ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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カテゴリ:diary( 69 )

Surreyの新居とOliveのこと

かなり久し振りのエントリになってしまったが、今日はOliveのことを書く。

今年の1月末、Surrey州の田舎に引っ越した。
英国ではよくあることだけれど、昔貴族の邸宅・いわゆるマナーハウスであった18世紀後半の建物の管理が不可能となったため、30年ほど前に居住用に分譲したもの。
ちなみに、19世紀にここに住んだどこぞのお妾は、移り住むなり「狭すぎる」と三行半を突き付けたとのことで、その同じ御屋敷を24分割して住んでいる我々の立場はどうなるのだろうか。。。

ちなみに英国で昔貴族の邸宅であった建物は、現在では我が家のように分譲して居住用と割り切るもの、学校・病院・美術館など公共の建物として利用されるもののほか、豪華なホテルに姿を変えたものも多い。

夫も私も子供時分は東京の都会育ち、直近はロンドン暮らしが長く、二人してれっきとした「英国の田舎」暮らしに長く憧れた結果として今の家を住処として選んだ。

ともあれ、Olive。
少し前に、「10月はお互い独身だね!」などと私の夫の日本出張を気遣って彼女が言ってくれたことをきっかけに、マナーハウス中心に位置する彼女の家へアフタヌーン・ティーに招いてもらった。

83歳とは思えないほど背中がしゃんとしており、手伝おうとする私の手を制して美味しいアール・グレイを淹れてくれた。
5年前に亡くしたご主人のことや、初めて聞かされる30年前に交通事故で亡くした一人娘のこと。
Oliveは一人っ子でご主人も一人っ子であったこと、そして孫を授かる前に一人娘を亡くしてしまったために、彼女には親戚というものがない。
娘のことを話すとき、感情的になっても不思議でないと思うのに、彼女は涙など浮かべることなく、聞いているこちらの方が涙が出そうになって困ってしまった。

「Olive」=オリーブの木は、平和・英知の象徴。
豊穣も意味する。
聖書にも30回以上登場するOliveを、聖なる植物として崇める向きも多い。
彼女のキャラクターは、正にそんなオリーブの木のように清らか。
余計なお世話かもしれないけれど、日本を離れて久しく、数年前に両方の祖母を亡くして以来、「おばあちゃま」不在だった自分にとっての新しい「おばあちゃま」として、Oliveを大切に大切にしようと思った午後のひとときだった。
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by canary-london | 2010-11-01 07:27 | diary

復活宣言

・・・なんと。
プライベートがハンパなく忙しかったことは紛れもない事実なのだが、前回エントリから実に半年経ってしまった。

自分の身辺では実に色々なことが変化したので(願わくばよい方向に)、ここらでそろそろ復活宣言。
というわけで、デザインも一新してみました。

長らくご心配をお掛けしましたが、ゆるりとしたペースで溜まった思いを書いていきたいと思います。
今後とも宜しくお願い致します。
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by canary-london | 2010-02-26 08:01 | diary
先週、水・木の二日間ロンドンでG-20が開催された。
「反資本主義」「反銀行」で一致団結したデモ隊がBank of England(イングランド中央銀行)の周囲を練り歩き、公的資金の無駄遣いによって悪の権化とされたRoyal Bank of ScotlandのThreadneedle Street支店の窓ガラスを割るなど、ロンドン全体が緊張に包まれた二日間。

結果的には上記のような単発的なデモ活動を除いて、幸いにして概ね平和的に行事は終了。
しかし、「反銀行」が声高に叫ばれるなか、特に我々の業界における警戒心は強く、デモの中心的な舞台となったシティではなく東部のカナリー・ウォーフに拠点を構える弊社でも、両日ともに     'dress-down’が奨励された。

Dress-down。
つまり、資本主義の象徴と見做されないよう、ぱりっとしたスーツと高級革靴ではなく、うんとカジュアル・ラフな格好で出勤するということ。
万が一テロなどが起きたときに、機動的に動ける服装という意味合いもあるのだろう。

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実際ジーンズでオフィスに現れる同僚も多く、トレーディング・フロアも普段と少し趣が異なる。そんな中で、小姑としてどうしても気になってしまうのが、普段スーツ姿を見慣れた同僚がジーンズに着替えたときのファッション・センスだったりする。

