ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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会社で大量の解雇が行われたことについては先日書いた。
余波は今ももちろん毎日感じており、単純な結果として人が減った分忙しい日々が続く。
そんな中で、明るいニュースが一つだけある。

このような結果となったので書くことにするが、実はこの日の大量解雇には、昨年秋に採用したばかりだった私の部下(正確に言うと、彼は別段私にレポーティングの義務があるわけではないので、部下ではなく単なる直属の「後輩」である)・Bも含まれていた。

以前から考えていたチーム拡大がやっと実現にこぎつけたのが昨年9月。
このとき私の狭義のチームは私とアメリカ人の女性の二人であり、ドイツ語を母国語とし男性でもある彼の加入は、世界中のセールスを相手にすることを余儀なくされる我々のチームでは特に、ジェンダーと国籍の多様化という意味でも実に意義の大きいことだった。
ひょんなきっかけで他社から引き抜いた彼は、26歳と若くエネルギーに満ち溢れ、ドイツ語のほか英語とフランス語も自在に操るtrilingual。

実践重視で色々と教え込んだ四ヶ月間だったが、終わりは実に呆気なくやってきた。
現在のような状況では、前回書いたような「コストの高い人材」(無論それに見合うだけの収益を上げていれば良いが)に加えて、「即戦力にならない」と見做される人物が標的となるのが投資銀行の常だ。若い世代は守るようにそれなりの努力が行われるが、アソシエイトと呼ばれる彼のような人材が対象とされることも残念ながら珍しいことではない。

彼が幾ら優秀でポテンシャルがあるといっても、我々の業務では経験が少ない。
結局、シニアマネジメントが
「昨年夏までは実働部隊二人でやって来たのだから、同じメンバーに戻ったところでやっていけるだろう」
という判断が下され、彼がチームを去ることになった。
ちなみに、この一連の事はかなり高いレベルで決定されることであり、私の直属の上司も私も、彼が放出される事実を知ったのは、本人に通達が行われる24時間も前ではなかった。

ほかの会社のルールはよく分からないが、私が今回のことについて「解雇」と言い続けているのには実は語弊がある。
弊社のルールでは、所属するチームからの放出が決まった人材については、三ヶ月間は’at risk’というステータスが与えられる。
これは、かいつまんで説明すると次のようになる。
対象となる人の籍は、通達から三ヶ月間は会社に残される。
その間、社内でavailableなポジションに自由に応募することができ、双方のニーズがマッチした場合には、その部署に異動し、雇用の切れ目なく社内で新しい仕事に就くこととなる。

部署からの放出が言い渡されるときに、社内での人材募集については全ての情報が対象者に与えられることとなっており、無機質なエクセルファイルの一覧がメールで送られてくる。

Bの態度は、傍から見ていても、実に現実的にてきぱきとこの混沌に対処していた。
チームからの放出を言い渡された瞬間から、数ページにもわたるこのエクセルファイルをプリントアウトし、自分が興味を持つ幾つかのポジションを選び出して、私の上司とミーティング。社内面接にあたっては全面的にサポートすることを約して私の上司が彼をくたびれたビニール袋と共に会社から送り出したのは、それから二時間も後のことではなかったように思う。

それから二週間経った先週のある日。
私の上司と私に、’I`m back(戻ってきたよ!)’と題された一通のメールが届く。
もちろん面接に関する一部始終は聞いていたので突然のことではなかったのだが、彼は我々と同じフロアに居を構える別部署に難なく新しいポジションを得ていた。
その日の昼過ぎにひょっこりと顔を見せ、変わらぬ様子に安心する。

Bと同じようなキャリアパスや年齢で今回犠牲となったのは、我がチーム内にBのほか二人ほどいた。
残念なことに、その二人ともが突然のことにショックを受け、未だに新しい職を得ることはおろか、本腰を入れた職探しにも手が付けられていないと聞く。
実際、そのうちの一人は女性で、私はたまたまX-DAYに彼女が宣告を受けた直後に化粧室で出くわし、泣きつかれて困ってしまったのだった。
二人とも、早く気持ちに区切りをつけ、どんなキャリアにせよ、次の道の模索を始めてくれれば良いのだが。

