ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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カテゴリ:travel( 35 )

週末は生憎の雨だったけれど、突然思い立って友人と二人でカンタベリー(Canterbury)へ出掛けた。
ロンドンから南東へ約60マイル(96km)程度。フランスのカレー(Calais)へと渡るフェリーの出発点であるドーバー(Dover)までは目と鼻の先という場所に位置する。

Ashfordの近くに一泊するのんびりした日程だったので、道すがらDover, Margate, Ashfordなどにも寄ってみたものの、Canterburyと比較すると正直これらの街は霞む。

Canterburyは、言わずと知れた英国正教会(Anglican Church)の聖地。
書きながらふと思ったが、おそらくは英国正教会において「聖地」という呼称は存在しない。
しかし、Canterbury大主教とは自動的に英国正教会の最高指導者を意味する。

起源について。
紀元596年に時のローマ法王グレゴリウス一世(Pope Gregory the Great)よりイングランドへのキリスト教布教を命ぜられて渡英した聖アウグスティヌス(St Augustine)が同地に滞在を許可され、布教の拠点とする教会を建立したのが597年のこと。
当時設立されたSt. Augustine’s Abbeyは1067年の火災でほぼ焼失し、このタイミングで現在のCanterbury Cathedralの基礎を成すより規模の大きい建物が出来上がった。

帰宅してガイドブックを見て知ったのだが、実はこのCanterbury Cathedral、St. Augustine’s Abbey(教会消失跡地は大学の敷地となっている)、そしてSt. AugustineがAbbey建立前に拠点として使用したSt. Martin’s Churchの三箇所を合わせ、ユネスコが世界遺産認定している。
(最近俄か世界遺産好きなので、夏に訪れたハドリアヌスの壁やデュラム城に加えて更にもう一箇所英国内の遺産を「制覇」出来たのは何とはなしに嬉しい。)

しかし何しろ突然思い立った旅行だけに、到着したのは土曜日も夕暮れ時。
街のそぞろ歩きのほかには、目玉スポットであるCanterbury Cathedralを見るのがやっとだった。

訪れたのが夕方遅い時間だったこともあり、カテドラル内は異様ともいえるほどの静けさ。
Canterburyという場所だけに観光地的な想像を抱いて訪れたところ、良い意味で完全に予想を裏切られて驚いた。

外観もnave(身廊)も美しいけれど、個人的には最もリラックス出来た場所はゆったりとした中庭を囲むcloister(回廊)であった。

柱と柱の間に腰を降ろしてぼんやりしていると、ふと京都のお寺の石庭でも眺めているかのような錯覚に捕われる。
龍安寺の石庭といったところか。
でも、一年を通じて観光客の絶えない京都中心部のお寺では、この静けさを味わうことは出来ない。
もう少し離れた辺りの、大好きな円通寺の借景の庭だろうか。

自分で驚いたのは、仏教のお寺にいるときの安らかな気持ちに不思議なほど似た心持になったこと。
個人的に特定の宗教への傾倒はないけれど、やはり宗教の強いエネルギーが漲る場所は同じような周波やオーラを発するのだろうか。

最後に、ヴァージニア・ウルフの一言をご紹介。
There is no lovelier place in the world than Canterbury – that I say with my hand on my heart as I sit here in Florence – and I have seen Venice too.
Virginia Woolf
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大聖堂→







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←美しく色づいたツタ。宿泊先の庭先での一枚。
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by canary-london | 2006-10-25 08:27 | travel
すっかり更新が滞ってしまった。
というのは気分的にサボっていた訳では決してなく、むしろ休暇とあって頭も身体も充電し書く気満々、実際に紙と鉛筆という古典的媒体ではプールサイドに寝そべってカクテルを啜りながら書いたりもしていたのだが、物理的にネットワークに繋がらない状態だったのである。

一週間の休暇の行き先は南イタリア。
アマルフィ海岸やシチリア島は確かに間違ってもビジネスの拠点となる場所ではないけれど、出発前に何とはなしに「イタリアだし、それなりのグレードのホテルならネットワークには繋がるだろう」と高をくくって愛用のノートパソコンを荷物に詰めたのだが、結果はといえば大敗北。

初めに三泊したアマルフィ海岸の小さな町(村?)・Ravelloのホテルにはワイヤレス・アクセスポイントの設定があったのだけれど、これが何故か上手く繋がらない。
シチリア島に移って二泊したTaorminaのホテルでは個人のPCで接続するインフラは整っておらず、ホテルのゲスト全員で共有するパソコンがぽつんと一台置いてあるのみ。他の客がいない限りGoogleサーチはやりたい放題だが、日本語が打てない/読めないため、ことブログとなると意味がない(一つ下の苦し紛れのエントリはTaorminaにて)。
最後に一泊したシチリア島・Palermoのホテルにもネットワークへの接続手段は見当たらなかった。

「ある程度の先進国なら、何処へ行ってもネットワークに繋がって当たり前」などといった思い込みは通用しないことを痛感。
国が違えばウェブ環境も違う。
郷に入れば郷に従え(因みにこの諺、英語で言うと自分には何ともタイムリーに感じられる’ When in Rome do as the Romans do’である)。
海外生活の長い自分としては分かっているつもりなのだけれど、またも失敗。
9・11五周年を目前にして更なる厳戒態勢のヒースローおよび各都市の空港で隈なく点検された我が分身のDynabookは(もうそれこそ分解されそうな勢いである)、旅行中ほぼ無用の長物と化してしまった。