欧米人は日本人に比べて概して体格が良いことも手伝って、仕立ての良いスーツとウィングチップに身を包んでいるときにはサマになっている面々が、ひとたびジーンズという普段と全く違う服装になったとき、スーツのときには見えない部分が見えてきたりして面白い。

全体的に言えるのは、ジーンズでお洒落と思える人がいかに少ないかということ。
もちろん、ジーンズをばっちりはきこなしている人もたまには見かけるものの、大体いただけない。普段ジーンズをはき慣れないバンカーは、ジーンズをはくと、以下の三タイプに大別できるように感じた:
(1) パンツ替えただけじゃんタイプ
一つ目の分類は、下半身だけとりあえずジーンズに替えてみたというタイプか。
足元はChurch’sやCrockett&Jonesなどの英国派か、はたまたBerlutiなどイタリア派か、ジーンズの裾から上質な革靴が覗く。上半身は、白シャツというのは爽やかで良いのだが、ジーンズなのにカフスボタンは明らかにミスマッチでしょ?

(2) 年齢無視してラフにし過ぎタイプ
ジーンズというと少し気負って全体的に若作りしなければ、という強迫観念に駆られてしまう人もいるよう。
QuiksilverのTシャツとジーンズとか。オマエ、どう見てもサーフィンとは無縁だろう。
アバクロを着ている人は、本人としてはかなりイケてるつもりなのだろうが、いかんせん若い。それから、やっぱりアバクロは腹筋が六つに割れている人が着るべきだろう(←偏見だろうか)。

(3) おうちで庭仕事タイプ
三番目のタイプは、ジーンズというと本当に「作業着」だと思っているタイプだろうか。
腰回りはゆったりし過ぎている一方で丈の短すぎるジーンズに、薄汚れたスニーカーという人もいて、普段のスーツ姿は悪くない男性だったりすると、「うーん、君はスーツのままでいてくれ」と思ったりする。

かく言う自分はといえば、4月1日の朝はG-20のことをすっかり忘れており、少し肌寒かったこともあって毛皮など纏って出勤してしまった。
勤務先がシティであれば、卵でも投げられていたかもしれない。
嗚呼、何事もなく終わって良かった(笑)。
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by canary-london | 2009-04-06 04:26 | diary

成田空港にて

ニューヨークから戻って数日後には東京へ旅立つという何ともglobe-trottingに忙しい日々が続いたため、すっかり更新が滞ってしまった。

さらに更新が遅れたのには、実は理由がある。
―ほかでもない、成田空港でのFedEx社の貨物機事故。
これで、23日月曜日に自分が乗る予定にしていた飛行機が欠航となってしまい、結局成田で一泊せざるをえなくなったため、自分自身の英国への帰国も当初予定より24時間遅い火曜日夕刻となってしまった。
これまた「とりあえず」の雑感ばかりだけれど、備忘録代わりに頭に浮かんだ雑多なことを書きとめることにする。

どうでもいいが、自分は「あれのおかげで間一髪助かった」という類のニアミス体験が非常に多い。2004年12月に起きたスマトラ沖地震のときには休暇でモルジブへ行っていたのだが、「こんな日に帰るなんて、何てもの好きな」と現地の人に不思議がられながら12月25日・クリスマスに島を飛び立った10時間ほど後に地震と津波が一帯を襲い、自分が滞在していたホテルもほぼ水没している映像を見て肝を冷やした。

この手の、自分が全く専門的知識を(シロウト的知識すらも)持ち合わせない時事ネタが起きたとき、現代人としてはまずはGoogleして関連する記事やブログに目を通すのがごく普通の行動パターンだろう。ご多分に洩れず自分も検索してみたところ、事故発生からわずか24-48時間程度の時間に、高い専門的知識も踏まえた様々な意見・批判がネット上に展開されているのに驚いた。
・・・へー、墜落したMD-11機というのは安定の悪さと操縦の難しさにより旅客機としての使用は激減し、「飛べばいい」という意識の強い貨物機ばかりなのか。などなど。
「航空評論家」なる肩書きの人はともかく、全く業界に関係ないと思しき人がプラモデルを駆使してMD-11とエアバス大型機の安定性比較を行うなど、「スゴイ」の一言。
ちなみに、Wikipediaにおける成田空港の記述も、わずかの時間で今回の事故に関してアップデートされている。「フェデックス80便着陸失敗事故」なんて新しい項目も加えられ、仔細な説明が加えられている。
世の中にはオタクって、本当に多いものなのだ(笑)。

