ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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盗難事件続報

色々な方から個人的な心配・激励・お叱りの言葉を頂いているので、ひとまず経過報告。

先週金曜日の朝出社する際、件のポーターに声を掛けられ、
「プライベートで話したいことがあるので後で携帯に電話していいか?」
というので、これは何か新情報かと淡い期待を寄せて承諾。
土曜日の朝まで待ったものの、電話は一向に鳴らない。
金曜日の夜は彼の勤務日の筈なのに、帰宅しても彼の姿が見えない。
あれれと思いつつ彼の勤務日に該当しない週末が過ぎ、月曜日が過ぎ、火曜日。
例のフラット・マネージャーのオジサマ、J氏に別件で会社から電話を入れた。
「ところで、確認だけど、夜勤のポーターのNはまだ貴方のために働いているんだよね?」
と聞くと、
「いや、彼は先週金曜日の午前1時半頃クビにしたよ」との回答。
「えーーーーーーーーーーーーっっ、何でそれをこの状況で私に教えてくれないの?」
と言ったところ、
「彼をクビにしたのは彼が無断で4時間も勤務を離れたからであって、直接君の事件とは関係がない」とのたまう。

ポーターがまだうちのマンションで働いているなら、所詮警察なり然るべき手段で圧力を掛ければ、失ったものが出てくる望みはゼロではないと思っていた。
しかし。
彼がクビになったとあっては、連絡の取りようがない。
一応クリーナーの奥さんの携帯電話番号は知っているものの、彼女はしばらく故郷の南米に帰っているらしく、何度携帯電話を鳴らそうと応答はない。

J氏に
「お願いがあるんだけど。貴方は今回の状況を全部知っているわけだから、Nの連絡先を教えてほしい。」
と言ったところ、
「それは個人情報に該当するので無理だ」の一点張り。

前雇用主としての個人情報の保護責任は分かるが、一方でクビになったとはいえ前職が我がマンションのポーターである相手は、私の携帯電話番号も勤務先も全て知っている。
こういうのって、情報の非対称性とはいわないのだろうか。

そんなことを考えているうちに、一つの考えが頭に浮かんだ。
ひょっとして信頼できると思っていたJ氏も、体の良い理由を見つけてNをスケープゴートとしてクビにし、この事件をお蔵入りさせようと思っているのでは?
状況を考えるとNが何らかの関与を持っていることは間違いなさそうだし、普通に考えて窃盗犯が逮捕されるときにその人間の雇用主であることは避けたいと思うだろう。

ひょっとして、こいつら全員グル??

その考えに至ったときには、怒りで爆発しそうになった。
今朝は10時から来客だったのだけれど、怒りでミーティングを通じて頬が紅潮していたのではないかと心配するぐらい。

「すぐに引っ越した上、このフラット・マネージャーをはじめとしてマンションの管理に携わる全員訴訟してやるーーーー。しかも去るときには、100世帯以上あるマンションの一軒一軒に、今回起きたことについて赤裸々に綴った手紙を投函してやるっっ。」
と頭に血が上りきっていた。

とりあえず、本日J氏に事情聴取に行くといっていた警察官Sにメールを送る。
ほどなくして電話がきて、
「探偵ごっこもいいけど・・・そのラディカルな仮説は証拠がないとちょっと厳しいよ」と諌められる。
確かに、そりゃーそうだな。

更に、本日帰宅して過去7ヶ月間Nと同じシフトで夜勤ポーターを務めていたAと話をしたところ(Aは本当に信頼できる人間だと思っている)、
「Nは常に金銭的に困っていた」
「彼がクビになったのは、実は過去数週間にもわたって夜勤ポーターの勤務時間中にミニ・キャブ運転手の仕事もしていたからだ」
など驚くような事実が判明。

Nの不審な行動の数々を聞くにつれ、これはおそらく彼と奥さんの単独での犯行なのだろうという結論に戻った。
「なんちゃって探偵canary-london」の推測にも基づいて警察が引き続き捜査をしてくれているので、何か出てくることを望むばかりだけれど、物が戻ってくる可能性は残念ながら既に風前の灯か。

今日の教訓。
今更何を、と思われるかもしれないが、実はNについては、具体的に何かがあったというわけではないのだが、何となーく
「この人狡猾そうで信用できないな」
という印象を持っていた。
オンナの第六感・第一印象には従うべし。
私は自分の第一印象にしたがって、「ポーターの身内だから安心」などといった勝手な憶測で彼の奥さんにクリーニングなど依頼するべきではなかったのだ。
無論後悔先に立たず、なのだけれど。

頑張れ、英国警察!!!
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by canary-london | 2006-09-21 09:23 | diary
ロンドンに来てからというもの、丁度3ヶ月に一回のペースでかなり手ひどい盗難の憂き目に遭っている(Part1およびPart2ご参照)。
「完結編」というのは、別にこれを機にロンドンに嫌気が差して引き上げようということではなく(盗難に関しては相当嫌気が差していることは確かだが・・・)、希望的観測を込めた自分の犯罪遭遇逸話完結編という意味合いを込めた呼称である。

今回の盗難については、実はショックが大き過ぎて言葉にならないのだけれど、こういうときだからこそ笑い飛ばすしかない。

6月にハンドバックを盗まれたときには自分の脇が甘かったことは認めるが、3月にきちんとロックしたスーツケースからパソコンを抜かれたのは、防ぎようがなかった。

恐ろしいことに、3月に一回というサイクルは未だ健在であった。


何で世の中はこうも悪意に満ちているのだろう。
自分は基本的には性善説の人間なので(要はお人好し・・・?)、こんなことばかりが今回の短いロンドン暮らしをenjoyしようという姿勢満々の自分の身に降りかかってくるなんて意味不明である。