というわけで、素晴らしかった南イタリア紀行はまた機を改めて書くことにして、本日はとりあえず帰還報告及び更新遅延の言い訳でした。

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PS-取り急ぎ、お茶請けにどこまでも美しいアマルフィ海岸の海岸線と、この地域で異様にたくさん見かけたトカゲ君の写真で南イタリア気分を味わって頂ければ。
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by canary-london | 2006-09-10 05:32 | travel
8月28日月曜日は英国で数少ない国民の祝日だったため(実のところ、これで年内はクリスマスまで祝日はゼロである。考えないようにはしているが・・・)土日を含めると三連休。
計画したのは昨今のテロ未遂が明るみに出る前のことだったので別に先見の明があったわけではないのだが、結果的には未だ混乱の続く海外への渡航でなく国内を行き先に選んで大正解だった。
イギリスの田舎を満喫できる先、ということで決めた目的地は湖水地方(Lake District)。
15年前に両親と3人で訪れた地であり、ややセンチメンタル・ジャーニーの感も。

1. やはり素晴らしき哉、英国の田舎
心が洗われるのは、やはり延々と続く田園風景の成せる業か。
今回は特に、昨年2月末からの断続的な英国滞在の中で初めての車での旅。Newcastle-upon-Tyneを土曜日の昼前に出発しAmbleで小休止の後、映画「ハリー・ポッター」の舞台となったAlnwick Castleへ。東側の海岸線にも足跡を残してから南西へと方向を換え、紀元2世紀初めにローマ五賢帝の一人であるハドリアヌスが建造したHadrian’s Wall (ハドリアヌスの長城: 英国には2003年末現在20個あるユネスコ指定世界遺産のうちの一つ)を眺めながら、宿のあるGrasmereへ向かうというなかなか壮大な行程。
山の少ない英国だが、ハドリアヌスの長城からCumbriaにかけては1000mに迫る山が複数そびえ、国道の両側は国立公園という一帯である。

山山山。
緑緑緑。
羊羊羊。

似たような光景の繰り返しだけれど、何とも心安らぐ風景。
人間とはやはり自然の産物なのだと感じる瞬間。
忘れられないのは、Grasmereへの道中見た落ちてゆく西日が雲の切れ目から覗く一幕。
「神様の降りてきそうな」という表現の似合う空だった。

2. 時の流れ、人、そして言葉
ロンドンより明らかに緩やかな時間の流れ方。
困っている人を見ると、兎に角何とかしてくれようと知恵を絞る現地の人々。
人の温かさに感動することが半分、親切が昂じての非効率性に苛々することがもう半分。
Northeastの人々が古くから親しんでいる言葉、「Geordie」(一種の方言)にしろ、Lake Districtの人々が日常使う言葉にしろ、やはり土地柄Scottishに近いイメージ。
集中して聞いていないとはっきりいって半分ぐらいは何を言っているのやらさっぱり解せないのだが、こんな朴訥な言葉も温かさの一つの背景か。

3. 未だ健在・・・恐るべし英国の超・反アルデンテ的茹で野菜
本ブログで再三コメントしている通り、英国の食事情の質は過去15年で実に大きく改善したと思う。
今回の旅行も、現地の方々の親切な案内に助けられて概ね美味な食事にありつくことが出来たが、土曜日の夜はすっかり遅くなったため、Grasmere手前のある街でその辺りのパブに適当に入った。
ラム(子羊)のグリルがひたすら巨大なだけでどう見ても焼き過ぎなのは注文時から何となく予想できたが、別皿に盛られた彩り豊かな人参・カリフラワー・ブロッコリーにはほのかな塩味すらも感じられず、更に言うと明らかに鍋で30分近く茹でているとお見受けした。
思わず、リンボウ先生(林望氏)の「イギリスはおいしい」を思い出してしまった。
まだあるんですな、こういう野菜出して一丁前にお金を取る店が。

4. この地ゆかりの詩人と絵本画家について
Lake Districtといえば、やはりWilliam WordsworthBeatrix Potterの二人に触れないわけにはいかないのだろう。
二人共全く異なる芸術家だけれど、共通して感じたのは、きっとこの穏やかなる環境が彼らの創作意欲・活動に影響を及ぼしたに違いないということ。
Beatrix Potterの方は、ピーターラビットを初めとする一連の絵本が日本人に大人気のため日本人観光客も多数見かけたが(Beatrix Potterが8年間暮らした家、Hill Topを模したアトラクションが近時東京近郊にオープンしたとのニュースには興醒めした)、本日の発見はのんびりした絵本画家のイメージが強いBeatrix Potterの意外なるビジネスウーマンとしての一面。
Hill Topの食器棚に見事なBone Chinaに混じってピーターラビットの食器が飾ってあるので案内係に問うたところ、Beatrixは当時から自分の絵を食器に描いてもらい絵本と一緒に販売したとのこと。さしずめ100年前のJ.K.Rowlingといったところか。

ハリー・ポッター城のフクロウ→
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←ハドリアヌスの長城の一部。はっきりいってタダの壁。

Wordsworthの暮らした家の
ガーデンは花が素晴らしく綺麗→
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←えんえんこんな風景・・・。






5. おまけ: テロ未遂後のロンドンの空港について
今回は飛行機といえども国内線であることから、警戒レベルも大したことはないものと高をくくっていたのだが。
HeathrowのX線検査のところで靴まで脱がされるのはまだいいのだが、無造作に化粧ポーチをリュックに突っ込んで行ったところ、化粧道具ほぼ一式丸ごと廃棄されそうになって本気で焦った。
引き続き「液状のものは、親がその場で試飲し安全の確認された乳児用ミルク」しか持込が許されていないのであった。
空の旅をされる皆様、お気を付け下さい・・・。