様々な記事を見るにつけ、改めて世界との比較をした場合の成田という空港の異常さを痛感した。ある友人は「今回の事故で日本の航空行政の歪みが露呈されたよね」と容赦なかったが、今回のような事故が起きたとき、どうみても滑走路の不足が致命的だ。
ロンドンでも、常時パンク状態のヒースロー空港およびロンドン近郊の5空港(そう、それでもロンドンは都心部から十分アクセス可能な範囲内に5つの国際空港があるのだ)の惨状に鑑み、埋立地を利用した浮島に新しい空港をゼロから作り直すという1970年代から浮かんでは消えている構想に、昨年就任したボリス・ジョンソンロンドン市長が意欲を見せていたものの、未曾有の不景気の中でこんな構想もまたぞろ消え失せるのだろう。

これも今に始まったことではないけれど、「減点方式」の日本のマスコミ報道の姿勢にも改めてうんざりさせられる。確かに成田ほど忙しい空港を26時間麻痺させた影響は甚大だったとはいえ、事故の原因究明も、亡くなった機長と副操縦士への追悼の意もそこそこに、FedEx社に対して「早く謝罪しろ」の一点張りは、日本という国の国際社会へのメッセージ発信という観点からもいかがなものかと思う。実際に足止めを食うなどして影響を受けた乗客の我々が、謝罪などより先に一刻も早い運行再開に向けたすべての措置を取ることを求めているのだから。
多数の乗客を乗せた旅客機でなかったことが不幸中の幸いではあったが、今回の事故で亡くなったお二人のご冥福を心からお祈りする。

「Nepotism」(=縁者びいきと訳されている。ちょっと違和感があるけど。。。)という言葉は、日本ではあまり馴染みがないかもしれない。今回の成田空港での大混乱の中で、そんな傾向も感じた。私は最近ロンドン⇔東京の往復にはもっぱら全日空を利用しているのだが、相次ぐ欠航と混乱の中、全日空の加盟するスター・アライアンスの一定資格以上のメンバーへの優遇措置が繰り返し案内されていた。二日分の乗客が詰め込まれさぞや混むかと思っていた帰りの機内は意外にも空いていたのだが、この資格も持たず格安航空券での飛行を予定していた多数の人は、翌日の便に振替が出来たのだろうか。

番外編。成田空港に程近いホテルでのこと。
事情が事情だけに、会社の人事に掛け合い会社負担で空港の近くにホテルを取ってもらった。不景気の折、豪華なホテルがあてがわれる筈もない。「シャビー」という形容詞の方が似合いはするが、清潔なベッドとお風呂とインターネット・コネクションがあれば文句を言う筋合いではない。それでも約270室という大型ホテルのせいか、ルームサービスには「24時間メニュー」があって感心した。これもまた、「眠らない街・トウキョウ」の為せる業なのだろうか。
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by canary-london | 2009-03-26 14:53 | diary

電話とジェンダー

クレジットクランチのあおりで、過去一年ほどの間に私が所属するデット・シンジケート・デスクの人員も大きく減少した事実には何度も触れてきた。
そんななか、皆が注目しているトピックの一つに「デスクの電話」というものがある。
つまり、直通番号の主が電話中もしくは離席中の場合に、誰が本人の代わりに電話を取って伝言係となるか、ということ。
これは瑣末なことのようでいて、実は色々な含みがある。

シンジケート部の電話というのは、かなりムラがあるのが現実。
投資家不在でディールが極端に少ない夏季やクリスマス前など、一時間に数えるほどしか電話が鳴らない日もあるが、数件のディールが同時に走っているときなどは電話の鳴りやまないパンク状態となることも。
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先日の記事でも書いたとおり、現在の狭義の我がデスクは秘書を除いて男6人:女4人とフロアの中では異常に女性比率が高い。ご多分に洩れず、秘書は女性である。


