの観光名所の代表格であるナショナル・ギャラリーで黒人アーティストにフォーカスした勉強会が開催されるなど、日頃から知っているvenueで少し趣向の変わったイベントも数多く行われる予定である。

先月末には、英国人なら知らない人はいないであろう、2004年アテネ・オリンピックで金メダル二つ(800M走と1500M走)という快挙を成し遂げた陸上選手・Kelly Holmes氏を弊社に招き、小一時間のトークおよび質疑応答のセッションが実現した。
彼女は2005年にDameの称号も取得している。
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所謂「インテリ」ではないけれど、実力と努力、そして経験に裏打ちされた話には実に説得力がある。
話もなかなか上手い。
一度は陸上競技から離れ、18歳で入隊した英国の軍隊でまずはトラック運転手、続いてフィジカル・トレーナーを歴任するという稀有な経歴の持ち主でもある彼女がダブル・ゴールドを取得した2004年、彼女は実に34歳という高齢だった。
34歳という年齢、陸上選手としての選手生命はとうに終わっているというのが一般的な見方だろうが、彼女は持ち前のガッツと、とにかく「オリンピックで金メダルを取りたい!!」という幼少時からの夢を諦めることなく、見事に実現させた。

そんな彼女のアドバイスには参考になることが多数あった。
「常にゴールを持ち続けることが大事。ゴールは、少し背伸びしたら現実的に達成可能なものであるべき。」
「常に五年先の自分のビジョンを抱こう。」
などなど。

聴衆に回覧してくれた金メダルは、思いのほかずっしりと重かった。
彼女の直筆サインの入った新しい著書、「Black White & Gold」は宝物の一つになりそうだ。
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by canary-london | 2008-11-13 09:29 | current

政治と旬

四年に一度の米国大統領選の年は必ずやそうなるのかもしれないが、政治が「旬」だ。
今から十数年前に大学に入学するとき、同じ大学の経済学部と法学部政治学科との間で迷った挙句、数学の補習を受けるのが嫌だという至って単純且つ怠惰な理由で政治の方を選んだ。
僭越で血の気の多い若者だった自分は、(今は少し変わってきているのかもしれないけれど)当時の日本の大学というぬるま湯の環境とも相まって、政治とは何てどっちつかずの学問なのだろうという感想を初めに抱いた挙句の果てに、それを如実に映すどっちつかずな気持ちのまま四年間を無為に過ごしてしまった。

現在の金融危機のような世界的なクライシス(危機)の状況下、政治という学問の権威は復活するのかもしれない。
実は英国をはじめヨーロッパについても書きたいことは最近多いのだけれど、今日という日はやっぱり米国について書くしかないんだろうな。

第44代米国大統領として史上初めて黒人のBarack Obama氏が選出されてから、24時間も経っておらず、正に「興奮冷めやらぬ」という雰囲気。
米国人や現在米国に在住する人に比べ、私の思いの丈など比べる術もないけれど、海外在住の日本人として少しだけコメント。

本ブログにも何度も登場している私の上司兼同僚はアメリカ人の女性なのだが、まず特筆すべきは彼女の反応だろうか。
彼女は真のアメリカ人らしく、自国を良くする=世界を良くすると信じて疑わないし、参加意識も高く、当然のことながら在外投票もしている。

そんな彼女の今朝の第一声。
「通勤途中の車の中でオバマの就任演説聞きながら、思わず涙ぐんじゃった」
「正に歴史が目の前で塗り替えられてるんだなって思って」
・・・アメリカ人の中でもインテリで高所得者層ではあるけれど、生身の一般人の反応。
同じフロアに勤める別のアメリカ人のトレーダーは、オバマの就任を祝ってチームの皆にドーナツを振る舞っていた。投資銀行業界全体が青息吐息のなか、「変革」を約束するオバマに対する支持は思いのほか強い。
自分の在外投票について熱く語るそんな彼らをみながら、何とはなしに羨望の気持ちを抱いてしまった。
・・・賛否両論あれど、やっぱりアメリカ合衆国という国は、ひとたび舞台に出たら主役をさらってしまうのだもの。
自分もオバマに投票した上で、当事者としてこの会話に加わりたかったなー、という漠然とした気持ち。