因みに、同行の友人Yさんの機転で私の化粧品共はゴミ箱行きの憂き目に遭わずに済んだ。
このときおよび全道程大変お世話になり、Yさん本当に有難う!
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by canary-london | 2006-08-30 08:10 | travel
刺激いっぱいのイスタンブールに後ろ髪を引かれながら水曜夜のフライトでアテネへ。
話はいきなり横道にそれるが、このイスタンブール→アテネ間のOlympic Airlinesのフライトは、なかなかスゴかった。何かの問題で機体交換を行う必要があった模様でフライト自体も大きく遅れたのだけれど、外から眺めて機体が小っちゃいなあと思って乗り込んでみたら、左右二席ずつ・後ろは何と18番までしかない。
72人乗りー?
幾らトルコ⇔ギリシャが近いとはいってもさ、一応国際線なんだからさ。
荷物を入れる場所も当然ながら比例して小さく、カッパドキアで買った飾り皿の大きな箱はあえなく座席の下で私の足置きとなっていた。
トルコがいかに多くの国と国境を接しそれが故に多様性に富んでいることについては前回書いた通りだけれど、エーゲ海側は本当にギリシャまでひとっ飛び。遺跡・文化・食などもギリシャに近くなって当然といえば当然か。

アテネ滞在は正味二日弱しかなかったのだけれど、こちらも感想を少しだけ。

1. 寝ても覚めてもアクロポリス
街の至るところから拝むことの出来る、パルテノン神殿をはじめとするタイムスリップな建物群。
350万人程度の人口を抱える大都市にあんなモノが忽然とあるなんて、やはり異常である。
イスタンブールが聖と俗の融合なら、こちらは古代と現代の融合というところだろうか。

2. 太陽の国
アテネに行ったら、ロンドンでは登場機会の少ない半袖で出歩くことを楽しみにしていたのに、滞在中は残念ながら寒冷前線の南下でmax17℃程度と肌寒く風も強い日が続いた。
そうは言っても、やっぱり太陽の光が違う。
天気自体は良かったので、日中日が射すと、気温と関係なくサングラスがないと歩くのが辛いような明るい陽光。
こんな日の光の恵みを受けて育ったオリーブやトマトは美味しいわけね。

3. B級(C級?)グルメツアー
トルコでも十分食い倒れたのだが、アテネではガイドブックに載っていたファーストフード的なものにすっかりハマってしまった。
① スブラキ
「スブラキ」自体は「串焼き」程度の意味合いで、お魚や野菜もあるようだけれど定番はマトンや豚肉。オモニア広場のそばに、東京でいえばガード下の一杯飲み屋的風情のスブラキ店があり、店頭で親父さんが手際良く焼く串焼きの匂いに吸い寄せられるように、ひっきりなしに地元の人と観光客の両方が入っていく。
② ギロ・ピタ
「ギロ」は塊肉の炭火焼を薄切りにしたもので、ギロ・ピタとはこれを野菜などと一緒にピタパンに挟んだハンバーガー的色彩の濃い食べ物。
↓決してヘルシーとはいえないのだが、ジューシーお肉と絶妙ソース・そしてピタパンの組み合わせがクセになる味で、滞在中のお昼は何と二日ともこんなジャンキーなものを食してしまった。

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4. 遺跡・遺跡・遺跡・・・の国とアテネを越えて
#1のトピックに戻る形になるのだけれど、ギリシャはやはりアテネのアクロポリスに留まらず、とにかく遺跡の国。アテネでは考古学博物館のコレクションを堪能したこともあり、逆にアテネだけ訪れたことの物足りなさを感じてしまった。
やはりミケーネやオリンピア、エピダウロスなどの遺跡を見たい。
クレタ島へも行きたい。

ちなみに、ギリシャには何と16件ものユネスコ世界遺産がある。
アテネ滞在二日目は、アクロポリスに続く世界遺産を訪れてみようかと、アテネの中心部から西へ10kmほど行ったところにあるダフネ修道院へ足を運んだ。
が・・・改装中により休館。
2005年1月のガイドブックに「休館中」とあったので、さすがにもう修理も済んでいるかと思いきや、ギリシャ・タイムにすっかりやられてしまった。
このリベンジもあり、アテネを越えて更に深く遺跡を追いかけたい気持ちもあり、ギリシャへはいつの日にか再び行く機会を作れれば・・・と思う。
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by canary-london | 2006-05-12 10:47 | travel
同じトルコでも、イスタンブールはカッパドキアとは全く趣きの異なる街。

Nation state (民族国家) のボーダーなんて便宜的にしか定められていないのだから当たり前といえば当たり前なのだが、それでもトルコの多様性には目を見張る。

トルコは文化的にも異なる特徴を持つ7つの地域に分けられている: イスタンブールのあるThrace & The Sea of Marmara(マルマラ海周辺), The Aegean(エーゲ海周辺), Medeterranean Turkey(地中海周辺), The Black Sea(黒海周辺), Ankara & Western Anatolia(首都アンカラおよび西部アナトリア), Cappadocia & Central Anatolia(カッパドキアおよび中部アナトリア), そしてEastern Anatolia(東部アナトリア)。

もっと広いイメージのあった国土は日本の約2倍に過ぎないながら、トルコと国境を接する国は実に9カ国(ヨーロッパ側でギリシャおよびブルガリア;アジア側でグルジア・アルメニア・アゼルバイジャン・イラン・イラク・シリア・キプロス)。
周囲の国々を列挙するだけでもその多様性は容易に想像がつくだけでなく、トルコが一つのnation stateであることすら不思議に思えてくる。