事の発端となったのは、つい先日産休に入ってしまった秘書Nだろうか。
ごくイマドキの若者であるNについては、仮病や怠け癖も気になったけれど、最も困ったのは、電話を取ることを秘書の仕事と考えていないということだった。
途中から渋々電話を取るようになったものの、相手が電話口で怖がりそうな不機嫌な応対をするのだからたまらない。
その意味では、つい先日Nが産休に入り、彼女のピンチヒッターとして弊社で長く秘書を勤めた経験のあるCが戻ってきてくれたのには、全員胸を撫で下ろした。

以下は、Nが産休に入る前のひとコマ。
ディーリング・ルームの電話というのは、呼出音を3コール以上鳴らさせるものではない。
(外線の場合は主に急ぎで掛けてくる相手に対して失礼であることに加え、実際問題として音の設定が大きいために結構耳障りでもある。)
するとどうなるかというと、秘書のNが席にいる・いないに関わらず、「電話は3コール以上鳴らさせない」というディーリング・ルームにおいては常識的なメンタリティーを共有する人達の間で他メンバーの直通ラインをカバーしていくことになる。

しばらくすると、デスクに明らかに不満が広がり始めた。
その不満とは、「電話を取るのは圧倒的に(秘書を除く)女性が多い」というもの。
・・・確かに。
我々は共有チャットルームで互いに電話メッセージを送ることにしているので、誰が他人のラインを多くカバーしているかは一目瞭然で分かる。
不満分子が発起人となって開かれた「デスク会議」(笑)の結果、実験的に導入されたのが、「セカンドラインの表示を取りやめる」というもの。
つまり、従来は私の直通が鳴った場合は’canary-london’というラインが光り、私がそのラインで話していると’canary-london2’が光るという仕組みになっていた。
これだと負担に偏りが出るため、誰かの直通ラインが塞がっている場合は全て部署の代表番号に流れるようにして責任の平準化を図るというのは、何と全ての元凶である秘書Nの提案だった。
しかし、自分が大事な電話を待ちながらも別の電話で話しているとき、鳴った電話が自分に掛かってきたものかデスクの別の人間に宛てたものかが分からないのは、至って不便。
ということで、この方法も程なくしてボツとなった。

一見くだらないと思えるデスクの電話の取り方について、一度ならず「デスク会議」が開かれる状況をみて、最近ではさすがに男性連中の意識も上がり、電話を取る作業が若干分散されるようになった。
(加えて、先週からスタートしたCは秘書のごく当たり前の仕事として1コールで電話を取ってくれるのが嬉しい。)
・・・とはいえ、やはり客観的にみて女性が電話を取ることの方がまだまだ多い。
これは、(私だけでなく、前々回も登場したJやAなど)特に我がデスクの女性が概して面倒見の良いタイプでついつい人より先に電話に手が伸びてしまうだけなのか、もしくはもっと根深い「電話は女性が取るもの」といったサブリミナルな男性側の意識の表れなのか。
後者ではないと思いたいが、それでも電話を取るという行為とジェンダー(社会的性)の間に何らかの関係はありそう。
・・・非・秘書職の女性が多い職場に働く男性諸君、後ろ指を指されないようご注意あれ!
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by canary-london | 2009-02-26 10:03 | diary

SNOW

ロンドンは週末から18年ぶりとなる大雪が降り、雪に慣れないだけに交通機関は麻痺状態。
週明けの月曜日は多くの人が出勤できずじまいとなるなど混乱が続いた。

平地で雪の少ないロンドンではなかなか味わえない贅沢なのだけれど、「銀世界」というのは言い得て妙で、一面の白雪は、大気汚染もはたまた人間の強欲も、汚いものを一切合財覆い隠してくれる気がする。

横着して写真は家の庭のものだけだが、普段キッチンの窓から見慣れている筈の読書用テーブルも、帽子を被ったような可愛いシルエットの立木や植木鉢も、何だか新鮮。

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by canary-london | 2009-02-04 07:47 | diary

