ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ:business( 9 )

Best before...?

最近さらに遅筆になってしまった。
「‘時間がない’という言葉を口にしない」が今年の年頭所感の一つだったはずなのだが、この所感、一ヶ月も経たないうちに脆くも崩れ去っていたように思う。

弱音を吐くと、本当に時間がない。
さほど無駄に睡眠を取っているわけでも、毎日朝まで飲み歩いているわけでもないのに(たまにやるが・笑)、何で24時間というのはこんなに短いのだろう。

・・・と執筆ペースの遅い言い訳=時間がない、という自明のことを何で今さら改めて書いているかというと、野菜や果物の「旬」と同じように、ブログのエントリにもやはり「旬」あるいは「賞味期限」のようなものがあるのだなと最近つくづく感じるに至っているから。

f0023268_59178.jpg

9月14日日曜日のNY時間深夜に発表されたL社の経営破綻を受けて、私の働く業界のみならず、米国をはじめとする世界全体が、今般の金融危機における新たな局面に入ったのは各種報道の通り。
実はそのニュースが明るみに出るほんの数日前に、私は「最近聞いたフレーズの中で三本の指に入る気持ちの良いもの」といったような砕けたタイトルで、短い文章を書こうとしていた。
そのフレーズとは、あるディールに臨む際に、別のチームのトレーダーが発したごくシンプルなもの:
‘I hate losing trades.’(=(俺は)ディールに負けるのが大嫌いだ)

ディール自体は単純なデリバティブの取引だったので(我々の業界では「フロー」と呼ばれたりする)、リスクテークするトレーダーのさじ加減ひとつで決まるプライスが他のトレーダーのプライスよりも腰の引けたものであった場合、当然の結果として顧客はプライスの良い方へ流れてしまう。
昨夏以降、業界全体として「いかにして損失を最小限に抑えるか」という逃げの姿勢が蔓延する中で、久し振りに耳にした良い意味でアグレッシブなその一言に、気持ちがスカッとし背筋が伸びた。

彼の強気な姿勢が実を結び、そのディールは無事約定に至った。
・・・が、これは二週間ほど前の話である。
今、もしも仮に全く同じディールに臨んだと仮定した場合、約定できたかどうかはともかくとして、果たして彼の口から‘I hate losing trades’という言葉が発せられたかどうか。
意味のない仮定だけれど、答えは’NO’ではないかと考えるにつけ、ブログのエントリの「旬」を反省と共に痛烈に実感した次第だった。
[PR]
by canary-london | 2008-09-23 05:11 | business
前回書いたことにも少々関連するけれど、私の仕事はメール命・スピード命の面が大きい。
先週は、毎年のことながら日本のゴールデン・ウィークに合わせて(今年は暦が悪く日本自体「ゴールデン」でも何でもないが・・・)休暇を頂き、ロンドンでは常に不足する太陽を求めてイタリアのサルディニア島へ出掛けた。

「楽園」という言葉が相応しいサルディニアについては別途書くことにするとして、今回は休暇先で閉口した仕事絡みのちょっとしたハプニングについて。

私が休暇に入る直前に片づける作業の中でかなり重要なものの一つに、「Eメールの’out-of-office   reply’(自動不在返信)を設定する」というものがある。説明は不要かと思うが、要は誰かが自分にメールを送ってきたとき、速攻で「私はオフィスにおりません。代わりに誰それに連絡して下さいね!」という能天気な内容のメールが送信者に自動返信される便利な機能。

私に送られるメールの大半は、ディールに関連したプライシングの依頼や質問であり、私の担当する仕事の性質上、「すぐに返信する」ことが要求される。

Eメールの出し手の心理というのは不思議なものだ。相手が自分のメールを開封したときにそれと確認できる機能を利用しない限りは、相手が自分のメールをいつ読んでいつ返信する気があるのか、そもそもの話として自分の送った内容について問題認識を行いそれへの対処を始めているのかどうかすら分からないのに、メールを送信したことで一種の安堵感が生まれるのだろう。自分が「送信」ボタンを押したときから、これら全てのことへの取り組みが始まり、相手が自分の問いかけた内容に対して何らかの有意義な回答を返してくるものと期待する。
性善説にもとづくオプティミズムとでも呼ぶべきか。