イスタンブールはそんなトルコの国としての多様性・多面性を具現する都市である。
そんなイスタンブールを語るには足りない48時間程度の滞在にて感じたこと、非常に五月雨的だけれど何点か。
     ↓トプカプ宮殿から臨むボスポラス海峡
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1. Savvy且つpragmaticな商人魂
イスタンブールの商人達は、とにかく商魂逞しい。
この手の市場ではおそらく世界有数の規模と活気を誇るグランド・バザールは、いってみれば買い手と売り手の化かし合いの世界。
「騙されまい」と警戒する観光客に、悪びれもせず客引きを続ける売り子達。
私はカッパドキアで本場のトルコ石などジュエリーを存分に買ったことに加えて、イスタンブールが予想外に寒かったことも手伝って値切り交渉をフルパワーで行う気力がなかったため、グランドバザールでは各種呼び込みをほぼ無視してすたすたと歩いていたのだが、彼らの「売るぞ!」という強い意志には恐れ入る。
さすがシルク・ロードの時代から商売をしている国民、これは先祖代々刷り込まれてるんだろうなあ。

2. イスラム教至上主義、改めて認識
トルコは国民の98-99%がイスラム教という世界でも有数のイスラム国。
調べてみると、一日5回必ずモスクから「エザーン」とか「アザーン」とよばれるサラート(アラーの神へのお祈り)の文句が各主要モスクから大音量で流れるものの、トルコ自体はイスラム教圏のわりに意外とアバウトである模様。
例えば、ラマダン(断食)をあまり厳格に行わない、飲酒が厳しく咎められることもない、など。
そうはいいながらも、イスラム教。
先に登場したカッパドキア2日目のドライバー・Murat氏が詳しくキリスト教のフレスコ画の解説をしてくれるので「貴方はキリスト教徒なんだよね?」と聞くと、彼は開いた口がふさがらないといった面持ちで「イスラム教に決まってるだろう」と一言。

自分の無知を恥じると共に、その多様性故に「イスラム教」を過度に感じさせないトルコという国の偉大さに改めて恐れ入った次第。

ちなみに、今回の旅の同行者Cちゃんとこのときに話したのは、トルコがEUに加盟することの宗教的な観点からの影響。
国の経済と宗教を分離して論じることは十分に可能だと思う一方で、拡大を続けるEUにとってもこれほどの規模・比率のイスラム国家の参入は (仮に実現すれば) 初めてのこと。
トルコの参入にここまでの感情的ともいえる議論が展開されているのは、やはり少なからず宗教的な意味合いがあるのではと思ってしまう。

3. カオス(混沌): 聖と俗の世界
イスタンブールは、とにかく滅茶苦茶だ。
グランド・バザールに程近く、昔から香辛料に重きを置いていたため別名「Spice Bazaar」ともよばれるエジプシャン・バザール。
モスク中を彩る青色の美しいイズニック・タイルをひとめ拝めればと訪れたリュステム・パシャ・ジャーミーの入口は、人と車がひしめき合うバザールの一角の路地にあり、モスクの入口だというのに物売りが店を広げているという有様。
街の至るところにあるモスクに象徴されるイスラム教の「聖」と、それ以外のものの「俗」が奇妙にブレンドするカオス。
これがイスタンブールの魅力なのだろうか。


     →Blue Mosquef0023268_9564657.jpg


4. 親日と若きビジネスマン達
イスタンブールでひたすら驚いたのは、流暢な日本語で声を掛けてくる若い男性の多いこと。
二言目には、「東京の何処に住んでいるの?」との質問が飛び、私はロンドン在住なので適当に誤魔化すとして、Cちゃんが「港区」なんて答えようものなら、「僕はこないだまで墨田区に住んでいたんだ」とか、「ビジネスで良く東京を訪れるよ。先日も渋谷で遊んでたんだ。」といった調子。
これが下手なところなら、「ナンパで鬱陶しい若者たちだなあ」と思うところだが(多少はそう感じたが・・・)、彼らは純粋に「日本人の友達・知り合いを増やしたい」一心で近づいてくるのである。

おまけに上記のビジネスマンのように、仕事で日本と接点を多くもつ人も多数。
キリム(トルコ絨毯)の輸出入に携わっていたり、日本人観光客向けに斡旋やガイドの仕事をしていたり。
とにかく日本語を自在に使いこなす若者が多いのには舌を巻いた。
彼らの多くが、20代前半~半ば。
トルコでは、若くしていっぱしのビジネスマンとなるのがステータスであるように思われたが、財産を築いた後の彼らの第二の人生はいかに?と余計な心配・詮索をしてしまうお節介なわたくし。

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   ←地下宮殿にある横向きメデューサ像








5. おまけ: 体験談
① ベリーダンス体験
実はロンドンでも直近ベリーダンスを鑑賞する機会があったのだが、本場のものはまた格別。
ステージに登場するお姉さま方は、必ずしもスレンダーとはいえないもののウエストラインのくびれが強調され、やはりこの振動は腹筋に少なからず良い効果を与えているに違いない、と確信した次第。
ちなみに我々がベリーダンスを見た「Orient House」という観光客を主たるターゲットとした店は、かなり観客参加型。一度ならず「日本代表!」とかいってステージに引っ張り出されて閉口したが、ベリー (お腹) の運動をさせてもらったと思えばそれもまた一興?