驚くべきは、弱冠26歳のBの強靭な精神力か。
ここに書くのも恥ずかしいことだが、私はこの手のことがとても苦手なのだ。
投資銀行という業界に身を置く限りは時に非情となることを迫られ、日本の会社と違って解雇もある意味では日常茶飯事なので、いちいち感情的になっている暇はない。
・・・と頭で分かってはいるのだが、私は2002年に大量のリストラでチームの大半を失ったときも、また今回も、感情の昂りを抑えられなくなってしまうのである。
1月某日にBが会社を去る日もそうだった。
Bは私の上司とのミーティングを終えた後、
‘It was a pleasure working with you((短い間だけれど)一緒に働けて良かった)’というコメントと共に、私の上司と私に大きなハグ(抱擁)をくれ、颯爽と去って行った。
私はというと、涙がこみ上げてきて我慢できずに化粧室に直行してしまった。
私より何年も年下のBが、こんなにも凛とした態度を取っているというのに。

そのときに抱いたBに対する人間としての尊敬の念は変わらないと思う。
生意気な後輩で正直手を焼く部分も多かったが、会社として彼をキープできたこと、そして結果的には彼と今回の一連の出来事を茶飲み話にできる関係になれて、心から良かったと思う。

人の上に立つ人というのは当初から「何か」を持っているし、自分にはそれがないのがキャリア半ばにして残念ながら既に自明である。
・・・今回は、Bにエールを送ろう。
いつか、また一緒に仕事が出来れば、と思う。
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by canary-london | 2008-02-16 08:04 | diary
1月27日・日曜日は晴天にも恵まれ、gentlemandinnerさんなどロンドンで親しくして頂いている友人数名とロンドンの南東に位置するKent州・Whitstableへの遠足を楽しんだ。
「遠足」といったところで、何のことはない、かねてから訪れてみたいと考えていた牡蠣で有名なこの街に、日曜日の昼下がりに美味なシーフードを求めて友人を巻き込んで食い倒れに行っただけである。
(詳細は写真の美しいgentlemandinnerさんのブログ参照。ズボラな自分のブログとの違いにいつもながらに感心させられる。)

綺麗に盛られた食べ切れないほどのシーフード・プラッターを皆で攻略しつつ、話題は何気なく車のことに。
ふと不安が頭をよぎった私は、以前こちらで車を保有していた経験のある同行のR氏に
「そういえばMOT(車検)の更新期限っていつだっけ?」と問うと、
「一年ですよー」との答。

・・・やばい。切れてる。
しかもかなり(注: 2007年7月から切れている)。
その日は、整備不良の車にうら若き男女を3人も乗せてしまって申し訳ない・・・という思いだけを抱いて帰途につくのだが(でも日本車だからきっと大丈夫だろうなんてタカをくくっていたが)、事態は更に悪化することになる。
ロンドンに戻ってからも、
「うーん、車検アレンジしなきゃ。でも乗らなきゃ危険なこともないし」
と、仕事で忙しい平日はついつい先送りに徹する。

水曜日、ビジネスのディナーを終えて遅くに帰宅すると、どうも不穏な空気。
・・・みると、自宅の前に駐車している愛車のタイヤには、国家権力の不動の証のクランプがはめられている。
・・・はて。車検はサボっていたけど、それっておまわりさんに捕まるようなことではないハズだが*。
*どうも私は英国の国家権力と相性が悪いらしく、2006年12月のある日は、何と運転していて一晩のうちに二回しょっぴかれたことがある。この年は完全なる厄年だったのでそのせいにしているが・・・。

木曜日、車のクランプが気がかりながら、午前中は息のつく間もないほど忙しいので通常どおり暗いうちに家を出て出社。
13時頃になって少し時間ができたので、上司にあたるチームメイトに事情を話して離席させてもらい、車救出のため一旦自宅へ。
しかし時既に遅く、私の車を停めていたスペースはもぬけの空。
・・・平日忙しい人間の車を24時間弱でレッカーするなっつーの。

結局すったもんだの末に何とか車を取り返して無事車検も終えたのだが、善良な市民ぶっている私の一連の行動の何が悪くて車がレッカーされる憂き目に遭っているかというと、納税義務の欠如である。
2006年秋に今の車を以前のオーナーから中古で譲り受けた際、この税金については滞納しないよう念押しされた筈である。一日でも滞納した場合、非情な国家権力は多額の懲罰金を課す全権を有する。