ちなみに私は、前述の「通知機能」を利用している少数派の一人である。
今回は本題ではないので詳細は割愛するが、別に私は性善説に立たないというわけではなく、スピードと効率性が最重要となる仕事をしているからにほかならない。
相手が自分の期待・予想通りに動いてくれないと困ったことになるし、そういった「困った」事態となったとき(例えば相手が数時間にもわたってメールを読まないとか、ひどい場合には読まないまま削除してしまうこともある)には、自分が次の対処策を練るために、どんな「困った」事態となっているかをすぐさま知る必要がある。

f0023268_23592925.jpg
・・・余談になるが、この「通知機能」を利用している人は、ごく個人的なラフな統計ではあるが、全体の5%にも満たないように思う。
上に書いたとおり、仕事の性質が理由となるケースも多いが、ともあれ性善説の人間が多いというのは喜ぶべきことだ。
余談ついでにもうひとつ。
時折どこぞの社長が、雑誌などに「能率的な仕事術」といった胡散臭いタイトルで寄せている文章の中に、「メールチェックは一日一回、朝しかしない。でなければ一日がメール処理で終わってしまう。」
などとわけしり顔で言っているものがあるが、あれは一理ある部分があるとはいえ、あらゆる仕事の人に当てはまる提言では決してない。
私の仕事でいうと、少なくともメールを受け取ったとき、返信しなければならない速度を四つ程度に分ける。①三分以内、②一時間以内、③今日中、④数日中、といったところか。

話を「困ったこと」に戻そう。
前述の「out-of-office」というのは、メールの出し手として遭遇する「困った事態」の代表選手だ。
自分の問題や質問、依頼にもっとも適切に(且つ多くの場合、素早く)対処してくれる相手を選んで折角メールを出したというのに、休暇・出張など様々な理由で相手が「私は対処できないのでほかの人を頼ってね!」と白旗を揚げてしまっているのだ。
この自動不在返信が自分のメールボックスに舞い込んだ瞬間、メールの送り手が束の間楽しんだ「性善説に基づくオプティミズム」は音を立てて崩れ落ちる。
ゲームは振り出し。
メールの出し手はそこから再び自分の問題解決策を考えなければならない。

メールの受け手の立場からすると、この自動返信が送られた瞬間に、メールの出し手の問題は自分の問題ではなくなる。

先週の私の状態はといえば、システムの問題で何故かこの「自動不在返信」がしばらく機能せず、結果的にこれが機能するようになるまでの三日間程度、携帯端末のBlackberryと常ににらめっこというホリデーの過ごし方としては最悪のものとなってしまった。
・・・たかがメール、されどメール。
次回の休暇または出張時はこんなことのないよう、オフィスを空けるうんと前に、自動返信がきちんと機能するかどうか確認しなくては・・・。
[PR]
by canary-london | 2008-05-12 00:02 | business
意図したものではないが、最近仕事に関する記述が増えたような気がする。
基本的に仕事には触れないのが鉄則なのだが、冬休みに日本に一時帰国した際、ある方から
「私は仕事の話を興味深く読ませて頂いています」
などといわれて気を良くした・・・というわけではなく、何しろ世界経済もそれに連動して動く市場も激動の日々が続くので、面白い「ネタ」がそこら中に転がっているのである。
どうしてもライター魂が掻き立てられてしまう(いつからライター気取りになったのかはあずかり知らないが・・・)。