② ハマム体験
折角のトルコ。
少ない時間を何とかやりくりして、垢すり&マッサージを兼ねた大衆浴場であるハマムへも足を運んでみた。
それぞれのハマムによって特徴はあるのかと思うが、私が訪れた某有名ハマムは、意外とマッサージもマイルドで、こすられる側としてはせいぜい銭湯に毛が生えた程度の印象。
快適だったけれど、韓国の垢すりなどをイメージして行くとマッサージ自体は物足りない。
それにしても最も異様だったのは、ハマム・スペースに入る瞬間。
真ん中に円形の大理石の台があるのだが、この上にマッサージを待つ女性の裸体(一応布を巻いていたりするのだけれど)が何体もあり、温泉・銭湯カルチャーで他人のハダカには十分に慣れている筈の日本人にとっても変な光景だった。

イスタンブールについてはあまりに書きたいことが多過ぎて長くなってしまったが、乱文ご容赦頂きたく。
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by canary-london | 2006-05-09 10:06 | travel
GWに合わせて日本から来日した友人と一緒にトルコとギリシャへ一週間の旅を終えて戻ってきた。週末を利用した小旅行とは「濃さ」が違うので全部書くことなど到底無理だけれど、駆け足で巡ったカッパドキア・イスタンブール・そしてアテネの三箇所のそれぞれについて、自分のメモ代わりに少しだけ整理してみようと思う。

トルコにはかねてから行きたいと思っていたが、中でもカッパドキアは憧れの地。
現在は休火山であるエルジェス山の数億年前の噴火活動によって夥しい量の溶岩と火山灰が大地に積もり、堆積岩層を形成。
時を経てこれらの岩が雨風・激しい温度変化等の浸食を受けて、一帯が周囲に比べて大きくえぐられた谷となったことに加えて数々の奇岩が造られた。
その自然の営みは、ただもうとにかく圧巻。
百聞は一見にしかず。
カッパドキアとは、こんなところです:

↓洞窟住居に手を加えてホテルにしているところは多数。我々の泊まった’Gamirasu Hotel‘はアットホームで快適な宿だったが、オンナ二人なのに「ハネムーンスイート」をあてがわれたのにはびっくりした(注: 二部屋もらえたので別々の部屋で寝ました)。

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奇岩群。
↓有名なパシャバー地区のキノコ岩

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↓見事なラクダ型のラクダ岩

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↓こんな光景が延々と続く。谷の中にいると気づかないのだけれど、実は丘や山にみえる周囲の高さが正常な高さ。ひとたびその山の上に上ると平坦な道が続き、「谷」が異常な存在であることにふと気づかされる。

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↓二日目は気合の4:15起床で気球から見事なる奇岩と地層を俯瞰。

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この世のものとは思えない光景に、カッパドキアは自然ばかりが強調されがちであるけれど、実はこんな環境の中で人間も遥か昔から営みを続けている。
自然と人間の融合。

1. 洞窟住居
この地形と共存するために昔の人々は知恵を絞ったわけであって。
大地が造った不思議な岩がシェルターを提供してくれるなら、そこに住まってしまえ、ということだったのだろう。
初日のガイドを務めてくれたKudlim(略称クドー君といっていたので本名いまいちあやふや。クドー君許して。)は、12歳まで洞窟住居に住んでいたと聞いてびっくり。
聞けば、岩は温度変化が少ないため夏は涼しく冬は暖かいー常に16度程度の気温が保たれるーために快適な空間であり、葡萄が多く獲れることもあってカッパドキア名産のワインの保存も当然洞窟が利用されるとのこと。
ちなみに洞窟住居の外側に小さな穴があるのを多く見かけるが、これは鳩のための穴。昔は鳩の糞を肥料に使っていたため、鳩が重宝されたらしく。


2. 教会と信仰
洞窟の多くは、教会としても利用された。
有名なギョレメ屋外博物館の教会に描かれるフレスコ画からは、それぞれ描かれた時代背景およびその後の変遷を窺い知ることが出来て興味深い。
絵柄から人の顔が消え、十字架などの記号に変わるのは8-9世紀の聖像破壊運動の時代。
その後のキリスト教迫害。

ところで、ギョレメを訪れた翌日にもっと規模の小さいSoganliという町の教会を幾つか訪れたのだが、こちらはほぼ同時代のフレスコ画ながらほぼ壊滅状態。
ユネスコ世界遺産に認定されているギョレメはユネスコの莫大な財政的バックアップを受けている一方で、この地域にはその財力がないのは明らかだった。
保持が非常に難しいといわれるフレスコ画と(この地方では非常に珍しい)ドームを有する教会がただ朽ち果てていくのにやりきれなさを露わにしていたドライバーのMurat氏の表情が忘れられない。

すべての自然・文化的価値の高いものを世界遺産認定することなんて不可能だけれど、失われていく素晴らしいものはたくさんあるに違いない、と自らの無力さを改めて感じた瞬間だった。
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by canary-london | 2006-05-07 09:49 | travel

プラハ紀行~続編

ロンドンからヨーロッパはどこへ行くのにもとにかく近いのが魅力。
任期がはっきりとは決まらないロンドンでの滞在を最大限生かすためには、とにかくフットワーク軽く旅行をすることに限る。
多くの都市は二日間精力的に動けば十分に満喫できるような規模だし、消費者には幸いなことに最近では競争の激化により格安航空会社のネットワークが充実し、ヒースローよりは少し中心部から離れるGatwickやStansted等の空港に行くことを厭わなければ、ヨーロッパの殆どの主要都市へのアクセスが可能になる。
このような格安航空会社については、安全面に関して疑問を呈するドキュメンタリー番組なども放映されやや波紋を呼んでいることも確かだが、一般人の心情としては所詮max2時間程度の飛行時間だしまあいいか、と思ってあまり気にせずに利用している。

のっけから脱線してしまったが、フットワークの軽さについて、であった。
前回のフランス編のように、一箇所への旅行で5つも記事を書いているのでは身が持たない。
好きでやってるのだから仕方ないのだが、それにしても遅筆になるし他のトピックについて書けないので、旅行記は一箇所につき一エントリに絞ろう、と思っていた矢先。

昨日はプラハ最終日だったのだが、やっぱりどうしても追加で書かずにはいられないことが。
一つだけ、追加します。

ユダヤ教について前回少々触れたが、前回書いた通り、Jewish Quarter一帯は16日・日曜日には観光客向けなのかイースターにも拘らず営業再開。(といってもEasterはあくまでキリスト教の行事なのでユダヤ教は関係ないといえば全くその通りなのだけれど。)
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墓石が無秩序に並ぶThe Old Jewish Cemetaryを中心とする一角の中で、humanityについて考えさせられてしまったのがPinkas Synagogueだった。