確かに、昨年の厄年(本厄)は何事もなく無事に過ぎ、「やっぱりタダの迷信だよねー」なんて笑い飛ばした。
男性の厄年の話では、41歳の厄年の際、マンションの近所の子供がたまたま振り回していた金属バットで頭を強打されて病院送りとなったM氏からこの話を聞いたときに「厄年、恐るべし」と身震いした記憶はとうの昔に消え去っていた。
しかし。
後厄の今年、全ての災いがまとめてやって来ようとは。

9日・土曜日にイタリア旅行から戻り(結局警察沙汰でばたばたして旅行記すらアップ出来ていないし・・・)、旦那の日本帰国を見送ってから月曜日に仕事復帰。
火曜日の朝に、別の腕時計を着けて出社しようと抽斗を開けたところ、時計がない。
その時計だけが、忽然と消えている。

顔面蒼白。

昨年夏に半年のロンドン勤務から東京へ戻る際にジュネーブに立ち寄って買った、スイス製の精密機械のお気に入りの時計である(あ、ブログの過去エントリではさりげなくこんなところに登場してました・・・)。
清水の舞台飛び降り系で買ったので、精神的な損失に加えて経済的な損失も洒落にならない。

そして、はたと気づいた。

実は、3週間ほど前から大切にしていた指輪が二つ見当たらずに困っていた。
ただ指輪というアイテムは小さいものでもあり、まとめてベッドサイドの抽斗に無造作に放り込んでいたため、自分が何処かに置き忘れてしまったのかも、徹底的な家捜しをしなければ・・・などと思っていた矢先であった。

二つの指輪は、自分が馬鹿でどこかに置き忘れたなんてことはないのだ。

「誰かが、ゆっくりと、私の部屋からものを盗んでいる。」

背筋を悪寒が走った。

24時間警備の体制が完備している我がマンション、不法侵入の形跡はゼロ。
私のマンションの鍵にアクセスを持っている内部の人間の犯行であることは明らかである。
正確には、合計10人弱・マンションを昼夜管理・警備するポーター。
そして、奇妙なことに先月末突如として辞めてしまった自宅のクリーニングを依頼していた女性。
ややこしいことに、クリーニングの女性は、ポーターのうちの一人の奥さんときている。
明らかに、怪しいのは我が家を知り尽くしており行動が不審なこのカップル。

ここからが思案のしどころ。

太陽さんと北風さん、という昔読んだ絵本を思い出した。
イソップ童話だったっけ。
寒がる旅人に対して、びゅうびゅう冷たい風を吹きつけたところで、旅人はコートをよりしっかりと纏うばかり。
一方、暖かく降り注ぐ太陽の光を受けて旅人は自らコートを脱ぐ。

自分の目的は、二つの指輪と時計を自分の手元に返してもらうことでしかない。
犯人が捕まろうが捕まるまいが、それは二の次。

ここは、太陽さん作戦しかない。
とのことで、まずはマンションを切り盛りする50代半ばの穏やかなオジサマ・J氏に事情を話し、各ポーターに誰かを特別に糾弾することなく話をしてもらい、更に私自身からとして
「大切に大切にしていた指輪と時計で本当に困っています。指輪は祖母の形見(注: 祖母はまだ健在)云々・・・・・・・・・お願いなので誰か在り処を知っている人がいたら、そっと元の抽斗に戻して下さい。もし無事に戻ってくれば、それ以上に事を荒げることはしませんから。」
というお涙頂戴系の手紙をポーター一人一人に対して渡してもらった。

現在は、まだ待ちの状況。
時計はおそらくは旅行中に盗られたこと、および指輪に至ってはその前に盗られていたことを考えると、もう手遅れかもしれない。
E-BAYで犯人が商品を売りに出したら、絶対に捕まえてやるーーーー、と思って日々目を皿のようにしてE-BAYを眺めている。

数々の盗難体験を通じてもう痛いほど教訓は学んでいるのだが、今回しみじみ感じたこと。

その一、 英国警察はやはりどうにも頼りにならない。
テロ行為でもない、誰も死んだわけでも怪我をしたわけでもないとなると、どうも真剣に捜査を行うやる気が感じられないのである。
それについて感じるのは、やはり当地英国では、取るに足らない犯罪が多過ぎるということに尽きるのだと思う。
警察は常にオーバーワーク、刑務所はキャパシティ・オーバー。
「善良市民は困ってます」的犯罪となると、やはり日本の警察ほど頼りになるものはない。
あーーー、誰も殺されていなくても親身になって走り回ってくれる日本の警察が恋しい。
とはいえ、警察署での事情聴取から5日経った昨日・日曜日に自宅にやってきた警察官二人は、まあまあ真剣に捜査をやってくれそう。
英国警察のイメージを覆せるか??乞うご期待。
などといっている場合ではない。

その二、大事なものは隠すべし。
火曜日の朝にこの事実に気づいて愕然とし、まずはその日をどう安全に過すかについて悩んだ。
我が家には、金庫など鍵のかかる保管庫はない。
この状況では、他人は誰も信用できない。
平日は仕事に忙しい一人暮らしの身なので、すぐに保管庫を買えるわけでもなく。
急場しのぎに、スーツケースに宝飾品関係を全て放り込み、鍵を掛けて出掛けた。

