ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ:travel( 35 )

直近の旅について。
行き先は、ギリシャ。
アテネだけは実は昨年の5月にも行ったのだが
、今回は、かねてからやってみたかった「アイランド・ホッピング」でクレタ島およびサントリーニ島へ足を伸ばしてみた。

今回はいつもと趣向を少し変え、行った先についてのメモではなく、行った先で会った人々についてのメモ。

今回とにかく何処へ行っても感じたのは、米国人の多さ、そして誤解を恐れずにいえば、彼らがいかに「国際感覚」といったものを欠いているかということだった。
もちろん一口に米国といっても2億8000万人、広い国土に実に多様な人々が住まう国なので、十把ひとからげにするのには無理があるだろうし、私は別に英国礼賛の反米主義者ではないので、ただ無闇に米国人批判をしたいと思って書いているわけでは決してない。

でも、なのである。
サントリーニでは、小さなグループで島を巡るクルーズに出掛けたのだが、いずれも同じホテルに宿泊していた客、我々を含めて総勢8名のうち、米国人もしくは米国人と結婚して米国に暮らす準米国人が4人と全体の丁度半分。

中でも強烈だったのは、その中の夫婦一組の奥様(聞けば私とほぼ同年齢!)だった。
ハコ入りの専業主婦というわけではなく、何らかのサポート的な仕事には就いているらしい。
おまけに、二言三言交わしてみれば、旦那の方はかなりのインテリ。カリフォルニアのオレンジ郡に住み、五歳になる一人娘を奥方の両親に預けて四週間のバカンスに来ているという彼らは、おそらく非常に暮らし向きも良いのだろうとひと目で分かった。

大きなお世話だが、彼女の高い鼻もぷっくりとした唇も、そして豊かな胸のいずれも、どうも自然に持って生まれたものではなさそうな・・・。
・・・なんか、FAKE。

会話の一語一句をここに書き記す気力も時間も紙面もないが、米国のホームドラマにでも出てきそうなこの奥様は、とにかく傍から聞いていても驚くほど、「米国」という一つのものさししか持っていないのだ。
二言目には、「えー??そんなの信じられない。アメリカではね・・・」とくる。
その米国についてのコメントですら、明らかに、自分の暮らす西海岸の裕福な一地域に関するごく限定的なコメントでしかないのだ。
幸せな自分の小さな世界での価値観しか知らず、それ以外の世界に対しては理解する努力もしないまま、「自分と違う=間違っている」と決め付ける。

これが米国人のステレオタイプとまでの暴言を吐くつもりはないが、独自の価値観を「正しい」ものとして他者にも押し付ける傾向は、例えば英国人に比べて米国人の方が強いと感じることは多い。
冒頭「国際感覚」の欠如という言葉を使ったが、パスポートを保有している人の割合が米国では意外に少ない(14-15%というデータが優勢)というのは、わりと良く知られている事実である。

別の一幕。
宿泊先のホテルのプールサイドに寝そべってビールなど飲んでいると、今度は別の米国人カップル(ちなみに男性同士のカップルだったが・・・)の話し声が聞こえてくる。
どうやら彼らは、南イタリアのアマルフィからギリシャへと巡ってきたらしいのだが、曰く、「いやー、イタリアでは如何にジョージ・W・ブッシュが嫌われているかを痛感したよなあ」「やっぱり中東政策が・・・」などと口々に語り合っている。もちろん彼らも、(大概のゲイ・カップルがそうであるように)インテリである。

なるほど。
ブッシュ現大統領は、「異文化に理解を示さない単細胞米国人の象徴」として米国以外の全世界からのみならず、実は米国民からもスケープゴートにされているのか。
・・・だって、貴方達が選んだ国のリーダーでしょ??