今日は、弊社内ブログに書かれた米国のチーフ・エコノミストのコメントがあまりに的を得ていたので、少しだけご紹介する。
昨今はスポーツ新聞までもが「サブプライム」を一面に掲げるような時代になってしまったが、それでもここまで現在の市場を分かりやすく、且つ一般化して述べているコメントはなかなか見当たらない。
サブプライム問題に焦点を絞って書かれたものではないが、1990年代の日本経済にしろ、1980年代の米国のS&L危機にしろ、教科書に載っているような最近の景気低迷に関しては見事に当てはまるのだ。

f0023268_4213420.jpg



以下、勝手に意訳させて頂いた:
「経済が好調のときには、銀行はこぞって信用力の低い借り手への貸出を行う(不良債権の増加)。
経済が低迷しているとき、銀行は信用力の高い借り手に対する貸出すら敬遠する。
銀行が貸出(不良債権)増加に忙しい日々を過ごしているときには、経済は高揚する。一方、銀行が自らの自己資本を顧みるようになるとき、経済は低迷する。
つまり、こういうことだ。経済成長率とは、その経済における不良債権(に繋がる貸出)の量と正の相関関係にあるのである。」

・・・ちなみに原文は以下の通り:
"When the economy is good, banks love to make bad loans.
When the economy is bad, banks hate to make even good loans.
When the banks are busy making bad loans the economy soars; when the banks are busy counting their capital, the economy sours.
Or to put it even more simply: the rate of growth of GDP is positively correlated with the amount of bad lending going on."

・・・この文章を、弊社のチーフ・クレジット・ストラテジストも「アカデミックな教材を何冊読むよりも分かりやすい」と絶賛していたが(会社としては自画自賛もいいところだが・笑)、言い得て妙とは正にこのことか。

更にまた、英語で読むのがいい。
英語という言語は実に便利で、こんなに短い文章の中にも微妙な言葉遊びが含まれていたりするのだ。
例えば、”When the banks are…..(中略)…..the economy SOARS; when the banks are…..(中略)…..the economy SOURS”といった風に。
韻を踏んでいる(rhyme)ではないが、敢えて響きの似た言葉を取り上げて並列させているため、実に語呂が良い。
英語はこれが自在に出来る言語だと常々感じているのだが、このトピックについてはまた次節。
[PR]
by canary-london | 2008-02-12 04:24 | business

リーダーのスピーチ

以下も、実は数カ月前に書こうと思ってチャンスがないままに時間が過ぎてしまったものの一つ。
2007年に自分が聞いた中では最も印象的なスピーチだったので、やはり簡単に記録に残すことにしようと思う。

9月のことだったと思うが、弊社で私の所属する債券本部のグローバルの本部長(米国に拠点を置く米国人)・Jが退任した。といっても、昨年相次いだ「サブプライム問題に絡んだ引責辞任」というものでは決してなく、危機勃発前の4月頃から本人は退く意思を決めていたという。

「従業員一人当たりの純利益を伸ばす」というゴールを徹底して追求するやり方が時に非情ともいわれた辣腕家。
もちろん、拠点も異なる雲の上の存在だけに私なぞが直接接触することはなかったが、クールでビジネスライクな典型的なアメリカン・ビジネスマンという印象を持っていた。

そんな彼の退任スピーチは(ニューヨークで行われたため、我々はロンドンの大会議室に集い、スクリーンを通して眺めたのだが)、普段の印象とは打って変わって実に感傷的だった。

四年前に本部長の職に就いた直後、直属の部下であった女性の一人が、弊社のカルチャーについての問題点を羅列してライバル会社へ移籍。
それを個人的に受け止めたJは、彼女の「捨てゼリフ」の中でも、とりわけ「職場内の人間同士の助け合いがない」という点を改善すべく奔走した四年間だったと回想した。
このタイミングでの退任は彼自身の判断だったのだから、「カルチャーを変える」という就任当時のゴールを達成できたのだろう。

残される我々にとってのアドバイスも単純明快。
ひとつは、
「どんな判断をする際にも、自分が会社の経営者の立場に立って判断すること。」
もうひとつは、
「会社に重要なのは、とにかく人材。良い人材を集める労を惜しまないこと。」