寒さ対策アイテム

10年ぶりだか15年ぶりだかの大寒波が襲った今冬のロンドン。
普段の冬であれば気温も零度そこそこ、平地ゆえに雪も滅多に降らないロンドンなのだが、今年はとにかく寒い。寒い、寒い。
1月後半に入ってやっと一段落した感があるが、12月末から1月初旬にかけては本当―――に寒かった。

一昨年の晩夏にセントラル・ヒーティングのフラット(アパート)から一軒家に引っ越して、「一軒家とは寒い」ということを身に沁みて感じたが、今年は昨年の比ではない。
暖房はもちろん入れているのだが、建物自体が古いこと、さらに面積が比較的広く、全体的に木目が露わなフローリングであることが寒さに拍車を掛けているのだろう。
寒さが急激に厳しくなってから、睡眠時間と食べる量が妙に増えた気がするのだが、きっと寒いと動かなくてもカロリー燃焼量が多いのだろうと結論づけて、メタボ生活を勝手に正当化することにする。

出社前の暗い時間にシャワーを浴びるのは無謀なのでお風呂が欠かせなくなっているのは月並みなのだろうが、こんな寒さの折に欠かせないロンドンのプチ・アイテムを二つほどご紹介。

一つは、厚手のカシミア・ソックス。
オフィスのすぐ近くに店舗があるため、ショーウィンドウに展示される子供服が可愛くて思わず用がなくても入ってしまうThe White Company。店内をぶらぶらしていたら、’Cashmere Bed Socks’なるものを見つけた。ベッド・ソックスって、幾ら寒くても寝るときは裸足でしょ!!と思ったのだが、ルームシューズ代わりに使えば良いか・・・と思ってお買い上げ。あまりの寒さに、程なくして実際に「ベッド・ソックス」として睡眠中に暖を取るために使ってしまった(笑)。セーターなどもそうだけれど、カシミヤというのは高級品というイメージばかり先行してしまっている感があるが、寒い土地では実に重宝する実用品なのだ。
カシミヤ山羊さん、今日も暖かい一日を有難う。
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今一つは、「いつの時代??」と呆れられそうな手袋。
小学校高学年のとき指先の切れた手袋が流行した記憶があるけれど、そんな1980年代のものとコイツが違うのは、指が分かれていないところ。
「寒い」とぼやいていたら友人が贈ってくれたのだが、とにかく便利。
パソコンのキーボードを叩いたりピアノを弾くときには指先までカバーされる手袋を着けるわけにはいかないため、暖かさと機能性を兼ね備えたこの手袋が家で大活躍している。

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冬至の時分に比べると大分日も長くなってきたし、これから気温も上がっていくと良いのだけれど。
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by canary-london | 2009-01-26 04:24 | diary
クリスマスに書きそびれたこと、もう二丁書いてしまおう。

二つ目、くるみ割り人形と憧れのクリスマスツリー、そして’giving’ということについて。
12月15日は、コベントガーデンのROHで吉田都さんの踊る「くるみ割り人形」を観た。
異国の地にいると日本人の芸術家を応援したいという気持ちは、二度しかない吉田さんの出演する回をあえて選んだ理由の一つではあるけれど、この演目の「クリスマス」を体全体で表現したようなところが本当に好き。1892年に初演された当初、批評家からの評価は散々だったというからチャイコフスキーも気の毒だ。

良く考えたら、キャストは若干違うものの全く同じ演出のものを昨シーズンも観たのだったけれど、音楽も踊りも舞台も、クリスマス気分を盛り上げてくれるという意味ではこれもまた季節の風物詩。一年に一度見たっていいじゃないか。
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前回クリスマスツリーについて書いたが、くるみ割り人形に出てくるクリスマスツリーは言ってみればあらゆる子供の憧れなのではないだろうか。
根元には、大小様々の溢れんばかりのプレゼントの数々。
クララが幻想の世界に引き込まれる時、彼女が小さくなるにつれてツリーは天井を越えてどんどん高く大きく伸びていく。