個人的にはブッシュ氏のやり方は正直好きにはなれないが、何となく気の毒な気持ちになったところで、ちょうどBudweiserの缶が空になった。
[PR]
by canary-london | 2007-10-27 03:16 | travel

旅のメモ・トスカーナ編

「旅」について、旅行ガイドやら食べ物やら、何というか瑣末なことばかり書いて、肝心の行き先について思うところを全く書いていなかった。
5月末に3連休に訪れたイタリア・トスカーナ地方のことを書こうと思うと、どうしても「宗教」という気が遠くなるほど広く深いテーマに行き当たる。このテーマについては、深い話はまた別の機に。

便宜上旅程の概観を行うと、改めて強行日程だったと反省を込めて思う。
金曜日夜に仕事が引けてから出発し、ピサ泊。翌日はピサ観光の後、サン・ジミニャーノを駆け足で巡ってから、夜はシエナへ移動。日曜日はシエナ観光の後アッシジへ移動し、アッシジに宿泊。
最終日である月曜日はアッシジを見た後列車でフィレンツェへ移動し、フィレンツェからロンドンへ飛ぶというもの。

以前書いたとおり、センチメンタル・ジャーニー的な色彩の濃い訪問であったサン・ジミニャーノとシエナは、結局は自分が本ブログでも散々批判した教科書的な本邦観光ガイドのお薦めマークを制覇する旅程となってしまった感もあり、少々悔やまれる。
旅人は、常に時間と闘うことになる。
実に限られた時間をいかに心身ともに充実したものにするかは、旅をする上で永遠の課題といえる。

本題に戻ると(何が本題だったっけ・・・)、今回の道程の中では、純粋に初めて訪れたのはピサとアッシジの二箇所。
サン・ジミニャーノとシエナは言うまでもなく大好きな街だが、今回初めてとなるこの二つの場所については新鮮な感動を覚えた。

まずはピサ。訪れる前は、恥ずかしながら斜塔以上のイメージをもっていなかったのだが、斜塔やDuomoなどのモニュメントが集中するPiazza del Duomo(デュオーモ広場、別名Piazza del Miracoli=「奇跡の広場」)は実に心安らぐ美しい空間で、良い意味で期待を大きく裏切られた。
斜塔を登る体験もさることながら、もっとも心打たれたのは洗礼堂(baptistery)。
私は無宗教だが、日本の仏寺にせよ、崇高な宗教的意味合いをもつ建造物というのは、一歩足を踏み入れると不思議なほど穏やかな安らかな心持ちになる。

宗教的な重要度という意味では、アッシジの方が遥かに高い街となる。
13世紀に啓蒙活動を行った聖人San Francesco(聖フランチェスコ)を祀る大規模なサン・フランチェスコ聖堂に象徴されるアッシジを訪れる巡礼者の数は、年間300万人とも500万人ともいわれる。
街をそぞろ歩いても、我々のような観光客に混じって、ごく普通に多数の聖職者が歩く姿は実に新鮮に目に映る。
f0023268_15401972.jpg
こぼれ話としては、この「巡礼者が多い」という事実にしてやられた。
これだけ訪問者数の多い街だけに、シエナからアッシジへの移動手段は何とかなるものだろうとタカをくくってよく調べずに行ったら、平日は一日数本ペースで運行しているバスが、たまたま我々の移動日にあたった日曜日は激減。
結局二度の乗り継ぎ・4時間半という不条理な列車の旅に音を上げ、大雨の中をChiusoという駅からアッシジまでタクシーを飛ばす羽目になり、予想外の痛い出費となってしまった。

←ピサの洗礼堂

教訓、ふたつ。
1. 「巡礼地」=「交通の便が良い」では、決してない。そういえば一昨年ヨハネ・パウロ二世が亡くなった際に世界のあらゆる場所から熱心な信奉者がバチカンに集まる様子に感銘を受けた。巡礼者というのは、いかに長く遠い道のりでもやってくるからこそ巡礼者なのだろう。
2. キリスト教の安息日を舐めてかかってはいけない。上述のバスの運行状況が良い例で、消費者至上主義の日本と違い、欧州では週末、特に日曜日は今でも皆が「休む」ことを前提とした日なのである。こういう日に長距離に移動など試みると、時間に追われる旅人は痛手をこうむることうけあい。移動は日曜日意外に組み込まねば・・・と改めて思った次第だった。
[PR]
by canary-london | 2007-07-14 15:41 | travel
旅というものについてどうでも良いことばかりを書き連ねているような気になってきたが(「旅」をテーマにしたエッセイ集にまとめたとしたら超駄作のレッテルを貼られそうだ)、どうでもいいようでいて限りなく重要なのが旅先での食生活である。