欧米では、彼のように、一つの職業でひと財産築き、且つ何らかの精神的ゴールも達成した段階でさっさと第二の人生に移行する例が非常に多い。
今年夏には、ビル・ゲイツ氏がMicrosoft社の日常業務から引退し、既に驚異的な規模で展開している慈善活動に注力していくとのこと。
Jの場合は47歳での引退なのでそんなに早い方ではないが、この精力的なビジネスマンは一体どんなセカンド・ライフを送るのだろうか。

更に私の興味を引いたのは、Jとその家族の今後一年間の予定。
奥様と設けられた二人の息子は高校生と中学生とのことだったが、息子二人には一年間学校を休学させ、世界一周旅行に出るのだそうだ。
ギリシャを皮切りにヨーロッパを巡り、アフリカ、南米、オセアニア・・・・ざっくりとそんなプランだったように思う。
「学校に行かれない間、子供達には家で教育を与えるんだ。きっとこれまでやったどんな仕事よりも大きな試練だね。」
と語るJの目からは、未知の大仕事への当惑よりも、新たな挑戦に対するポジティブなエネルギーが伝わってきた。

Jのセカンド・ライフにも興味津々だが、普通のティーンエージャーとは全く違う体験をする二人の息子がどんな大人になるのか、彼らの二十年後を覗いてみたいものだと感じながら拍手を送った。
[PR]
by canary-london | 2008-02-11 11:09 | business

金融と憂鬱

世界中の金融市場が揺れている。

米国における所謂「サブプライム住宅ローン」問題に端を発した現在の混乱状態の顛末がどうなるかは未だ予断を許さないため、ここからの市場を予測するのは諸専門家に任せる。
ただ今回金融市場で起こっていることに関する一連の考察を読み進めるにつれ、テクノロジーの発展によって我々金融市場関係者がおしなべて直面する問題について改めて考えさせる。

それは一言で言うと、「モデル」への過度の依存と(それにも多分に起因する)責任の所在の不明瞭化ということになる。

著名なクレジット・アナリストであり友人でもあるE氏の分析が非常に的を得た鋭いものだと感じたので、氏の許可を得た上で一部を引用させて頂く:

「モデルを用いて相関を誤り、誤差を考えずに評価するということは、例えは悪いですが、体重計(500グラム未満の計量には適さない、軽いものを計量すると精度がない)を使って100グラムの重さのあるものを計量したら針が10グラムを指したので、それを10グラムだと決めて、同じようなものを500個集めてきたら全体の重さは5キロだと思ってしまう(実際は50キロ)ようなものです。
体重計をモデルに、重さをリスク量に読み替えてみてください。まさにこれがモデルを使った RMBS と CDO の格付けではないでしょうか?
金融工学ではなく、ほんとうの工学(たとえば、橋の設計)でこんなことをしたら、死者が出るような事故に繋がります。」

専門家やメディアの批判の矛先は格付機関に向けられている感はあるが、もちろん格付機関に全ての責任がある筈もない。
問題の原点である米国の住宅ローン市場自体、これら格付機関を含む全ての市場参加者による責任転嫁が行われた結果、与信における節度が失われたリスクを指摘する同氏の見解も非常に興味深い。

今回市場で起きていることと狭義では直接の関連は低いが、翻って自分が日々扱っているデリバティブ(金融派生商品)というものについて考えてみると、若干背筋の寒くなるようなある種の類似性を感じざるを得ない。
私は債券を扱っているが、特に投資家が保険会社など負債の年限も長い先である場合、リターンを最大化するにあたっての一つの常套手段は、(イールド・カーブの形状が順イールドである限りにおいては)運用商品の年限を延ばすことである。
勢い、15年から30年など最終満期の極端に長い商品を扱うことが多い。

様々な複雑なデリバティブを駆使した商品は、大体のケースにおいてはExcelを駆使した(数理)モデルを用いてプライシングが行われる。

各投資銀行は自社の収益レベルも考えながらプライシングを行っていくことになり、各社モデルが異なるためにプライシングも一定ではない(そしてそこに裁定機会が生じる)。
多くの場合、プライシングの一定部分ないし大部分が「予測」に基づいて構築されているため、各社にとって最も重要な「収益レベル」というものは、実は取引の時点で確定するものではない。
その「予測」が正しかったのかどうか、ひいては、そもそもその取引が銀行にとって最終的に利益を生んだのか損失となったのかは、取引の最終満期(早期に終了した場合はその時点)まで分からないのである。