・・・全権を有する筈なのだけれど、自分の頭からはこの納税義務が完全に綺麗に払拭されてしまっていた。
これ、言い訳しようがないよな(100%自分が悪い)。

英国警察との相性がどうのという感情論は別としても、明らかに2007年6月30日までしか有効でないこんな↓スティッカーをフロントガラスに貼ったまま7ヶ月間走り続けていた自分はある意味オオモノかも・・・と思ったり(笑)。
ちなみに、この7ヶ月間も当然車を運転してはいたのだが、カメラの設置された所謂highwayを走行しない限り、私のような脱税行為が気付かれないまままかり通ることが多い。

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このエピソードからも分かる通り、私はパーソナル・ライフにおけるアドミ系の物事が人一倍苦手である。

誰か、私の税金とユーティリティー・ビルと一軒家の管理(含庭掃除)、郵便物その他日常業務を全部捌いてくれませんかね。(求人広告が本来の目的なら、掲載場所が違うかも・・・。バイト代弾みます!)

何事も学習あるのみ、日々精進です。
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by canary-london | 2008-02-06 07:52 | diary

かけがえのない友人達へ

本当ならあまりブログに書くような内容ではないが、今日はどうも普段のおちゃらけモードで文章を書く気分にはなれないことと、自分の気持ちの整理のためにやっぱり少しだけ書いておこうと思う。

今週のある日、会社で多数の人員整理が行われた。
平たく言えば、大量の解雇である。
私の働く投資銀行という業界ではこれは残念ながら珍しいことではなく、特に現在のような景気悪化一直線のご時世においては、特に米系の金融機関は大幅な人員削減を行っている模様。

このことについて書いているということは、私は幸いにしてその対象とはされなかったわけなのであるが、自分の感情をコントロールするのが難しい時期だ。
長らく一緒に仕事をし、信頼していた同僚が去っていく。

「整理」が行われた当日は、部署にもよるが、私の所属する部署では朝一番で、一人一人呼び出されていく。中には夕方まで引っ張っていたマネジメントもいたので、そこは私の上司について素晴らしいと思う部分。
この日が「X-DAY」であることは全員事前に知らされていたので、チーム全員を一日不安な気持ちで過ごさせる一部のマネジメントには賛同できない。

当然といえば当然ながら、その日はあまり仕事らしい仕事にならない。
私が現在就いている仕事の時流として、午前中アジアとの取引で忙殺される日々が続くのだが、この日は午前中に最低限の仕事を終え、同僚と共に昼食を取りに近くに出る。
日中はたまに入れられる客とのミーティングを除いてほぼデスクにべったりの仕事なので、お昼時に外出すること自体が珍しいのだが、この時ばかりはPinot Grigioのボトルに手が伸びてしまう(普段は勿論ランチに合わせて飲むことはない)。

そろそろ支払を済ませてオフィスに戻ろうかという頃、手元の携帯が鳴る。
電話に出ると、聞き慣れた声。
私がロンドンに来てからというもの、幾度となく一緒に仕事をしたMだった。
彼とは、トラブルで金曜日の夜11時頃になってやっと二人で火消しを終え、隣のパブで一杯飲んだこともあったっけ。
昨年、Managing Directorという最も上の階級に昇格した彼は、仕事の能力のみならず実に人格者で皆に一目置かれる存在だったが、収益機会を見出すのが難しい現状では、会社にとってはコストの高い労働力と映った。

「まだ飲んでいるなら、少し寄ってもいい?」
結局もう一人同じチームの同僚もjoinし、日も高いのに四人でワイングラスを傾けつつ取りとめのない話をした。

Mはニュージーランド出身で、長年のパートナーである同じくニュージーランド人の女性と共に、いずれにせよ向こう数年内にロンドンを脱出して、気候が良くのんびりした祖国に帰ろうと考えていたのではないか、と思う。
もちろん突然のことに本人も幾分動揺してはいたものの、悲愴感はかけらもない。
「おそらく自分がマネジメントだったら、同じことをするからね」
と落ち着き払って言う様も、彼の人柄を象徴している。

残される我々三人は、それぞれ様々な思いを抱きながら、彼に言う。
「投資銀行みたいな因果な商売から足を洗えるなんて、羨ましい。
’ライフスタイル・チェンジ’だよね。」