1. 77,297人のユダヤ人達
一階から中二階にかけて、壁をナチスによる迫害のために戻らぬ人となった77,297人のチェコスロバキア出身のユダヤ人の氏名が埋め尽くす。建物自体は1968年に浸水のために閉鎖され1990年に再建、壁の文字も1992年から1996年に書き直されたため、清潔な白壁に映る文字は真新しいようにも見え、意外なほどに悲愴感がない。
壁には、亡くなった人の氏名と誕生した年・死亡した年が記載されているのだが、前者は様々。
そして、終了年は例外なく1942年から1944年となっている。
老若男女を問わず、唐突になす術なく人生に終止符が打たれる。
その、機械的な1942や1944という数字とその膨大な数が、ナチスドイツによる迫害がいかに凄惨なものであったかを物語っていた。

2. 子供たちによる絵の展示
二階に上ると、Terezin Camp (強制収容所)で子供達が描いた絵の展示が行われている。
The Jewish Museum in Pragueの資料によると、収容所に送られた時点で15歳に満たなかった子供の数は10,000人を上回り、このうち第二次大戦を生き抜くことが出来たのは僅か242人に過ぎなかった。
絵のテーマは、様々。
戦争勃発前の楽しい日々を描いたもの、闇と恐怖をテーマにしたもの、いつか故郷に帰れる日を夢見て「Praha」へと向かう看板を描いた明るい色調のもの。
年齢を見てその上手さに舌を巻くような作品もある。
X君は将来画家を夢見ていたのかもしれない。
個性と希望と才能に溢れたこんな子供達の人生もまた、唐突に乱暴に終わることを余儀なくされる。

ユダヤ人迫害とホロコーストについては無数の本も映画もあるけれど、直接この目で見て、改めてヒトラーが達成したかったものは、そして達成したものは何だったのだろうと思う。
「民族浄化」。
そんな言葉が頭をよぎり、眠るのが難しくなる。

今日は暗いテーマになってしまいました。
明日から四連休ぼけの頭を現実に引き戻して、仕事に復帰せねば。

追記: イースターはどこも休暇が変則的になるのが痛い。日曜日はユダヤ教にどっぷり浸かる前にDvorak Museumを訪れるも、残念ながら臨時休業の模様・・・仕方なく、美しい建物だけをカメラに収めて退散しました(全貌は自信がないのでコンサートの看板でお茶を濁してます)。
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by canary-london | 2006-04-18 09:02 | travel

プラハ紀行

イースターの4連休を利用してプラハへ来ている。
最近美術館だコンサートだと何やらアソビのエントリに偏ってしまっているため、本当は一発真面目な内容を書いてから今回の旅行記に移ろうと思っていたのだけれど、やはり未知の世界に触れた感動は新鮮なうちに記録したいと思い、結局またしても遊び優先(現在プラハのホテルにて執筆中)。

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1. Middle Europeという考え方
学生時代と通算して4年近くロンドンに住みながらも、東欧に足を踏み入れるのは今回が初。自分でも初・「東欧」に期待いっぱいで来たのだけれど、街中でふと見かけた看板が’The Best…in Middle Europe’となっている。
そうか、彼らの意識の中では何となく共産時代の陰鬱なイメージがつきまとう「東欧」ではなく、「中欧」なのだ、ということを改めて認識した次第。

2. 旧共産圏
それでもやっぱり、旧共産圏であることに時折気づかざるを得ない面もある。
二点だけ紹介する。
一つには、入国審査が妙に厳しかった。「厳しい」というのと少し違うのだけれど、審査官の神経質そうな眼鏡の女性は、幾ページにわたって各国の出入国スタンプが押された私のパスポートを一ページずつ訝しげに繰っている。そんなもの見て何が分かるんだ!?
それに、審査官のところからBaggage Claimへと移動する際のドアは、審査官が操作しないと開かないようになっている。うーん何やら物々しいが、そんなことしなくたってこれを飛び越える人はいないだろうに。。。
二つ目は、レストランでのメニューの表示。
必ず、グラム表示がされている。「Sirloin Steak 300g」「Oven-baked potatoes 500g」といった具合で、肉のみならず野菜の重量まで明記。聞けば、これは共産党時代の食糧配給制度の名残なのだそうだ。
まあこちらとしては、「800g」とかいう肉料理に誤って手を出したりせずに済むので助かるといえば助かる。

3. ドイツ・オーストリア文化圏とビール狂
チェコはドイツ・オーストリアにとても近く、20世紀の歴史が両国と大きく異なったものとなっていなければ、おそらく両国に非常に近い国がまた一つ・・・との印象の国になっていたのだろう(20世紀の歴史が異なれば、チェコが国民国家として成立しているかどうか自体が不確かとなるため、この歴史のIFは無意味だけれど)。
19世紀半ばにピルスナービールが生まれた地、ドイツのPilsenはプラハからものの80kmしか離れておらず、その意味ではピルスナーが美味しいのは当然といえば当然。
ホップの香りが強いこのビール、断然生が美味しい。日本やイギリスにいると当たり前のように缶や瓶のピルスナーを飲むけれど、こちらの人は「輸出用」である缶や瓶詰めには絶対に手を出さないとか。当然ですな。
昼には誤って生ビールのないかなりイイカゲンなところに入ってしまい、缶を頼んで後悔。
ここまで生と味が違うとは。
ちなみに、今回の旅ですっかり気に入って飲んでいるのは緑のボトルが印象的な’Pilsner Urquell’。
あまり長期間滞在するとドイツ人顔負けのビールっ腹になりそうなので気をつけねば。