私は日頃から和食党を自認するタイプではないのだが(明太子や納豆や漬物などオヤジ系つまみには目がないが・・・)、いざ醤油のない世界に足を踏み入れると、限界に達するのが意外に早い。
「食べたければいつでも食べられる」という精神的ゆとりがないこともきっと一因なのだろう(←小心者)。

大好きなオリーブオイルをふんだんに使い、魚介類や燻製肉を中心としたスペイン料理は非常に自分の好みに合うのだが、今回も四日目にして音を上げてしまった。

何であれ、タパス(スペインの小皿料理)の形状を取るものは受け付けない。
アンダルシアの郷土料理である冷静トマトスープのガスパチョは(セビリアの’Rio Grande’のものは絶品だった)中でもさっぱりしている筈なのに、スープですら喉を通る気がしない。
こういうとき頼りになるのは、地の果てまで行ったとしても大概街に一軒はある中華料理店なのだが(華僑万歳)、今回のこの「発作」発生時に滞在していたコルドバでは、不運なことにホテルのフロント係がにこやかに地図を描いてくれたチャイニーズは地図が誤っているのか、陰も形も見当たらない。

そこで仕方なく、裏路地のいかにも冴えない日本料理店ののれんをくぐる。
扉を開けると、店内は意外にこざっぱりとしているものの、内装も明らかにチャイニーズなら、店員もほぼ皆中国人、制服はチャイナドレスの変形版と、「さくら」というありきたりの店名を除いては、ただの一つも日本料理的な要素は見当たらない。
ここで「なんちゃって」日本食を食べて自分の胃を誤魔化して帰途に着くことになるわけだが、3.30ユーロ(163円換算で約540円)もした味噌汁はおふくろの味のような暖かさがあって比較的美味だった。

f0023268_751164.jpg振り返ると、自分には何とも学習能力がない。
五年ほど前、一週間程度ハワイに滞在したときにも同じ発作に見舞われたではないか。
そのときはどう対処したかというと、滞在していたホテルで供される「和朝食」(焼き鮭定食)のチョイスに甘んじた。

しかしこの焼き鮭定食。
稀少なものが高価なのは経済の道理だが、無理しなくていいのに、大味の焼きサーモン(焼き鮭とはちょっと違う)の傍らには焼きのりと豆腐。
普通のビュッフェの朝食が25ドル、「ステーキ・ブレックファースト」(きっと米国ではこういうニーズもあるのだろう)が28ドルなのに対し、焼き鮭定食が33ドルもしたのには閉口した。

結論。
自分は、醤油にアクセスを絶たれた状況で四日以上過ごすのは無理である。

対策。
今後は、長期間の旅行には、ミニ醤油パック・インスタント味噌汁・ほうじ茶ティーバッグを携帯すべし。

うさんくさい和食レストランに連れ込んで同行者に迷惑を掛けないためにも、今後は有言実行しよう・・・とコルドバの夜に誓ったりした自分であった。
[PR]
by canary-london | 2007-06-19 07:53 | travel

マシュマロマン

前回の旅行論(?)の文中、二度もご登場頂いたグリーンの表紙が印象的なMichelinの旅行ガイド。
一介のタイヤメーカーが観光地やホテルはレストランに星を付けてしまうのだから、その多角化経営には舌を巻く。

私もMichelinやLonely Planet、DK Eyewitness Travel Guidesなど様々な旅行ガイドを活用してヨーロッパ各地を旅しているが、それぞれに特徴があって興味深い。