ニューヨークに住んでいた頃、我が家のクリスマスツリーは人工的な物で決して大きくはなかったけれど、うず高く積まれたプレゼントは子供の自分をわくわくさせるものだった。
思えば、「クリスマスはとにかく人にプレゼントをあげたい!!!」という自分の妙な特性(ある意味欧米かぶれなのかもしれない)は、子供の時に植え付けられたものなのかもしれない。

この‘giving’に関連するのが、三つ目。
面白いことに、クリスマスが近づくと精神が寛容になる。
自分がサンタさんなわけでもあるまいし、クレジットクランチ隆盛の折財布の紐は固く締めなければいけないのだが、街の雰囲気に背中を押され、少なくとも私はどうも俄か博愛主義者になる傾向があるようだ。

今年の冬は異常に寒さが厳しく、駅やスーパーの出入口など至るところで物乞いをするホームレスの人達はひと冬乗り切れるのか心配にもなってしまうが、私は原則として何もしていない物乞いに何か与えることはしない(もちろん自分の暮らす先進国の環境下でという意味ではある)。同情票を買う作戦なのか、犬を連れている物乞いも多いのだが、非情なようだがドッグフードを買う余裕があるなら物乞いしてる場合じゃないだろうと思うし、本当にそこまで貧しいなら犬を道連れにするなんてもってのほかだ。

・・・話が少し逸れたが、クリスマスには精神が寛容になることについてだった。
私はそんなわけで、何の努力もしていない人に金銭をあげることはしないけれど、一方でバスキング(ストリート・ミュージシャンとして合法的に公共の場で演奏し金銭を稼ぐパフォーマンス)は積極的にサポートする。
問題は、バスカーは駅の地下通路などで演奏していることが多く、彼らの前を通る時は、自分自身ほぼ例外なく急いでいることである。なので、ジャンルを問わず「お、いいな」と思っても、ハンドバッグから財布を出す暇もなく通り過ぎてしまうということになりがち。

今シーズン思いついたことは、バスカーには公衆の面前で演奏しているということ自体に敬意を表し、とにかく10ペンスでも50ペンスでも何でも、帽子やギターケースに入れてあげようということ。こんなことを考えるのは、やはり自分の中での‘giving’精神が最高潮に盛り上がっている12月中旬なのだから我ながら分かり易くて笑ってしまう。
しばらく実践するのだが、やり始めるとこれはこれで矛盾が出てくる。
というのは、確かに演奏家はそれだけで何も努力していない人よりは見返りを受ける権利があると思うのだけれど、中には「コイツいかにも手抜きしてるなあ」なんて輩もいるのだ。となると、今までに素晴らしいと思いながらも素通りしてしまった無数のバスカーに申し訳ない気もしてくる。
一晩聴いたコンサートなら演奏家への思いは拍手の仕方に十分込めることが出来るけれど、一期一会でものの十秒程度しか遭遇している時間のないバスカーを瞬時にして差別化するのは実に難しい。
・・・何か妙案、ないものだろうか。
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by canary-london | 2009-01-14 07:36 | diary
新年には入ったものの、クリスマスについて書きたいことが処理しきれていないので、自分勝手に構わず書いていくことにする(笑)。

一つ目はクリスマスツリーについて。
クリスマスツリーは、日本のお雛様のように「娘が嫁に行き遅れる」などと焦って当日が済むとさっさと片付けられるという性質のものではなく、新年に入ってもツリーもデコレーションも放置されている。来英して間もない日本人の中は、お正月に門松がない風景を寂しいと言う人もいるけれど、こちらはクリスマスとお正月の風景に大きな差がないということになる。
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ツリーが「放置されている」というのには実は語弊があり、クリスマス当日の12月25日から、キリスト教の祝日である1月6日のEpiphany(マギ=賢者達が幼子キリストを訪れた日)までの12日間は祝祭が続くという考え方。以前本ブログでも、米国で過ごした子供時代に意味も分からずコーラスで歌った‘The Twelve Days of Christmas’という歌について書いたことがあるけれど、あの歌自体の出自には色々な意見があるとはいえ、「12日間」のお祝いということには正当な宗教的背景がある。