4. ユダヤ教について
今回何の気なしにEasterに訪れてしまったが、昨日・今日はJewish Quarterとよばれ多くのsynagogueを擁するエリアの観光名所は全て臨時休業となっていた。しかしEaster Sundayである明日は営業再開とのことで、ご苦労様です・・・。
ユダヤ教に触れたため、丁度昨年のこの時期に亡くなった前ローマ法王ヨハネ・パウロ二世にふと思いを馳せた。中絶反対の考え方には賛否両論あろうが、近年この人ほど世界中の多数の人々から崇められ愛された人を探すのは難しい。
ローマ法王として初めてユダヤ教のsynagogueを公式に訪問したのは、ヨハネ・パウロ二世だったそうだ。
脱線が目に余るのでこれについては機を改めることにする。

5. Music
チェコが生んだ作曲家では、ドヴォルザークとスメタナがあまりに有名。
ドヴォルザークは、友人に薦められて以来交響曲7番が最も好きになったが、Little Quarterをぶらぶらしていたら昔ながらのCD屋さんを発見。どうせならばりばりにチェコ・テイストのものを買おうと思って、ドヴォルザークのSlovanic Dances(チェコ・フィル演奏・Neumann指揮)とスメタナのMy Country(同じくチェコ・フィル演奏・Kubelik指揮)を購入。
プラハには両氏をテーマとしたMuseumもあり、明日はDvorak Museumへ足を運んでみようと思っている。

6. Literature
文学者では、フランツ・カフカ。
プラハ城の一角を成す狭い路地に小粒の家がひしめき合う‘Golden Lane’の22番地は、カフカが数ヶ月ながら暮らした家とあって観光客が絶えない。
この近くでカフカ・グッズを専門に売る店のショーウィンドウが愛らしかったのでカメラに収めてみた。隣は、同エリアにあるカフェ。

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*おまけーLittle QuarterのNerudova Streetにある家の標識の数々。18世紀後半に番地が付与されるまで、それぞれの家はこのようなサインで識別されていたとのこと。
街並に素敵な彩りを添えていた。


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by canary-london | 2006-04-16 08:30 | travel
そこら中で脱線しているうちに、気づけばパリとモン・サン・ミッシェルへの旅行から戻ってからはや一ヶ月強が経ってしまった。ロンドン滞在中は地の利を生かして欧州へ頻繁に出かけようと企んでいるのに、幾度となく足を運んでいるパリでもこんな調子では身が持たない。
とりあえずフランス紀行は今回ぐらいで切り上げることにして次へ進まねば(笑)。

フランス報告の最終版は、「紀行」という内容からは逸脱するものの、やや驚いた彼の地の文化について一言。

1. 時間に関するアバウトさ
時間に関する概念は、国によりそしてカルチャーにより差が激しいが、砂漠のど真ん中に位置する国ならいざ知らず、世界有数の大都市でありながらこの時間についてのアバウトなカルチャー、悪くいえばルーズさには目を見張る(ていうか目が点になる)。
フレンチ・カンカンの魅力については以前も書いたけれど、今年足を運んだLIDOも、そして昨年3月に行ったムーラン・ルージュも共に、開演時間とは名ばかり。
予定「開演時刻」より一時間ぐらい平気で遅れてショーがスタートするのを、観客の方も怒るでもなくゆったりと列に並んだ挙句にワインを傾け歓談しながら気長に待っている。
以前どこかのリサーチ会社による調査結果で、「平均的な日本人がマクドナルドに並んで待たされるときに苛々し始める待ち時間」が20数秒と聞いて驚きつつも納得してしまった短期な我が身としては、別に先を急ぐ旅でもないHOLIDAYなのに、何となくそわそわしてしまう。
ちなみに、番外編2でご紹介したLADIESx2名によれば、パリでは映画の開演も遅れるのが常だそう。映画の開演が遅れるって・・・・あのー、多分フィルム巻き戻すだけだと思うんですけどそもそも何で遅れるんですか!?

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2. もう少し長いタイムスパンでの期間に関するアバウトさとアーティスト性??
映画やショーの開演時間が数十分や一時間遅れるだけではなく、もう少し長い目でみた場合の時間に関する感覚もフランス人は大らかのよう。
今回のパリでは残念ながらモネの「睡蓮」で有名なオランジュリー美術館は閉鎖中で訪れることが出来なかったことは先に書いた通りだが、聞けば美術館改装もいつ終わるのかはどうも見通しが立たないとのこと。ガイドブックには「2006年は改装中のため休館」となっているのだが、何しろ具体的にいつ頃終了見込みといった記述がない。モン・サン・ミッシェルに同行してくれた日本人ガイドの方に聞くと、「いやー、本当はもう少し早く終わってる筈だったんですよ。でも別のプロジェクトが急浮上して政府はそちらを優先してしまってオランジュリーは後回しって訳です。今年いっぱいぐらいはかかるんじゃないですか?」だと。
世界の観光客を魅了してやまないのは街としての魅力もさることながら、その貴重な美術品のコレクションでもあるのだから、もうちょっと真面目に修復しろっつーの。
ちなみにそのガイドの方は更に一言: 「こういう感性がアーティストを生むんですよね。ご覧なさい、偉大なる芸術家の故郷であるフランスもイタリアもイイカゲンでしょう?」。一理あるような気もするが、もう少し時間にpunctualなゲルマンの地からも立派なアーティストは多数輩出されているし・・・体良くイイカゲンさを正当化しているだけのようにも聞こえるぞ(笑)。