二点目。
米国の選挙制度は実に複雑で正直なところ私も今回の選挙戦を経ても完全に把握していないのだが、各州の集計結果を少し奥まで掘り下げると色々なことが見えてくる。
米国の50の州の中はそれぞれが、その更に下の行政単位としてcounty(郡)を有している。
例えば、従来Democrats(民主党)の勢力が強いとされているPennsylvaniaのような州であっても、実は郡の数にするとMcCainの共和党に投票した郡の方が余程多いという結果になる。
選挙戦について、より上級者の会話になってくると、例えば「PennsylvaniaのXX郡を押さえたからObama優勢だよな」といった具合。
それぞれの郡の意味するところは部外者にはさっぱり分からないけれど、ひとつ明確に分かることは、州による多様性と州の中での多様性。
50の州のそれぞれにおいて、皆政治的に一枚岩では決してないのだ。
これだけ国の中で、さらに州の中でも多様であるがために、極論すれば外に目を向ける必要がなくなってしまうのかもしれない(これについては一年ほど前に同様のテーマで書いた)。

おまけ。
今回の最終的な米国での投票率はあと数日経たないと分からないとのことだが、下馬評によれば64-65%程度とか。
2004年の55.3%、2000年の51.3%を大幅に上回る数字となることは間違いない。
上述の私の同僚曰く、
「それでもこれだけの人が投票に行かないなんて信じられない。こっちは在外投票しているって言うのに。」。
翻って「政治学科」を卒業した自分を見ると、過去二年間で三人目となる首相を先月迎えた母国・日本の政治には海外に来てからというもの全く参加していない。
自分の中でジャパン・パッシングをしてしまっているといえばそれまでなのだけれど、国民の義務とは何ぞや?と真剣に悩んでしまった。
明日にでも在外投票の登録をしてみようか。
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by canary-london | 2008-11-06 09:39 | current
不況が深刻化している。
一旦持ち直したかにみえた株式市場は世界的に大きく反落している一方、為替市場では「超」がつくほどの円高が目下進行中である。
ちなみに、まだ多少の円資産を持っている自分としては、英ポンド建ての値札を円換算したときの金額に大幅なおトク感があるという単純な理由で、この週末は妙に浪費してしまった。
景気低迷は、基本的には自分の懐にも大きな打撃を与えているというのに、為替の引き起こす心理的効果は偉大だ(笑)。

我が英国経済も、先週金曜日に発表された経済指標(第三四半期のGDP)によって、「Recession=景気後退」入りが数字で確認された。
一般的に、2四半期連続でマイナス成長が確認されると’Recession’入りしたということになるのだが、この‘Recession’という言葉、特に政治家はとにかく避ける。
現政権にとっては、公の場でこれを認めることで国民の支持が揺らぐことを懸念してのことなのだろう。
別にその言葉を発しなければ済むなんてこともないと思うのだけれど、まるで言うと悪い事が起きるとでも思っているかのように、「’R’ word」なんていって、言葉自体も言わない傾向がある。
いや、ハリー・ポッターのヴォルデモートじゃないんだからさ。

その金曜日の経済指標の内容で更に衝撃だったのは、食に関する出費。
自分でデータを調べず同僚のコメントに依拠してしまっているのだが、30年近くぶりに一般市民が食べ物に充てる費用が減少したというのだ。
食べ物のような生活必需品への出費を切り詰めるというのは、景気が相当悪いことを意味する。

週末の新聞にも同様の事象を別の視点から書いた記事が載っていたが、それによれば、ロンドン市内のレストランで所謂「「スペシャル・オファー」といった何らかのディスカウントを設定する店が過去一年間で7割増加したとのこと。
好調な時には値段を下げるなどプライドが許さないという姿勢の店が、集客のためになりふり構わなくなっているのだから、レストランも生き残りに必死なのだろう。

そもそもは米国の住宅市場に根ざす問題から昨年夏以降進行している世界同時不況を表現する際、当地英国では「Credit Crunch=クレジット・クランチ」という言葉が最も良く使われる。
先日のある朝、Canary Wharfの駅を降りて会社に向かう途中、チェーンのサンドイッチ屋の外にこんな看板が掲げられていた:
‘Credit Crunch Special Breakfast: Ham and cheese roll and cappuccino/latte £2.50’