断っておくが、もちろんこういう状況で会社都合により解雇された人でも、同じ会社内で別の仕事を見つける人もいれば、同じ業界で他社に転職し大成功している人もいるので、解雇=「業界から足を洗う」ということになるケースの方が少ない。
でもMの場合は、年齢も40を過ぎ、母国でもう少しゆったりとしたペースの仕事をするのが本人の希望であるようにも思えるし、何より、我々三人共が、実は心から彼を羨ましいという気持ちも持っているのだ。

余談になるが、このような突然の解雇という状況において、私が個人的に最も悲しさを覚える部分は、去っていく同僚達の荷物の具合なのだ。
業界の性質上、解雇を言い渡されてから短時間で会社を去ることを余儀なくされる。
当然予見されたことではないので、皆とりあえず身の回り品をまとめ、ビニール袋に放り込んで帰途につくことになる。
これが大抵の場合は、スーパーマーケットのくたびれたビニール袋であることが多く、そんなビニール袋を手に去っていく友人達を見送るたび、何ともいえない物悲しい気持ちがこみ上げてしまうのだ。

Mに、そして多数の尊敬する友人達に、エールを送ろう。
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by canary-london | 2008-01-27 03:27 | diary
コンサートの話ついでに、12月に行ったコンサートについてもう一つ。
クリスマス・イブは両親と共に、父の暮らす京都で同志社大学のオーケストラが演奏するヘンデルの「メサイア」を聴きに行った。
独唱はプロの歌手が担うが、オーケストラとコーラスは学生(コーラスにはOBやOGも含まれていたようだ)。
両親はこのところ毎年クリスマス・イブというとこのイベントに足を運んでおり、今年は私もくっついて行くことにした。
「メサイア」演奏の歴史も長く、コーラスも含めてなかなか上手い。

「メサイア」は全53曲から成る壮大なオラトリオで、幾らヘンデルが絶頂期にあったとはいっても、わずか20数日間で書き上げたとはとても信じられない超大作である。

クリスマスに定番の第九やメサイアを聴くことに何となく抵抗のあったあまのじゃくの自分は、「メサイア」の抜粋をここまで多く聴くのは、恥ずかしながら生まれて初めての経験であった。

素直な感想は、行ってみて本当に良かった。

もっとも大きかったのは、
「日本でもこんなに宗教的なクリスマスを味わうことができるんだ!」という感動。
ヨーロッパ、特にカトリック色の強い国においては、クリスマスは多分に個人的・家族的な宗教行事である。
クリスマスのどこを輪切りにしてもコマーシャリズムが全開という日本とは、全く意味合いも趣も異なるものなのだ。
プロテスタント主体の英国においても、クリスマスが家族のイベントであるという点では同じ。

以前に書いたような騒々しいクリスマスパーティーも11月中旬から12月にかけては多数行われるため、飲み歩いてばかりの時期であるという点では忘年会隆盛の日本と同じだが、クリスマス・イブやクリスマス当日は家族で祝うもの。
フランスやイタリアではこの傾向が益々強く、この時期に旅行などで訪れても大概の店はシャッターを降ろしておりロクな食事にありつけない上、街は空っぽなので皆いったい何処へ?と思うと、実にひっそりと教会で宗教歌を歌っていたりするのだ。

・・・そう、メサイアを聴きながらクリスマスを過ごしてみて、高校生時分に両親と一緒に訪れたローマや南フランスの静かなクリスマスを思い出した。

実のところ、キリスト教という宗教は少し苦手である。
「苦手」というほどのものでもないが、生来的に無宗教の私は、どうも一神教すべてについて、「押しつけがましさ」からくる一種の嫌悪感を感じてしまう。
対象となる宗教自体を深く勉強したわけでもないのに僭越極まりないのは百も承知だが、こればかりは生理的な感覚なので仕方がない。
でも、宗教が音楽や絵画などの芸術的な媒体を通じて表現されるとき、そんな苦手意識は不思議と一気に消滅する。

もっとも、ヨーロッパにおける美術は、概ね聖書、ギリシャ・ローマ神話、或いは生と死をテーマにしたものが殆どなので、「キリスト教にまつわる作品は苦手」なんて言ったらヨーロッパの美術館にはどこへも行けなくなってしまうけれど。

ともかくそんなわけで、今回のクリスマスは多分にキリスト教的なクリスマスというものの魅力を再発見した。
そんな機会を与えてくれた両親に感謝!

