ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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ありがとう~Jおばさまの訃報にあたって思うこと

今日は悲しい報せがあったので、ブログのテーマとはあまり関係ないがこのスペースを借りて書くことにしたい。

幼少時の1979-1983年を私は家族と共にニューヨークで過ごしたが、今日のニュースとはその時の大家さんであったW氏のご夫人が亡くなったというもの。
84歳だったということなので米国人にしては長生き・正に大往生といったところなのだろうが、不思議なことに海外で暮らした時期は時間の流れが止まったかのようで、記憶の中では若々しく(恰幅も良く!)いつも笑顔を絶やさないJおばさんの顔しか浮かばない。

我々家族が暮らしたNew York ・WestchesterのBronxvilleという街は、今でこそ日本人も多少住むようになったと聞いているが(1999年に16年ぶりのセンチメンタル・ジャーニーで訪れ、田舎駅にスターバックスが出来ていたのを発見した時には驚いた)、我々が移住した当初は日本人などどこを見てもいない、典型的なWASP(White Anglo-Saxon Protestant)の居住区。そんな中で、姉と私が当時好んで読んでいた絵本に倣って「The Little White House=ちいさい(白い)おうち」と呼んでいた大家さんのJおばさん&Dおじさんという、二人のアメリカ人夫婦の本当に心温まる対応は、今思うと考えられないものだったと思う。
D氏は(今は引退したが)大学教授、J夫人も小学校で教鞭を取った経験の長い教育者であったことも、辛抱強く相手を理解しようとする夫妻の人格形成に影響していたのかもしれない。

クリスマスには、車で5分ほど走ると着く彼らの自宅に大家族と一緒に招いて頂き、大きなツリーの下でJおばさん手作りのクリスマスケーキに舌鼓を打った。
また、姉と私は「Candy House」を良く作らせてもらった。ダンボールで作った家の型にケーキのアイシングを塗り、そこにジェリービーンズやらチョコレートやらをむやみにのせていくのだが、子供ならではの独創的な芸術的センスを培うのに役立った?かどうかは議論の分かれるところだろうが。。。
暖炉の前で一緒にマシュマロを炙って食べたことも忘れられない。
ひな祭りには我々の「小さなおうち」に飾った雛人形を見て、Jおばさんは子供のように喜んでいた。

今日のニュースを聞いて、NYにはごく一時期しか一緒に住まなかった兄が一言:
「NYのあの家はある意味で自分の人生の出発点となっていることもあり、一つの時代が終わったような気がする。」
私も本当に同じ気持ちです。

Jおばさん、たくさんのたくさんの素敵な思い出を本当にありがとう。

私は9・11以降、チャンスがなかったこともあるのだが何となく足が遠のいてNYを訪れていない。
そして今ロンドンの空の下で、不思議な気持ちでこの文章を書いている。
また、「ちいさいおうち」を見に行こう。
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by canary-london | 2006-01-11 06:05 | diary