金曜日の夜仕事が終わってから、金庫を買おうとデパートをあちこちうろうろするも、そんなものを扱っている店は殆どないことが判明。
仕方がないので、気休めとは分かりつつも、暗証番号で施錠できるタイプのジュエリーボックスを買って帰り、とりあえずは使い勝手の悪いスーツケースから宝飾品を移動してロック。
しかし、日曜日にやってきた警察官二人、これを見るなり
「本当に盗られたくないものは、これに入れちゃいかんよー。貴重品持っていって下さいって言ってるようなもんじゃない?」
とお説教された。
彼らは、長期間自宅を空けるときには、泥棒が絶対に探さないような場所に貴重品を隠すのだそうな。
一人は汚れた靴下の中、もう一人は貴重品をまとめてバッグに入れ、屋根裏の断熱材の入っている隙間に隠すという気合の入りよう。

自宅にいるときまで、いちいち犯人の裏の裏をかくべく貴重品を奇想天外な場所に隠す必要があるとは。
盗難慣れしたイギリス人のメンタリティーになるのには、もう少し修行が必要か・・・。



PS ロンドン在住の方々、万が一こんなものを見かけたら御連絡下さい・・・(時計は実物の写真、指輪二つについては写真がないため、多少似ているものをネットで探して見ました。イエローゴールドのはだいぶ違いますが・・・)。

↓ジャガールクルトの愛用ピンクゴールド時計

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↓指輪その一もどき(実は婚約指輪・・・・・・・・・)
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→指輪その二もどきf0023268_8554458.jpg
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by canary-london | 2006-09-19 08:59 | diary

On the road...

Currently Canary-London is on the road, returning to London on Saturday(9 Sep).
Will reply &update then, apologies for the delay!!!
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by canary-london | 2006-09-08 05:29 | diary

かけがえのない友へ

何事も、少しずつ、うまくいかない。
そんなときがある。
仕事。
人間関係。
家族。
健康。
達成すべく自分で掲げた数々のゴール。
一つが狂うと、まるで全ての歯車が少しずつ、緩やかに狂っていくかのような感覚にふと襲われる。

そんな思いに悩む大切な友人に言ったこと。
一、 肩の力、少し抜いていきましょう。
(周囲に気を遣い過ぎなんだよね、何だかんだ言って。)
二、 「『星の王子様』。子供の頃以来読んだことがなければ、是非読んでみて。」

「星の王子様」って、読めば読むほど奥の深い本だと思う。
実は自分も、体調を崩して何とはなしに気分の沈んでいたこの週末読んだばかり。
子供向けの絵本には、子供には全ての意味が分かる筈はないだろうと思うものが多いけれど、サン・テグジュペリがこの本に忍ばせるメッセージの数々は、大人とて読むごとに異なるように感じる。

他人の500倍ぐらい涙腺が緩く映画館で大抵ポケットティッシュの山と格闘する羽目になる私は、キツネ君のところへ差し掛かると、決まって涙する。
(注: 以下は内藤濯・訳からの引用です)

「あんたは、おれにとって、この世でたったひとりのひとになるし、おれは、あんたにとって、かけがえのないものになるんだよ・・・。
(中略)
もう一度、バラの花を見に行ってごらんよ。あんたの花が、世の中に一つしかないことがわかるんだから。」

「・・・心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」

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正面玄関から力一杯「元気出して!」という本ではないのだけれど、何とはなしに気持ちが晴れやかに伸びやかになって、頑張らなければ、と思って本を閉じる。




ところで、私に「星の王子様」の魅力を教えてくれたのは、これまた大切な友人である。
10年以上も前に、今思えば下らない事で塞いでいた私にこの本を贈ってくれた。
数年前に彼女の結婚式でスピーチを頼まれたのに、運悪く(偶然にも現在住まう地である)ロンドンでの研修日程と丁度ぶつかって出席出来なかった。
落胆する彼女に、当日ロンドンから大きな薔薇の花束を送った
(このときの私の気分は、さながら離れてゆく恋人のハートを再び取り戻そうと悪戦苦闘する男性のようなものだった)。
今にして思えば、研修に遅れて行くことだって出来たのに。
彼女はそれに先立つこと半年、私の結婚式でとても素敵なスピーチをしてくれたのに。
仕事優先が当たり前、なんて思って大切な事を見失っていた、何年にもわたる時期に差し掛かった頃の自分。
時間を巻き戻すことが出来るならやり直したい、と思うたくさんのことの一つ。
相変わらずスピーチは下手だけど、ね(笑)。
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by canary-london | 2006-08-08 09:19 | diary

ナルコレプシーもどき

更新が滞りがちな理由その二。
最近異様に睡眠時間が増えたような気がする。

春眠暁を覚えず、ならぬ。
ロンドンはここ二日ばかりやっと涼しくなってきたとはいえ、記録的な暑さが続く中「夏眠」?
ロンドンでは古い建物が多いためエアコンの付いた住居は少なく、周囲の友人の間では「寝苦しいよねー」とのぼやきばかりが聞こえてくる中、我が家はたまたま数年前に完成した建物なので、幸いにして夜の最中に耐え難い暑さで目が覚めるということもなく。

生来貧乏性で「寝てる時間なんて勿体ない」と感じてしまう性格であることに加え、平日は仕事のほかにもやりたい事が多過ぎるため、平日の睡眠時間は平均すると大体4-4.5時間程度。
5時間眠れる日があると、翌朝頗る快調である。

本ブログは別段どこぞの女子大生ブログのような「私の生活と悩みをシェアしましょう」的な切り口は皆無なので、自らの醜態については書きたくもないのだが、それにしても先週土曜日は大ショックだった。