このような商品を扱う際、しばしば登場する冗談は「この商品が満期を迎える頃には自分はこの業界で働いている筈がない」といったトーンのものである。
これは半ば冗談とはいえ、多分に真実を含んでいる。

取引の妥当なプライシングについてはモデルに依存し、自分の締結した取引の最終的な結果は満期まで分からない。
となると、責任の所在がはっきりしないのは必然の結果ではないだろうか。

金融という職業は「虚業」であるとか、「他人のフンドシで相撲を取っている」などとは昔から良く言われるが、少なくとも従来的な貸出を中心とする銀行業務においては、自ら行う与信に毀損があった場合、痛む腹は主として自分のものであるといえる。
金融が高度に複雑化することによって責任の所在が不明確になる傾向に歯止めを掛ける方法はないのだろうか。

答えのない問題提起になってしまったが、金融工学を含むテクノロジーの発展は両刃の剣だということを改めて思い知らされる。

*本ブログで仕事のことについて触れない基本的な姿勢を崩したわけではありませんが、たまのルール逸脱は大目に見て頂ければ幸いです。
[PR]
by canary-london | 2007-08-09 02:18 | business

Blackberry

Research in Motionという会社をご存知だろうか。
もちろん米国在住の方や弊業界の方は知らない訳がないだろう。
欧米で昨今おそらく最も利用者が多いであろうと思われるPDA(携帯情報端末)であるBlackberryを開発したカナダの会社である。
Blackberryの利用者は米国だけでも400万人に迫る勢い、世界全体での利用者数はどこを調べても今一つ分からないのだが、ヨーロッパでも我が業界を中心に相当数の利用者がいるので、軽くこの倍近い数字に上るのではないかと推察される。

直近では米国での特許権侵害訴訟で話題に上ったのでそれで目にした方も多いと思うけれど、何しろこちらでは必需品。
携帯電話として利用する人もたまにいるが、殆どがビジネス用メールを出張時など移動中に見るために利用している。極端な人になると(アナリストとよばれる会社で一番ジュニアな地位にある若者達・中でも特に投資銀行部門の人にはよくみられる傾向だが)、週末だというのに日がな一日Blackberryをチェックしているという人も。
朝起きたら一日はまずBlackberryのチェックから始まるという人も多数。
こうなると殆どニコチン中毒みたいな(笑)。

このBlackberry、日本では残念ながら使用できない。
そもそも世界の中で(韓国と並んで)孤立している日本の携帯電話の通信規格では互換性がない。ポテンシャルを考えれば日本への市場進出を本格検討した時期もあったことは容易に想像できるが、日本語対応に掛かる初期投資で頓挫したのではないだろうか。
(きちんと調べている訳ではないので事実と異なる部分があるかもしれません。お叱りは甘んじて受けますので誤りがあれば是非ご指摘下さい。)

弊社の方針では、オフィスのメール利用のためにBlackberryを使用するとなると、通信費は会社が負担してくれるものの、当初のハードウェアは個人で購入する必要がある。
大体3万円強ぐらいではあるのだが、昨年ロンドンに半年滞在した際にはさすがに勿体ないと思って購入を見送ったものの、今回は買わない訳にもいかず先月初Blackberryを入手。

f0023268_10145380.jpg

使い始めてもちろんそれなりに便利さは感じるものの、現在の私の仕事は午前中の大部分を東京とのやりとりに充てるようなタイムテーブルとなっている。となると夜中や朝一番でチェックしたいメールは東京からのものが多く、外資系といえども日本人から入ってくるメールは半分程度(半分以上かも?)が日本語というのが実状。
Blackberryは現状日本語対応がないため、日本語メールは全て????マークとなってしまう。更に悪いことに、人によってはメールの「開封確認」などを付けており、Blackberryでメールを開けると開封記録は差出人に送られるにも拘らず、メールを受け取ったこちらはメールの内容を解せないという状況が生じてしまう。そこで、日本語である可能性が高いメールはあえて開かずにオフィスに行ってから開封するようにするという奇妙な気遣いが必要になり、ちょっと気疲れしたりして。グローバル・スタンダードから外れているというのは実に不便である。