・・・今年のクリスマスは、世界の何処でメサイアを聴こうか。
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by canary-london | 2008-01-11 09:38 | diary
新年明けましておめでとうございます。

最近の自分のように更新頻度が低いとこのようなメッセージの意味も薄れてしまうが、一年の計は元旦にあり。目標を立てるのは自由だ。

・・・翻って2007年の年初に立てた目標を見ると、「時間の使い方を上手に」とある。
個人的な理由により身辺がごたごたしているという事情もあるが、昨年は歯がゆいほどこの目標が達成できなかった。
当然の如く、私の場合はそれがブログの更新頻度にも多大なる影響を与える。

年末はクリスマス休暇を利用して日本に一時帰国したが、家族皆が顔を揃える大晦日の集まりは、一人海外に暮らす私にとっては重要な行事。
もちろん我が家も普通のニッポンの家庭らしくお正月に集まるのが常だったが、今は、1月2日からロンドンでの仕事が始まるため元日は成田と飛行機内で過ごす私に皆が合わせてくれているのである。

父も姉もブロガーという我が家においては、ブログは近況報告の意味合いも兼ねる。
私だけでなく、父も日本国内ではあるが長期にわたる単身赴任の生活。
ブログがアップされるたび、「へえー、最近はこんなことをしてるんだ」とか「こんなことを考えているんだ」と相手が少し近くなったように感じられる。
そんな状況が続いていたが、昨年夏以降の自分ときたら、サイクルがすっかり乱れてしまった。
PCが長期間壊れて手元になかったこと、そして家でネットワークに接続できない状態がしばらく続いたことや引越しなども重なり、無精に拍車を掛けた。

久しぶりに父や姉、そして会に加わった姉のパートナーなどと話すと、皆自分で書くのみならず、他人の書いた内容もしっかり読みこなしていて、本当に頭の下がる思いだった。
「一日30時間欲しい!!!」と毎日わめき散らしている自分が情けない。
人生限られた時間をどれだけ有効に使えるかは、まったくのところ本人次第なのだ。

・・・というわけで、2008年は再度トライしてみたいと思う。
時間の使い方を上手に。
自分にとっては大きな変化の年となりそうな2008年の年頭所感に代えて。

・・・今年も温かく見守って頂ければ幸せです。
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by canary-london | 2008-01-02 04:56 | diary
クリスマスも間近に迫ったこの時期、ロンドンでは「festive season」=「お祭りの時期」的な浮かれた雰囲気が蔓延する。
「浮かれた」というと聞こえが悪いが、何とはなしに足取りが軽くなるような心楽しさ。
鮮やかに彩られたデパートのショーウィンドウやハイストリートのイルミネーションについても書きたいことは幾らもあるが、今日は仕事におけるクリスマス・シーズンの話。

こちらの人は、概して仕事で緩急のメリハリをつけるのが上手い。
クリスマスなんて「緩」の最たるもので、マネージャーがいないとみるや、「errand」(用足し)と称して妙に長時間デスクに戻ってこない同僚もザラなら、お客さんとの「ランチ」がワイン数本を空けながらの数時間に及ぶ行事となることも珍しくなく、いずれもクリスマスならではのやや緩んだ雰囲気の中でこそ許されること。

今年はマーケットの状況が厳しいゆえ若干事情が異なるものの、平常時であれば、欧米では会計年度のスタートにあたる一月は忙しいのが常であるため、忙しい一月に備えた小休止という意味合いもある。

そんな中、先週は会社のクリスマス・パーティーが、部署のものと部門全体のものと二つ催されるという、「パーティー的」には一年中でもピークの週。
部門全体の大規模なものはともかくとしても、10人強の部署のパーティーは、毎年異様な盛り上がりをみせる。
前述のような季節的な賑わいに加えて、これは私の所属するデット・シンジケートという部の特性による部分も大きい。

以前にも別の文脈で書いたが、デット・シンジケートは同じ債券部門の他部署に比べ、男性中心・英米人(つまり英語ネイティブ)中心という点で際立つ。
役職的には、若くしてマネージング・ディレクターという会社ピラミッドの頂点にあたる地位に登りつめた人が多くヘビー級である一方、その実態はといえば「やんちゃ坊主」をそのまま大きくしたような面々ばかり。