前週一緒にBarbicanでコンサートにご一緒したTさんによる(明日もアスコットでご一緒ですー、宜しくお願いしまーす♪)
「Turandot良かったよー!!」
とのコメント、さらにそれに続いてコンサート後Tさんと三人でお茶を飲んだO氏による
「Royal Opera Houseは財政危機でほぼ瀕死。おそらくそんなに近くない未来に閉鎖だろう」
というややラディカルなコメントを受け、
「やっぱりTurandotへも行かなければ・・・」
と最終日となる7月22日土曜日の13:00開演のマチネのチケットを平日に買い求め、行くのを楽しみにしていた。

しかし。何と。
確かに前日の金曜日は、上述O氏のお誘いで何とも素敵なKensington豪邸でのホームパーティーにお誘い頂き(Aさんお世話になりました!!!)、帰宅は午前3時であった。
が、それにしても。
目覚ましを掛け忘れて目を覚ますと、何やら西日の感。
嫌な予感がして時計を見やると、表示は18:01。

一瞬日付が分からなくなり、今日はひょっとして金曜日?との淡い期待を抱いたが、金曜日のその時間は件のホームパーティーへ出掛けるべくラストスパートで仕事を片付けていたので、そんな筈もなく。

睡眠時間15時間ぶっ続けなんて、生まれて初めてなのでは。
しかも水を飲んだり排泄したりというニーズが君にはないのだろうか、と今度は本気で自分の健康が心配になった。
129ポンドのチケットをフイにしたショックに落ち込む暇もなく(でもショックの大きさは絵画で表すならばムンクの「叫び」である)、実はその日は昼間オペラ・夜はコンサートと贅沢三昧のハシゴの予定であったため、急いでシャワーを浴びて身支度を整えコンサート会場へ(上述Aさんには更にここでも大変にお世話になったのだが、それは私的交信に留めさせて頂くことにして。コンサート報告も別項にて)。
一つ自分を慰めるならば、起きたのが13:05だと悔しさ倍増だが、ここまで思い切り寝飛ばすと諦めもつくというものである。

加えて、最近は平日夜中から筆を執る(もとい、PCに向かう)という気力が今一つ足りない。
全ては、この異常な暑さのせいにすることにして(ロンドンではそんな文句が出るのは年に数週間程度の話なのだが、何しろ地下鉄の暑さがたまらない。初乗り3ポンド取るんだから車両に冷房ぐらい入れろっつーの。)。

自分の睡眠時間について書いていたら、ふとナルコレプシーという病気について、もっと言えばRiver Phoenix(リバー・フェニックス)について思い出した。
ナルコレプシーは、突然抗し難い睡魔に襲われ、道端であろうと何処であろうと短時間眠り込んでしまう困った病気である。
「マイ・プライベート・アイダホ」という映画の中で、若かりし日のリバー・フェニックスがナルコレプシーを持つ若者を演じた。
1993年にドラッグ中毒でリバーが他界する二年前の作品。


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自分の最近の失態に関する記述で始まった今日のエントリは最後にあらぬ方向に向かってしまったけれど、リバー・フェニックスのような偉大な(別にイイオトコだというだけではない)俳優が23歳という若さでこの世を去ってしまったことは本当に残念でならない。
でも、若く美しいまま最期を迎えると、人々の記憶の中ではいつまでも若く美しいままいられるというのもまた真実なり・・・(知らない人のために: 写真中リバーの隣はマトリックスのキアヌ・リーブスです)。
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by canary-london | 2006-07-29 23:16 | diary
更新が滞りがちな理由その一。
最近、少しピアノというものに対して真面目になりつつある。
真面目というと少し違うのだけれど。
「やっぱりピアノが好き」から来る真剣さ。

そもそも、ロンドンに来てから実に16年ぶりにピアノ・レッスンなるものを始めて、何となく「次回のレッスンの為に練習しなきゃ!!」的な気負いがあり、それが逆にピアノに向かう手を止めていたように思う。

7月16日。サングラスの隙間のそこかしこから陽射しが追ってくるような、焼け付くような暑さの日曜日。
R先生は一ヶ月ほど仕事で日本に一時帰国されていたため、7-8週間ぶりとなるレッスンだろうか。折しも、微妙なサイズの関係でこれまで階段を通すことが出来ず新居にピアノが入らなかったため、R先生の新居にてYAMAHAの真っ白な素敵なピアノでの初めてのレッスン。
我が家の電子ピアノとは感触が全然違う。

正直、その間リビングに鎮座するピアノに殆ど触っていなかった。
レッスン当日いつもの日曜日より少し早めに起きて練習するも、所詮付け焼刃で出来ることなんて知れてる。
昔から、試験勉強は前日の夜中にならないと手につかないタイプの私。
そつなくこなせるかなと思いきや、レッスン当日の結果は散々(とは先生は言わないものの、自分ではとてつもないフラストレーション)。

「ごめんなさい、忙しくてあんまり練習する時間がなくって」と口ごもる私。
「仕事も忙しいし、限られた時間の中でやりたいこと色々あるもんねー」と私の執筆熱も良くご存知の先生、すかさずフォロー。
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私のピアノの先生は、偉大なコーチングの先生でもある。
去る5月に先生とご友人とで一緒に出版された「とっておきのぴあれん手帳」は、ピアノを習う人にとっても教える人にとっても初心に戻ることの出来る一冊、なのだと思う。

R先生は、生徒の好きなものを見つけて伸ばしていくということがとてもとても上手である。
おまけ付で先週一応仕上げて頂いたHaydnは、「抜けるような空色」。
昔良く弾いたMozartのK545は、「深緑」。
それぞれの曲を色に例えると、自分の弾きたいイメージが膨らんでいく。