そうはいっても、英語でのメールを外出先でチェックするのには本当に便利。
これがあるから欧米の人々は比較的労働時間が短いという部分も多少はあるのでは。

しかし先にも触れた通り、殆ど「中毒性」のあるこのデバイス。
客とのミーティングにまで持ち込んでデスクの下でメールのやり取りをしている同僚達を見ると、何やら公共の場所でもあたり構わず携帯で喋る日本の女子高生を彷彿とさせないでもない。
これだけはやるまい、と思っているのだけれど、Blackberryカルチャーに染まり切ってしまう日も遠くないかも・・・。
[PR]
by canary-london | 2006-03-11 10:15 | business

ライブドア再論

今回のライブドアの件については、何だかあちこちで主として日本のメディアに対する批判ばかりを書き連ねたような気がする。「事件」発生から2週間近くが過ぎ、世の中全体の当事件に対する反応が当初の「knee-jerk reaction」に比べて幾分落ち着いたものとなってきているタイミングであるように感じるので、今一度ライブドアについて振り返ってみたいと思った。
Tackさんのブログを興味深く拝読したが(海外の雑誌でのホリエモンの取り上げ方が読みたくてここぞとばかりにビジネス誌を読み漁ってしまった行動パターンは同じ。血は争えないなあ(笑)。)、私の1月19日付のコメントに書いた通り、海外メディアの見方は一貫して総じて冷静且つポジティブ(日本の従来型企業倫理に対するアンチテーゼとしてのホリエモンに対して)である。また今後については、旧態依然の企業倫理の復活や起業家育成への足枷となるような風潮の拡大に対する懸念も共通したテーマといえる。
f0023268_11251023.jpg

今週明けのFT社説に関する考察を少々。
(ちなみに私は全く専門家ではないため、事実関係の多少の相違はご容赦頂くと共にお見苦しい点があればご指摘頂ければと思う。)

1. 問題の所在とすり替え
ホリエモンの手法は「市場原理主義」と揶揄され、この言葉については明確な定義はないものの、昨今では株主価値の最大化を図るためには手段を選ばない・・・というような意味で一人歩きしている感があり、元来株主価値を重視する米国等の悪しき考え方のインポートみたいなレッテルを貼られてしまった。ただ言うまでもないことだが、問題とされるべきはこのようなフィロソフィーではなく、株主価値最大化を目的とした不正や粉飾を可能としてしまった日本のコーポレート・ガバナンスである。
例えば、合併時のリスク・ファクターのdisclosureについて。例えば、ファイナンス・リースの取り扱いなど、外から見て理解が困難な会計基準について。今回の問題については、規模も本質もエンロンと同じものとして議論することは出来ないと思うけれど、2001年末の苦い経験を経てSarbanes-Oxleyという一つの極端に走った米国に比べ、この種の議論が全く進められてこなかったのが日本の現状であることは間違いないだろう。
ちなみに同記事には、ライブドアはあくまでも「出る杭は打たれる」の典型であり、ただの見せしめである(もっと悪質な手法を日常的に行っている企業はたくさんある)との見解も紹介されていた。

2. 実態と数字
一つの数字がある。日本でコーポレート・ガバナンスを管轄するSESC(証券取引等監視委員会)と米SECの比較。日本のSESCは、人員400人。年間予算は約$23MIL(約27億円)に対して、米国のSECは人員3,200人、年間予算は$435MIL(約515億円)。単純な人足の比較でも日本は米国の足下にも及ばず、企業に対する監視を徹底できるインフラが整っている環境ではない(出所: ACCJ・2004年レポート)。