3. 行政について
フランス在住ではない私にフランスの行政についてとやかく言う権利はないが、これまた番外編2に登場した日本人女性2名による情報。ワーキングビザが取りにくいというのは、行政の問題に留まらず国の移民政策に関わる複雑な問題だと思うのでここで細かく議論することは避けるが、食事のときに聞いて腰を抜かしそうになったのは、オーボエ奏者Sちゃんの「先日引越ししたんですけどねー、転入届の提出に10時間かかりましたよ」の弁。
聞けば、転入届提出のため5時過ぎに自宅を出て朝6時に列に並んだにも拘らず、自分の前には既に数名の待ち人が。一体何故「数名」を捌くのにそんなに時間がかかるのかも意味不明ではあるのだが、結果的に彼女が全ての手続きを終えたのは夕方の4時。
住むエリアによる差もあるようだが、また印象的だったのは「担当者によって言うことが全然違う」ということ。ワーキングビザについても同様らしく、ある担当者に必要といわれた書類を準備して行くと、別の人には却下され結局ことが進まないというのは日常茶飯事のよう。
うーん。イギリスも十分イイカゲンだと思ってきたが、これに比べたら自分は間違いなく恵まれている。それにしても学生という身分のSちゃんはともかく、普通の社会人で休みの取れない人は10時間を要する転入届なんて一体どうしているのだろう?


尚最後に念のため申し添えるが、現在一緒に仕事をしているフランス人も多数いるが、彼らには決してこのような「イイカゲン」な部分はなく、非常に優秀なセールスマンであるのみならず、最も接点の多いJ(私のパリでのレストランガイドである)やEは一緒に働いて本当に気持ちの良いパートナー達だ。
ビジネスにおいてもイイカゲンだと言う気は毛頭ないので、くれぐれも誤解のなきよう。
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by canary-london | 2006-03-14 09:21 | travel
よくもまあ、たかだか3泊4日のフランス旅行でここまで延々と「紀行」が書けてしまうのか自分でも摩訶不思議ですが。
今回はちょっとした番外編(またかよ)で、海外で活躍する敬愛すべき若き日本人女性二人に対するエール。

前回パリでのディナーに言及したけれど、中間日であった月曜日の夜に行った「Laurent」は、もともとそこでシェフを務めていたSさんの案内で行く幸運に恵まれた。
Sさんは、日本のホテルでシェフとして数年間の仕事をした後、「腕を磨きたい」と二年ほど前に単身パリへ。
語学の勉強をしながらレストランの厨房で職を見つけ、以来主にはビザの観点から勤務先を転々とせざるをえないという憂き目に遭いながらも、逆境をものともせず料理・語学の腕前をめきめきと磨いていく努力家。
「見習い」的な位置づけとはいえ、現在の勤め先は私の同僚のフランス人Jを「予約を取るのが恐ろしく大変。友達が働いてるなら今度テーブルお願い!」と言わしめた人気店「Astrance」、その一つ前はあのジョエル・ロブションが立ち上げた二つ星レストランの「Jamin」と人気・実力を兼ね備えたレストランばかり。
「英語はすっかりご無沙汰で全然話せませんから」と謙遜する彼女の流暢なフランス語は、大学時分第二外国語でフランス語を選択しながらも毎週金・土の一限と「さぼって下さい」と言わんばかりの時間割で上達するはずもなかった自分のぎこちない挨拶を口にするにつけ羨ましい限りなのだが、聞けば「汚いフランス語は全部厨房で覚えましたよー。何しろオトコ社会だし、皆悪気はないんだけど、試食と称して食器用洗剤が出てきたり、送別会の主役にはバケツで冷水が浴びせられる動物園のような環境なんですから」だと。
その逞しさにまた感心することしかり。

ディナーにjoinしてくれたもう一人の若き芸術家Sちゃん(考えてみればイニシャルが同じなのでこちらは年齢が更に若いが故にSちゃんと呼ばせて頂くこととして)。
彼女は、音楽専門の大学を日本で卒業した後、自らの専門分野であるオーボエ&イングリッシュホルンの実力を磨くために同じく単身でパリへ。上記のシェフ・SさんとはSちゃんがパリへ越したばかりの一年前から昨年後半までルームメイトという間柄。
Sちゃんに関しては、残念ながら演奏を耳にする機会にまだ恵まれないため、客観的に彼女の実績について述べるだけの材料を持たないのだが、何しろ小柄な彼女。
華奢な体に比例して手も小さいので、一度「失礼ながら・・・オーボエを吹くのに手が小さくて苦労することはないの?」と聞いたところ、「うーん確かに、特にイングリッシュホルンの方が大変なので、手が小さい人用のちょっとした小道具を使ってます」という返答。「ハンデ」とまではいわないけれど、例えばピアノの鍵盤では片手でCからGまで届いたというリストのように恵まれた音楽家と比べたら苦労が大きいことは想像に難くない。こちらも相当の努力家とみている。
持ち前の天真爛漫な性格と人なつこい笑顔で得をする部分もあると思うけれど、仕事=趣味のSさんと違って、Sちゃんは自分の楽器を究めて日本に帰国することが目下の課題。全く感じさせないけれど、そのプレッシャーは計り知れないものと思う。

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こんな素敵なお二人と知り合ったのは、昨年イースターに一人でぶらっとパリを訪れたときの「ムーラン・ルージュ」へのツアー。フレンチ・カンカンがいかにエンターテインメントとして優れているかについても前回簡単に触れたけれど、昨年のツアーについては加えて素敵な出会いを有難うと言いたかった。

こういう彼女達こそが、真に「世界を股に掛けて」活躍する国際人なのだろうと思う。
陰ながらしか応援できないけれど。
そんな二人に、今日もそっとエールを送る。
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by canary-london | 2006-02-28 10:25 | travel