父の愛用していたMichelinは、写真が少なく字も細かいなど最もアカデミック。
美術館内の特定の作品の展示場所などがつぶさに解説されているのでこの上なく便利なのだが、難点はそれほど頻繁にアップデートされないこと。
おそらく数年に一度ペースなのだが、美術館などは配置換えを行うケースもあるので、情報が古くなってしまっているケースがたまにある。
しかし、情報量は圧倒的に多い。
・・・逆に言うと、疲れているときなどMichelinを読むパワーが足りないことも結構ある(笑)。

上に挙げた二つを含む他のガイドブックは、もう少しカラー写真や図が多く、多少は若年層を意識しているといったところか。
それでも程度の差こそあれ、海外の旅行ガイドというものは、一大読み物である。
当地の歴史に始まり、文化・建築・自然・政治と幅広いトピックに言及しており、読破しようと思うとかなりの時間とエネルギーを要する。
f0023268_13502033.jpg

この点、日本の旅行ガイドは趣旨が全く違う。
日本のガイドは、実用的な情報を調べようとするとき実に便利でサバイバルには欠かせないのだが、「読み物」としてはあまりに底が浅い。
「お薦め観光スポット」を羅列し、「この街ではここだけは見逃さないように!!」といった注意書き満載の文章を読むたび、義務教育で歴史の年号を暗記させられたのに似た感覚を覚えるのは私だけだろうか。
もちろん、日本とヨーロッパの歴史的・文化的な関係の浅さと理解度の不足という点も大きく関係してはいるのだろう。
・・・でも、知らないからこそ学ぼうとする姿勢が重要なのでは??と思ったりもするのだが。

彼我の旅行ガイドを比べたとき、もう一つの大きな違いが、日本人の「食」へのこだわりである。
さほど分厚くもないガイドブックの中で、「レストラン情報」の紙数がやたらと多い。
また海外のガイドブックではありえない話だが、全ての店について店内の写真が掲載されているのもまた驚きである。
取材に取材を重ねているのだろう、日本のガイドブックに従って入るレストランは概ね失敗が少ない。

しかしながら、この最後の点については、もしや私がとりわけ「食」へのこだわりの低い英国人や米国人の手になるガイドブックしか見る機会がないからかもしれない。
こだわりの極致のフランス人や、不味い食べ物の存在自体が許されないイタリア人が作る世界各地の観光ガイドには、よりシビアなレストラン批評が展開されているのかもしれない・・・。
[PR]
by canary-london | 2007-06-14 13:51 | travel

旅をする理由

5月~6月はヨーロッパでは最も気候の良い時期なので、ほぼ確信犯的行動をとっているのだが、最近比較的頻繁に旅に出ている。
もちろん、数少ない英国の国民の祝日が5月に二つ固まっているという事実の影響も大きいのだが。

5月初めの三連休は、ウィーンにてオペラとウィーン・フィルと美術館三昧。
5月末の三連休は、イタリア・トスカーナ地方を列車とバスで巡る旅。
そして直近の6月第一週は、スペイン南部・アンダルシア地方を車で周遊。

このようにして自分の組む旅の日程を眺めるにつけ、大まかに三つのクライテリアに沿って目的地を設定していることにふと気付いた。

一つ目は、おそらくは誰しもそうだろうと思うが、気候・食生活などの面で過ごしやすいところ。
とはいえ食生活についてはまた別の悲喜こもごもエピソードがあるので別の機会に譲ることにして。
二つ目は、音楽や美術などの芸術的興味をそそられるところ。
そして今一つは、高校生時代に両親と共にロンドンから旅した先を再度訪れるパターンが意外に多いこと。

勿論全ての先に全てが当てはまるわけではなく、ウィーンなど目的のはっきりしている先は上記の中では二番以外の何物でもないし(申し訳ないが、オーストリア料理は二日も食べれば十分である)、直近訪れたトスカーナやアンダルシアは、実は三番目のカテゴリに入る。


f0023268_5173618.jpg
三番について、自分なりに思うこと。
両親と私の三人でロンドンに暮らした高校生時代(私には兄と姉がいるが、その時期は二人とも東京に残っていた)、何を隠そう相当勉強させられた。
おそらくはこの時期にあらん限りの脳細胞が活動し完全燃焼してしまったので、残念なことに今あまりアクティブな脳細胞が残っていないのかもしれない(と、自分を慰めることにしている)。