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そのサンドイッチ屋がまた、わりと味より量で勝負を地でいっているような店で、朝は堂々たる体躯のオジサン・オニイサンで賑わうため、個人的には殆ど足を踏み入れないのだけれど、この店までもが「クレジット・クランチ・スペシャル」か。
日本では今回の一連の事象の代名詞として「サブプライム」を使う方が多いようだが、比較的初期に「サブプライム」という言葉がスポーツ新聞の一面を飾るのを見た時に興ざめしたことをふと思い出した。
・・・それだけ、今回の不況が一般市民にとっても身近で切実な問題になっているということなのだろう。
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by canary-london | 2008-10-28 06:49 | current
オフィスでいつものように世界のニュースを眺めていると、こんなヘッドラインが目に入った:
「世界都市総合ランキング、日本は4位に 森記念財団」
判断の基準としては、「経済」、「研究・開発」、「交流・文化」、「居住・環境」、「空間・アクセス」の5分野を中心としたクライテリアから、世界の主要都市30都市をランク付けしている。
一位ニューヨーク・二位ロンドンという部分も、またもっと言うなれば、東京についての
「‘経済’や‘研究・開発’の得点は高いものの、‘居住・環境’および‘空間・アクセス’で大きく順位が劣後する」といったコメントに特段意外性はない。

改めて考えさせられたのは、ニューヨークの第一位は揺るぎないものとして、やはり不動の二位の感があるロンドンの持つ「強み」とは一体何なのだろうか、ということ。
再三書いているとおり、例えば「外食の質の高さ」などでないことは間違いない(笑)。
前述の5つの分野という軸に沿って見てみると、「経済」と「研究・開発」がトップ3内に入ることに加え、「交流・文化」が第一位というのは喜ばしいことであるし、非常にフェアな評価であると思う。

この設問を改めてしてみたとき、一つ確実な要素として思い当たったことがある。
それは何かというと、「若さ」。

もしかすると投資銀行業界特有の傾向なのかもしれないが、ロンドンの面々はとにかく若い。

それには明確な理由が幾つかある。
一つは、多くの大学が三年で学士号の取得できる学部・コースを設けているため、若く社会に出る人が非常に多いこと。
さらに大きいのは、米国と違って「猫も杓子もMBA」(というとMBAホルダーに失礼だが)という傾向がないことだと思う。
これで三年間トクする計算。
また現在でこそさすがに少数派になったものの、大学まで進んでいない人も、特に昔は多かった。
ユーロボンド市場全盛期の1980年代は、16歳でマーケットにデビューするような「金の卵」は会社としても貴重なアセットであり、学歴には関係なく、いかに現場で経験を積んだかが物を言う時代。
少なくなったとはいえ、今もこの時代の生き残りはまだまだ活躍している。

私が債券本部に所属していることも大きな理由の一つだろう。
部署による差は確実にあり、企業買収などを担当する所謂「バンカー」である投資銀行本部は、やはりロンドンといえどもMBA崇拝カルチャーが強いように感じる。
MBAについて余談になるが、ヨーロッパにいると、国ごとにMBAに対する考え方が全然異なる点も面白い。例えば、スイスや北欧の一部の国などは比較的MBAホルダーが多く、これらの国出身の人は割合年齢層が高い、といった具合。
それでも、私が長く働いた東京オフィスに比べると、とにかく圧倒的に若い。

そんなロンドンの「若さ」が自分にとって意味することを考えると、間違いなくプレッシャーは大きい。
プレッシャーという言い方には語弊があるが、「良い意味での刺激」というべきか。
要は、自分より年齢の若い人がどんどん昇進して大きな責任の仕事に就いていくのを目の当たりにするということ。
肩書きという観点からいうと投資銀行業界では一つの頂点といえるマネージング・ディレクターに就任する人の中には、ごく稀ながら20代での就任例もある。

直近の金融危機の只中においては、身近な若手の活躍を見ると、何とも言えず誇らしく頼もしい気持ちにもなる。
L社の破綻に伴って市場にもたらされた果てしない規模の混乱、各国政府による銀行救済、底なしの株価下落など、正常な環境下では考えられない事態が次々と起こり、そのたびに重大な判断を迅速に下すことが求められる。
危機をクリアするごとに、ビジネスパーソンとして一つ大きく成長する感じ。
巷で言われているとおり、「投資銀行」というビジネスモデルの崩壊を含めて弊業界は青息吐息だが、難しい時期を経て、個人の力量は確実に上がっているように思う。

日本に目を向けると、やはり子供の頃から年功序列カルチャーが刷り込まれているからだろうか。私と同年代から少し下の世代は、どうしても会社で遠慮がちな傾向がある。
実力に裏打ちされたしっかりとした意見を持っているのだから、年上に遠慮することなく決然と発言すれば良い。
日本も、幕末など昔の同世代の若者は余程しっかりしていたのに。
・・・などととりとめもなく考えるうちに、ついつい坂本龍馬を連想してふとWikipediaを見たら、何と龍馬氏、今の自分と同年齢で他界したことに気づいて何やら情けない気持ちになってしまった・・・。
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by canary-london | 2008-10-24 06:17 | current