ロンドン生活開始から4年強経過。あこがれの田舎暮らしも敢行!このまま骨を埋める展開か??インベストメントバンカー日々迷走中。


by canary-london
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Five Years On - 5周年に思うこと

というわけで、一時的なクラシック音楽オタクブログから、従来の「言いたいこと何でも言うぞ」ブログに軌道修正開始です。
コンサート報告もまだ書くつもりではあるのですが・・・(今週木曜日はゲルギエフ/ウィーン・フィルだし)。

だいぶ前のことだが、東京でタクシーに乗った際に運転手さんが
「政治と宗教と野球の話はご法度だよ。お客と喧嘩になるからね。」
と言うのを聞いて、なるほどと思った。
野球はともかくとして、政治と宗教の話はこのブログでもあえてあまり書かないようにしている。
言いたいことはたくさんあるけれど、夜道を歩いていて後ろから刺されるような恨みを買ってはかなわない。
そんないわれのない恨みの最大の理由になるのが、政治でありまた宗教である。

特に英国に暮らす身としては、2005年7月7日以降というもの、
「イスラム教の神を信奉し一日5回メッカに向かって祈るだけでテロリストの烙印を押されるのか?」
という設問を中心に展開される議論から逃れられる日はなく、政治と宗教を切り離すことは事実上不可能となっている。

本日、日付は2006年9月11日。
様々な意味で世界が劇的に変わった日から、5周年にあたる。
メディアは当然このニュースで埋め尽くされているが、その主な論調は、泥沼化し先の見えないイラクにおけるブッシュの失敗 (併せてこれに同調したブレアの権威失墜―これについては、昨年7月7日に感じたことと併せてまた別項にて書こうと思う) を批判するものである。
2001年9月12日には、悲嘆に暮れるアメリカ全国民の多大なるサポートを受けたかにみえた世界最大のsuperpowerのリーダーの基盤は、5年後の今日、今にも崩れそうに弱く映る。
「5年前に比べてアメリカは安全だ」というブッシュの言葉は空虚に響く。

2001年9月11日直後のGeorge Bushの支持率は90%を超えるなど、歴代の米国大統領として最高記録に跳ね上がったとのこと。
崩れたビルの瓦礫の下で、星条旗の下での団結は確かにあった。
米国民は、この惨劇を引き起こした「敵」が誰であろうと、それはすなわち「アメリカの敵」に他ならず、「敵」に対して一丸となって闘うことを誓った。

5年後の今日。
「敵」が誰であるかは、はっきりしている。
「敵」が、何のために闘っているのかも。
しかし、「敵」を駆逐するのに、5年前に比べて少しでも近づいていると無邪気に考えている米国民はおそらくいないだろう。
より深刻な問題は、「自分達はそもそも何のために闘っているのか」ということが、時が経つにつれてどんどん不明瞭になっていったことではないだろうか。
そんな中、戦争は泥沼化。
米国民が最も忌み嫌う戦争の思い出であるベトナムを彷彿とさせる。
米国民のブッシュに対する信頼感の凋落は、こんなアイデンティティー・クライシスにその大部分が起因するように思う。

ところで、ニューヨークという街には、幼少の頃家族と共に4年半程度暮らした。
今年の前半(3月初旬)、実は週末だけという強行日程でNYを訪れた。
いつか自分のなかで整理できる日がくるまで、と思って家族・友人の殆ど誰にも伝えずに突然思い立って金曜日の夜のフライトに飛び乗った。
別にその「整理」を9・11の5周年にするつもりはなかったので、これは言ってみれば偶然なのだけれど。
ロンドンからニューヨークへの飛行時間は、ほぼ7.5時間。
復路は更に短く、6.5時間程度でロンドン・ヒースローに到着する(多くのフライトが夜行便でロンドンの朝に到着するため、睡眠不足で仕事に臨むサラリーマンを揶揄して’Red-eye flight’の異名を取る。
そんな気紛れな旅が許されるほど、こと「テロとの闘い」という観点からは注目を浴びる二つの国の距離は近い。

最後に訪れたのは、ボストンに留学中だった友人を訪れた1999年。
あれから7年。
要は、私は2001年9月11日より後のニューヨークを見ていないのであった。
子供時代に暮らした街の変わり果てた姿を見たいという気持ちがある一方で、機会を失っていたこと、そして何よりも現実を直視するのが恐くて行けなかった。

9・11以降のManhattanを初めて見るのは、実に不思議な感覚だった。
私はNYには子供の頃暮らしただけなので、マンハッタンは本当の意味では知らないため、彼の地で日々仕事をされていた方々の感想とは全く違うのだろうと思う。
グラウンド・ゼロは一大観光地化されていることに加え、既得権益の衝突で跡地に建てられる予定であるFreedom Tower建設が遅々として進まないサイトを妙に冷めた目で眺めたものの、自分も気づかないうちに涙が流れていた。

今日から5年後の世界は、今よりも平和な場所になっているのだろうか。
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by canary-london | 2006-09-12 08:08 | current