ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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鉛筆から始まる小さな物語・番外編(しかしなんつー手抜きのタイトルなんだか・笑)

前々回、「鉛筆で紙に文章を書く」ということについて思うところをひとくだり述べたけれど、直筆の文章というのは、タイプされた無機質な文章とは趣と思い入れが異なる。

話はいきなり脱線するが、「鉛筆」といっても、実は私が紙に書く際に使用するのは黒(ないときは青)のボールペンである(更に脱線すると、ペンの握り方が少し変わっているので、いくらカッコイイと思えど、気取って万年筆で書いたところでインクが出ないことが多かったりする。よって選ぶのは消去法でボールペンとなる。)。

自分の習慣は英国での高校教育の名残といえるのだが、こちらでは日本と違って鉛筆やシャープペンシルでものを書いている人を見かけることはまずないといって良い。
きっとこれには深い哲学的な意味はなく、単純に昔からの慣習とか鉛の価格とか、非常に分かりやすいものに影響されて、「日本=鉛筆」「欧米=鉛筆以外」という至って単純な構図が出来上がったのだろうと思う。

しかしながら、「ペン(インク)で書く」ことにより、結果的にはちょっとした心地の良い緊張感を抱くことになる。もちろん修正液なるものは幾らもあるのだが、ペンで書いて修正液で修正したものは明らかに「上塗り」であり、綺麗さっぱり消しゴムで鉛筆の跡を消したのとは少しわけが違う。
いきおい、インクでしたためる文章には、鉛筆で書いたものに比べて、もう少し幅広く深い思考プロセスがあるように思う。
更に、優れたワープロ・ソフトに漢字変換を頼り切りになりがちな伸び切った左脳にとっても、程よい頭の体操が出来たりして。

何はともあれ、鉛筆乃至ペンでマニュアルに文章を書くということについてであった。
ごく最近のことだが、人に書くものを可能な限り直筆で、と思うようになってきた。
達筆ではないのが残念だが、それでも直筆であれば少しでも自分の思いが伝わるような気がする。

例えば、バースデーカード。
「この年齢になっておめでたくもない」という人もいるけれど、誕生日は幾つになってもお祭り。
おめでたいものと割り切れば良いのだ。

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直筆でバースデーカードをしたためるという行為は、数年前から母が実践しており、いつそんな暇があるのやら・・・と不思議な気持ちで眺めていたけれど、万人に送るクリスマスカードや年賀状と違って、バースデーカードはパーソナルなもの。
Eメールのバースデーカードは便利なことこの上ないけれど、少し味気ない。

思えば、バースデーカードを書くなどということが出来るようになったのも、ひとえに東京とロンドンでは「時間の流れ方」が違うからなのだろう。
このテーマには過去幾度も触れているので繰り返さないけれど、少しでも時間を大切に出来れば。限られた時間を、かけがえのない人々とのコミュニケーションに使っていければ、と思う。
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by canary-london | 2007-07-17 10:55 | diary