日々の勉強、そして空き時間には友人と思い切り遊ぶことに余念のない娘は、家族旅行の計画づくりにかまけている余裕などなく、旅行ガイドのMichelinと首っ引きでスケジュールを組むのは、大蔵大臣(今は「財務大臣」か。どうもしっくりこないけれど。)を兼ねる我が父である。
協調性がないのだろうか、一家揃ってパックツアーというものは苦手で、一度も参加したことがない。

娘の見聞を広めようとヨーロッパ各地を連れ歩いてくれた両親には何とも申し訳ない話なのだが、自分で計画を練ることはおろか、飛行機に乗る直前まで「で、どこ行くんだっけ?」とか言っているような旅行は、当然のことながら深い印象に残る筈もない。

そんなわけで、父の足跡を辿り、いまや自分がMichelinとにらめっこ。
高校生時代のリベンジとばかりに旅の計画を立てるのはやや面倒な作業ではあるものの、同時にこの上なく楽しい。

・・・父上、母上、16年経ってからの懺悔でした。どうかお許し下さい・・・。(時効成立???)
[PR]
by canary-london | 2007-06-10 05:19 | travel
大変ご無沙汰してしまいました。一応生きてます。

先週末の24/25日は「超」がつくほどの強行スケジュールでウィーンツアーを決行。ウィーンでの正味滞在時間が21時間弱という元々の無理なスケジューリングに加え、運悪く同週末から英国を含むヨーロッパ全土でサマータイムがスタート。夏時間のシステム自体は私は手放しで支持するけれど、始まるときには一時間「損」をする計算になる。
そんな無理をしてまで行った理由は幾つかあったのだが、結果的には実に幸せな正味20時間だった。

1.  Thielemann/WPO/Musikverein
ウィーン・フィル(WPO)はロンドンでも年数回公演を行うが、本拠地での定期公演は海外ツアーの際のクオリティーに比較すると段違いというのが定説。
チケット入手が恐ろしく困難であるため、これまで挑戦したことがなかったが、玄人の間で絶大な評価を受けているThielemannの指揮するブルックナー8番は何とも魅力的なプログラム。
超人気プログラムのために幾ら待てどもキャンセルのチケットが出てくることはなく、結局チケットが入手出来る保証もないままイチかバチかで飛行機に飛び乗ることに。

初めて訪れるMusikverein(学友協会)ノ前でそぼ降る雨の中、’Suche Karte’(「チケット譲って下さい」)という札を、道頓堀のくいだおれ人形よろしく首から下げて立つ羽目になった。
しかし思いが強いと願いは叶うものなのか、見知らぬ日本人の親切にも助けられ、’PODIUM’というステージ上のオーケストラの後ろの席を安価で譲って頂くことが出来た。
PODIUM席は、ティンパニとコントラバスの真後ろに当たるためにオーケストラ全体の音は聴こえないのだが、臨場感という意味ではこれ以上の席はない。
それに加え、指揮者が常に自分の方を見ているので、あたかも団員の一人になったかのような、素晴らしく贅沢な錯覚に襲われる。
壮大なるブルックナーのシンフォニー8番の演奏は、秀逸。
ロンドンで聴くときと比べて、オーケストラの緊張感が違う。弦の鳴り方が違う。
WPOのメンバーにとっては、ホームグラウンドでの試合なので、皆予測可能な世界の中で、心地良いゆとりと遊び心をもって臨んでいる。

f0023268_9242929.jpg












f0023268_9245016.jpg










2.  Freunde der Klavierkunst
コンサートとオペラをハシゴしてから、夜は今回案内して下さった方のつてで何とも魅力的な宿に泊めて頂いた。
宿といっても、個人の家。
日本人ピアニストとしてウィーンで活躍されているMidori Ortner氏のお宅である。
ウィーン中心部ではなく、生前Johaness Brahmsも暮らした「ブラームスの森」の一角。
土曜日は丁度みどりさんが運営するFreunde der Klavierkunstの拠点も兼ねたご自宅でのリサイタルの日。我々が到着したのは夜も23時をまわっていたが、夕方のリサイタルの後、食事とワインを楽しむ聴衆兼友人のオーストリア人数名がまだ歓談中だった。
残念ながら今日はリサイタルの方にはジョインできなかったものの、耳の肥えたオーストリア人のおじさま・おばさまを唸らせる実力と、溢れるホスピタリティー。

