ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

続・かけがえのない友人達へ

会社で大量の解雇が行われたことについては先日書いた。
余波は今ももちろん毎日感じており、単純な結果として人が減った分忙しい日々が続く。
そんな中で、明るいニュースが一つだけある。

このような結果となったので書くことにするが、実はこの日の大量解雇には、昨年秋に採用したばかりだった私の部下(正確に言うと、彼は別段私にレポーティングの義務があるわけではないので、部下ではなく単なる直属の「後輩」である)・Bも含まれていた。

以前から考えていたチーム拡大がやっと実現にこぎつけたのが昨年9月。
このとき私の狭義のチームは私とアメリカ人の女性の二人であり、ドイツ語を母国語とし男性でもある彼の加入は、世界中のセールスを相手にすることを余儀なくされる我々のチームでは特に、ジェンダーと国籍の多様化という意味でも実に意義の大きいことだった。
ひょんなきっかけで他社から引き抜いた彼は、26歳と若くエネルギーに満ち溢れ、ドイツ語のほか英語とフランス語も自在に操るtrilingual。

実践重視で色々と教え込んだ四ヶ月間だったが、終わりは実に呆気なくやってきた。
現在のような状況では、前回書いたような「コストの高い人材」(無論それに見合うだけの収益を上げていれば良いが)に加えて、「即戦力にならない」と見做される人物が標的となるのが投資銀行の常だ。若い世代は守るようにそれなりの努力が行われるが、アソシエイトと呼ばれる彼のような人材が対象とされることも残念ながら珍しいことではない。

彼が幾ら優秀でポテンシャルがあるといっても、我々の業務では経験が少ない。
結局、シニアマネジメントが
「昨年夏までは実働部隊二人でやって来たのだから、同じメンバーに戻ったところでやっていけるだろう」
という判断が下され、彼がチームを去ることになった。
ちなみに、この一連の事はかなり高いレベルで決定されることであり、私の直属の上司も私も、彼が放出される事実を知ったのは、本人に通達が行われる24時間も前ではなかった。

ほかの会社のルールはよく分からないが、私が今回のことについて「解雇」と言い続けているのには実は語弊がある。
弊社のルールでは、所属するチームからの放出が決まった人材については、三ヶ月間は’at risk’というステータスが与えられる。
これは、かいつまんで説明すると次のようになる。
対象となる人の籍は、通達から三ヶ月間は会社に残される。
その間、社内でavailableなポジションに自由に応募することができ、双方のニーズがマッチした場合には、その部署に異動し、雇用の切れ目なく社内で新しい仕事に就くこととなる。

部署からの放出が言い渡されるときに、社内での人材募集については全ての情報が対象者に与えられることとなっており、無機質なエクセルファイルの一覧がメールで送られてくる。

Bの態度は、傍から見ていても、実に現実的にてきぱきとこの混沌に対処していた。
チームからの放出を言い渡された瞬間から、数ページにもわたるこのエクセルファイルをプリントアウトし、自分が興味を持つ幾つかのポジションを選び出して、私の上司とミーティング。社内面接にあたっては全面的にサポートすることを約して私の上司が彼をくたびれたビニール袋と共に会社から送り出したのは、それから二時間も後のことではなかったように思う。

それから二週間経った先週のある日。
私の上司と私に、’I`m back(戻ってきたよ!)’と題された一通のメールが届く。
もちろん面接に関する一部始終は聞いていたので突然のことではなかったのだが、彼は我々と同じフロアに居を構える別部署に難なく新しいポジションを得ていた。
その日の昼過ぎにひょっこりと顔を見せ、変わらぬ様子に安心する。

Bと同じようなキャリアパスや年齢で今回犠牲となったのは、我がチーム内にBのほか二人ほどいた。
残念なことに、その二人ともが突然のことにショックを受け、未だに新しい職を得ることはおろか、本腰を入れた職探しにも手が付けられていないと聞く。
実際、そのうちの一人は女性で、私はたまたまX-DAYに彼女が宣告を受けた直後に化粧室で出くわし、泣きつかれて困ってしまったのだった。
二人とも、早く気持ちに区切りをつけ、どんなキャリアにせよ、次の道の模索を始めてくれれば良いのだが。

驚くべきは、弱冠26歳のBの強靭な精神力か。
ここに書くのも恥ずかしいことだが、私はこの手のことがとても苦手なのだ。
投資銀行という業界に身を置く限りは時に非情となることを迫られ、日本の会社と違って解雇もある意味では日常茶飯事なので、いちいち感情的になっている暇はない。
・・・と頭で分かってはいるのだが、私は2002年に大量のリストラでチームの大半を失ったときも、また今回も、感情の昂りを抑えられなくなってしまうのである。
1月某日にBが会社を去る日もそうだった。
Bは私の上司とのミーティングを終えた後、
‘It was a pleasure working with you((短い間だけれど)一緒に働けて良かった)’というコメントと共に、私の上司と私に大きなハグ(抱擁)をくれ、颯爽と去って行った。
私はというと、涙がこみ上げてきて我慢できずに化粧室に直行してしまった。
私より何年も年下のBが、こんなにも凛とした態度を取っているというのに。

そのときに抱いたBに対する人間としての尊敬の念は変わらないと思う。
生意気な後輩で正直手を焼く部分も多かったが、会社として彼をキープできたこと、そして結果的には彼と今回の一連の出来事を茶飲み話にできる関係になれて、心から良かったと思う。

人の上に立つ人というのは当初から「何か」を持っているし、自分にはそれがないのがキャリア半ばにして残念ながら既に自明である。
・・・今回は、Bにエールを送ろう。
いつか、また一緒に仕事が出来れば、と思う。
[PR]
by canary-london | 2008-02-16 08:04 | diary