何と言うのか、前回のレッスン以来、心境の変化。
別に、自分は苦しい「練習」をするために今回はるばる日本からピアノを持ってきたのではなく。
楽しく演奏したい。

先生から次回の課題曲にと借りた楽譜には、一面の赤ペン。
セロテープで修復が必要なぐらいに使い込まれた楽譜を見ながら、この楽譜を見て繰り返し練習に励んだ人々の姿を思い浮かべたりして。
そんな赤ペンで書かれた一節に、「一日30分」の一言。

今の自分には、「毎日一日30分」は無理かもしれないけど。
昔は弾けなかったけど大好きなリストの「愛の夢」を、ショパンを、ラフマニノフを。
いつか弾けるようになるために。
亀の歩みでも、こつこつと、頑張ってみよう。
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by canary-london | 2006-07-24 08:45 | diary
6月某日、母から封書が届いた。
大きさからして、さしずめ5月末に帰国したときの写真だろうと思って封を切ると、モノクロの書籍のコピーが数枚。

添えられたメッセージ。
「最近読んだ本で、貴女のような生活の人のことが書いてありました。
私は必ずしもこれが貴女と一致するとも思いませんし、’時間の隙間に自分と直面するのが恐ろしい、自分を受け入れない・・・’は貴女とは違うと思います。
でも、人間はいずれ自然物の一環であり、ゆっくりハートで生きる大切さを忘れるな、というこの一文、賛成だなと思ったのでコピーを送ります。」

小市民サラリーマンの私としては、Googleのように法廷での闘争心満々のどこぞの作家団体から著作権侵害で訴えられては食うに困ってしまうので抜粋のみを掲載します・・・。
ちなみに話は逸れるが、Googleに対する米Authors Guildの訴訟については、個人的には非常に狭量で時代錯誤な考え方だと思う。
これだけインターネットへの依存度が高くなった現状、「著作権」を葵の御紋よろしく振りかざしてネット検索から全ての書籍を隔離するのにはそもそも無理がある。Authors Guildを納得させることは出来ないのだろうが、所詮ネットでの書籍検索が可能になったところで、人間はやはり従来の紙媒体での本を読み続けるのだと思う。
このトピックについてはまた後日。

出所は、中野孝次氏著「自足して生きる喜び」の第15章’多忙の罪’です。

2004年に逝去された中野さんの文章、および母の一言にたくさんのメッセージが込められているので、多くのコメントは不要だと思うけれど。

自分は、ここで描写される女性達とは違う。
「情報を遮断し、静かに考える時間。誰とも口をきかず、孤独と向き合う時間。」
日本(=自分にとっては「東京」と同義。残念ながら憧れ続けた田舎生活とは無縁。)にいると、不思議なことに、自分と向き合う時間を取ることが極端に難しくなる。
日々を過ごしながら、自分が貧しい人間になっていくような焦燥感に駆られる。
こんな焦燥感を感じ続けていたからこそ、「自分と向き合う時間」を求めて、自分は海外で働く道を選んだのだと思う。

と自分では思っているのだけれど、母から見ると、ここに描かれる現代版「猛烈な女たち」と大差ないのだろうな。
5年前の冬。
とある縁でもっとのんびりした某外資系商業銀行から投資銀行へと身を転じ、0時前に帰宅することがほぼなくなった。以来、母からは冗談混じりに「そんな因果な商売にはさっさと見切りをつけて一緒に仕事しましょうよ(彼女は注文販売のみ受け付けるささやかなクッキー屋さんをやっている。日本から離れて最も恋しくなるものの一つが、母のクッキーである。)。」と言われ続けた。

心配を掛け続けて、ごめんなさい。
少しずつだけれど、自分は自分と向き合い始めているのだと、思う。


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(以下抜粋)

「多忙の罪」

わたしから見ると到底人間とは思えぬぐらい多忙な生き方をあえてしている女性が、今の日本にはいるらしい。しかも高学歴の、いわゆるキャリア・ウーマンにである。

(中略)

Uさん(35歳)は、米国債を日本の機関投資家に売る外資系証券会社のトップセールスレディで、仕事もプライベートも全力でこなす、とある。朝五時半には目を覚まし、七時にはもう会社に出ている。百万ドル単位の金を預かって運用する責任者で、東京の金融市場が開いているあいだは常に緊張の極にあるが、それが生き甲斐でもある。さらに、午後六時半に開くロンドン市場、午後十時半のニューヨーク市場からも眼を離せないから、それにも注意し、帰宅はいつも午前様になる。一時半に寝るとしても睡眠四時間だが、彼女は「私にとって、寝るという行為は日常的じゃないんですよ」とうそぶいているとある。
そんな極度の多忙の中にいて、Uさんは私生活でも目一杯何かをせずにいられない。
アフター5には、一時間でも時間をとって、社外の友人たちと会うようにしている。
文章を勉強するためシナリオ教室に通ったり、知人とバンドを組んでヴォーカルを担当、週に一度はそのための時間をさく。しかもそれでいて夜に一度は必ず職場に戻る。週末には十キロ、二十キロ走る習慣だし、とにかくこの人はつねに何かをしていないと気がすまない。
「走っている時のランニングハイと一緒で、忙しい方がアドレナリンが出て脳が活性化している感じ。むしろ暇な方が苦手ですね。それに忙しいほど、自分の時間をみつけようとするから、プライベートも充実するものですよ」

(中略)