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という顔ぶれだけに、飲み会における羽目の外し方もまた並大抵のものではない。

例年どおり、今年も英国のしきたりに沿って「pub crawl」、つまりパブを数件ハシゴして飲み歩いていくところから始まる(飲み始めるのは夕方5時ぐらいである。この時期のロンドンは4時過ぎに暗くなるので、幸いにして「明るいうちから飲んでしまった・・・」といった罪悪感は抱かずに済む。)。

いつもながらに驚かされるのは、会話の多様性。
友人も先日どこかのコラムで書いていたが、こちらでの同僚間での「パブ飲み」は、いかにして仕事が出来るかをアピールする場ではなく、むしろ仕事以外の面での人間的な奥の深さや、チャーミングなパーソナリティーをアピールできた者勝ち。
上述したように「野郎」中心のグループだけに、各種スポーツから車やバイク、グルメ、海外出張の体験談からボーナスの使い道に至るまで、アングルは実に多岐にわたり、私ごとき会話についていくのがやっとというのが本音。

そんな思いと共に、実は今回最も切に感じたのは、飲み会時にはお決まりの「ゲーム」にみる馬鹿さ加減だったりして。
合コンや会社の飲み会で「山手線ゲーム」の類に興じているのは日本人だけかと思いきや、こちらの飲み会におけるゲームも相当の馬鹿丸出しであることを痛感した日であった。

何らかの簡単なルールをランダムに定め、ルールに反した人が飲むというのはどうも万国共通の模様。
日本でいえば、「タコ八」のようなゲームといえる、ルールに基づいて数字を順繰りに言っていく「fizz-buzz」。
「Right-Hand Drinking」なんて、右手にドリンクを持って飲んだらペナルティーが課されるという、とんでもなく不条理なルールもある。
おそらくもっとも盛り上がるのは、「ミスター・フリーズ」。
その名から推測できるとおり、誰かが「フリーズ」する=動作を止めて凍りついたら、周囲の人も皆それに従わなければならない。
最も気づくのが遅く最後まで動いていた人が敗者となり、次の回の胴元となる。

考えてみれば、私はこちらで大学までは進んでいないため、この手のゲームで最も盛り上がるであろう年齢のときにはロンドンにいなかったことになるので、この辺の体験にはどうもギャップがあるのだなと感じた。

しかしながら、パブで周囲の集団の冷たい視線を感じるたび、インテリ集団であるはずのインベストメントバンカーの本質とは何ぞや、などと思いながら一人笑ってしまった。
・・・メリー・クリスマス!
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by canary-london | 2007-12-20 10:08 | diary

ソファの写真!

・・・最近めっきりものぐさでアップが遅くなりましたが。
リクエストの多かったソファの写真です。
実はソファベッドというスグレモノ。

・・・今日は写真のみです。

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by canary-london | 2007-11-26 10:07 | diary

オークション初体験

先日、非常に「イギリスらしい」(と感じるのは私だけかもしれないが・・・)体験をした。

・・・それは、「オークション」。

Yahoo!オークションやe-Bayなどインターネット上のオークションは今では珍しいものではなく、おそらく一度はオークションで何か買った・売った経験を持っている人が大半なのではないかと思う。

しかしながら、今回私が参加したのはネットオークションではなく、実際の「競売」。
英国のオークションの歴史は古い。
Bond Streetの目抜き通りにきらびやかな入口を構えるサザビーズは、1744年の創業。
もう一方の雄といえるクリスティーズは1766年といずれも実に長い歴史を持つビジネスなのだ。

そんなサザビーズやクリスティーズともなると敷居が高いのは事実だが、実はロンドンという街には庶民にもフレンドリーなオークション・ハウスというものがたくさんある。

新しく越したIslingtonは、以前住んでいたKensingtonのような「ex-pat=ex-patriate」(平たく言えば、高級取りの外国人ホワイトカラー)中心ではなく、様々なclassの地元民も多いせいか、そんな気軽なオークション・ハウスを新居の目と鼻の先に見つけた。