3. 背景について
上記#2のような実態の理由について、文化的な背景が挙げられている。
即ち: 「日本人は一般的に法律を遵守する国民性があるため、法の適用と実施については多分に’self enforcement’に依る」。
米SECが、企業の開示について虚偽がないかどうか目を皿のようにしてチェックするのに対し、金融庁傘下にあるSESCにはこのような姿勢は皆無。ちなみに、自民党がSESCの金融庁からの独立を検討しているのは先日報道された通り。
加えて、私的な手段として米国等ではクラス・アクション(集団訴訟)が一般的に用いられるのに対し、日本では市民レベル・私的フォーラムでの法の強制力も弱い。

日本の現状の制度が「性善説」に立ったものであるとの脳天気な分析をしている場合ではない。
少子高齢化が急速に進む中で、国の衰退を防ぐためには生産性アップしか手段はない。
頑張れ、ニッポン。

蛇足だが、私はホリエモン氏の本を読んだことは一度もないのだけれど、「僕は死なない」という考え方自体には抵抗を感じる。不老不死への願望。秦の始皇帝を彷彿とさせる、絶対的権力者を目指す者に共通する理想なのだろうか。
[PR]
by canary-london | 2006-02-03 11:29 | business
先日大陸へ出張する機会があった。
残念ながら朝4時起きの日帰り出張・正味滞在時間6時間程度の文字通りのとんぼ返りだったのだが、二つほど改めて感じたこと。

1. 人材の豊富さ。人と人との関係は結局個人レベルでのコミュニケーション能力によるのだなあ。
私は4時起きで駆け付けたにも拘らず、前夜のディナーでイベントの火蓋は既に切って落とされていたため私は遅刻してそっと参加。会議の参加者は、NY・ロンドンをはじめ世界の主要拠点から集まったManaging Directorを中心とするエリート達。筋違いもいいところなのだが、私はそんな場に今はロンドンに拠点を置く唯一のアジア人として(しかもおそらくは一番若い部類であったと思う)参加してしまった。

グローバルなインベストメントバンクでは、その人材の豊かさに改めて驚かされる。

今回少し書こうと思うのは、一年半ぶりに再会したNYで債券引受部門を統括する若きMD、Tのこと。
引受の前はシンジケート・マネージャーで、その更に前はセカンダリーのトレーダーを務めていた彼は、「口から先に生まれてきた」を地でいっているようなキャラクター。
ああ言えばこう言う。
絶対ディベートしたくない相手。
f0023268_1091450.jpg
でも、彼が人望を集める本当の理由が今回分かったような気がした。
一年半前というのは、彼が来日したときに日本のお客を一緒に訪問などしたかだか数日程度共に過ごしただけなので、彼の人間性を理解できる十分な時間もなかったのだけれど。

口から先に生まれてきたような人なのに、同時に恐ろしく聞き上手でもあるのだ。
話している相手の顔をしっかり見つめるその表情の真剣なこと。
だからこそ次に彼が(間髪入れず)口を開くときに相手の注意をも引けるのだな、と思った。


2. ヨーロッパのmulti-culturalism/multi-nationalism
上記のTはアメリカ人だが、ヨーロッパで仕事をするにつけ、改めて真なるmulti-culturalな側面に驚かされる。
ロンドンの巨大なオフィスで仕事をすると、「フランス・デスク」、「イタリア・デスク」、「ドイツ/オーストリア・デスク」、その他延々と殆ど国毎にデスクがありマルチな言語が頭上を飛び交う。
もちろん、フランス人はフランス人がフランス語でカバーした方がビジネスも取れるってものだ、という単純且つ正しい発想からきている。

f0023268_107621.jpg
Multi-culturalというか、正確に言うとこれはmulti-nationalということ。
ヨーロッパでは元来が現在の国境は便宜的なものでしかない。
私はロンドンで過ごした高校時代の親友がオランダ人だったのだが、「オランダではオランダ語・英語・ドイツ語・フランス語の4カ国語が話せないと警察官になれないんだよ」と聞いて驚愕したことを今でも覚えている。
これに比べると、「人種のるつぼ」などといわれる米国のmulti-culturalismというのはやや井の中の蛙的な部分がある。
所詮ジョージ・W・ブッシュはアメリカ礼賛・テキサス礼賛なのだ。