わたしはこの一連の記事に目を通し、ここに紹介されていた女性たちの日常を想像してみた。どれもが反応の速い、頭のいい、しゃきしゃきした女なのだろう、と思った。
着る物、持ち物はブランド品で、髪も着こなしもスタイルもいい。仕事の能力もある。
要するに世間の平均よりずっと有能な、遣り手の女性たちである。
彼女たちに共通しているのは、忙しい方が生きがいがある、暇な方が苦手だ、と感じていることだ。「忙しい方がアドレナリンが出ていて脳が活性化している感じ」とは、そのことを正確に表現した言葉だろう。アドレナリンなんて言葉はアメリカの探偵小説でしか見なかった言葉だが、それがことの性質をよくあらわしている。つまりこの人たちの生き方はアメリカ流なのである。マインド(頭)の働きのよいことが生の感覚を高め、何もしない(閑)でいる時には生きている気もしないのだ。

(中略)

これら一連の記事をまとめた記者は、感想をこうも記していた。
「たまには情報を遮断し、静かに考える時間も必要ではないか。誰とも口をきかず、孤独と向き合う時間も必要ではないか。
端から見ていて心配なのは、燃え尽きること。老いを受け入れ、死に備えることが推奨されるこの世紀末に、彼女たちはあまりに無防備にみえる。」

(中略)

その上で言えば、つねに走りつづけていないと安心できない、時間に間隙のできるのが恐ろしいという心のありようは、自分と直面するのが恐ろしいのである。彼女たちは本当の意味で自分を受け入れ、肯定することがまだできないでいるのだ。多忙は自分と直面するのを避ける手段なのである。そして自分と直面することを恐れるのは、もしかするとそこにはまったく空虚な、無価値な自分があるかもしれぬとおそれているためではないか、とわたしは推測した。
たしかに人は社会の中で何かを為すことによってのみ、自分の能力を知ることができる。何もしない人は無能と見られても仕方がない。だから彼女たちが目一杯働いて自分を認めさせようとするのは、わたしにも理解できる。
しかし、人は社会人としてのみ生きるものではない。人は人間社会に生きる者であると同時に自然に属する。動物や植物と同様、天地自然の理に服して生きている。人間はとかく自分で何も自由に出来るように思いがちだが、人間の自由意志で出来ることなぞ限られている。自然の定めに従わずには何も出来ないのだ。

(中略)

人に休息、休憩が必要なのはそのためだ。緊張と集中を解除し、リラックスさせる。
心を安らかにし、身を閑の中に置く。いかにあなたが暇をきらっても、あなたの中の自然は閑を欲しているのである。いかにあなたが頑張り続けようとしても、身がそれを許さない。
働いた日々のあとにはなおのこと長い閑が要る。ヨーロッパ人が長い休暇をとり、休暇中は仕事も何も忘れてのうのうと過すのは、経験から人はそうしないでは長くいい仕事をつづけられないのを知っているからだ。
そしてその長い閑に身を置くときこそ、自分が最も自然に復帰したときである。身を自然の中に置き、心を空にして自然の声を聴け。自分のハートの声に従え。そういうときを体験することであなたは自分自身と一つになる。あるがままの自分を受け入れ、認め、全肯定することができる。

(後略)
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by canary-london | 2006-07-06 09:26 | diary
先週水曜日・6月21日は夏至。一年で一番日の長い日であった。
暖流の影響で一年を通じて気候が穏やかであるためややもすると忘れそうになるが、ロンドンは北緯51度と樺太とほぼ同じ高さに位置する。
高い緯度に加え、4月から10月の間導入されるサマータイム*の影響で、夏至前後のこの時期は、夜10時でもまだ西の空は十分に明るい。

*いきなり話は逸れるが、日本もサマータイムを導入すれば良いのにと本当に思う。
1948-1952年の一時的な導入時に「国民の評判が悪く廃止された」とのこと。
その時代に生きていないため当時の国民感情は知る由もないが、巷で言われている通り「労働時間延長と睡眠不足を引き起こす」との国民の不満が本当だったとすれば、何と悲しく精神的に貧しい国民なのだろうか。
「日が高いうちに仕事を終えて帰途に着く」というのは、罪悪感に苛まれるようなことでは決してない筈なのに。このトピックについては紙面を改めることにするが(家人は昨年来の私のメルマガで耳タコだろうが・・・ゴメンナサイ。)、日本人一般の「仕事をしたという達成感」には甚だ疑問を感じざるを得ない。

先週は20-24日という四日間の日程で、1711年以来300年弱の伝統を持つ緒ある年一回恒例の競馬のレース・Royal Ascot**の開催。
そして本日26日月曜日は、英国が世界に誇る国際的スポーツイベント・ウィンブルドンの開幕と、気候の良い時期を狙って重要イベントも目白押しとなる。

**またまた話は逸れるが、Royal Ascotというと、高校生時分に良く接待その他で両親が駆り出される度に、日本人が被るとどうにもはにかみがちとなってしまうシルクハットとモーニング、そしてゴージャスなフラワーアレンジメントに彩られた帽子と清楚なワンピースで出掛けた両親の姿を思い出す。
今のドレスコードも変わっていないのだろうか。

普段のロンドンの気候・食べ物・物価に対する吐いて捨てても捨てても足りないほどの不満はどこへやら。
この時期のロンドンというのは本当に「Life is beautiful」ならぬ「London is beautiful」と思わず呟くほどの美しい季節となる。