その名も、Criterion Auctions
このご時世なので、勿論ネット・オークションのオプションも提供しているが、やはり醍醐味は実際に立会場で行われるオークション。

オークションに参加したのは、ひょんなきっかけからだった。
日曜日、新しい家の家具を買い揃えるために奔走する中、以前からショーウィンドーの気になっていたこの店にふと足を踏み入れてみた。
お目当ての品は、ソファ。
大きなアイテムとしては唯一理想の品が見つからずに決めかねていた。
目に付いた一品は、深いこげ茶の革張りと自分の探していたものにぴったり。
嬉しいことに、大概の商品と違って年代物のアンティークではないため、店側が提示する「予想落札価格」は目の飛び出るような高額ではない。
良く見ると、オークションの日時は毎週月曜日の夕方から・・・となっているではないか。

翌日の月曜日は、米国市場休場を良いことに、夕方さっさと退社。
目的地に辿り着くと、エントリーナンバーの書かれた札を渡されて立会場へ進むと、何やら荘厳な雰囲気の中、古い映画にでも出てきそうな眼鏡に口髭の老紳士が「競り」を取りしきる。
驚くほど早いスピードで各アイテムの競りは進み、あっという間に自分の目当てのソファがスクリーンに映し出される。

会場にいたもう一人の男性もこのソファに目を付けていたらしく、50ポンド単位での一騎打ちがしばらく続いてから、相手が引き下がったことが分かると、何とはなしに勝利の感覚がこみ上げる。
(私はこう見えて財布のヒモが緩み切っているわけではないので、当初自分で定めた上限金額の範囲内。念のため。)

・・・会場の人間は皆常連が多いとみえて、無理矢理付き合ってもらった友人と私の二人組は明らかに新参者と映るらしい。
件の眼鏡の老紳士は、「手元の札に名前と住所を埋めて受付へどうぞ」と不慣れな我々にてきぱきと指示を出してくれる。
支払いと配送の手配を済ませるまで、ものの一時間もいなかったと思うのだが、立ち並ぶ見事な調度品の数々といい、そのまま映画のワンシーンとして使えそうなオークションの一幕といい、何ともスリリングな体験だった。

・・・新居のリビングにうまくマッチしてくれれば良いのだが、そんなドキドキ感もまた、「自分の家」を作っていくなかでの楽しく重要な一つのステップだったりするのだ。
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by canary-london | 2007-11-16 02:57 | diary

新居にて・・・

またしても長期間執筆をサボってしまった。
プライベートでは最近引越しをしたためにてんやわんやの中、先々週は季節外れの夏休みで長らく留守にするなど様々なことが重なってしまった。

引越しというのはそれ自体、また新しい街に関する発見があまりにエキサイティングな出来事なので紙面を改めることにしたいと思っていたのだが、まずは新居でのあらぬ出来事から。

住環境を一新したいという思い、それに気に入っていたとはいえやはり手狭だったKensingtonのフラットから、全く趣きの異なるIslingtonという街に越した。(なかなか味のあるIslingtonという街についてはまたいずれ・・・。)
前の家が狭かったことの反動が出てしまい、我ながら無謀とは思ったが、新居はごく小さいながらも一軒家。

引っ越して一ヶ月以上が経つというのに、一向に家の片付けが進まない。
仕事と遊びのコンビネーションで自分がちっとも家にいないせいもあるのだが、何しろ「家」に住むというのは一大事なのだなと今更ながらに感じる。

もちろん、furnished(家具付)で且つ24時間ポーターが常勤するフラットから、unfurnishedの家に越すということ自体、既に家具や調度品などを買い揃えるという果てしない(が楽しい)作業が発生することを意味する。
ちなみに、ここロンドンでは一軒家となると賃貸であれ家具の付いてくるところは非常に少ないのが現状。

今にして思えば、不在の間の荷物の配送など至れり尽くせりで面倒をみてくれたポーター陣(前の前のフラットではそれが泥棒と判明するなど散々だったが・・・)が懐かしい。
一軒家では、もちろん全てが自己完結の世界に一変する。

更に、私が越した先は所謂Victorian Houseというヤツで、おそらくは築120年程度の骨董品。
古い建物を大事にするロンドンではさして珍しいという古さでもない上、当然引越しの際に色々と注文をつけ修理しているのだが、様々なところにガタが来ているのは致し方ない。

