ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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Lucyとクレームと英米世界地図

毎週月曜日に愛読紙FTに寄せられるLucy Kellaway氏のコラムは楽しく読んでいる。

40代後半、生粋の英国人・ロンドンっ子で共働きながら四児の母でもある彼女の文章には、リアルなイギリス人のリアルな説得力がある。
切り口が鋭い。
イギリス人ならではのブラックなユーモアのセンスが光る。

少し視点は異なるけれど、いってみれば私が昨年Islingtonという街に越したことにも通じるものがある。
Islingtonは、最近でこそアート系の若者が増えすっかりお洒落な街と化しているが、もともとはロンドンの下町。従前からIslingtonに住んでいる人々は、昔ながらのロンドンっ子である。
私は今回の滞在では今の家に先立ってKensingtonとSt. John’s Woodに暮らしたが、いずれも非常に居心地の良い上品な住宅地ながら、所謂’ex-pat’(平たくいえば、一時的にロンドンに住んでいる高収入のホワイトカラー外国人のこと)の溜まり場となっている地域であり、「リアル」なロンドン・ライフとは程遠い。
Islingtonには、普通のイギリス人の生活がある。
それは残念ながら犯罪と背中合わせだったりするのだが、日常の小さな発見が楽しい。

Lucy Kellawayの話に戻ろう。
6月23日の彼女のコラムの題材は、「クレーム」。
Julian Bagginiの’Complaint’というタイトルの本が引用されている。
私はBagginiの本は読んでいないのだが、クレームのスタイルと国民性を結びつけた考え方が面白い。
「国民性を単純化し過ぎ」とのお叱りはごもっともだけれど、現在アメリカ人とイギリス人の違いが興味を持つトピックの上位に入る自分としては、英米のメンタリティーに関する記述に知らず読み入ってしまう。

一言でいうと、アメリカ人は、クレーム・文句を言いたいと思ったとき、その事象の原因を作っている相手に対して直接文句を言う。一方、イギリス人は、関係のない相手に対して愚痴るだけ・・・ということになる。
その理由は、アメリカ人は生来的にオプティミストであり、自分の問題をその原因を作っている相手に訴えることにより、世の中を「変えられる」と思っているから。
一方のイギリス人はペシミストなので、元凶に直接訴えようとはしない。
(いつもながらに大雑把な意訳を用いればこんなところか。)

Kellaway氏はイギリス人チーム代表として、
「我々イギリス人は、関係ない相手に愚痴を言うことでも実はかなりすっきりするのよね」
と締めくくっているが、クレームを得意としない私は、どちらかといえばそんなイギリス人的考え方に共感した。

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そんなコラムの中でも、実はもっともインパクトが強かったのは、冒頭のHeinzのベークド・ビーンズだったりして。
彼女の友人(国籍は英国人ながら、ここでは米国人代表として登場)がベイクド・ビーンズの缶を開けたところ、変色した豆が二つほど紛れ込んでいたというところから話は始まる。
好きな人には大変申し訳ないのだが、私にとっては缶詰のベイクド・ビーンズは劣悪なる伝統的英国手抜きフードの代名詞。
くだんの友人、「子どもの夕食として」ベイクド・ビーンズの缶詰を開けているらしいが、子供の栄養の偏りを心配してしまう私はただのお節介なのだろうか・・・。

*原文にご興味がある方は、↓コチラへどうぞ。
http://www.ft.com/cms/s/0/5c831562-40bb-11dd-bd48-0000779fd2ac.html?nclick_check=1
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by canary-london | 2008-06-26 08:14 | culture