実に興味深かったのは、みどりさんの旦那様であるピアノ職人の試作の数々。
グランドピアノが25台あるということ自体既に個人の家ではなく、ピアノ博物館状態となっているわけだが、中でも一台風変わりなピアノが。
形が、普通のピアノと逆に低音部分の奥行きが短く、高音になるにつれてこれが長い。
「??」と問うと、「こういう形も面白いかと思って斜めに弦を張ってみた」との回答。
うーむ、アーティストやプロの職人の考えることはよーわからん。

しかしながら、このFreunde der Klavierkunst。
元々は、みどり氏がウィーンに移り住んだときから構想し、50人を超える聴衆の集まるコンサートを年8回程度のペースで催すために素敵なご自宅を根本的に改造。会員には非常に良心的な会費でこれら全てを提供するため、経営はなかなか難しい模様。
同じ日本人として、女性として、そして音楽を愛する者として、そんなみどりさんの生き方にはただただ脱帽であった。
そうこうしている間に夜は更け、早朝のフライトでロンドンに戻る友人と私の睡眠時間は気づいたら優に三時間を切っているではないか。

無理なスケジュールがたたってか、帰国後軽い風邪を引くというおまけが着いたけれど、何ともworthwhileな20時間。
こういう時間は、心を豊かにしてくれる一生の宝物なのだ。
[PR]
by canary-london | 2007-03-30 09:26 | travel
今回はニースに一泊のみ滞在。
正直コートダジュールを満喫するにはとても足りなく、結果ニースを拠点として行きたい様々なところを飛び回る羽目になった。

ニースには、燦々と輝く太陽とビーチをのんびりと満喫する以外にも足を運ぶ十分な理由がある。
19世紀からアーティストに愛される街であった。
ゆえに、自分自身学生時代から敬愛する画家であるマルク・シャガール、父の大好きなアンリ・マティスなど個別のアーティストに特化した美術館が非常に多い。

今回の旅は、自分にとっては1990年に両親と一緒に訪れてから実に17年ぶりの訪問となったのだけれど、ところによっては極度に観光地化された「俗っぽい」部分がありながらも、そうでない部分も多々あり。
マティス美術館は残念ながら改装のため現在閉鎖されており、今回訪問できたのはシャガール美術館のみ。
同美術館およびシャガールについては思うところが多いので紙面を改めることにして。

ニースから10kmほど西に位置する代表的な「要塞街」であるSt Paul De Venceなど南仏ムードを満喫できる場所へも足を伸ばすことが出来た。
この時期のロンドンでは常に不足する陽光に加え、新鮮で美味なシーフード、そして街の至るところで感じられる「アート」。
旅のメモの材料には事欠かないけれど、無類のオリーブ好きとして最大の掘り出し物は、実はこんなところだったりして・・・。

オリーブの収穫量が豊富な南仏ではこの手のお店を多く見かける。
オリーブオイルには様々な種類があり、小さなスプーンで試飲が可能。
同じ南仏といえども、ニースのものとエクス・アン・プロヴァンスのものでは風味も強さも異なる。
ガーリックやハーブなどでフレーバーを付けたものもあり、種類の多さに驚く。

オイルだけではなく、バルサミコも実に色々なタイプがあるものだと感心。
寝かせる年数だけでなく製法も様々であるらしいが、店で最も古いという10年物の古酒のような風格を備えたバルサミコは250mlの瓶が一本8000円程度(円安が過ぎるだけかもしれないけれど)という高価な品であった。

