ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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旅のメモ・トスカーナ編

「旅」について、旅行ガイドやら食べ物やら、何というか瑣末なことばかり書いて、肝心の行き先について思うところを全く書いていなかった。
5月末に3連休に訪れたイタリア・トスカーナ地方のことを書こうと思うと、どうしても「宗教」という気が遠くなるほど広く深いテーマに行き当たる。このテーマについては、深い話はまた別の機に。

便宜上旅程の概観を行うと、改めて強行日程だったと反省を込めて思う。
金曜日夜に仕事が引けてから出発し、ピサ泊。翌日はピサ観光の後、サン・ジミニャーノを駆け足で巡ってから、夜はシエナへ移動。日曜日はシエナ観光の後アッシジへ移動し、アッシジに宿泊。
最終日である月曜日はアッシジを見た後列車でフィレンツェへ移動し、フィレンツェからロンドンへ飛ぶというもの。

以前書いたとおり、センチメンタル・ジャーニー的な色彩の濃い訪問であったサン・ジミニャーノとシエナは、結局は自分が本ブログでも散々批判した教科書的な本邦観光ガイドのお薦めマークを制覇する旅程となってしまった感もあり、少々悔やまれる。
旅人は、常に時間と闘うことになる。
実に限られた時間をいかに心身ともに充実したものにするかは、旅をする上で永遠の課題といえる。

本題に戻ると(何が本題だったっけ・・・)、今回の道程の中では、純粋に初めて訪れたのはピサとアッシジの二箇所。
サン・ジミニャーノとシエナは言うまでもなく大好きな街だが、今回初めてとなるこの二つの場所については新鮮な感動を覚えた。

まずはピサ。訪れる前は、恥ずかしながら斜塔以上のイメージをもっていなかったのだが、斜塔やDuomoなどのモニュメントが集中するPiazza del Duomo(デュオーモ広場、別名Piazza del Miracoli=「奇跡の広場」)は実に心安らぐ美しい空間で、良い意味で期待を大きく裏切られた。
斜塔を登る体験もさることながら、もっとも心打たれたのは洗礼堂(baptistery)。
私は無宗教だが、日本の仏寺にせよ、崇高な宗教的意味合いをもつ建造物というのは、一歩足を踏み入れると不思議なほど穏やかな安らかな心持ちになる。

宗教的な重要度という意味では、アッシジの方が遥かに高い街となる。
13世紀に啓蒙活動を行った聖人San Francesco(聖フランチェスコ)を祀る大規模なサン・フランチェスコ聖堂に象徴されるアッシジを訪れる巡礼者の数は、年間300万人とも500万人ともいわれる。
街をそぞろ歩いても、我々のような観光客に混じって、ごく普通に多数の聖職者が歩く姿は実に新鮮に目に映る。
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こぼれ話としては、この「巡礼者が多い」という事実にしてやられた。
これだけ訪問者数の多い街だけに、シエナからアッシジへの移動手段は何とかなるものだろうとタカをくくってよく調べずに行ったら、平日は一日数本ペースで運行しているバスが、たまたま我々の移動日にあたった日曜日は激減。
結局二度の乗り継ぎ・4時間半という不条理な列車の旅に音を上げ、大雨の中をChiusoという駅からアッシジまでタクシーを飛ばす羽目になり、予想外の痛い出費となってしまった。

←ピサの洗礼堂

教訓、ふたつ。
1. 「巡礼地」=「交通の便が良い」では、決してない。そういえば一昨年ヨハネ・パウロ二世が亡くなった際に世界のあらゆる場所から熱心な信奉者がバチカンに集まる様子に感銘を受けた。巡礼者というのは、いかに長く遠い道のりでもやってくるからこそ巡礼者なのだろう。
2. キリスト教の安息日を舐めてかかってはいけない。上述のバスの運行状況が良い例で、消費者至上主義の日本と違い、欧州では週末、特に日曜日は今でも皆が「休む」ことを前提とした日なのである。こういう日に長距離に移動など試みると、時間に追われる旅人は痛手をこうむることうけあい。移動は日曜日意外に組み込まねば・・・と改めて思った次第だった。
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by canary-london | 2007-07-14 15:41 | travel