今回も丸テーブルを囲むカジュアルなディスカッション形式だったのだが、イギリス人のAが市場規模は小さいスイス市場を管轄するフランス人Jに向かって、「所詮Jのマーケットは$200MIL(2億ドル)程度のopportunisticな起債しか出来ない市場だもんな。Jの発言権はUSD1BIL(10億ドル)の起債が出来るようになるまでお預けにするか」と揶揄すれば、Jは自分の書類を机一杯に広げる隣人Aに対して、「これだから昔から領土拡大志向のイギリス人は・・・」と逆襲。こんな周囲からみるとコミカル以外の何物でもないやり取りをしている二人だが、厚い信頼関係で結ばれているのだ。

愛すべきヨーロッパ人たち。
これだからロンドンでの仕事と人間観察はやめられないのだな。
[PR]
by canary-london | 2006-01-24 10:10 | business
今般のライブドア事件については、多分私が書くまでもなく色々な意見がこれから飛び交うのであろうことが容易に予想されることに加え、まだ全貌が明らかでない中で軽率なコメントは差し控えたいと思うが、海外に生活する身として感じたことを少しだけ。

やはり、良くも悪くもホリエモンの影響は甚大である。

ロンドンなんかで生活していると、日本が幾ら世界ナンバーツーの経済大国であっても悲しいかなやっぱり僻地であることを痛感させられるのは、仕事をしているときもさることながら、やはりメディアにおける日本の扱われ方。
メディア全般についてはまた機を改めて書きたいと思うが、はっきりいってこちらの人達は日本で何が起こっていようが興味がない。f0023268_1017116.jpg
日経新聞は自費で買うには凄まじく高いので(だって一部2.80ポンド、つまり600円近くですよ・・・これ何とかならんのでしょうかね?)諦め、ピンクのFTだけで過ごす生活にも昨年の半年程度の短期転勤以来すっかり慣れたが、Asia-Pacific部分の中で記事が一つ二つ程度あるのが普段の姿。
それが今日は、Companies&Marketsのうちまるまる1ページがライブドアに割かれているではないか。
ホリエモンの写真がでかでか。
おまけに社説のテーマもライブドアときている。

(1) 市場インパクト
注目度大の一つの自明なる理由は、市場へのインパクトの大きさ。
個人投資家の狼狽売りが嵩んで東証が前代未聞の全銘柄売買停止となり、終値も前日の462円安に続き18日火曜日は464円安での引け。
本日の海外株式市場もこの影響で安く寄り付き終始冴えない展開だった。
水曜日の東京市場はとりあえず大幅反発で始まっているようで、どこまで持続的なネガティブな影響がみられるのかは明らかではないが、日本発のニュースで海外マーケットが揺れるのはそれ自体ただ事ではない。

(2) Entrepreneurへのエール
Entrepreneurshipをリスペクトするここイギリスでは、基本的にはホリエモンのようなこれまでの日本にはいなかったタイプのビジネスマンのことがとても「好き」である。
本日のFT社説も、トーンとしては日本の伝統的なbureaucratic(官僚主義的)なrigid corporate conformism(融通のきかない/多様性を許容しない企業風土)に立ち向かった堀江氏に対する既存勢力~establishmentの「報復」である、という書き方。

もちろん堀江氏の行ったことの合法性についてはこれから詳細がつまびらかにされるため、手放しでの賞賛ではないしそうであるべきでもないと思う。
ただ、今回の事件をきっかけとして、entrepreneur精神を持った希望溢れる若者達の意気が削がれたり、それを摘み取ろうとする悪しき風潮が広がることにならないことを切に願う。
[PR]
by canary-london | 2006-01-19 10:23 | business