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今週格闘しているのは、何と、ナメクジである。
日曜日の夕方、地下階に位置するキッチンで一匹のナメクジに遭遇。
虫やこの類の生物はどちらかというと大の苦手なので、殺虫剤と塩のコンビネーションで殺すに至ったところまでは良かったが(無闇に殺生はしたくないが、夜中に家の中を這い回られてもたまらないので仕方がない)、何しろ殺したナメクジを紙に包んで捨てるという行為は私にはハードルが高過ぎて出来ない。

結局月曜日までは死んだナメクジがそこに存在しないものとして行動し、月曜日の夜たまたま立ち寄ったHANDYMANに平和裡に処理してもらった。
・・・と一件落着したところでみたら、もう一匹新参者がいるではないか。
こいつもHANDYMANに持ち帰ってもらったのだが、一匹ならまだしも、このナメクジの多さは明らかにおかしい。
良く良く見れば、今回大掛かりな補修をしてもらったキッチンの床と庭へ続く出入口の間に、おそらくは彼らの出入口に使用されていると思われる微妙なスペースらしきものが。
今日早速に修理に来てもらったのだが、何しろ土に近いということは色々なことがあるものである。

時既に遅しの反省として感じたのは、やはり一軒家(+小さな庭)というのは、主として家にいて細かな切り盛りを行う主婦という存在があるからこそ住めるものなのだな、という思い。
専業主婦で通した私の母は、きっとナメクジどころではなくそれこそありとあらゆる問題に遭遇し、その度に解決してきたのだろうなあ、と改めて母に対して尊敬の念を抱いた。
もっとも、母にしてみれば、ナメクジをきっかけに娘に改めてリスペクトされるのも甚だ迷惑な話かもしれないが(笑)。
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by canary-london | 2007-10-24 04:43 | diary

業務連絡+α

ロンドンに来てからというもの本当にパソコン運に恵まれない。
その勢いたるや、何かに祟られているのでは・・・と思うほど。

昨年3月にヒースロー空港でパソコンを盗まれ、間髪入れずに購入し(ノートにしてはわりと重いのに)旅には必ずお伴してくるノートパソコンが壊れてしまった。

電源が全く入らないので、どうしようもない。
まだ買って一年半も経たないというのに。
修理店に持ち込んだところ、「マザーボードが壊れているので交換が必要」だと。

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不満その1: ○芝さん、世界に名だたる日本のパソコンメーカーなのに、真面目に製品作って下さいよ。

不満その2: 予想はされたことだが。
ロンドンの修理店の見積もりは、何と650ポンド(1ポンド=240円で換算して156,000円)!!
新しいPC買えるっつーの。
で、日本のサポートセンターに問い合わせたところ、もちろん物を見ていないベースでの見積もりではあるが、同じマザーボードのみの故障だと仮定した場合、修理費は約95,000円。これには3万円弱の往復送料が含まれている。
保証期間は過ぎてしまっているので、別にこれは製造元に持ち込んだが故の特別価格設定というわけではない。
ということで、ロンドンの狂乱物価に再び、怒。
修理には数週間掛かるとのことだが、本体に保存していたデータが全て吹っ飛んでしまっている場合はショックで立ち直れないので、何とか復活してくれることを願っている(面倒臭がりの性格上、バックアップは存在しない・・・。フツウ1年強で壊れると思わないし。)。

上記を受け、幾つか業務連絡です:
1.  プライベートのEメールが今非常に使いにくい状況です。以前はオフィスでチェック可能だったのですが、最近ファイアウォールが厳しくなり、オフィスからアクセス出来ません。
急ぎの連絡を取られる必要のある方は、オフィスのメール宛御連絡頂ければ幸いです。
2.  そんなわけで、自宅でインターネットにアクセス出来ないという状況が一時的に発生しているため、最近オフィスでしこしこブログを書いたりしております。
念のために断っておくと、オフィスで仕事をサボって執筆しているのではなく、自宅(とか地下鉄の中とかあらゆる場所)でしたためた下書きをオフィスで清書しているまでです。
最近おかしな時間の更新が多いのはそのためです。
コメレスが遅れてご迷惑をお掛けする状況が当面続くと思われますが、何卒ご容赦下さい。
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by canary-london | 2007-08-11 02:01 | diary