同僚や友人へのお土産として重宝したのが、オリーブの実を模したチョコレート。
手に取るだけで心楽しくなるような洒落たお土産物が多いのもフランスの特徴。

自分用のお土産として最も嬉しい収穫品は、これ↓。
f0023268_2017559.jpg


要は、おつまみのオリーブを刺すためのフランス版爪楊枝である。
日本の楊枝と違って先が二股に分かれているため、ターゲットを逃さずがっちりとキャッチするので滑りやすいオリーブでもOK。
レジの横の棚にひっそりと置かれているのを夫が見つけてくれた12本入りのセットは、今ではオリーブのみならずフルーツやピクルスなどに添えられ、早くも我が家では不動の地位を確保した次第。
f0023268_20182199.jpg

訪れた先々で買い求めた土産品が旅の良い思い出になるのは珍しいことではないけれど、このニースのオリーブ用爪楊枝は、今までの旅の収穫品の中でも相当のヒット商品といえる。
[PR]
by canary-london | 2007-02-24 20:28 | travel
「ローエングリン」について、プロダクションとキャストの記述を失念しておりました。
今更やや間抜けながらアップデート:

Lohengrin
Libretto          Richard Wagner
New staging In co-production with the Baden-Baden Festspielhaus and the Opéra National de Lyon

Conductor                Daniele Gatti
Production                Nikolaus Lehnhoff

Cast
Heinrich der Vogler:       Hans Peter Koenig
Lohengrin:               Robert Dean Smith
Elsa von Brabant:         Anne Schwanewilms
Friedrich von Telramund:       Tom Fox
Ortrud:                 Linda Watson
[PR]
by canary-london | 2007-02-20 08:56 | travel
ミラノを旅程に含めたそもそもの目的は買物ではなく、スカラ座でオペラを観ることであった。
当ブログでも以前書いた通り、私はことオペラとなると若葉マーク全開の初心者であるため、比較的ポピュラーな演目にしたいとの思いが強く、ワーグナーの「ローエングリン」へ。
長年のラブコールの末に今シーズンからスカラ座でタクトを振り始めたDaniel Gattiの指揮には、何度かのコンサートを通じて馴染みがある。

ポピュラーな演目といっても、そこはライト級など存在しないワーグナー。
二度のインターバルを挟んで合計5時間の公演に臨むにあたっては、それなりの気構えも必要になる。

気構えが過ぎた感はあるが、前夜はDVDで予習にいそしみ、ついつい夜更かしして睡眠時間2時間。程よい暗さと心地よい背もたれの中、正直瞼の重さに耐え切れなくなったのは一度や二度ではなかったけれど、何しろ豊かな5時間だった。

キャストの歌唱力や演出については私より遥かに詳しい専門家の皆さん(周囲にも多数)お譲りすることにするけれど、フィナーレを除いてローエングリン役のRobert Dean Smithはちょっと弱かった印象。
それにしても、Gattiの指揮のもとではオーケストラ全体がきりっと引き締まる。

大規模な改修が2004年に終えられたばかりの劇場のセッティングは華やか。
もちろん老舗の劇場の貫禄も併せ持っている。
天井桟敷を除いて全てボックスとなっているバルコニー席が印象的な造り。
パリのオペラ・ガルニエの洗練された華やかさとは少し異なり、もう少し野性味がある印象は国民性を反映しているのだろうか。

f0023268_10411841.jpg



ちょっと奮発して取った、STALLSのわりと良い席に陣取る。
飛行機のスクリーンよろしく個別の席に設けられた英語字幕をはじめとして、設備は申し分ないのだが、あえて言うなれば改修時に序でに座席の傾斜をもう少し急にしてほしかった。
西洋人は大柄で座高も高い人が多いので、ほぼフラットに感じるような緩やかな傾斜では、前の人の頭が邪魔になって肝心の舞台が見えない局面がしばしばある。
舞台装置は、正直シャビーな感の強いロンドンのロイヤルオペラに比較すると、やはり充実感が高い(と思う)。