ランチタイムに会社から一歩外へ出ると、広場に設置された大きな噴水の周りには、サンドイッチを手に陽だまりの中でしばしの休息を楽しむビジネスマン達。
休日に自宅そばの公園を散歩すれば、僅かに除く太陽の光を一瞬でも逃すまいとデッキチェアに横たわる男女。

一昨日・土曜日は幸いにして晴天に恵まれ、自宅から目と鼻の先に位置するとあるchurchyardでも色とりどりの花が咲き乱れ、訪れる家族連れの表情も穏やかに感じられた。
がさごそという音にふと頭上を見上げると、太い木の幹には遠慮がちな表情のリスが一匹。
カメラを構えたこちらの顔を不思議そうに見ている。


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これ以上何を望めるだろう、と言いたくなるほどのどかなロンドンの休日。
折しも、約2週間もすれば、血塗られた忌まわしい記憶が蘇る7・7のロンドンでの同時多発テロから一周年を迎える。
2001年9月11日を境に、決して大げさな表現でなく世界は変わってしまったわけだが、同じようなことが二度と起こらないように、とひたすら願うばかりである。

ときに、日本が姿を消したワールドカップ。
イングランドxエクアドルの試合が開催された昨日・日曜日は、デスクを並べて仕事をする理解ある上司であり(といってもほぼ同年代のパワフルな女性だが)良き相談役でもあるJに「良ければウチに親戚と友達が集まるからイングランド戦観においでよ!」と誘われ、ロンドンからは若干北東に位置するEssex州の彼女の自宅にお邪魔した。

何というのか。
その豊かな「quality of life」に、ただただ脱帽であった。
自分とほぼ年齢は変わらないながら、既に二児の母親で驚くほど巧みに仕事と家庭を両立させるスーパーウーマンの彼女。

部屋は全部で幾つあるのだろうか。
地下一階・地上二階建ての豪邸。
二階の一部は増築中で、日曜日というのに工事の作業人が汗を流していた。
庭には、長さ15メートル程度ありそうなプール。
子供達が遊ぶためのブランコ、滑り台。
水と戯れながらはしゃぐ犬達。

良くも悪くも。
日本の「贅沢」とは圧倒的に違う。

Make the most of your life.
人生は一度しかないから。
後悔しないように、生きていこう。
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by canary-london | 2006-06-27 07:06 | diary
元来のサッカー狂、今年のイングランドはもしや1966年以来の優勝を狙えるかもしれない力強い布陣(少なくとも開幕前の下馬評は)、更に開催国・ドイツは目と鼻の先。
そんなわけで、6月9日の開幕以来というもの、ヨーロッパ(特にここイングランド)はワールド・カップ一色です・・・。

そんな中。
現地まで応援に行って参りました!!
6月22日の日本xブラジル戦@ドルトムント。

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決勝トーナメント進出の望みは0.1%程度で臨んだブラジル戦。
同点に追いつかれて迎えた後半は、ブラジルとの地力の差が歴然とした展開になってしまったけれど、特に前半は良い部分もたくさんあったと思う。
シロウト評は大目に見て頂くこととして。

「brilliant」という表現がぴったりハマる、玉田の鋭いシュート。ボールのスピードもコースも、ブラジルの一流選手の数々に全く引けを取っていなかった。
川口能活のスーパーセーブの数々。色々と批判を浴びた時期もあったけれど、やはり日本の守護神は健在(別にイイオトコだから贔屓している訳ではない。)。しかし一点取られると崩れちゃうのよね・・・。
司令塔・ヒデの中盤でのゲームの組み立て方とパス回し。
加地や巻などの動きの良さも目立った(一方で各種報道でもいわれている通り、体調も万全ではなかった中村俊輔の不調さは際立っていた。大好きな選手だけに残念・・・。)。

ちなみに私はゴールの真裏に陣取っていたため、玉田のゴールを皮切りに、サイドチェンジ後のブラジルの3得点も全て真後ろで見ることが出来て、実に臨場感溢れる体験だった(反対側のゴール裏だったらやや不満が残ったかも・・・)。
加えて、ブラジルというチームの面々は、その類まれなる身体能力を間近で見られるというだけでも貴重な体験である。2002年の日本開催時にも、準決勝のブラジルxトルコを観戦する機会に恵まれたが、ブラジルの選手達を見ていると、サッカーがとても簡単なゲームに見えてくるから不思議・・・。

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結果としては、奇跡は起こらなかったけれど。
前半45分だけでも「もしや今夜奇跡が??」なんて夢を見させてくれた日本代表選手達に、有難うと言いたい。

そしてこの場を借りて、抽選も外しまくってすっかり諦めていた私に、直前になってチケットを譲って下さったKさん有難うございます!
暑いドイツで引き続き観戦頑張って下さい!!
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by canary-london | 2006-06-25 10:35 | diary
6月10日。
‘A perfect day’になる予感のする土曜日だった。
夕方までは。

気候の悪いことで有名なロンドンは例年6月が最も心地良い時期で、この日は日中の最高気温が29℃程度、空はロンドンでは滅多にお目にかかることが出来ない「雲一つない抜けるような青空」が広がっていた。
午前中は軽くジムへ行き、午後2時からはビールを片手に前日開幕したドイツでのワールドカップでイングランドの初戦を観戦。
好調な前半と打って変わって、大事を取ってOwenを下げCrouchのワントップによる攻撃が攻撃の体を成していなかった後半ははっきりいってぼろぼろだったものの、前半での1-0のリードを何とか守り切って強敵パラグアイに辛勝。
観戦に続いて、夕方は暫し仲違いをしていた友人との親交が復活。
これ以上完璧な、のんびりとした土曜日があるだろうか。