・・・しかしながら、現実問題としてはやはり「放置されている」ことに変わりはなく、更に困るのは後始末。
イギリスではアメリカに比べて、通行人の目も楽しませてくれるような派手なツリーとデコレーションで祝っている家庭は圧倒的に少ないとはいえ、ツリー自体は当然ながら「ナマ」の樅の木。東急ハンズで仕入れた人工ツリーに人工の電飾が輝く日本の家庭の典型的なデコレーションとは事情が違う。まあこの辺りは、宗教的な理由だけではなく、米国→英国→日本と土地が狭くなるにつれて、より現実的なデコレーションの方法が考案されていく部分もあるのだろうけれど。

1月6日を過ぎると、ご近所でも一斉に立派な樅の木が即ゴミ箱行きとなる家庭が多いらしく、先週ゴミ収集車が去った後は樅の葉や枝の残骸がそこかしこに散乱しており、何となくうら寂しい気持ちになってしまった。

そんなことをぼーっと考えながらインターネットを眺めていると、こんなサイトに行き当たった。ここにリンクが掲載されているEarth911というサイトに行くと、確かにクリスマスツリーをはじめあらゆる物のリサイクル方法を調べることが出来るのだが、米国限定。
私のご近所のツリーはどうもそのまま可燃ゴミとして処理されそうな気配濃厚だったが、英国にも環境に優しいこんな選択肢があることを願っている。
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by canary-london | 2009-01-12 03:36 | diary
先日改めて言葉にして紙に書いてみたところで、渦巻く疑問。
「何で自分は常にこんなに‘時間がない’パニックに陥っているのだろう??」
回答はもちろん見つからないのだが(答えが見つかっているぐらいなら設問自体成立しない)、時間のなさに貢献している可能性のある自分の習慣に一つ思い当たった。
その習慣とは、「日記をつける」ということ。

何しろ記憶力が悪いので、父に倣って備忘録として日記をつけ始めたのは確か大学一年生の頃。もっと幼い時分には海外生活が長かったせいもあり、「日本語を忘れないように」と両親に強いられて書いていたこともあったけれど、自主的につけ始めたのは17-18歳からであり、以後ほぼ一日も欠かしたことがない。
これまた父を真似て、昔は三越が自社ブランド製品として製造・販売していた「三年手帳」なるものを非常に便利に使っていたのだが(最大のメリットは、前年・前々年の○月X日にどこで何をしていたかが一目瞭然という点)、残念なことにこれは数年の後に廃止されてしまい、近年では仕方なく一年単位のSmythsonのダイアリーを使っている。
残念ながら父に倣わなかった・習わなかったことは、日記の書き方。
父のそれは(盗み読んでいるわけではないのだが)、「誰と会った・どこへ行った」といった、ごく事務的な箇条書き。要領の悪い私にはそれが出来ず、まず文章が作文調になってしまう。さらに悪いことに、事実だけでなく感情など内面的なことも書いたりするので、まるで収拾がつかない。
→億劫になる。
→溜まる。

・・・これほど分かりやすい悪循環もないだろう。
一週間の疲れが溜まった金曜日のオフィスからの帰り道は、電車の中でしこしこと一週間分の日記をしたためていたりする。
ん?これってもしや本末転倒??
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そんな日記なので、何やら私的な内容のものもあり、後から読み返すと赤面したりもする。
そのくせに、日記に鍵をつけるなんて高尚なマネはしたことがない。

20代前半ぐらいまでは、親友に
「xxxの戸棚にまとめてしまってある日記、万が一私が交通事故に遭って死んだら人目に触れないよう全部燃やしてね!!」
と理不尽な依頼をしていたが、年を取るにつれてそんな少女的羞恥心はどこかへ消え失せてしまったらしく、今となってはかなりの数の日記がロンドンと東京の二つの家のどこかに散乱している有り様である(笑)。
我ながら本末転倒と呆れる日記プロジェクトながら、身体に染みついてしまったので今更やめられない。人生のある日について何も書かずに前へ進むことは、とにかく不安なのだ。

・・・著しい矛盾を感じつつ、先日もSmythsonを通りかかったついでに、2009年分のパナマ・ダイアリーを購入してしまった。
日記プロジェクトは、まだまだ続くのだろう。
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by canary-london | 2008-10-02 07:33 | diary