特筆すべきは、プログラムだろうか。
15ユーロという値段にびっくりして一冊入手すると、ずっしりと重い。
買うときにスタッフがその旨警告してくれるのでほぼ興味本位で購入したのだが、200ページに迫る立派な本のうち、英語は「synopsis(あらすじ)」の2ページしかない。
(実はこの「あらすじ」だけは、日本語訳もある)。

最後に、大陸ヨーロッパでオペラや少し特別な音楽会に出掛けるときに最も好きなのが、何とも言えない「心地良い緊張感」である。
ロンドンの観客・聴衆はカジュアル志向が極端に強く、オペラでもジーンズ姿が珍しくないのが少し寂しい。
大陸へ行くと、マチネでない夜の公演は特に、きらびやかなイブニングドレスの女性も少なくない。
日本のように、オペラが物凄く値段も敷居も高い「限られた一部の人達向けの娯楽」ではなく、基本的には誰にでもオープンな場である。
その一方で、誰もが「少し特別な夜」を楽しもうと、うきうきしながら出掛ける、そんな素敵な感覚。

昨年8月のザルツブルグ音楽祭へ行ったときにも全く同じ印象を受けた。

オペラや年一回催される由緒ある音楽祭は、「少し特別な夜」だから。
心地良い緊張感、これからも忘れずに臨みたいものである。
[PR]
by canary-london | 2007-02-16 10:45 | travel
くだらない意地を張ったdisclaimerを取り払ったところで、「旅行記」ならぬ「旅のメモ」、第一弾。
ミラノへはオペラを観るために出掛けたのだが、イタリアの旅行には必然的にファッションとグルメという、女性は逃れることの出来ない二つの呪縛がついてまわる。

どちらかというと、三度のメシより洋服(含・身につける革小物などの装飾品)が好きな方である。
・・・と書いてみたところで、それは正確性を欠くことに気付いた。
美食と美酒もかなり重要視するタイプなので、「三度のメシと張るぐらい」洋服が好きである、ぐらいか。

お洒落をするのも、シーズン毎に自分なりのテーマを決めると楽しさがアップする。
自分にとっての今年の冬のそれは、さしずめ「革のグローブ」だろうか。
今回のミラノにおける「戦利品」を眺めながらそんなことを思っている。

イタリア人は老若男女問わずお洒落な国民としてのイメージが強いけれど、こと革小物となると、センスの良さにはっとさせられることが少なくない。
元来お洒落な性質に加えて、良質な革が安価で手に入ることが大きな理由なのだろうけれど、兎に角革製品の種類が豊富。

靴やバッグについては言及するまでもないが、手袋も勿論この例外ではない。
ミラノの中心的なファッションストリートをそぞろ歩くと、手袋専門店が少なくとも二店。
店頭には、
「革製品ってこんなにたくさんの色があるんだ!」
と感心するほどの色とりどりの革製のグローブが所狭しと並べられ、目にも実に楽しい。

今シーズンは運悪く、大事にしていた革のグローブを立て続けに二つ落としてしまった上に、扱いが荒いのか今一つは継ぎ目が裂けてしまい、現在修理待ちという惨状である。
そんななかで、ミラノの革グローブ専門店の誘惑には抗し難く・・・。
以下、革製のグローブ分野に限定した戦利品公開(笑)。

↓モンテナポレオーネ通りのPiumelliで見つけた、心楽しくなるツートンカラーの二品。

f0023268_12354100.jpg


f0023268_124999.jpg







↓こちらはスピガ通りのSermonetta Glovesのもの。
手首まで隠れる長いタイプのものが非常に便利であることは偉大な発見であり、思わず色違いを三色も買い求めてしまった。
ちなみに写真では分かりづらいけれど、最左のものはグレーという珍しい色。
また最右のものは深いオリーブグリーンという微妙な素敵な色合い。

f0023268_1203756.jpg

→ステッチの入った個性的なデザイン。
f0023268_1242656.jpg

↓寒いときにはこんな毛皮つきも重宝。

f0023268_1244371.jpg
[PR]
by canary-london | 2007-02-11 12:06 | travel