夕方から、ロンドンで非常に親しくしてもらった夫婦(フランス人の旦那様と日本人の奥様の実に素敵なカップルである)が今月シンガポールへ転勤してしまうため、farewell partyへ。
場所は、観光客にも人気の高いテムズ川沿いにあるSt Katherine's Dockにあるとあるパブ。以前から行ってみたかったパブでもあり、またそんな好天の中ウォーターフロントのセッティングは最高に違いないと思い、強い日差しの中、ロンドンでは滅多に出番のないノースリーブのワンピースで出掛けた。

10人程度で丸テーブルを囲む。
飲み物は、この時期のロンドンでは定番の「Pimms & lemonade」。
渇いた喉に爽やかな感覚が広がる。

最も出入口に近い席にいた自分の不注意ではあった。
持参した小さなハンドバックは、自分の座っていた椅子の背の片方に引っ掛けていた。上からカーディガンも掛けていたので、まさかそんなことが起こるとは。
子供を連れて来ていたカップルが、そろそろ赤ちゃんを寝かせる時間なので・・・と席を立ったとき。
ハンドバッグが忽然と消えている。
探しても探しても、ない。

慌ててハンドバッグに入っていた自分の携帯電話に友人の携帯から掛けてもらうと、ピックアップしたのは若干南アジア方面の訛りの感じられる男女二人組。
そもそも盗んだ携帯になんか出なきゃいいのにと思うのだが、何度か掛けた後は結局電源が切られたらしく繋がらなくなった。

その後の展開は、パブから徒歩5分程度のところに住む件のカップルの家に押しかけて、クレジットカード等緊急性の高いものを全て止める作業に奔走。
全て片付いたときには10時半を回っており、ぐったりと疲れてしまった。

私は、割とモノにこだわる方だ。
何だかんだ言っても、良いものは良い。
ハンドバッグは、女性にとってはある意味人生の縮図である。
バッグに入っていたもの・・・
4ヶ月待ってやっと先月手に入れたSmythsonの赤の長財布(現金のほかに、諸々のクレジットカードとキャッシュカード、日本とイギリスの自動車免許等々が入っていた)。
お揃いのSmythsonの名刺入れ(中には自分および他人の名刺)。
iPod(これまた人生の縮図。泣ける・・・)。
大事にしていた名前入りのモンブランのボールペン。
家の鍵。
ハンカチ、ティッシュ、化粧品。
ロンドンの地下鉄&バスで使えるプリペイドカードのOyster Cardと会社のID。
日記(健忘症なので、父に倣って大学生の頃から日記を付けている)。

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カード類は全て直ちに止め、幸いにして悪用された形跡はなかった。
Blackberryを携帯していなかったのも不幸中の幸い。
となると、犯人にとって価値があったのは、せいぜい財布に入っていた80ポンド程度の現金と、20ポンド程度の残高があったOyster Card程度か。

確かに、財布や名刺入れやペンやiPodは、売り捌けば幾ばくかのお金にはなるのかもしれない。
そんな金額のために、泥棒というリスクを冒すなんて自分の感覚としては信じられなかった。
大半のものは、きっと他人にとってはあまり意味のないもの。
特に、日記なんて多分にプライベートなものであり、日本語の日記が犯人に意味を持つとは思えない。
でも自分にとってはかなり重要だったりするんですよ・・・。

日曜日の今日は、引き続き警察に行ったり諸々の被害届提出を継続したりと、何やら慌しい一日となった。

感じたこと、三点。
1. やはり貧富の差がある街なのだろうということ
3月に、ロックされたスーツケースからパソコンを盗まれた話は以前に書いた(ロンドンに来てからすっかり「盗まれ癖」が着いてしまった。笑えない・・・)。
これは、その後色々な状況を振り返っても、盗ったのは残念ながらヒースロー空港の職員であるとしか考えられない。

自分は海外生活が比較的長いこともあり、「平和ボケ」と揶揄される日本人特有の一億総中流階級的感覚はなかったつもりなのだけれど、結局は気の緩みがあったのだと思う。
ロンドンは移民も多く、中には決して裕福ではない人々もいる。
そんな中では、貴重品については注意してもし過ぎることはないぐらいの注意を払わなければいけないのだな、と改めて痛感。

2. 「Don't put all the eggs in...」リスク分散
「Don't put all the eggs in one basket」(全ての卵を同じ籠に入れるべきではない)は、分散投資の必要性を説く有名な格言であるけれど、実生活もしかり。
カード、免許などは全て同じ財布に入れていると、失くした・盗られたといった状況では目も当てられない。
とはいえ、やはりものぐさな性格なので全部とりあえず手持ちの財布に入れちゃうんだな・・・。

3. 友人の大切さ: この場を借りて有難う!
Farewell partyのホストであったN氏&A氏のカップルに、本当に何から何まで助けて頂いた。
彼らのパーティーなので友人をもてなす必要があったのに、私のバッグの盗難が分かった途端に奥様のAさんは自宅まで一緒に連れて行って下さり、カードや携帯のキャンセルなど色々な手続きを全て助けて頂いた。
彼らもシンガポールへの出発直前の慌しい時期なのに、旦那様のN氏はATMに走って「とりあえず現金がないとどうしようもないでしょ?下ろせるだけお金を下ろして来たから、当面過ごせる分だけ持って行って」と多額のポンドを渡して下さった。

持つべきものは、素晴らしい友人です。本当に本当に有難う。
貸して頂いた現金は必ずやシンガポールでお返しします・・・・・・・・・。
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by canary-london | 2006-06-12 07:36 | diary